第六十二話・番外編其の二
〈右京目線〉
はぁ……
颯様達の部屋を出て、溜め息をついた。
まさか自分が発情期だとは……
「では、私は部屋へ戻りますね。何かあればお呼び下さい。」
「わかった。」
鈴が自分の部屋へ戻ると、左京がにやにやしながら話し掛けてくる。
「一緒に部屋へ行かなくていいのか?」
「何故だ?」
「お前の想い人は鈴だろ?」
「……はぁ?何故そうなるのだ!」
ふぅ……
今度は左京が溜め息をついている。
「いくら何でも鈍すぎだろ……他の女中達と鈴に対する態度は、明らかに違うぞ。」
「そ、それは美子様のお世話があるからだ!」
「……まぁ、そう思い込みたい気持ちもわかるよ……鈴は白蛇族の跡取り候補に戻ったし、他の種族との結婚なんて許されないだろうからな……」
左京はポン、と私の肩に手を軽く置いて、立ち去って行った。
ま、まさか……私が鈴を……
ドキッ!な、何だ?この動悸は……
落ち着け、落ち着け……左京の言うとおり、鈴は他の種族との結婚は許されないんだぞ!
……自覚したと同時に失恋か……
気づけば、耳と尻尾は引っ込んでいる。
「私には無理だ……どんなに頑張っても種族は変えられない……」
深い溜め息をつきながら、執務室へ行った。
それから、美子様の領地の見回りへ付き添う事となった。颯様は擬獣化しているから留守番だ。
美子様と鈴は楽しそうに人間界の映画の話をしながら、歩いている。美子様お気に入りの映画の続編が公開されるらしい。
「今度は私のお気に入りのアンドリュー王子なんだ♪鈴ちゃん、一緒に行かない?」
「いいのですか♪映画なんて初めてです!」
そんな二人の話を聞きながら城下町まで戻ってきた時だ。
「あっ!」
鈴が転びそうになった。サッ!と支えると、鈴が真っ赤になっている。
「す、すまん……」
「いえ、ありがとうございます……鼻緒が切れてしまったみたいで……」
鈴の足元を見ると、下駄の鼻緒が切れていた。
「とりあえず縁石に座れ。直してやる。」
「申し訳ありません……よろしくお願いします。」
鈴の手を取り、縁石に座らせて下駄を脱がせた。
鼻緒の切れた跡を見て、はっ!とした!
これは……途中までだが、鋭利な刃物を使って切られた跡ではないか!まさか私のせいで、本当に嫌がらせを受けているのか!
直すのが無理だと伝えると、美子様と左京が下駄を買いに行ってくれた。その間、努めて冷静に鈴へ話し掛けてみる。
「鈴……いつからだ?」
「……えっと……何の事ですか?」
「嫌がらせだ……」
鈴は明らかに目を泳がせた。
「な、何の事かさっぱり……」
「隠さなくてもいい。わかってるから……」
「……何もありません……」
まだ否定する気か……
「そんなに私は頼りにならないか?」
「い、いえ!いつも美子様の事を教えて頂いて、充分頼りにしております!」
「頼りにして欲しいのは、お前自身の事だ。何でもいい……困った事があれば、いつでも言ってくれ。そ、その……城にいる間くらいは力になるから……」
「……ありがとうございます……」
そうだ……いずれは白蛇族の村に戻る身分だ。城にいる間は私が鈴を護ろう……
そんな折、白蛇族から使者が来た。鈴に見合いの話を持って来たのだ。寝耳に水の話に、鈴も反発している。
「私はまだ美子様にお仕えして、日も浅いです!まだ村に戻る気はありません!」
「婿になる者は村から離れて城下町に住まわせても構わないとの事です。」
「そこまで……」
鈴は白蛇族の当主が本気だと悟ったようだ。
「鈴ちゃん……」
美子様も気遣うように鈴を見ている。
使者が言い難そうに再び口を開いた。
「そ、その……他の種族と恋仲になるのを恐れての事かと思われます……鈴様には片想いの前例がございますので……」
使者はチラッと私に目を向け、鈴は口を閉ざし俯いてしまった。
私のせいか……噂が白蛇族にまで伝わったか、誰かがわざと伝えたか……
「あの……他の種族と恋仲になったら駄目なの?」
おずおずと美子様が使者に尋ねている。
「跡取り候補の女性は、同じ種族とのお子を儲ける必要があります。お子が男性の血を引きますから……」
「そっか……何だか世知辛いね……」
そして鈴は、数日の暇を頂いて、明日から里帰りする事が決まってしまった。
夜になり、自分の部屋で落ち着かない時間を過ごした。
これでいいんだ……これが一番丸く収まる……
自分を落ち着かせようと中庭へ行くと、鈴が梅を見ながら佇んでいるのが見えた。
「鈴……」
そっと声を掛けると、ゆっくりと鈴が振り返った。
「右京様……梅が綺麗ですよ。」
鈴の隣に並び、同じように梅を見上げた。
「里帰りの準備は済んだのか?」
「あともう少し……」
「そうか……」
二人の間を心地よい風が吹き抜ける。
「……戻りはいつ頃だ?」
「……」
「鈴?」
俯いて返事をしない鈴に、嫌な予感が走った。
「まだお役目の途中だぞ!まさか……」
「……まだ荷造りが残っておりますので、失礼します……」
踵を返す鈴の腕を掴んだ。
「答えろ!」
「……」
「もっと私を頼れと言っただろ……」
「……恐らくですが、父上は私の代わりにお役目の者を用意されておるかと……」
「ならば行かせない……」
「……えっ?」
駄目だ!今、行かせると、一生逢えなくなる!
咄嗟にガバッ!と鈴を抱き締めた!
「行くな!私の傍にいろ!」
「右京様……ですが私は……」
「お前の立場はわかっている!当主に許して貰うまで、何度でも頭を下げに行く!だから……だから傍にいてくれ……」
暫くの沈黙の後、鈴の泣き声が微かに聞こえた。
グスッ……
ま、マズい!一方的過ぎて嫌がられたか!
「す、すまん……」
「いえ……まさかこの想いが叶うとは……」
「って事は、それは嬉し涙なのか?」
「……はい……」
顔を上げた鈴の目から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「もう泣き止め……種族の問題は二人で乗り越えて行こう。」
「はい……」
そっと親指で涙を拭くと、鈴は嬉しそうに笑っている。
『右京、もうちょい!』
『駄目だよ!颯!部屋へ戻ろうよ!』
はっ!
颯様と美子様の声が微かに聞こえて、我に返った!ここは外だった!
「す、すまん……外だったな……」
「い、いえ、こちらこそ……」
ち、沈黙が気まずい……
「わ、私の部屋へ来い!」
返事も待たずに、腕を掴んで部屋へ連れ帰った。
き、気まずい……更に気まずいではないか!
一つ咳払いをして、鈴に向き直った。
「そ、その……私は堅物と言われている。気が回らない事も多々あるかとは思うが……本当に私でいいのか?」
「右京様が真面目に、お役目に取り組んでいるお姿を、ずっとみておりました……尊敬致しております。」
「そうか……」
そっと鈴の腰を引き寄せた。
「本当に私でいいのだな……」
「右京様こそ、私のような者でよろしいのでしょうか……」
「……惺だ。」
「えっ?」
「右京はお役目の名前で、本当の名前は惺だ。二人でいる時は惺でいい……それと私は、鈴で、ではなくて、鈴がいいのだ……」
「惺様……」
「様は要らない……必ず二人で幸せになろう……」
「はい……」
顔を傾けると、鈴はゆっくりと目を閉じた。
優しく触れる唇が、もっと鈴をと掻き立てる……
ガバッ!と鈴を組敷いて、更に強引に熱を求めていく。
「ん……」
駄目だ!本能が反応した!
理性的だと思っていた自分の一面が、鈴から漏れた甘い声で、脆くも崩れ落ちるのがわかった。
「鈴……私は思った以上に強欲らしい……」
「……」
「もっと……鈴の全てが欲しい……」
鈴ははにかみながら、頷いてくれている。
「ありがとう……必ず幸せにするよ……」
再び唇を塞ぎ、一晩中お互いの熱を求め合った。
翌朝、女中達が集まる台所へ鈴を連れて行った。
「右京様、何をされるおつもりですか?」
「いいからお前は黙ってろ。」
「はい……」
ガラッ!と台所の扉を開けると、中にいた女中達が一斉に振り向いた。
「右京様♪……と鈴さん……」
こいつが犯人か……いや、他にもいるかもな……
戸惑う女中達の目の前で、鈴の肩を抱いた。
「こいつは私のものだ!何かすれば、私に歯向かうものとする!」
女中達みんなが、ぽか~ん……と口を開けた。そんな中、数人が鈴へ寄っている。
「鈴さん、良かったね~♪」
「あ、ありがとうございます……」
「ホント、右京様も押し倒すのが遅いですよ!」
えっ?!そ、その突っ込みは想定外なのだが……
「そ、そうか……では私はお役目に戻る……」
「あ~!逃げた!」
まだワイワイ騒ぐ女中達を残し、全員が鈴の敵で無い事に安堵しながら、一人立ち去った。
それにしても、本能に勝てなかったのは初めてだ…色々な意味で、我慢強い颯様を尊敬してしまうな……




