第六十八話
「う~ん……どうしようかな……」
朝から颯が沢山の資料らしき物を見ながら、唸っている。
「どうしたの?何か難しい仕事?」
「難しいといえば難しいかな……やっぱ美子ちゃんの意見も聞くか……」
「何なに?」
「遅くなったけど、美子ちゃんのお誕生日のお祝いに、何処かへ旅行にでもって思って……人間界に負けないくらい楽しい所を探してるんだ♪」
マジ?!ちょっと嬉しいかも♪
「へぇ~♪どんな所があるの?」
颯の手元にある資料を覗き込んでみる。
「この小人陶芸村なんてどう?全部が小さいサイズで可愛いみたいだよ♪それにお揃いの湯飲みも作れるし!」
「小人?!そ、それはちょっと遠慮したいかも……」
「そう?」
小人と相性悪いんだって……
「潤のところは?」
「まだ泳ぐには寒いよね……」
「じゃぁ、この湖はどう?ネッシーがいるらしいよ!」
「ね、ネッシー?!ネス湖まで行くの?!」
「ちょっと遠いか……」
もののけの次はUMAかよ……ってか、私の遠い親戚も該当するよな……そのうちUFOが出てきそうだ……
「そう言えばこの山の頂上に登ると、空飛ぶ円盤が見られるんだって♪」
はは……UFOいた……
「う、宇宙人に拐われたく無いし、止めておこうかな……」
「後は竜宮城か……」
「また乙姫達に囲まれるよ?」
「美子ちゃんがいるのに、それは困るかも……」
う~ん……これといって行きたい所が見つからない……
二人で首をひねっていると、左京さんがママの付き人をしてる藍さんを連れて、部屋へ入ってきた。
部屋へ入るなり藍さんは、ガバッ!と頭を下げてくる!
「美子様!お助け下さい!」
「へっ?!な、何事?!」
「実は、玲様と涼様が夫婦喧嘩をしておりまして……」
「いつもの事じゃぁないの?」
「それが今回は長くて、異常気象にまでなっております……」
夫婦喧嘩で異常気象って……流石はママ達だわ……
って、感心してる場合じゃぁ無いっ!
「行って夫婦喧嘩を止めればいいの?」
「是非そうして頂ければ……」
溜め息をつきながら、颯に目を向ける。
「颯……」
「僕も一緒に行くよ。」
「いいの?当主の仕事は?」
「元々、旅行に行くつもりで片付けてたから、大丈夫だよ♪」
「ごめんね。色々考えてくれてたのに……」
「このくらい、いいって♪」
という訳で、颯と藍さん、私と鈴ちゃん、右京さんが揃って雪妖族の村へ向かった。だけど、村に近づくにつれ、段々と寒くなってきている。
「藍さん……異常気象ってまさか……」
「はい……現在は村だけに止まっておりますが、真冬の状態です……」
「まさか雪が降ってるとか……」
「その通りです……」
想像通りと言えばその通りだな……
別荘に荷物を置き、すぐにママの屋敷へ行った。
「美子!いきなり来るからびっくりしたわ~♪」
「ママ……この寒さ、何とかしてよ……」
抱きつきそうになるママを軽くあしらい、恨めしい目を向ける。
「仕方ないじゃない!美子、聞いてよ~!あの馬鹿、私の料理をこの程度って言ったのよ!」
「それは酷いね……」
「でしょ?!絶対に許さないんだから!」
涼さんの事だし、何か意味がありそうだけど……
取りあえず、別の部屋にいる涼さんのところへ行ってみた。
「涼さん、ママの料理を何でこの程度って言ったの?」
「料理自体を言った訳では無い。雑用くらい付き人に任せれば良い事だ。ただでさえ雪女の長としての仕事もあるのだから……」
「それはママにゆっくりして欲しいって事?」
「ま、まぁ……そうだな……」
やっぱ言葉足らずか……
「それをママに伝えた?」
「いや……だが忙しい時も頑なに料理を作ろうとするのだ。つい、喧嘩腰になってな……」
「そっか……でも、言わないと涼さんの気持ちは伝わらないと思うよ。」
「……」
取り合えずママのところへ戻ってみる。
「ママ、忙しい時も料理をするのは何で?」
「それは……食事を作るくらいしか涼にやってあげる事が無いからよ!」
「でも、忙しい時は藍さんに任せてもいいんじゃない?」
「まぁ……そうなんだけど……」
ママは私の事を甘えるのが下手だって言ってたけど、ママも甘え下手だよね……面倒見がいいから尽くすというか、抱えちゃうっていうか…
「言葉足らずで済まなかった……」
ママのところへ涼さんがやってきた。
「忙しい玲に、ゆっくりして欲しかったんだ……」
「わ、私こそ頑なになってしまって……その……涼に一日の疲れを癒して欲しくて……」
「そうだったのか……だが、俺は二人の時間も欲しくて……」
「そ、そうだったの……」
あの……ママ達にまた甘酸っぱい雰囲気が……
夫婦喧嘩は犬も食わないっていうか……ど~でもいいや……
そそくさとママの屋敷を後にして、別荘へ戻る事にした。
「急がないと、今からお城に帰ったら暗くなっちゃいそうだね。」
別荘へ戻る途中、何気なく呟くと鈴ちゃんが微笑んでいる。
「美子様、遅くなる事も考えて、勝手ながら着替えをお持ちしています♪」
「そうなんだ!さっすがは鈴ちゃんだね♪」
「ふふ!お褒めに預り光栄です♪」
そして別荘へ着いたけど、鈴ちゃんと右京さんは中へ上がろうとしない。
「ん?どうしたの?」
「美子様、私達は一足先に戻りますね!」
「……へっ?な、何で?」
すると、鈴ちゃんは顔を近づけてきて、声を潜めた。
「美子様、ちゃんと言わないと、美子様の気持ちも伝わりませんよ……」
「ど~ゆ~意味?!」
「ふふ!お着替えを見て頂ければわかります♪食事は藍さんにお願いしています。では、失礼致します。」
「ちょ、ちょっと!鈴ちゃん!」
パタン……
鈴ちゃんは、私の引き留めも美少女の爽やかな笑顔でかわし、右京さんと一緒に帰って行った。
残された颯と顔を見合わせる。
「美子ちゃん、鈴さん、何だって?」
「う~ん……着替えを見ればわかるって……」
「何だろうね……」
早速居間に置きっぱなしだった荷物を覗いてみる。
「あっ!今日はゆっくりしてって、手紙に書いてあるよ♪美子ちゃんの荷物はどう?」
颯に促されて私のものらしき荷物を開けてみた。
えっ?!
こ、これは!バレて無いと思ってたのにっ!
新しい下着じゃん!しかもパンツは紐の方じゃん!
「美子ちゃん、どうだった?」
「へっ?!な、何も手紙は無かったよ!」
「……?そう……」
言わないと伝わらないって、この事だったのね……そういやぁ、一大決心してから、結構経つし……私も17歳になったし……
夕食は、藍さんが作りに来てくれた。それを頂いた後、颯と二人、部屋でまったりしている。
「結局、美子ちゃんのお誕生日旅行は、雪妖族の村になったね。」
「そうだね。まぁ、久しぶりにママにも会えたし、充分だよ♪」
「ごめんね……あと19年待ってくれたら護衛無しで人間界デート出来るから…」
「ふふ!小さな颯ちゃんに会えないのも寂しいな♪」
「だから……」
そうだ!颯の誕生日も近かったよね!
「颯、誕生日に何か欲しいものある?」
「う~ん……美子ちゃんとゆっくり過ごすのは今、出来てるし……これと言って無いかな……これから先、ずっと傍でお祝いしてくれたら嬉しいかも♪」
「それだけでいいの?」
ゴロンと横になっていた颯が体制を変えて、悪戯な笑顔を向けてきた。
「でも、一番欲しいのは美子ちゃんかな♪」
「……えっ?」
「あっ!忘れて!待つって言ったのに、急かすような事言ってごめんね!」
颯は再びゴロンと体制を変えて、仰向けになった。
い、今だよね?!言わないと伝わらないもん!うっ……駄目だ…緊張する……
「そ、その……」
「ん?なぁに♪」
「……いいよ……」
「………………へっ?!?」
ガバッ!と颯が起き上がった!
「そ、それって……手付けを……」
「……う、うん……」
「た、誕生日じゃぁ無いけど、今日とか……」
こくり……黙って頷いた。
ま、まともに顔が見れないっ!恥ずかし過ぎっ!!
「ぼ、僕、お風呂へ行って来るっ!」
ピュ~ン!と着替えを掴んで、颯は部屋を出て行った。
「い……言っちゃった!ついに言っちゃった!!」
ど~しよう?!どうすればいいの?!うわ~っ!
と、とりあえず私も着替えを用意して……
一人あたふたしていると、颯がお風呂から上がってきてしまった。
「わ、私もお風呂っ!」
颯の顔も見ないで、ビュ~ン!とお風呂へ駆け出した!
ポチャン……
顔の半分をお湯に浸けて、何とか落ち着こうと試みる。
……つ、ついに私も大人の階段を……そ、その……私は何をすれば……
ブクブク……
えぇいっ!なるようになれっ!
覚悟を決めて、新しい下着を初めて着け、部屋へ戻った。
「颯……」
恐る恐る部屋の障子を開けてみる。颯は窓辺に凭れて月を眺めていた。
「美子ちゃん、月が綺麗だよ。」
振り向いた颯に、息を飲んだ。
月明かりに照らされ微笑む颯は、この世の者とは思えないくらい、妖しい色気を放っている。
「うん……」
吸い寄せられるようにゆっくりと颯へ近づくと、颯が私の肩を抱き寄せてきた。
ビクッ!
き、緊張するっ!
「ふふ!美子ちゃん、硬くなり過ぎっ♪」
「だ、だって……」
「ちょっと落ち着こうか……」
颯は私をふんわり胸元へ抱き寄せて、落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でてくれた。
バクッ、バクッ……
ん?もしかして颯の心臓の音?!凄く激しいんだけど……
「ふふ♪」
「どうしたの?」
「だって、颯の心臓も暴れてるから、緊張してるのは私だけじゃぁ無いんだと思って♪」
「そ、そりゃそ~だよ!やっと美子ちゃんが僕のものになるんだもん!緊張くらいするよ!」
暫くじっと抱き合った後、颯が少しだけ身体を離した。
「美子ちゃん……」
颯がふわっと笑って顔を傾けてくる……それに答えるように、そっと目を閉じる……
「ん……」
愛しむような優しいキスが、次第に野性味を帯びた激しく求めるようなそれに変わっていく……
ガバッ!
急に横抱きにされて、布団の上にそっと横たえられた。
「み、美子ちゃん……ごめん……理性が負けそう……」
ふと颯を見ると、頭からふわふわの耳が、身体の後ろからふさふさの尻尾が見える。
「颯……」
組敷かれたまま、颯の頬に手を添えた。
「そのままの……颯でいいよ……」
「美子ちゃん……」
颯の顔に嬉しそうな笑みが浮かんだ。
「美子ちゃん……一生護るから、ずっと傍にいてね……」
「うん……」
再び唇が重なった。深く、奥深くまで、吐息まで飲み込まれていく……
気がつけば浴衣の帯を解かれ、颯のキスは唇から頬に、首筋に、鎖骨に、段々と下りていった……
「ん……」
撓る身体の素肌に颯の心地よい温もりを感じ、優しく触れる指先に翻弄され、胸を焦がすような甘い疼きに支配されていく……
「美子ちゃん……もう離さない……」
全身に落とされるキスの合間から漏れる囁きに、ゆっくりと思考が溶かされていく……
もう……何も考えれない……優しく触れる颯だけが、私の全てになっていく……
「愛してる……」
颯……私も愛してる……
伝えたい想いは、言葉にならない颯を求める甘い吐息に飲み込まれていった……