第五十九話・番外編其のノ一
〈右京目線〉
水妖族の赤ちゃんを拾ってきた颯様と美子様の為に、鈴と一緒に赤ちゃん用品を買いに出る事となった。
「右京様!人間界の赤ちゃん用品って、どんな物が売っているのですかね♪」
「鈴、大事な所要だ。浮かれている場合では無い。」
「すみません……」
鈴は、しゅん……となってしまった。
ちょっと言い方がキツかったか……
場の雰囲気を和ませる為、貰ったチョコレートの話をしてみる。
「その……チョコレートだが、旨かった……」
「バレンタインデーのチョコレートですか?お口に合ったようで、良かったです!」
「そういえば颯様も小学校へ通っている時、沢山貰って帰ってたな。」
「ふふ!颯様は人間界でもモテモテだったのですね♪」
「あれは何の意味があるのだ?」
「女性からの告白だそうですよ。」
「告白?!」
えっ?って事は、鈴は……私を……
「他には普段お世話になっている方に感謝で渡すと、美子様からお聞きしましたが、小学生の場合は告白でしょうね♪」
「そ、そっか……感謝で渡すか……」
「……どうかされましたか?」
「い、いや……何でも無い……」
危ない、危ない……もう少しで勘違いするところだった……
「そういえば、颯様が人間界にいる時、美子様から十円のチョコレートを頂いたと喜んでおられたな。それ以外の高そうなチョコレートは全部要らないと、私達が頂いておった。」
「ふふ!その頃から颯様は、美子様に夢中だったのですね♪」
そんな話をしながら、赤ちゃん用品が沢山売ってある店に着いた。
「うわっ!可愛いお洋服が沢山♪」
「鈴、目的は粉ミルクだ。」
「そうでした……」
目を輝かせる鈴を、命令とばかりに目的の場所まで連れていく。粉ミルクを手に取ってさっさとその場を去ろうとするが、鈴に引き留められた。
「右京様、粉ミルクには哺乳瓶とやらが必要だそうですよ。」
「えっ?!そうなのか?」
「はい、こちらに書いてあります。大きさも色々ありますね……」
「そうだな……大は小を兼ねるというし、大きい物を購入しておくか……」
何だかんだと言っても、やはり細かい所に気付くのは女性だな……ここは意見を聞いておくか……
「鈴、他に必要な物はありそうか?」
「そうですね……寝かしつけるのが大変そうだったので、ゆりかごのような物があればと思ったのですが……」
「ならばそれも見ておこう。」
それから乳母車や椅子などが置いてある棚まで移動する。
「思った以上に種類がありますね……」
「そうだな……おもちゃがついているゆりかご、持ち運び出来るもの……」
二人で考え込んでいると、鈴が店員に話し掛けられている。
「何をお探しですか?」
「あの……抱っこしてないと泣いちゃう赤ちゃんのゆりかごを……」
「なるほど……でしたらこちらはいかがですか?手で優しく揺らすタイプで、赤ちゃんの顔を見ながら寝かしつけが出来ますよ!お母さんの顔が見えれば赤ちゃんも安心ですからね♪」
店員から説明を聞いた鈴は、私を見てお伺いを立てているようだ。軽く頷くと、にっこり笑って店員に向き直っている。
「ではこれをお願いします♪」
「かしこまりました!ふふ!アイコンタクトなんて、本当に仲の良いご夫婦ですね♪」
ふ、夫婦だと?!私達はそう見えるのか?!
「す、すみません……私のような者と……」
「い、いや……このような店だ……仕方あるまい……」
鈴は真っ赤になっている。私は大丈夫だよな……
焦る気持ちを誤魔化すように、そそくさとお金を払った。
……………………
鈴は、美子様の付き人兼友人としてお城へ上がった。鈴のしでかした事で反対意見もあったが、美子様の事を第一に考えて、私と左京が推薦したのだ。勿論その頃には美子様から悠を引き離したかったのも理由だが……
推薦したからと言っても鈴の事はあまり信用していなかったが、鈴は美子様の為にと、何かと熱心だった。
「右京様、美子様のお世話はどこまですればよろしいですか?お着替えの手伝いは……」
「美子様は大体の事は自分でされる。付き人としてのお世話よりも話し相手だ。」
「わかりました。」
私が付き人をしていたせいか、何かと聞いてくる。
「美子様の好きなものや、苦手なものは何がありますか?」
「鈴、お前は友達にそのような事をいちいち確認するのか?日々の話から得たものだけで充分だ。自分で出来る事を考えろ!」
「わかりました……」
随分と気持ちが空回りしているようだが、今までは自分が世話される身だったのだ。
もう少し助言すれば良かったか……
そんな中、鬼神族の大王が美子様を狙っているとの情報が入った直後、鈴は里帰りを申し出て来た。
こんな時に逃げ出すとは、やっぱり自分の身が可愛いか……
落胆を覚えながらも許可を出し、やはり美子様をお守りするのは私だけだと、心に固く決めた。
だが、鈴は大王が攻めてきた当日に戻ってきた。鬼の目潰しを作っていたそうだ。美子様には大きめの物を、幹部には小さめな物をそれぞれ渡して来た。
「右京様も念のためお持ちください。」
「……わかった。」
「何とか間に合って良かったです♪」
「そうだな……」
この時から、鈴を見る目を改めた。戦闘能力が低い白蛇族だからこそ、美子様にも使いやすい対抗手段を思い付くのだ。犬神が最強という自負とは違う美子様を守る手段に、少し感心した。
……………………
店からの帰り道、私はゆりかごが入った大きな箱を担いでいる。そして鈴は粉ミルクや小物など、少し重たい物を持っている。
「鈴、少し持つよ。」
「大丈夫です。右京様は大きな箱をお持ちですし、こう見えて私も、もののけですよ♪」
「こちらで自分の身を明かす事は御法度だ!誰が聞いているかわからないだろ!口を慎め!」
「す、すみません……」
……また言い方がキツかったか……
「そ、その……こちらで素性がバレた場合、危険になるのはお前の方だ。気をつけるように……」
「はい……すみませんでした……」
く、空気が重たい……
必死に頭を巡らせて、何とか話し掛けてみる。
「な、何か困っている事は無いか?」
「そうですね……美子様はあまり我が儘を仰いませんので、ご要望があまり分からないですね……私にも気を遣って下さいますし……」
ぷっ!
思わず吹き出しそうになった。
自分の事ではなく、美子様の事か!鈴も付き人として立派になったものだ!
「こちらで美子様が良く行かれるカフェとやらがあるが、行くか?たぶんお好きなのだと思うぞ。」
「わっ!嬉しいです♪でも今日は荷物が沢山ですから無理ですね……」
「そ、そうだったな……」
失敗したか……
「では、またこちらに来る機会がありましたら、お願いします♪」
「わかった。」
「その時には、また颯様と美子様のお話を聞かせて下さいね♪」
次の機会なんてほぼ無いだろうが、鈴がにっこり笑ってくれた事に、安堵した。
もののけの世界へ戻り、鈴はまた私から助言を求めるようになっていた。
「右京様、こちらが無くなりそうなのですが、何処で用意されましたか?」
「これは人間界の物だな。美子様と一緒に買い物でも行くと良い。」
「わかりました。教えて頂いてありがとうございます♪」
笑顔で去っていく鈴の後ろ姿を見送っていると、女中頭から呼び止められた。
「右京様、ちょっとよろしいですか?」
「はい、何でしょう。」
「鈴の事です。」
声を落として言われた事が、余計に嫌な予感を掻き立てた。
「右京様は最高幹部の中で、最後の独り身です。」
「それがどうかしたか?」
「犬神の娘以外にも、右京様を狙っている娘は沢山おります。」
「……それは誠か?」
「はい……右京様は真面目なので、お気づきになっておられないと思いますが……」
嘘だろ……そんな話は聞いた事が無いぞ……
「そのような娘はいつぞやの悠みたいに地位しか見てない者が多いので、気を遣ってやる必要はありませんが、最近、右京様が鈴に肩入れしておるように見えまして……」
「そんな事は無い。美子様の事で相談を受けているだけだ。」
「地位狙いの娘の中には、そう見ておらぬ者もおります。その者が鈴に何かしないとは限りません。」
「それは鈴が嫌がらせを受けるという事か?」
「左様にございます。」
「大丈夫だ。必要以上に関わらなければ良いだけだ。」
その時は、それが最善策だと思っていた。どうせ下らない噂だろうと……