第五十三話
お城へ戻ってから、颯が領地の見回りへ行っている間に少しずつ荷造りをした。
「ふう……意外と荷物が増えてるな……」
着物類は全部こっちで貰ったものだから置いていくとして、洋服類か……
ふと、荷物の中でまだ開けて無いショッピングバッグに気がついた。
「そういえば、颯の事を忘れたっていう日の記憶も曖昧なんだよな……何を買ったんだっけ……」
袋を閉じてあるテープを剥いで、中を覗いてみる。
「……えっ?えぇ~~~!?!ちょ、ちょっと、何これ?!」
ぱ、パンツが紐になってるっ!!わ、私……こんなものを買ったの?!何の為に?!
側に置いてあったファッション誌の特集記事の見出しに、目が止まった。
「も、もしかしてこれに感化されて、買っちゃったの?!」
嘘!……って事は、やっぱり颯と、そ~ゆ~関係なの?!
「ただいま~!」
ガラッ!
や、ヤバいっ!颯が戻ってきたっ!!
「お、おかえり~!早かったね♪」
下着の入ったショッピングバッグと雑誌を後ろ手に持って、急いで大きなスポーツバッグの中に投げ入れる!
「ん?そんなに焦ってどうしたの?」
「い、いや!何でも無いよ!あはは……」
「そうそう!今日は美子ちゃんに嬉しい知らせを持って来たよ♪」
そう言った颯の後ろから、ひょこっと一人の美少女が顔を覗かせてきた。
「す、鈴ちゃん!」
「美子様!お久しぶりです♪」
サッ!と鈴ちゃんの元へ駆け寄って、手を取り合う。
「ど、どうしたの?一生会えないと思ってたよ♪」
「颯様から恩赦を頂いたのです!」
「恩赦?」
颯がにこにこしながら説明してくれた。
「鬼ヶ島の時に美子ちゃんがばら蒔いた薬のお蔭で、僕たち助かったでしょ!だからその功績って事でね♪」
「そうなんだ!って、その時も颯はいたんだね……」
何処かへ行った事や出会った人は全部覚えている。だけど、そこに颯だけが居ない……
何となく、寂しさを覚えるな……
そんな私を見て、鈴ちゃんが気遣うように、ニコッと笑い掛けてきた。
「そう言えば美子様、妖艶な雰囲気が一層強くなりましたね!」
「やっぱそうなの?自分ではわからないけど……」
「はい、女の私でも惚れ惚れするくらいですよ!」
「はっ?!鈴ちゃん……まさかそっちの道に走ったとか……」
鈴ちゃんから、一歩後退さる……
「ふふ!大丈夫ですよ!それはありませんから♪」
「そ、そう……なら安心かな……あはは……」
「そうそう!美子様、これからよろしくお願いいたします♪」
「……って?」
「私は付き人兼お友達としてお城へ呼ばれたのです!」
「本当?嬉しい~♪あ……でも……」
私、人間界へ帰るし……
しゅん……としてると、颯が安心させるような笑顔を向けてきた。
「大丈夫だよ!鈴さんは人間界では妖力がまだ使えないけど、薬を扱えるから護衛も出来るしね♪」
「へっ?人間界へ帰っても護衛や付き人が必要なの?」
「念の為ね!鈴さんの方が美子ちゃんも気が楽でしょ♪」
「うん!颯、ありがとう♪」
正直、悠さんには距離を感じるし、鈴ちゃんなら嬉しいかも♪
「鈴ちゃん!人間界に行ったら、女子トークしようね♪」
「ふふ!お付き合いさせて頂きます♪」
そして、その夜から城内で異変が起こり始めた。颯が焦った様子で何かを探している。
「あれ?無い……ここにも無い……」
「ん?何を探してるの?」
「美子ちゃんがくれたマフラーが何処にも無くて……」
「あれ?領地の見回りから戻った時は、巻いてたよね?」
「うん……」
颯は泣きそうな顔をしながら、必死にマフラーを探している。
「私の荷物に紛れてるかも……ちょっと見てみるね。」
「うん……お願い……」
紛れるんなら、荷造りの中だよね……
スポーツバッグの中に詰めていた荷物を一つずつ外へ出していってみる。
「あれ?美子ちゃん、まだ買ったまま開けてない袋があるよ。」
颯が何気なく袋へ手を伸ばした。
はっ!そ、そのショッピングバッグは!!
「だ、駄目っ!!触るなっ!!」
ビクッ!として颯が手を引っ込めた。
「ご、ごめん……」
「い、いや、ちょっとした乙女の嗜みグッズだからさっ♪」
いそいそと荷物を元通りに片付け、その後、部屋中を一緒に探したけど、結局マフラーは見つからなかった。
「颯……そんなに落ち込まないで……」
「だってあれは美子ちゃんが僕を待ちながら編んでくれた、大事なものだったんだ……」
「そっか……」
ってか、そんなに大事にしてくれてたんだ……
何だか私まで申し訳無い気分になった。
バタバタ!
翌朝、嫌な知らせが届いた。鈴ちゃんが、階段から突き落とされたというのだ。
急いで颯と一緒に鈴ちゃんの部屋へ走って向かう!
「鈴ちゃん!」
ガラッ!と勢い良く扉を開けると、右京さんが鈴ちゃんの足首に包帯を巻いているところだった。
私の姿を見た鈴ちゃんが、申し訳なさそうに頭を下げている。
「美子様、すみません。付き人としてのお役目が出来ず……」
「そんな事ど~でもいいよ!それより突き落とされたって、ど~ゆ~事?!」
「階段を下りる時、トン!と背中を押された気がしたのです。落ちた後には誰の姿も無かったので、勘違いかもしれないのですが……」
「いや……怪我はどうなの?」
「ちょっと足を捻っただけで済みました。」
「そう……重傷じゃぁ無くて安心したよ……」
ほっ!と一安心し、鈴ちゃんの手当ては引き続き右京さんに任せて、颯の領地の見回りに付き合った。
「領地の見回りに付き合ってくれるなんて、久しぶりだね♪」
「鈴ちゃんにお団子を買って帰ろうかと思ってね!」
「きっと鈴さんも喜ぶと思うよ♪」
終始上機嫌な颯とお城へ戻り、一人でお団子を持って鈴ちゃんの部屋へ向かった。
「美子様、何故人間界へ戻られていないのですか?」
後ろから声を掛けられ立ち止まって振り向くと、悠さんが立っている。
「美子様が居座るから、鈴さんが怪我をされたのではなくて?」
「ど、ど~ゆ~事よ!私のせいだって言いたいの?!」
「その通りです。一度犬神に牙を向けた事がある鈴さんを良く思っていない者は、沢山います。美子様がすぐに人間界へ戻られていれば、こんな事にならなかったのでは?」
「それは……」
確かにそうかもしれないけど……
「颯様の心も傷つけ、鈴さんにも怪我を負わせ……美子様が居座れば居座る程、不幸になる者が増え続けるのです。」
「そんな……」
「美子様がされるべき事は、颯様の優しさに甘えて居座る事ではありません。一刻も早く人間界へ戻って下さい。お城のみんながそう願っています。犬神を代表して、あえて苦言を呈させて頂きます。」
悠さんはそう言い残して、立ち去った。
私が居座れば不幸になる人が増える……
悠さんの言葉が重くのしかかってくる。
その時私の頭の中には、悲しそうに微笑む颯の顔が浮かんできた。
忘れる前の私って、颯の事を本当に好きだったんだろうな……でも私は何の思い出も持っていない……きっとそれが分かる度に颯は傷つく……
鈴ちゃんの部屋の前にこそっとお団子を置き、部屋へ戻った。
「おかえり~!鈴さんの具合どうだった?」
部屋では颯が寛いでいる。
「う、うん……話してない……」
「もしかして寝てた?」
「わからないから、置いて来ちゃったです」
「そうなんだ……早く良くなればいいね♪」
「そ、そうだね……」
颯の顔を見れない……
俯く私の顔を、颯が覗き込んでくる。
「美子ちゃん、何かあったの?」
「別に……」
「様子がおかしいよ……」
それには答えないで、黙ってスポーツバッグを手にした。
「ちょ、ちょっと!美子ちゃん、何処へ行くの?!」
「人間界……」
「何で急に?!」
「前から言ってたじゃん……」
颯がバッ!と両手を広げ、障子の前に立ち塞がった!
「美子ちゃん、お願いだからここにいて!」
「そこを退いてくれるかな……」
「嫌っ!絶対に退かないっ!」
「颯……お願い……」
「じゃぁ、何でそんなに傷ついた顔をしてるのか教えてよ!」
「別に……」
ガバッ!
温もりに身体が包み込まれると同時に、絞り出すような掠れた声が聞こえてきた。
「……僕の傍から離れないで……美子ちゃんが居なくなったら……僕……」
えっ?えっ!もしかして今、颯に抱きしめられてる?!
ってか、何だろう……この落ち着く感じ……初めてじゃぁ無いよね……
『不幸になる者が増え続ける…』
はっ!駄目だ!
ドン!
悠さんに言われた言葉が頭を過って、颯を突き飛ばした!
「美子ちゃん……」
「颯……いっぱい傷付けてごめんね……」
スポーツバッグを握り締めて、ダッ!と部屋を駆け出ていった。