第五十七話
城門前で、妖犬に変化した右京さんの背中に乗った。
「美子様、おやめ下さい!」
城下町の人達からも引き止める声が聞こえてくる。
「今は大王が城下町にいるから、颯達が満足に戦えないの!火が使えるように外れにある田んぼまで大王を引き付けなきゃ!」
「だが、火を使えば次の米が育つかどうか……」
一人の三つ目おじさんが、ボソッと呟いた。
あ……この人の田んぼか……そりゃ心配だよね……
「お願い!復旧には私も手伝うから、田んぼを貸して下さい!」
お願いしてみたけど、おじさんは黙ったまま俯いてしまった。
やっぱ駄目か……
その時、城下町の人達の中から誰かが叫んだ。
「俺の畑に連れて行け!山側だ!」
「おらの所は川沿いだ!颯様を戦わせてくれ!」
次から次へと畑の場所が叫ばれる。
「みんな……ありがとう!必ず大王を仕止めてくるね!」
今の私はジャンヌダルクだ!ちょっと逆恨みが入ってるけど、関係無いっ!行くぞ~~!!
改めて気合いを入れ、右京さんに声をかける。
「よしっ!右京さん、行こう!」
「美子様!しっかりと私の毛を握って下さい!振り落とされないように!」
ダッ!と駆け出した右京さんの背中にしがみついて、大王の側まで駆け寄った!
「美子……やっと……来た……」
地を這うような大王の声に、颯が私達を振り向いた!
「み、美子ちゃん!何で来たの?!」
「颯!外れの畑まで行くよ!」
「わ、わかった!」
次は、大王の気をひく為に、わざと大きく手を振る。
「大王さん♪私はここよ~♪」
「美子……妾……」
ったく!それしか頭に無いのかよっ!このスケベ親父がっ!
「右京さん!大王がこっちを向いた!一気に走って!」
「了解です!」
「うわっ!」
右京さんが全速力で駆け出すと、背中の揺れが更に大きくなる!
振り落とされるっ!って、大王が追い付きそうじゃん!
ツルッ!
「や、ヤバいっ!きゃっ!」
必死に右京さんの背中へしがみついたけど、畑に入ったところで滑り落ちてしまった!
「美子様!」
気がついた右京さんが戻って私をくわえようとした!けど、それよりも前に、大王の掴む手が早かった!
「美子……やっと……俺様の……ものだ……」
ひぇ~~!まるでキングコングに捉えられた女性みたいじゃん!ってか、私が人質になったら何の意味無いじゃん!
いや……逆にチャンスかも……
追い付いてきた颯達は、遠巻きに大王の隙を狙っている状態だ。
「美子……さぁ……我が城へ……」
「ちょ、ちょっと!離しなさいよ!あんたの妾なんてならないからっ!」
「何を……約束した……だろ……」
「こんなデカい人と約束してないっ!本物かどうか、顔を見せなさいよ!」
「俺様の……顔を……見て……思い……出せ……」
大王が顔の高さまで私を掲げた。
作戦成功~♪
サッ!と懐から、鈴ちゃんに貰った目潰しを取り出す!
「このっ!私のバレンタインデーを返しなさいよっ!!」
バコッ!
思いっきり大王の顔に向かって投げつける!
「うおぉぉ……目が……」
大王が苦しそうに目を両手で押さえ始めている!
やったぁ~♪
……って、目を両手で押さえてる?私って、今、浮いてるの?!
そう思った瞬間、一気に急降下!
「きゃぁ~~!!落ちるぅ~~!!」
バサッ!
羽音が聞こえて、フワッと身体が浮いた!気づけば、翔に抱きかかえられている。
「翔!助かったよ~♪」
「まったく、無茶してくれますね……寿命が縮む思いですよ……」
「ふふ!ごめん、ごめん♪」
「まぁ、お陰で助かりました。城下町ではいくら言っても、颯は炎を出しませんでしたから。」
「やっぱりね……」
「後は犬神に任せましょう。」
畑を振り返ると、大王の回りから一気に火柱が上がった!
「うわっ!な、何?!」
「犬神達が囲みましたね。この炎から逃れられる者はいません。」
「颯は?颯の姿が見えないけど……」
「颯は炎の中でしょう。大王との直接対決、高みの見物としましょう。」
そう言って翔は、少し離れた森の高い木の枝に私を座らせてくれた。
「それよりも美子さん、目潰しを投げる時に言っていた、バレンタインデーを返せとはどういう意味ですか?」
「……はぁ?!い、今、その話なの?」
「ええ、人間界には詳しいと自負していましたが、まったく分かりませんでしたので……」
そ、そりゃ、わかる訳無いじゃん……
「た、大した事無いって!それよりも見届けようよ!」
「そうですね。」
ふぅ……話が逸れて助かった……
それから畑に目を向けた。大王は暴れているみたいだけど、炎の外には出られないみたいだ。
「あっ!あれは!」
その時、暴れている大王が黒い炎に包まれた!黒い炎の中から出てきたのは、颯だ!
違う!黒い炎を纏った颯が、大王の回りを飛んでる!
「こ、これは……」
翔が驚いている。
「ん?翔、どうしたの?」
「実は千年戦争の伝書に、炎の化神となった犬神は、黒い炎を身に纏った、と記されていたのです。水龍の時は赤い炎だったので、颯は当時の当主より劣ると思っていました。」
「そうなんだ。黒い炎って、そんなに凄いの?」
「あの炎は妖力を焼き尽くす炎です……」
その言葉どおり妖力を無くした大王は、少しずつ姿を小さくしていく。そして、完全に炎の中へと飲み込まれていった。
炎が収まり、焼け跡には灰一つも残っていない。
終わった……これで終わりだ……
大王を囲っていた犬神の幹部達は安堵の表情を浮かべている。颯は一人、焼け跡の中心をじっと見ていた。
「颯……」
恐る恐る颯に近付いて声を掛けてみる。
「美子ちゃん……いつも思うんだ……何処かで間違わなければ、この命を奪う事は無かったかもって……」
あ……そっか……
産まれた時から、お母さんの命を奪ったと背負い込んでいる颯だ。きっと人一倍、命に対して繊細なのかもしれない。強大な力を持つには、優し過ぎるのだろう。
「颯……きっと悪い心は燃え尽くされたから、生まれ変わる時には善人になってるよ……」
「そうだといいね……」
ふっ、と颯が傾いた。
「颯!」
咄嗟に倒れる颯を抱き留める!
「美子ちゃん……ちょっと体力、使い過ぎたかも……」
「颯!しっかりして!」
サッ!と左京さんが駆け寄ってきて、代わりに颯を支えてくれた。颯は気を失っているみたいだ。
「黒い炎で、相当体力を消耗されたのでしょう。私がお城まで運びます。」
左京さんが妖犬に変化して蹲った背中に、右京さんと中京さんが颯を乗せた。
そして、颯が落ちないようにゆっくりと歩きながら、お城まで歩いた。その間、右京さんが私の事を、勇気ある行動力だとベタ褒めだ。
そんなに褒められると照れるんだけど……
ちょっとくすぐったい気持ちで歩いている時、中京さんが尋ねてきた。
「ところで美子様、目潰しの時に何か叫んでいましたが、何と言われたのですか?」
「ぶっ!」
思わず吹き出した!
み、みんなに聞こえてたの?!
「確かバレンタインデーがどうとか……」
「き、気にしないで!大した事じゃぁ無いからっ!」
そ、そうだ!ベタ褒めされて、いい気になってる場合じゃぁ無い!私の原動力って、一大決心を潰された逆恨みじゃん!
「しかし、自ら囮になって大王を引き寄せるとは、見事な勇気と知恵ですね。これは後世まで語り継がれるでしょう。」
「い、いや……それは遠慮しとくよ……」
ぜ、絶対バレないように、原動力だけは墓場まで持っていこう……
お城へ戻ると、城下町の人達から更に盛大な歓迎を受けた。
「美子様!万歳!」
「流石は犬神の次期奥方様だ!自らの身を投げ出して、我々をお守り下さった!」
ちょ、ちょっと!この祭り上げは一体何?!
「美子様を称える為、今日は後世に残す記念日だ!」
はぁ?!恥ずかし過ぎだってば!
「い、いや、大袈裟だってば!」
「またまた謙遜を♪」
まったく謙遜しておりません!
「その奥ゆかしさ、更に感動だな!」
原動力を知られたくないだけです!
「今から祭りだ!」
「お~♪」
へっ?!ま、マジで誰か助けて~!
「すみません!美子様はお疲れにございます!恐れ入りますが、休ませて下さい!」
て、天の声だぁ~♪
声の主は駆け付けてきた鈴ちゃんだった!鈴ちゃんはわざとらしく私の肩を支えるようにして、お疲れアピールに一役かってくれた。
「ささ、美子様、寝所を整えておりますよ!ゆっくりお休み下さい♪」
「鈴ちゃん!ありがと~♪」
鈴ちゃんは軽く私を抱えるようにしながら、城下町の人達へ向き直る。
「では皆様、お祝いはまた後日という事にして、今日は気をつけてお帰り下さいませ!」
鈴ちゃんの言葉を聞いた城下町のみんなは、諦めたようにぞろぞろと帰り始めた。
「鈴ちゃん、助かったよ♪」
「ふふ!何となく笑顔が引きつっていましたよ♪颯様は既に寝ておいでです。」
「そっか!私も昨日は寝てないし、ゆっくりさせて貰うよ♪」
部屋に入り、寝ている颯の枕元に新しく作ったマフラーを置いた。
「颯……お疲れさま♪」
無防備に寝ている颯の寝顔を見ていると、何となく平和を感じるな……
「おやすみ……ゆっくり休んでね……」
颯の横に潜り込んで、すぐに深い眠りについた。
目が覚めたのは、翌日になっての事だ。先に起きた颯の声で起こされた。
「うわっ!新しいマフラーだ~♪」
「……ん。颯、おはよう……」
目を擦りながら上半身を起こす。
「美子ちゃん!もう一つのプレゼントって、マフラーの事だったんだね♪」
はっ!そうだ!そう言えば、もう一つプレゼントがあるって言ってたよね!しかも、それがマフラーだって誤解されてるっ!
「嬉しいよ♪今回は二色なんだね!」
毛糸が足りなかったから二色使ったなんて、言えない雰囲気だな……
「う、うん……魁くんとも私ともお揃いだよ。」
「今度こそ大事にするよ!そうだ!金庫へ入れておこう♪」
立ち上がろうとした颯を急いで引き止める!
「つ、使わないと意味無いじゃん!それにボロボロになるまで使ってくれる方が嬉しいからさ!」
「そう?でも、ボロボロになるのは嫌だな……」
「沢山使ってくれた証拠だよ♪ボロボロになったら、また作るからね!」
「美子ちゃん、ありがと~♪」
「どういたしまして!はは……」
こうして私の一大決心は、マフラーにとって変わられた。




