第五十六話
夕方になり、城下町から避難してきた人達が、続々とお城に押し寄せてきた。
「慌てないで下さ~い!中庭も空いていま~す!」
「足腰が悪い者と乳飲み子を抱えている者は城内へ案内します!申し出て下さい!」
お城のみんなが声を張り上げて、城下町の人達を案内する声が聞こえてくる。私は炊き出しのおにぎりをせっせと握った。
「美子様にもお手伝いして頂き、恐縮です……」
一緒におにぎりを握っていた女中頭さんが、申し訳なさそうに軽く頭を下げてくる。
「このくらい大丈夫だって♪後で港へ行った颯達にも届けようかな!」
「ですがまだ安全かどうか……」
「だよね……」
今は伝書烏を待っている状態だ。
「美子さん、水妖族が船を沈めるのに成功したそうです。暗くなってきたので、生死の確認が出来ないようですが、ひとまず安心ですよ。」
声のした方に目を向けると、台所の入り口に翔が立っていた。
「翔!どうしたの?!びっくりしたよ♪」
「ふふ!ちょっと戦況報告に来てみました。」
「って事は、落ち着いてるんだね♪」
「はい。おにぎりをお持ちするのなら、お付き合いしますよ。」
「ありがと~♪」
それから居残り組の右京さんに許可を貰って、翔と一緒に港へ向かう。城下町の外では雪妖族のみんな、港では颯や蒼井くん、瞬、涼さん達が寛いでいた。
「みんな~!おにぎりを持って来たよ♪」
「おお!雪沢、助かるよ!」
最初に蒼井くんが、おにぎりの包みを受け取りに来た。
「船を沈めるのに成功したんだって?」
「ああ、荷送人は鬼ヶ島に残されたらしいから、遠慮なく出来たよ。」
「そっか♪」
みんなにおにぎりを配りながら、蒼井くんが説明してくれた。その近くで颯が翔に噛みついている。
「何で美子ちゃんを連れて来た!万が一の事があったら、どうするんだ!」
「その時は美子さんを抱えて逃げますから。」
「翔も戦闘要員だろっ!」
「大丈夫です。万が一颯が負ける事があれば、美子さんは責任持って引き受けますよ。」
「そんな事を言ってるんじゃぁないっ!」
はは……久しぶりに翔のブラックオーラを見たな……颯は心配してくれてるだけだろうし、ここはさっさと退散するか……
「颯、すぐに帰るから大丈夫だよ♪」
「ごめんね……美子ちゃんに逢えたのは嬉しいんだけど、大王は、かなりの変化が出来る筈なんだ。やっぱ生死がはっきりしないと安心出来なくて……」
「わかってるって!お城で待ってるからね♪」
「うん♪」
その時、ゴゴゴゴ……と、地響きのような音が聞こえてきた。
「え?地震?!」
「いや、違う……」
ザバッ!!!
いきなり海面に、巨大な丸い水の塊がっ!
「な、何?!」
浮き出てきた水の塊が人の頭だとわかるまで、そう時間はかからなかった。
「美子の……気配……だ…………」
身体の底まで響くような大王の声が聞こえてくる!塊から水が完全にひくと、中から巨大な赤鬼が現れた!
「う、嘘!もしかして大王?!」
2~30メートルはありそうな大きさだ!しかもお約束どおりの虎柄パンツだっ!
って、そんな事、感心してる場合じゃぁないっ!!
「美子ちゃん!逃げて!」
颯が叫ぶと同時に、翔が私を抱きかかえる!
「美子さん!しっかり掴まって下さい!」
「うん!」
バサッ!と翔が羽根を広げ、あっという間に空へ飛び立った!
「美子……待……て……」
大王の声が、城下町に響く。
「あれが大王?!鬼ヶ島で見た大王とまったく違うけど……」
「大鬼に変化出来るかもという、颯の読みが当たりましたね……」
「そうなんだ……」
バキバキッ!
氷の音が聞こえて港を見ると、巨大な氷のオブジェが出来ている。
「やった!涼さん達だね♪」
「あれも一晩持てばいいでしょう……」
「えっ?そうなの?!」
「恐らくですが……お城のみんなには、今のうちに戦闘準備するよう伝えて下さい。夜が明ければ、犬神は総動員になる可能性があります。」
「わかった……」
翔に抱えられたままお城の最上階の部屋へ飛び込むと、右京さんが待っていた。
「美子様!ご無事で何よりです!」
「右京、犬神のみんなに戦闘の準備をさせて下さい。下手すれば城下町全てを焼き払う可能性があります。」
そう言い残して、翔は再び飛び立っていった。
「右京さん……城下町を焼き払うなんて事になるの?」
「大丈夫です。颯様はそれを避ける筈です。」
「だよね……」
それから城下町全体が見渡せる回廊に出て、港の様子を伺った。氷のオブジェのおかげで、すぐに方角がわかる。
水龍はあれで終わりだったけど、鬼の大王は無理なんだよね……いつ氷が崩れ落ちるか……
みんなに戦闘準備を伝えてきた右京さんが最上階へ戻ってきた。
「右京さんは準備はいいの?」
「私は美子様をお護りする最後の砦ですから。」
「ふふ!砦にならない事を祈っておくよ♪」
その時、久しぶりの声が聞こえてきた。
「私も美子様の最後の砦になる覚悟ですよ。」
回廊へやって来たのは、鈴ちゃんだった。
「鈴ちゃん!里帰りしてたんだよね!」
「暫く留守にして申し訳ありません。こちらを美子様にと思いまして……」
そう言いながら、一つのお手玉のような物を手渡された。軽く握ると粉がフワフワと舞い始めている。
「あっ!まだ握っては駄目です!これは鬼の目潰しの薬がたっぷりと入っています!」
「へぇ~!凄いね!」
「懐に忍ばせて、いざという時に使って下さい。」
「ふふ!いざという時が無いとは言えないかもね!前の痺れ薬も助かったし♪」
夜明けが近づき、空が薄っすらと明るくなってきた。まだ鬼の大王は氷漬けのままのように見える。
そこへ、戦況を伝えにきた伝書烏がお城へ向かって飛んできた。右京さんがすかさず手紙を受け取り、それを開いている。
「右京さん、どう?」
「……氷にヒビが入り、その度に雪妖族が固め、またヒビが入る……その繰り返しだそうです。夜明けと共に上半身だけ溶かし、犬神と烏天狗が攻める予定だそうです。」
「そうなんだ……涼さんの力でも抑えきれないんだ…」
「城下町手前に張られている氷の城壁前に、城内の犬神を送ります。」
右京さんが去った後、深い溜め息をついた。
「何だかみんなに迷惑を掛けてるな……」
「美子様のせいではありませんよ。むしろみんなは、大王を潰せる絶好の機会だと思っていますから。」
鈴ちゃんは慰めてくれるけど、当事者の私だけがお城で過ごすって……まぁ、妖力なんて無いし、行っても足を引っ張るだけなんだよね……
「ってか、何で夜明けまで待つんだろう……鬼は太陽が苦手なの?」
「烏天狗が、夜は苦手だからかと思います。」
「えっ?!そうなの?」
「鳥目だから、暗いと見えにくいそうです。味方を傷付けてもいけませんし……」
「なるほどね……」
そういやぁ、童謡でも烏は夕方には巣へ帰ってるよなぁ……
バキバキッ!
その時、氷の砕ける音がお城まで聞こえてきた!
「な、何?!」
「あっ!氷が砕かれたかもしれません!」
「嘘っ!」
土埃が一気に立ち上がったと思うと、巨大な赤鬼が城下町へ向かって走ってくるのが見える!
そして、バキバキッ!と氷の城壁を壊した!
「ま、マジで?!凄い馬鹿力じゃん!」
赤鬼は城下町の入り口辺りで止まった!
「美子……俺様の……妾……」
はぁ?!
聞こえてきた大王の声にカチン!ときた。
あのスケベ親父……私の一大決心を潰しただけでは飽き足らず、まだ妾を増やすつもりかっ!マジでムカつくっ!!
「美子様!」
バタバタと走りながら右京さんが駆け寄ってきた。
「美子様は人間界へ避難なさって下さい!」
「で、でも……」
「恐らく今は、颯様達がこれ以上城下町へ入るのを防いでいる状態だと思われますが、颯様は火を使う事を躊躇っておられるかもしれません!もし一気に攻め込んできた場合、一番危ないのは美子様です!」
「だけど……」
それでも躊躇う私に、鈴ちゃんも逃げるように進言してくる。
「美子様が連れ去られては、誰も手出しが出来なくなります。お願いです……人間界へお逃げ下さい……」
確かに私が人質になった時、颯は何も抵抗出来なかったよね……それに火を使えば城下町は火の海になるかも……
……ん?今、城下町にいるから颯達は応戦しか出来ないんだよね?!
「右京さん!私を大王の側まで連れて行って!」
「み、美子様!正気ですか?!」
「私がお城にいるから、大王はこっちに向かってるんでしょ?!だから側を通って、城下町の外れにある田んぼまで大王を引き付ければ、颯達は火が使えるじゃん!」
「それは、確かに……ですが、それでは美子様が危険に……」
「その時は右京さんが護ってくれるんでしょ!頼りにしてるよ♪」
「美子様……」
右京さんは感極まったように、うるうるした瞳で私を見始めた。
よし!もう一息!
「右京さんさえ一気に走ってくれれば、私に危険は無いからさ♪」
「……わかりました。私が命に代えても美子様をお護り致します!」
「はは……命に代えられると寝覚めが悪いから、なるべく避けてね……」
大王、待ってろ!私の一大決心を潰してくれた恨みを晴らしてやるっ!!
ほぼ逆恨みのような気合いを入れた!