第六十一話
赤ちゃんが居なくなり、部屋では右京さんと左京さん、鈴ちゃん、私と颯が集まって、まったりとしている。
「何だか赤ちゃんが居ないだけで、部屋が広く感じるね……」
「そうだね……一気に静かになった気がするよ。元に戻っただけなのにね……」
颯としみじみ語ってしまった。
気がつけば梅がきれいに咲く季節だ。
「そう言えば美子ちゃん、もう少しでホワイトデーだね♪何か欲しい物ある?」
「う~ん……久しぶりにママに会いに行きたいな♪」
「それじゃぁ、お返しにならないよ~!他に無い?」
「そうだなぁ……」
何気無く颯に目を向けてびっくりした!
頭からピョン!とふわふわの耳、お尻からふさふさの尻尾が出てるじゃん!!
「そ、颯!その格好!」
「え?あっ!な、何で?!」
颯は焦って頭を押さえている。
「こっちが聞きて~よ!みんなの前で盛ってんじゃね~よ!」
「ちょっ、ちょっと待って!美子ちゃん、誤解だよ!」
立ち上がって拳を握ると、左京さんに止められた。
「美子様!本当に誤解です!犬神特有の時期的なものですから!」
「時期的なの?」
「はい!恐らく発情期に入ったかと……」
「やっぱ盛ってんじゃん!」
「独り身で想い人がいれば、仕方が無い事なんです!お見逃し下さい!」
「お見逃しって……」
えっ?!左京さんに目を向けた時、右京が視界に入った!
ってか、右京さんまで!
「えっ?えっ?う、右京さん!耳と尻尾が!」
「はっ!な、何故私まで!」
右京さんも焦って頭を押さえている!
「右京!まさか美子ちゃんを!絶対に譲らないぞ!」
「そ、颯様!誤解です!慕ってはおりますが、想い人ではありません!」
颯に睨まれた右京さんが必死に否定している。そんな右京さんの肩に、ポン!と左京さんが手を置いた。
「いやぁ、堅物なお前にも春が来たか……結婚式は盛大に祝ってやるからな。」
「ち、違う!何かの間違いだ!」
「右京、本能は嘘をつかないぞ。潔く認めろ。」
「ほ、本当に覚えが無いんだ!」
「お前、自分で気がついて無いのか?本当に誰も思い当たらないのか?」
「だ、誰も……」
ふふ!右京さんにも春かな♪
と、ここで鈴ちゃんが立ち上がった。
「鈴ちゃん、何処へ行くの?」
「ふふ!もちろん颯様の発情期をお邪魔しないようにですよ♪」
「へっ?!ちょっ、ちょっと!」
鈴ちゃんに続いて右京さんと左京さんも立ち上がった。
「それもそうだな。」
「我々も席を外しましょう。」
ちょ、ちょっとそれはマズいっ!
「ま、待ってよ!二人になったら、私が危険じゃん!」
「美子様、そろそろ諦めて下さい。」
意味深に笑ってみんなが部屋を出ていった。
そ、そりゃ、下着まで用意したし、一大決心はしたけど……
でも……でも……
「発情期は、嫌だぁ~~~!!!」
その夜、久しぶりにもう一組布団を出して敷いた。
「美子ちゃん……一緒に寝ようよぉ……」
「嫌ぃ~やっ!」
しょぼん……と颯の尻尾が垂れ下がっている。
「せめて一緒に寝るだけでも……」
「じゃぁ、絶対に手出ししない?本能に勝てる?」
「う……それは…」
「やっぱ駄目じゃん……」
今度は耳まで垂れ下がっている。
「僕も発情期に身を任すのは嫌だよ……み、美子ちゃんと初めては、ロマンチックに過ごすって決めてるし……」
って、一人で言って勝手に盛り上がるなよ……尻尾が思いっきりフリフリしてるじゃん……
「とにかく!その本能が収まるまで、手を繋ぐのも禁止っ!」
「そ、そんなぁ……」
ふふ!途端に尻尾が垂れ下がってきた!わかりやすいな♪
「一晩経てば治ってるかもしれないしね♪」
「だといいんだけど……」
こうして一夜が明けた。
「美子ちゃん、おはよう♪」
「……ん。颯?」
「ゆっくり寝れた?」
眠たい目をゴシゴシ擦りながら、ぼぉ~っと目を開けた。
すると、そこにいたのは颯じゃぁ無い!顔が毛だらけの獣姿の狼男がっ!!
「き、きゃ~~!!」
急いで後ずさって、狼男から距離を取る!
「ど、どうしたの?美子ちゃん!」
「嫌っ!来ないで!誰か~~!!」
廊下をバタバタ走りながら、右京さんと左京さんが部屋へなだれ込んで来た!
「美子様!いかがされましたか!」
「お、狼男がっ!」
獣姿の狼男を震えながら指さすと、二人がサッ!と狼男を羽交い締めにした!
「貴様!何処から……」
「颯様をどうされた……」
二人がトーンダウンしてきた。
「えっ?気配が……ま、まさか颯様ですか?」
「うん……悪いけど、鏡を見せてくれるかな……」
「し、失礼しました!」
左京さんが一歩下がって、右京さんが手鏡を差し出している。
そして手鏡を覗いた狼男が、ワナワナと震えだした。
「な、何で~~?!何で僕が擬獣化してんの~~~!?!」
えっ?えっ?この狼男は、本当に颯なの?!
「えっと……昨夜、満月を見たとか……」
「美子ちゃん、昨日は上弦の月だったよ……」
「だよね……」
って事は、狼男の物語とも違う……
「い、医師を呼んで来ます!」
バタバタと右京さんが部屋から出ていった。
う~ん……何が起こっても不思議じゃぁ無いこの世界でも、珍しい事なんだ……
暫くして、右京さんが戻ってきた。
「颯様、申し訳ございません……医師が人間界へ行ってるようで、帰りは明日になるそうです……」
「えぇ~~?!じ、じゃぁ、明日までこのままなの?!」
「恐らく……」
「そんな……こんな格好じゃぁ美子ちゃんに、ちゅ~♪も出来ないじゃん!」
そ~ゆ~問題かよ……
領地の見回りは、右京さんと左京さん、鈴ちゃんと私の四人で行く事となった。颯はお城で留守番だ。
「ふぅ……それにしても、驚く事ばかりだね……」
「そうですね……私も初めて見ました。」
左京さんにも原因がわからないらしい。
「右京さんもわからないの?」
「申し訳ございません……」
そうた!白蛇族は薬専門じゃん!
「鈴ちゃん、颯が元に戻る薬って作れない?」
「原因がわかれば可能ですが……」
「そっか……かなり落ち込んでたし、颯が好きなお団子でも買って帰ろうかな……」
そんな事を考えながら城下町まで戻ってきた時、鈴ちゃんの下駄の鼻緒が切れてしまった。
すかさず右京さんが、手を貸している。
はは~ん!もしかして右京さんの想い人って、鈴ちゃん?!
「鈴ちゃん!私、下駄を買ってくるね!」
「そ、そんな!美子様にそのような事!」
「いいの!鈴ちゃんに似合う下駄を買って来るから♪左京さん、一緒にお願い!」
「かしこまりました。」
右京さんと鈴ちゃんを残して、そそくさと買い物へ行った。
それからみんなでお城へ戻り、颯が待つ部屋へ入った。
「美子ちゃん!寂しかったよぉ~♪」
「うわっ!」
狼男が突進してくるっ!
思わず、サッ!と避けると、颯はドン!と障子に激突した。
「も、もう避けるなんて酷い……」
「ごめん、ごめん……つい見慣れなくて……はは……」
それからお団子を取り出して、二人でお茶にした。
「美子ちゃん……こんな顔の僕なんて嫌だよね……」
「嫌っていうかさ、見慣れないだけだよ。明日、医師が来るまでの我慢じゃん!そんなに落ち込まないで♪」
「でも…美子ちゃんに避けられるし……」
「目を閉じてたら、いつもの颯なんだけどね……」
「じゃ、じゃぁ、目を閉じてみて……」
「うん……」
そっと目を閉じると、手に温もりを感じた。
「ふふ!いつもの颯だ♪声もそのままだし!」
「じゃぁ、これは?」
背中に手が回され、温かい颯に包まれた。
「顔の毛が当たってくすぐったいよ♪」
「いつもと違う?」
「ふふ!そうだね!」
「じゃぁ、これは?」
唇にくすぐったい毛が当たった。
「だからくすぐったいってば♪」
「やっぱ、ちゅ~♪も無理か……」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ!どんな格好でも、颯は颯だからさっ♪」
「……美子ちゃん、ありがとう……」
再び背中に手が回された。
あれっ?毛が当たらない……
ガバッ!と颯から離れて、顔を見た!
顔が元に戻ってるじゃん!
「ん?美子ちゃん、どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いって!鏡を見てよ!」
「えっ?鏡?」
手鏡を差し出すと、颯はすぐに覗き込んだ。
「えっ?えっ?嘘!元に戻ったぁ~♪」
「良かったね♪」
頭から出た耳とお尻の尻尾は発情期のままだけど、よっぽど嬉しいのか、尻尾がフリフリ全開だ!
「それにしても何だったんだろうね……」
「さぁ、でもさっき、どんな格好でも僕は僕って言ってくれて嬉しかったな♪」
「そ、そんな事、言ったかなぁ……」
「ふふ!照れてる美子ちゃんも可愛いよ♪」
「べ、別に照れて無いっ!」
みんなに元に戻った事を報告したけど、原因が分からないので、予定どおり翌日には医師に診て貰った。
「ふぉ!ふぉ!元に戻ったのなら解決じゃろ!ワシから言う事は何も無いの!」
「先生!原因を教えて!」
颯が帰ろうとする医師の引き留めに必死だ。
「颯様、今、発情期じゃろ?」
「うん……」
「だからじゃよ。想いが強すぎて、耳と尻尾以外にも擬獣化しただけじゃ。心配せんでもええ。」
……はい?!って事は、ただの大袈裟な発情期なの?!
「んじゃ、何で僕は元に戻ったの?」
「それは美子様の愛じゃろう。颯様に触れた覚えは?」
う~ん……目を閉じてたから、何って言われても……
はっ!確か唇にふさふさの毛が当たったよね?!もしかしてそれって……
う、うわっ!狼男とキスしたって事?!
「ほほ!思い当たるようじゃな!ではワシは帰るとするか!」
医師が帰った後、颯がにこにこと笑顔を向けてきた。
「やっぱ美子ちゃんの愛は偉大だね♪」
「はぁ?勝手にキスしておいて何が偉大な愛よっ!」
「元に戻ったからいいじゃん♪美子ちゃん、大好き~♪」
ガバッ!と抱きつこうとする颯を、サッ!と避ける!
「発情期中はお触り禁止っつ~たろ!」
「み、美子ちゃん酷い……せっかく擬獣化が解けたのに……」
「ったく……人騒がせな発情期だな…」
キスして擬獣化が解けるとか、まるで美女と野獣じゃん……