第五十五話
バレンタインデーも近くなり、鈴ちゃんと人間界へ買い物に出掛けた。鈴ちゃんが雪女の妖艶な雰囲気を紛らせてくれる香水を作ってくれたので、最近は安心して出掛ける事が出来る。
「バレンタインデーとは、聞いた事が無いですね……」
「人間界の行事だからね!女の人からチョコレートを渡して告白したり、お世話になっている人に渡したりするんだよ♪」
「そうなのですね。って事は、いよいよ颯様の手付ですか♪」
「はぁ?!ちょ、ちょっと!何でそうなるの?!」
「だって、女性から告白する日ですよね?」
「そ、それは間違ってないけど、いきなり手付って……」
「ふふ!失礼しました♪」
そういえば、私の覚悟ができるのを待つって言われてから、颯は何も手出しをして来ないよね……その話題にも触れないし……
ここはバレンタインデーに乗じて私から……
い、いやっ!何を考えてるのっ!なんてはしたないっ!!
でも、下着まで買っちゃったし……
ち、違うっ!あれはただの準備で!って、何の準備だよっ!!
いきなり嫁ってのが、ハードル高いんだよな……でも颯は、人間界のようにまずは彼氏と彼女って言ってくれたし、付き合ってるんなら、自然な事だよね……
「美子様?」
「……」
「美子様?どうかされましたか?急に難しい顔をしたり赤くなったり……」
はっ!
気がつけば、鈴ちゃんが私の顔を覗き込んでいる。
「はは……な、何でもないよ♪」
「そうですか?何か悩みがあれば、鈴にも言って下さいね。」
「大丈夫!大丈夫!ありがとね♪」
ふう……こんな悩みなんて言えないってば……もののけに相談すれば、帰ってくる答えは一つなんだし……
「ところで、鈴ちゃんは誰か渡したい人はいるの?」
「いえ……今はお城でお世話になっているだけで有難いですから……」
「そっか……だったら右京さんと左京さんにどう?あの二人が鈴ちゃんを招いているしね!」
「そうですね……ではお礼としてお二人に用意致します。」
そんな話をしながらショッピングモールに着くと、特設会場は乙女達の戦場と化していた。
「す、凄い……」
「だね……私も初体験だよ……」
人混みを掻き分けて、何とか手作りコーナーへ辿り着く。
「わぁ♪手作りキットがいっぱい!マカロンまで売ってる♪」
「ふふ!美子様、目がキラキラしていますよ♪」
「まあね♪でも、颯以外にお城のみんなって考えたら凄い量になりそう……」
悪いけど、みんなには手が掛かる物は無理だな……
結局、颯以外は、型に流し入れるだけの簡単なキットを買うことにして、颯にはフォンダンショコラを作る事にした。
買い物が終わってお城へ戻ると、右京さん、左京さん、颯が揃って神妙な顔つきをしている。
「ただいま。颯、何かあったの?」
「美子ちゃん、おかえり~♪美子ちゃんは剛って名前の子供を知ってる?」
「知ってるよ。町で助けた鬼の子供だよ。」
「あの子かぁ……」
「剛くんがどうかした?」
三人の側に座ると、左京さんがゆっくりと口を開いた。
「実は鬼ヶ島への荷送人が、伝言を頼まれたらしく……鬼の大王が美子様を狙っていると……」
「剛くんが言ってたの?」
「剛の父だと言えばわかると言われたそうです。ご存知ですか?」
「うん。鬼ヶ島にいる時、家に匿ってくれようとした人だよ。」
「なら信用度は高そうですね……美子様への執着の仕方が異様だとの事です。」
鬼の大王って、妾が沢山いるスケベ親父だよね……
「でも、何でそこまで私に拘るんだろう……妾さんも沢山いるみたいだし……」
「恐らくですが、長年鬼神族は封印されていたので、他の種族への免疫が少ないのでしょう。なので、雪女の妖艶な雰囲気に惑わされた可能性があります。好色であればある程、効果は絶大ですから……」
「成る程ね……」
恐るべし……雪女パワー……
それから主要当主がお城へ呼ばれて、緊急会議が行われた。荷送船が奪われた時を想定しての話し合いだ。
まず、口火を切ったのは、翔だ。
「いっその事、荷送船を止めてしまえばいいでしょう。どうせ鬼達ですから。」
確かにごもっともな意見で……
その意見を颯がたしなめている。
「だけど、美子ちゃんの話では、大王が贅沢三昧で町の人達はまともな家にも住めないみたいなんだ。食べ物も無いらしくて……」
瞬も颯に同意している。
「今回は美子が狙いだと言うが、生活の困窮からくる反感が、城下町に攻め入る原因にもなりうるであろう。大王を潰して民衆には恩を着せておくのが、将来的には得策だと思うぞ。」
へぇ~、瞬ってただのエロ狐じゃぁ無いんだ……
それから話は大王のみにターゲットを絞り、大王が攻め込んで来た時に城下町を守る準備をしておく、という方向で決まった。
「翔は荷送船に伝書烏を常につけてくれる?異変があったらすぐに城下町へ知らせるように。」
「わかりました。」
「船が強奪されたら、潤達水妖族が沈めるように。ただし、荷送人はすぐに助けてね!」
「そのように待機させておきます。」
「仁は鼠を使って、城下町の人達をお城へ逃げるよう指示して。」
「承知した。」
「涼さん達雪妖族は、城下町へ入るのを防いで下さい。」
「了解した。」
「僕達犬神は城下町へ入る前に、大王を仕留めるようにするから、みんなよろしくね!攻めて来なかった場合は、また鬼ヶ島の町の人達をどうやって解放するかを考えよう。」
てきぱきと指示をしていく颯を、ぼぉ~っと見てしまった。
やっぱもののけの総大将なんだね……
私の視線に気付いた颯が、にっこりと微笑みかけてくる。
「美子ちゃん、どうしたの?心配しなくても、ちゃんと護るからね♪」
「……へっ?!う、うん、よろしくね♪あはは……」
もう少しで見惚れてたのが、バレるところだった……
って思ったのは、甘かった。
「美子、今、颯に見惚れてたであろう。」
瞬がニヤニヤしながら私を見ている。
「ば、馬鹿だろっ!違うからっ!」
「そんなに焦るのは、図星という事か!ついに今宵は手付けかぁ……颯も大人になるのだな……」
「エロ狐は黙ってろ!」
ここで颯が助け舟を出してくれた。
「美子ちゃんの覚悟が出来るまで待つから、大丈夫だよ♪」
「手付けは無しにしても、一緒に風呂くらいは入るのであろう?」
ピタッ……
瞬の言葉に颯の動きが止まった。
「美子ちゃんと……一緒に……お風呂……」
そう呟いた瞬間、ブホッ!と鼻血大放出!!
「ちょ、ちょっと!颯!!」
控えていた左京さんが颯を抱きかかえ、右京さんが鼻血を止めるのに必死だ!
「瞬!お前は常に口を閉じておけっ!!」
「はは!この調子じゃぁ、颯にも覚悟が必要だな!」
「そんなもん必要ねぇよっ!」
やっぱ瞬は、ただのエロ狐だった……
新しい颯のマフラーも完成!フォンダンショコラはプレゼントの前に軽く焼けば、中からトロトロのチョコレート♪
そして、もう一つのプレゼントは、わ・た・し♪
って、馬鹿かぁ~~~!!!
明日はついにバレンタインデー!下着をやっと袋から取り出して、タグを切った。
「う~ん……どうやったらその方向に持って行けるか……自分から誘うってのは恥ずかし過ぎだし……」
って、こんなにウジウジする性格って、自分で初めて知ったわ……
「美子ちゃん、また悩み事?」
「うわっ!そ、颯!いつの間に見回りから戻ったの?」
「ついさっきだよ♪」
「お、おかえり……」
ふぅ……独り言は聞かれて無いよね……
「み、見回りはどうだった?」
「特に何も無いかな。美子ちゃんが居ないと寂しいけどね……」
そう言って颯は、私の後ろから抱きついてきた。
私は念のため、外出を出来るだけしないように言われている。
「ごめんね、美子ちゃん……退屈させちゃって……」
「ううん、仕方がないよ。早く鬼の大王が諦めてくれればいいんだけどね……」
「そうだね……だけど、鬼ヶ島のみんなも出来れば大王から解放してあげたいな……」
「ふふ!颯のそ~ゆ~ところ、好きだな♪」
颯は私の言葉に、ピクン!と反応した。
「え?今、何て言った?」
しまった!もしかして、今、好きって言っちゃった?!
「よく聞こえなかった!もう一度言って♪」
「絶対聞こえてただろ……」
「だって、嬉しいんだもん♪」
「きゃっ!」
ドサッ!
後ろから体重をかけられて、二人で倒れ込んでしまった!
「ご、ごめん……」
「もう!危ないじゃん!」
……えっ?!
気がつけば、完全に押し倒されてる状態じゃん!しかも、颯は退く気配無しっ!
こ、この体勢は……もしや……このまま……
「美子ちゃん……ちゅ~♪していい?」
「う、うん……」
目を閉じると、そっと唇が重なってくる。最初は遠慮がちだった軽いキスが、優しく深く重なっていった。
「ん……」
思わず漏れた甘い声に反応するように、更に深く絡み合っていく……
キスだけでこんなに幸せを感じるなんて……
颯……好きだよ……
ガバッ!!
突然、颯が離れていった!
目を開けると、そこにはふわふわの耳が頭に、フサフサの大きなしっぽがお尻から生えた颯の姿が!
「ご、ごめん!理性が負けるところだった!」
そう言いながら、手を引っ張って起き上がらせてくれる。
「美子ちゃん、本当にごめん!」
「い、いや……」
ここは……ここで言わなきゃ、いつ言うの!!
「颯……明日はバレンタインデーでしょ?」
「うん。チョコレートをくれる日だよね♪」
「それで……実はもう一つプレゼントがあって……」
バサバサッ!
その時いきなり翔が、窓から入ってきた!
「颯!荷送船が襲われたと連絡が!」
「来たか!」
え?え?まさか鬼の大王が?!
「美子ちゃんは絶対にお城から出ないで!」
「わ、わかった!」
颯は私に念押しをしてから、翔に状況を聞いている。
「翔、みんなの連絡は?」
「伝書烏を放ってます!」
「わかった!とにかく状況確認と城下町のみんなの避難が先だ!」
バタバタと二人は部屋を出ていく。
「気をつけて!」
走り去る二人の背中に投げ掛けると、二人は走りながら手を軽く挙げていった。
ってか、私の一大決心は、ど~なった!!ど~してくれるんだっ!!
大王め!絶対に許さないっ!!フルボッコにしちまえ~!!




