第六十七話
桜の季節も終り、トミーが天界へ帰るまであと三日になった。
「なぁ、美子りん……俺、最後にもう一回人間界へ行きたい……一緒に行かね?」
思わずトミーにジト目を向ける。
「だ、大丈夫!プリじゃぁね~し!」
「今度何かしたら……」
「俺もまだ死にたくねえっしょ!」
はは……翔のお灸はまだ効果有りか……流石だわ……
「で、何処へ行きたいの?」
「動物園っす!天界にはいない大きな動物が沢山いるって、かぐや従姉さんから聞いてるんっすよね♪」
動物園かぁ……私も行きたいかも……
「んじゃ、みんなで行く?」
颯がにこっと微笑んだ。
「僕も行った事無いし、トミーも帰っちゃうしね!」
「さっすが~♪颯さん、物分かりいいっすね~!」
「右京と鈴さんも一緒にね♪」
右京さんと鈴ちゃんは顔を見合わせて、嬉しそうにしている。
「喜んでお供させて頂きます!」
ふふ!二人はお役目でデートも出来ないから、颯も考えたのかな♪
って事で翌日、人間界の動物園へ出掛けた。動物園の敷地に入ったところで、右京さんが私達に声を掛けてきた。
「では私は入場券を買ってきます。ほら、トミーも行きましょう。」
「え~!俺、待っといて良くね?」
「あなたを美子様のお側に置いておけませんから。」
「チェッ……俺って、信用ね~!」
ある訳ね~じゃん……
そして、入り口近くで待っていると、軽薄そうな学生達が寄ってきた。
「おっ?美人はっけ~ん♪」
学生達は、サッと鈴ちゃんを取り囲んでいる。
「ねぇ、ねぇ、俺達と一緒に行かね?」
「何なら遠足フケてどっか行ってもいいっしょ♪」
やっぱ鈴ちゃん、美人だしね……なんて思ってる場合じゃね~し!
当の鈴ちゃんは、戸惑ってどうしたらいいのか、わからないみたいだ。
「あ、あの……一緒に来ている人が……」
「いいっしょ♪子持ちは興味ね~し!ってか、この年で子持ちとか、あり得ね~!」
それって、私と颯の事?……まぁ手を繋いでるし、そう見えるよね……
って思ってたら、一人が鈴ちゃんの肩に手を回した!
「きゃっ!」
「ちょっと!あんた達、いい加減にしなさいよ!」
鈴ちゃんと学生達の間に入ろうとすると、右京さんとトミーの背中がサッと視界を遮り、右京が学生達に凄んでいる。
「私の妻に何か用ですか?」
「へっ?二人とも旦那いんの?あり得ね~!」
学生達が右京さんとトミーを見て、すごすごと立ち去っていく。それを見届けていると、トミーが私達に無事を確認してきた。
「美子りん、大丈夫?怪我は?」
「何とも無いよ。でも、助かったよ。」
「このくらい当たり前っしょ♪はい、チケット!」
「ふふ!ありがとう♪」
その時、キュッ!と、小さな颯の握る手に、少しだけ力が入った。
あれ?
颯を見ると少し俯いている。軽く握り返して、声を掛けた。
「颯ちゃん!おさるさんがいい?それともキリンさん?」
「美子ちゃん……だから子供じゃぁ無いってば……」
「ふふ!一緒に楽しもうね♪」
それからは五人で、はしゃぎまくった。全員、動物園は初体験だ。特にトミーは目をキラキラ輝かせている。
「美子りん!見てみて!象の大きさ、マジあげあげ~!」
「ふふ!本当に大きいね♪」
「うぉっ!カバの口、俺達なら一飲みされるっしょ!」
「はは……確かに……」
「ゴリラだ!ぱねぇ筋肉!」
「目の付け所、そこなんだ……」
一通り回ったところで、ちょっとした広場でお弁当を広げた。食べている間も、トミーは興奮しっぱなしだ。
「動物園、マジでパネぇ~~!!」
「トミーは動物好きなの?」
「そうっすね~!天界では一番大きくても牛くらいっす!でもやっぱ小さくて可愛がれるのが好きっすね~!」
「へぇ~、そうなんだ!後でペットショップに行ってみる?」
「……でも、天界へ連れて帰れないし……」
「そうなの?」
「生態系が壊れないようにする為っす……だから食べ物も持ち帰り駄目なんっすよね……」
天界にも、色々あるんだね……何かトミーの思い出になるものは……
「そうだ!確か動物のふれあいコーナーがあった筈だから、食べ終わったら行ってみようね!」
「マジ?!激ヤバじゃん♪」
はは……ヤバいって、喜んでるんだよね……
それから颯にも声を掛ける。
「颯ちゃん、子供はポニーに乗れるみたいだよ♪一緒に行こうね!」
「……馬なら向こうでも乗れるから……」
「そうなの?でも、乗ったところを見たこと無いよ。」
「んじゃ、次のデートは乗馬で決まりだね♪」
「ふふ!楽しみにしてるね♪」
ガタッ……
颯と話していると、急にトミーが立ち上がった。
「ん?トミー、どうしたの?」
「……厠っす……」
「そう?んじゃ、ここで待ってるね!」
「……」
何だか急にテンション下げて、様子がおかしい気がするけど……まぁ、気のせいかな……
気を取り直し、颯に向き直っておかずを差し出す。
「颯ちゃん、あ~ん♪してあげるね♪」
「じ、じゃぁ、美子ちゃんも!」
小さな颯は身体に似合わない大きなお箸におかずを挟んで、一所懸命腕を伸ばして私の口元に持ってきている。
もうっ!めちゃめちゃ可愛いっ♪
「颯ちゃん、ありがと~♪」
「あ~ん♪」
ヒュン!!
食べようと口を開けた時、いきなり瞬間移動!!
へっ?ちょ、ちょっと!!まさかトミー?!
驚いていると、トミーが満面の笑みで隣に立っている!
「美子りん!いらっしゃい♪」
「トミー……てめぇ、今度移動させたら簀巻きにするって言ったよな……」
「ちょっ!美子りん、おこ?!」
「当たり前だろ!」
「き、今日だけは見逃して!最後の思い出に、美子りんと二人で遊びたかっただけだしっ!」
ふと回りを見ると、動物ふれあいコーナーに移動させられたみたいだ。
「はぁ……仕方ないね……ちょっとだけだよ。みんなが心配するからね。」
「おけ♪んじゃ早速羊を触ろうぜ!気持ちよさそう~♪」
「ふふ!確かにね!」
実際に触れる動物を前に、トミーはまたテンションマックスになっていく。
「美子りん!豚がいるっ!大人しいじゃん♪」
「たぶんミニ豚だね!」
トミーは、はしゃぎまくって動物のふれあいを隅々まで満喫している。
天界へ帰る前のいい思い出になったかな♪
「美子りん!ウサギ抱っこ出来るってさ♪」
「本当だ!可愛い~♪」
「俺、この耳が垂れた子がいい♪」
それぞれお気に入りのウサギを膝に乗せて、ベンチに座った。
「トミー、ウサギを満喫したら、みんなのところへ戻ろうね!」
「……」
「トミー?」
トミーはウサギを撫でて少し俯いたまま、私に尋ねてきた。
「美子りん、俺と人間界で暮らさね?」
「……はぁ?!何で?」
「だって、元々は人間界に住んでたっしょ?」
「そうだけど、私、颯と離れる気は無いよ。」
「何で?ナンパも追い払えないじゃん!人間界では頼りにならない子供じゃん!」
そっか……あの時颯の手に少し力が入ったのは、その事を気にしてたのか
……ったく、気にする事でも無いのに……
敢えて、にっこりとトミーに笑いかける。
「残念だけど、護って貰えない子供でも、誰からも恐れられるもののけでも、関係無いの。どんな颯でも、私は颯がいいの♪」
「……そうっすか……」
ウサギを地面に置いて、急にトミーが立ち上がった。
「あ~!目から鼻水が出そうっす!厠へ行って、みんなのところへ戻るっす!」
そう言って、ダッ!と駆け出した。
「目から鼻水って……ふふ!トミーにもいい人が現れるといいな♪」
立ち上がった時、ふとベンチ裏に踞っている影を見つけた。ひょい!としゃがんで覗いてみると、小さな颯がいる。
「そ、颯!いつからそこに?!」
「……美子ちゃん達が座る前から……その……心配で探してて……」
って事は、全部聞かれた?!うわっ!は、恥ずかし~~!!
「そ、その……さっきのは……」
恥ずかしさから一所懸命言い訳をしようとしたら、小さな颯がキュッ!と私の首に腕を回して、抱きついてきた。
「美子ちゃんの言ってくれた事、嬉しかった……どんな僕でも僕がいいって……」
「そ、そう……」
キュッ!と抱き付く小さな腕に、少し力が入った。
「本当にありがとう……」
「ふふ!もう……可愛い過ぎっ♪」
「だから……せっかく感動に浸ってるのに……」
「無理だってば♪颯ちゃんがこんなに可愛いんだもん♪」
それからお城まで颯の手をしっかり握って帰った。
満月の夜になり、トミーが天界へ帰る日になった。
中庭には、お迎えに来た天界の使者と金色に輝く牛車、それとかぐやさんがいる。
「美子どのに颯どの、富が世話になったな。何か迷惑を掛けなかったか?」
「い、いえ……大丈夫ですよ~♪」
それから、トミーさんにホームステイの成果を尋ねている。
「富、見聞を広める事は出来たか?」
「もちろんっすよ~♪俺、決めたっす!下界の人間界で暮らして、絶対に嫁を見つけるっす!」
「馬鹿者!お主は分家の跡取りであろう!今回は短期故、許されただけであるぞ!」
「かぐや従姉さんも下界で旦那見つけたのに……ズルい……」
驚いて、思わず口を挟んだ。
「へっ?かぐやさんって、結婚してたの?」
「ああ、そうだ。それ故、ほとんど下界で暮らしておる。」
「そうだったんだ……」
雑誌に載ってた先輩の体験談に、かぐや(仮名)ってあったけど、本人じゃぁ無いよね……だって仮名だし……
そして賑やかな天界人達は、牛車に乗って月へ帰っていった。




