第五十四話
神社で住み込みの仕事を始めて、三日が過ぎた。
人間界へ戻っても、常に右京さんが私の護衛兼教育係りで側についている。
今日はママが神社へ遊びに来てくれると聞いて、朝から日課の掃除に精を出していた。
あれ?
境内にポツンと一人の子供が座っているのに気付いた。
ってか、かなり小さな子だよね……1~2歳くらいかな……
近寄って声を掛けてみる。
「ぼく、どうしたの?お母さんと一緒に来たの?」
その小さい子供は顔を上げて、じぃ~っと私を見始めた。
うわっ!くりくりのお目々!!めっちゃ可愛い~♪
「って、まだお話は難しいかな♪」
なるべく怖がらせないように、しゃがんで目線を合わせてみる。
「僕、喋れるから……」
「えっ?!す、凄いね……しっかりしてるね……」
「やっぱりこの姿でもわからないか……颯だよ。」
「……へっ?!そ、颯なの?!何で小さくなってんの?」
「人間界の器を作り直したからね……」
「そうだったんだ~!めちゃめちゃ可愛いよ♪」
「覚えていなくても、同じ反応だ……だから男として見て欲しいんだけど……」
ちょっと拗ねた小さな颯、可愛い過ぎっ♪
「今日はママが来るから、パウンドケーキを作ってるよ!後で、あ~ん!してあげるね♪」
「玲さんが来るって聞いてるから、早めに来てみたんだけど……」
益々拗ねて口を尖らせている。
「ふふ!拗ねないでよ!益々ツボに嵌まっちゃいそう♪」
小さな颯と一緒に社務所へ戻ると、右京さんがゴミ箱の中身をまとめているところだった。
「右京さん、このゴミは何処へ捨てればいいの?」
「神社の裏側に焼却炉があるので、そちらへお願い出来ますか?」
「了解です。」
小さな颯に向き直って声を掛ける。
「颯、ちょっとゴミを捨ててくるね!」
「僕も行く!」
「ふふ♪お手々繋いで行く?」
「完全に赤ちゃん扱いでしょ……」
「拗ねないの♪」
颯の小さな手をキュッ!と握って、神社の裏側にある焼却炉までやって来た。
「ちょっと待っててね!すぐに捨てちゃうから!」
ゴミ箱を一旦置いて焼却炉の蓋を開けた時に、ふと中身に目が止まった。
「ん……?あれって、もしかして……」
「ん?美子ちゃん、どうしたの?」
「これ……」
焼却炉の中に手を突っ込んで、半分燃えてしまった見覚えのある物を取り出してみる。
「あっ!!僕のマフラーだ!!」
「やっぱり……何でこんなところに……」
その時、カサッ!と砂利を踏む音がした。
「誰だ!」
小さな颯が、咄嗟に私を庇った。
か、可愛い~♪ちっちゃなナイトだ♪って、思ってる場合じゃぁない!
音がした方を振り向いてみると、そこには悠さんが立っている。
「驚かせてしまいましたか……颯様がこちらへいらっしゃっているとお聞きしたもので……」
「許可なく人間界へ来る事は禁じられている筈だ!」
「左京さんに許可を頂きました。」
それを聞いた颯が、悠さんに向かって叫んだ。
「美子ちゃんに手を出すな!」
「えっ?ど~ゆ~事……」
颯に聞き返す間もなく、右京さんが悠さんの後ろ側まで駆け付けてきた!
「悠!そこで何をしている!」
「颯様を探しておりました。」
「誰の許可を得てこっちへ来た!」
「左京さんです。」
「やはり犯人はお前だったか……犬神の身内にそんな奴は居ないと信じたかった……」
「何のお話ですか?」
「貴様に許可を出す幹部は、誰一人いない。全員お前を疑っているからな。」
「チッ!」
ダッ!と悠さんが駆け寄ったかと思った瞬間、ガシッ!と私の首に腕を回してきた!
「動くな!」
「悠さん……何で……」
「決まってるじゃない!後から現れた人間なんかに、颯様を横取りされてたまるものですか!」
少し離れたところで、右京さんと颯がジリジリにじり寄りながら様子を伺っている。
「悠!諦めろ!」
うっ……逃げ出したいけど、スリーパーホールドをガッチリときめられてるし……
「寄るな!この女を燃やすわよ!」
ボッ!と悠さんの手から火が出されて、背中にゾッ!と悪寒が走った!
う、嘘っ!悠さん本気だ!マジで燃やされるっ!誰か助けて~~!!
「あら、同じ犬神だからって手抜きは止めてくれるかしら。」
バキバキッ!
ママの声が聞こえたかと思うや否や、火を出していた悠さんの手が一瞬で凍った!
「ま、ママ!」
声のした方を見ると、ママに涼さん、鈴ちゃんと左京さんが立っている。
「悠が祠へ入って行ったと聞いて急いで来た次第ですが、遅かったですか……」
左京さんは顔をしかめ、ママはこっちを鋭く睨み付けている。
「今すぐこの氷を溶かしなさい!でないと、あなたの娘の首をへし折るわよ!」
悠さんがママに向かって言葉を投げかけると、グッと首を締める腕に力が入った。
「うっ……」
く、苦しい……
「貴様!今すぐその言葉を後悔するが良い!」
バキバキッ!
ママが叫んだ瞬間、悠さんの全身が氷付けになった!
す、凄い!ってか、ママ……首が苦しいままなんだけど……
「あら、美子ごめんね!すぐに腕だけ溶かすわね♪」
悠さんの腕の氷が消えると、駆け寄ってきた右京さんと左京さんが首から腕を引き離してくれた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
急に肺へ空気が入り込んで息苦しさにしゃがみ込むと、小さな颯が背中をさすってくれている。
「美子ちゃん、大丈夫?」
「ふふ!こんなに小さい子にまで心配かけちゃったね!」
「だから、成人してるし……」
それから顔だけ氷を溶かされた悠さんが、覚族の居場所を白状し、右京さんが呼びに行った。
覚族の到着を待つ間、左京さんに事情を聞いてみた。
「えっと……みんなは悠さんを疑ってたの?」
「はい……悠が怪しいと疑い始めたのは、美子様から颯様と親密にされていたという話をお聞きしたからです。」
「そうなの?」
「ええ……心の操作をされた時に居たのも悠ですし、鈴の突き落としも付き人の職を解かれた嫌がらせ、颯様のマフラーが無くなったのも美子様への未練を断ち切る為……悠が犯人だと仮定すれば、すべてつじつまが合うからです。」
チラッと颯を見ると、半分焼け焦げたマフラーを握りしめている。そんな颯を見て、左京さんが申し訳なさそうに口を開いた。
「大変申し訳ございません……人選した私の責任にございます。もっと早く気付いていればこんな事には……」
「いや、左京のせいじゃぁないよ……」
そう言いながらも、颯は悲しそうにマフラーを見ている。
一つ溜め息をついて、左京さんに再度尋ねてみた。
「でも悠さんは何でこんな事を……」
「颯様の地位や妖力目当てで言い寄る女性は多いのです。鶴の萌や竜宮城の娘達のように……」
「なるほど……」
雪妖族の別荘で左京さんが言っていた、私は颯にとって心の拠り所っていうのが、わかった気がした。
妖力なんてわからない事が、反って居心地良い存在だったのかも……
暫くすると、覚族だという一人の気弱そうな男性と一緒に右京さんが帰って来た。
「覚族の恭といいます。えっと……まずは状況を説明して頂けないでしょうか……」
恭さんは、雪妖族までもが人間界で集まっている状況に、戸惑っているようだ。左京さんが恭さんに事の顛末を説明した。
「そうだったのですか……私は心が壊れてしまう程の悩みを抱えている人間を救ってくれという手紙を貰い、指定された日時にここへ来ました。すると、手紙のとおり悩んでいる人間がいたので……」
それから恭さんは、私に向き直った。
「あなたの心に掛けた鍵を解除する事は出来ますが、本当に宜しいですか?」
「私は……」
「もし解除すれば、同じように心を悩ませる事になりますよ。」
「それでも忘れているよりはマシだと思う。どうせなら悩む方がいい!」
「……わかりました。流石は犬神の次期奥方様です。」
恭さんはにっこり笑って、私の頭に手をかざした。
ふわっ……あ……
そのままパタンと倒れ、意識が遠のいていった。
……ん。
話し声が聞こえて目を開けると、神社の居間で寝かされていた。
「あっ!美子ちゃん!目が覚めた?」
小さな颯が顔を覗き込んできている。
「颯……もう大丈夫だよ……」
「僕の事、わかる?」
「うん、全部わかるよ。」
「やったぁ~♪」
キュッ!と小さな颯が抱きついてきた。
「ふふ!颯ちゃん、可愛い~♪」
「だから……」
「だって、本当に可愛いんだもん♪」
それからみんなに目を向けた。何やら真剣な顔をして話し込んでいるようだ。
「みんなは何の話をしてるの?」
「悠の処分についてです。やはり灰一つ残らないように燃やしてしまいましょう。」
う、右京さん……意外とバイオレンスなのね……
「それでは一瞬で終わってしまいます。一生幻覚を見せて精神を壊す薬を使いますか?」
鈴ちゃん……美少女の爽やかな微笑みと共に発する言葉じゃぁ無い気が……
「すべての心に鍵を掛けて、廃人にするのはいかがでしょう?」
恭さんが気弱に見えたのは、気のせいだった……
「いやいや、やはり凍らせて反省の時間も与えた方が……」
涼さん……それって一番優しく聞こえますが、水龍と同じく生き地獄ですよね……
人間の私には到底考えられない、もののけ独自の処分方法が飛び交う中、処分はみんなに任せて一足先に颯と、もののけの世界へ帰る事にした。
お城の部屋へ戻って、部屋の中を見渡した。
「何だか数日しか離れていなかったのに、懐かしい感じがするな♪」
その時、ガバッ!と颯が後ろから抱きついてきた!
「そ、颯!!」
ちょっと!記憶が戻っていきなり?!も、もうちょっと手順ってものがっ!!
「美子ちゃん……僕は一緒に悩みたい……美子ちゃんの力になりたい……」
……ん?何の事?
「お願いだから、美子ちゃんの悩みを聞かせて……話せる範囲でいいから……」
「……?……あっ!思い出した!確か悠さんから寿命の話を聞かされたんだ。妖力を使えば使う程、寿命が縮むって……だから、颯が私を助ければ助ける程、颯の命を削っちゃうのかなぁって思ってね。」
それを聞いた颯が、クルッ!と私の前へ回り込んできた。
「美子ちゃん!僕の事を心配してくれたんだね♪」
「ま、まぁ……そりゃぁね……」
「嬉しい~♪」
チュッ♪
「きゃぁ~~!!」
バチン!!
条件反射で平手打ち!
「もう!不意打ちは止めてって言ったじゃん!」
「う……ごめん、つい嬉しくなって……」
「ま、まぁ……こっちこそごめん……」
颯は頬に平手打ちの跡をつけたまま嬉しそうな笑顔を浮かべて、説明を始めた。
「確かに妖力を使うと寿命が短くなるけど、たとえ一年縮んだとしても、もののけの平均寿命は500年だから、人間の平均寿命80年に比べれば大した事は無いよ♪毎日戦争してる訳じゃぁないし、確実に人間よりは長生きするからね!」
「でも、元々妖力が強いと、寿命って短いんだよね?」
「たぶんね!僕や翔、玲さんみたいな当主クラスは400年くらいかな。」
「そ、それでも400年は生きれるんだ……」
「だから、美子ちゃんが心配する事は何もないって♪」
「そっか……」
それを聞いて一安心だ♪
それから颯は、ふわっと優しく抱きしめてくれた。
「美子ちゃん、おかえり♪」
「うん……ただいま♪」
「僕、寂しかったよ……彼氏なのに悩みも打ち明けて貰えないんだって思って……」
「ごめん……そんなつもりは無かったんだけど……」
「これからは、もっと僕を頼ってね♪」
「わかった♪」
やっぱ颯の腕の中は落ち着くな……
しばらく目を閉じて、その温もりを堪能した。




