第五十一話
「美子様……」
……ん……誰かが呼んでる……
「美子様、こんなところで寝ては風邪をひきますよ。」
はっ!と目を覚ますと、悠さんが私の顔を覗きこんでいた。
「あれ?私、寝てた?」
「そのようです。大変申し訳ありませんでした。用事が長引いてしまって……」
「いや、もう用事は済んだの?」
「大丈夫です。ではお城へもどりましょうか。」
「うん。」
悠さんに神社の祠の中へ入るよう促され、お城の中庭へ戻ってきた。
「美子ちゃ~ん♪おかえり~♪」
「うわっ!!」
いきなり男の人から抱きつかれた!!
「ちょ、ちょっと!離れてよ!!」
「美子ちゃんったら、人前だとそんなに恥ずかしいの?甘味処でお団子を買って来たから、一緒に食べようね♪」
抱きついてきた男の人は、いきなり私の手を取ってくる。
パシッ!
その手を勢いよく跳ねのけた!
「え?美子ちゃん?どうしちゃったの?」
「あの……さっきから私の名前を気安く呼んでるけど、あなたは誰なの?いきなり抱きついてくるとか、有り得ないし!」
「ぼ、僕だよ!颯だよ!」
「颯?!初めましてだよね?」
怪訝そうな顔をした私に、颯って人はびっくりしているようだ。
「ちょ、ちょっと、さっきから何の冗談?!」
「冗談はそっちでしょ!悠さん、行こう!」
悠さんと一緒に部屋まで戻った。部屋には右京さんが控えている。
「美子様、おかえりなさいませ。」
「右京さん、ただいま。」
「颯様がお団子を買ってきておりますので、すぐにお茶を用意させますね。」
「……えっ?右京さんは颯って人を知ってるの?」
「はい?何のご冗談ですか?」
「いや……それこそ何の冗談……?」
私の言葉に右京さんまで目を見開いて、驚いている。
「美子様……颯様をお忘れになったのですか?」
「忘れるも何も、初対面でいきなり抱きついてくる失礼な人なんて知らないからっ!」
その時、颯って人が恐る恐る部屋へ入ってきた。
「あっ!さっきの失礼な人だ!」
「美子ちゃん……ここは僕達の部屋なんだ……」
「へっ?!ど~ゆ~事よ!」
颯って人はシュン……と悲しそうな顔をしている。
側に控えていた悠さんに、右京さんがキッ!と鋭い視線を向けた。
「悠!説明しろ!これはどういう事だ!」
「私にもよくわかりません。神社の厠へ行って戻ってくると、美子様が境内でお昼寝をされておりまして……」
「他の種族の気配は無かったのか?」
「はい……まったく気付きませんでした。」
悠さんは颯って人に向かって、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ございません……私が目を離したばかりに……」
「いや……悠さんのせいじゃぁないし、美子ちゃんに何が起こったのか、調べるのが先かな……」
えっと……みんなの会話からすると、本当に私は颯って人を忘れてるの?しかも同じ部屋って、ど~ゆ~事?!
それから暫くして、もののけの医者らしき人がやって来て、私の頭を調べ始めた。
「う~ん……強い衝撃を与えられた様子は無いがの……」
「そうですか……」
「何かの術かもしれぬし、毒を盛られた可能性もあるの……」
「毒ですか……」
医者が帰っていき、今度は白蛇族の倭がお城へ呼ばれた。
「倭、久しぶりだね♪元気だった?」
側にいる颯って人が、寂しそうに呟いている。
「倭の事はわかるんだね……」
そんな事言われてもねぇ……
複雑そうな顔をしていると、倭が美少年の爽やかな微笑みを向けてきた。
「美子様もお元気そうで……ちょっとお側に行って、薬の気配を辿らせていただけませんか?」
「いいよ。」
倭は私の頭に手をかざしたり、くんくんと匂いを嗅ぎはじめる。
ってか、匂いを嗅がれるのって、かなり恥ずかしいんだけど……
「そうですね……白蛇族が扱う薬の気配はしませんね。効くかどうかはわかりませんが、念の為、解毒剤を飲まれますか?」
倭は懐から粉薬を取り出した。
「ま、まぁ、一応……飲んでおこうかな……」
倭から手渡された薬をお水で一気に飲み込む。
「苦っ!」
「ふふ、良薬ですからね。」
「そりゃ苦いだろうね……」
せっかく我慢して飲み込んだけど、結局何の変化も無かった。倭も考え込んでいる。
「お一人だけの記憶を消すって事は、もしかしたら覚族かもしれませんね……」
「覚族が?」
颯って人が、倭の言葉に首をかしげている。
「はい。あの一族は心を読むのと同時に、心の操作が出来ます。鍵を掛けるような感じですね。そうなると思い出す事は不可能です。」
「どんな事があっても、僕の事を思い出せないって事?」
「鍵を掛けた覚族本人に開けて貰わないと、無理かと……」
部屋の入り口に控えている左京さんも、首をかしげている。
「ですが、本人が承諾しないと覚族は心の操作をしない筈……最近の美子様のご様子からすると、承諾する筈が無いと思いますが…」
そして、右京さんと左京さんは緊急会議を開くと言って、部屋を出ていった。倭も他の方法を調べてみると言って帰っていき、部屋には颯って人と悠さんと私の三人が残された。
悠さんが颯に話しかけている。
「美子様は何かにお悩みのご様子でした。それで承諾をされたのかもしれません……」
「ほ、本当?!何の事で悩んでたのか、悠さんは聞いてる?」
「申し訳ございませんが、詳しくはお聞きしておりません……」
「そっか……じゃぁ、その術をかけた覚族を探すしか無いんだね……」
私、何かに悩んでたの?っていうか、そもそも何でこんなお城に住んでるんだっけ?
頭の中は疑問符で埋め尽くされながら、二人の会話を聞いた。
「颯様、美子様には暫く人間界でお過ごし頂いては如何でしょうか。」
「えっ?何で?」
「颯様の事をお忘れになっている今、颯様のお傍にいらっしゃるのは美子様にとってもお辛いかと……」
「絶対にそれだけは嫌だっ!美子ちゃんと離れるなんて、考えられないっ!」
「颯様……これは美子様の為にございます。覚族に心の操作を承諾されるくらい悩んでおられたのであれば、尚更かと……」
「でも……」
颯って人は、チラッと私に寂しそうな目線を向けてくる。
「あ、あの……」
意を決して、颯って人に話し掛けた。
「美子ちゃん、なぁに?」
「私と颯は何で同じ部屋を使っているの?ってか、そもそも何で私はお城に住んでいるの?」
「……美子ちゃんと僕は、彼氏と彼女なんだ。嫁……ってか、その予定の……」
「へっ?!私、彼氏がいたの?しかも婚約してたの?!」
「急に知らない男を彼氏って言われても、戸惑うよね……」
颯は俯いたままゆっくりと立ち上がった。
「ごめん……ちょっと頭を冷やしてくる……」
そう言って颯は部屋を出て行った。
ふぅ……
颯が出て行って、溜め息をついた。
みんなの話もあってか、颯が嘘をついているようには感じないんだよな……でも、何で人間の私と結婚なんだろう……
「美子様……颯様がおっしゃられる事は、あまりお気になさらないで下さい。」
部屋に残っていた悠さんが話し掛けてきた。
「えっ?何で?」
「美子様は颯様に見初められて、人間界から神隠し同然で強引に連れて来られたのです。」
「そうなの?」
「恐らくその事で、悩まれていたかと……」
「そうなんだ……」
「ですから、人間界に戻られた方が美子様の為かと思います。」
「まぁ確かに知らない人と結婚する訳にはいかないしね……」
私の言葉を聞いた悠さんはニコッと笑っている。
あれ?悠さんの笑顔、初めて見たかも……
「では、早速荷造りをお手伝いさせて頂きます。」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。ママの結婚式が近いから、その後になるしね。」
「そうですか……」
……ん?さっき神隠しって言われたよね?だけど、くそ親父公認で連れて来られたし、ママや同級生の蒼井くんもいるし、人間界へ自由に買い物も行けるし、神隠しとは違うような……
ちょっと引っ掛かりを覚えた。
その夜、お風呂から上がって部屋の前まで来ると、障子の隙間から颯と悠さんの姿が見えた。
「美子様は、人間界へ戻ると言われておりました。颯様もご決断されて下さい。」
「でも……」
「颯様、悠が美子様の代わりにお世話させて頂きます。」
「ん……大丈夫……」
「すぐには心の整理がつかないですよね……そのお気持ち、痛いほどわかりますが、美子様を笑顔で送り出して差し上げましょう。」
悠さんはそっと颯の腕に手を添えている。
なぁ~んだ。あの二人、もしかして思い合ってるんじゃぁないの?だったら私はお邪魔虫じゃん……
こそっと回廊まで後退りして、二人の邪魔をしないよう月を眺め、時間を潰した。




