第五十話
お城へ戻ると、颯は領地の見回りに出掛けていて留守だった。
早速雑誌を取り出してみる。
「こ、これは来るべき将来の為だもん!別に颯の事なんて思ってないしっ!!もののけの嫁なんてまだ考えられないしっ!!」
ってか、何で自分に言い訳してんだよっ!
「……」
ちょ、ちょっとだけ見てみよっかな……
パラパラとページを捲った。
『同じ会社の年上のカメラマンさんと付き合うようになり、星を見よう、と連れていって貰った別荘で、「つぐみちゃん(仮名)が欲しい……俺の全てをあげる……もう他には何もいらないから……」って囁いてくれて、ロマンチックな夜を過ごしました♪:つぐみ談(仮名)』
き、きゃぁ~♪まるで乙女ゲーに出てきそうな台詞♪
『フィジー旅行の時、「私の一生をかけて大事にします。だから、かぐやさん(仮名)のすべてを私にください。」と、初めて愛する人から愛される幸せを知る事となった。その相手は、今は旦那となっておる。:かぐや談(仮名)』
う、うわっ!こんなセリフ、言われてみた~い♪ってか、愛される幸せか……いいな……
って、何を羨ましがってんの!!
「ん?下着の購入って何?」
『新しく下着を買った人、65%』
『好きな人が出来た時に準備していた人、30%』
嘘っ!みんな下着って新しく買うの?!ど、ど~しよ~!!私、色気も何も無いスポーツブラしか持って無いじゃん!!
もう一度、悠さんに頼んでみるか……でも何となく人間界は好きじゃぁ無さそうだったしな……でも、ランジェリーショップは右京さんじゃぁ一緒に行けないし……
ふと、失敗談に目がいった。
『初めてをささげた相手の人に、一晩でポイっ!とされた……今考えても悔しい……』
えっ?!嘘っ!!一晩でポイっ!って、そんな事あるの?!
『マグロって言われた……』
はぁ?!マグロって何?魚だよね?!
「……蒼井くんに聞いてみようかな……」
って、駄目だ!駄目だ!きっと普通の魚の事じゃぁないよね!!
「どうしたの?美子ちゃん、頭振って……」
「うわっ!!」
後ろから颯に話しかけられて、ビクッ!としてしまった!
「何を読んでるの?」
「こ、これ?ちょっと最新の流行を知りたいなぁって思ってね♪」
そう言いながら、モデルさんが微笑むページを開いてみせる。
「ふ~ん。美子ちゃんに似合いそうだね♪」
「そ、そう?今度試してみようかな~!あはは……」
ふう……何とか誤魔化せたかな……危ない、危ない……
颯は不審な私よりも、プレゼント用の包みに目が止まったみたいだ。
「玲さんに、いい物は買えた?」
「うん!ママも涼さんに料理する事あるだろうし、台所用品と、後はペアのマグカップを買ったよ♪」
「ペア?いいな~♪僕も欲しい♪」
「また人間界へ買い物に行くし、その時に買ってこようか?」
「それよりも、一緒に作らない?」
「作る?陶芸って事?」
「そそ!山の中に陶芸村があるんだ!もうちょっと温かくなったら一緒に作りに行こうね♪」
「楽しそうだね!陶芸なんて初めてだよ♪」
ママの結婚式まであと一週間になった。私と颯、右京さんと左京さんは前日から別荘へ前乗りする事になっている。
新しい下着を買った方がいいかな……
い、いや!そろそろ私もお洒落な下着くらい買ってもいい歳だしっ!すぐに使うって訳じゃぁ無いもん!じ、準備しておくだけだしっ!
「……やっぱ、悠さんにお願いしよう……」
それから悠さんにお願いして、悠さんが指定した日にもう一度人間界へ出掛けた。
ランジェリーショップに入ると、悠さんも興味深々に見ている。
「これが人間界の下着ですか……」
「そうだよ。私もちゃんとしたのを買うのは初めてなんだけどね。」
「え?わざわざご購入されるという事は……」
ギクッ!もののけの世界でもやっぱ新しく下着を買うって意味は、同じなの?!
「そ、それじゃ、私、色々と見てくるね~♪」
そそくさと悠さんから離れて、上下セットのコーナーへ向かう。
「ってか、下着って、こんなにサイズがあるんだ……」
今までは細かいサイズに関係ないスポーツブラだった為、まったく自分のサイズを知らない。う~ん……と考え込んでいたら、店員さんに話しかけられた。
「サイズはおわかりですか?」
「い、いえ!まったくわからなくてです初めてちゃんとした下着を買うもので……」
「ふふ!もしかして初めて彼氏でも出来ましたか?」
な、何でわかるの?!
「そ、それは……」
「失礼しました♪では、フィッティングルームで、ちゃんとしたサイズを測ってみましょうね♪」
「は、はい……」
言われるがまま色々とメジャーで計られて、寄せて上げるブラを勧められた。
私って、そんな熱心に勧められるくらい貧乳だったんだ……
「これくらいボリュームが出るブラなら、彼氏も喜びますよ♪谷間もしっかりできましたね!」
「そ、そうですか……」
ってか、谷間が出来るって、初めてかも……この谷間は完全に詐欺だろ……
「お揃いのショーツはいかがいたしますか?同じ柄で普通のタイプと横紐タイプがありますよ♪」
「ひ、紐?!」
「ふふ♪ブラの方が物持ちしますから、ショーツは二枚ご購入される方も多いですよ!」
「じ、じゃぁ……普通のと、紐ので……」
「お買い上げありがとうございます♪」
何だか店員さんに、色々と乗せられた気が……
悠さんが鋭い視線で私を見ている事にも気がつかず、どきどきランジェリーショップ初体験を終えて、神社へ戻ることにした。
帰り道、悠さんからめずらしく話し掛けられた。
「美子様……大変失礼ですが、このまま人間界でお過ごしになってはいかがですか?」
「……へ?!それって、ど~ゆ~事?!」
「美子様がお城へ来られてから、颯様は何回死に晒されましたか?」
「そ、それは……」
「颯様にとって負担になっていると考えた事は無いのですか?」
「……」
そ、そりゃ……何回も死ぬかもしれない状況はあったけど、きっとその度に颯に惹かれていったんだと思うし……
「強い妖力を持つもののけは、普通のもののけよりも寿命が短いのです。颯様は、美子様をお護りする為に妖力を使えば使う程、寿命が縮むのです。」
「え?!ほ、本当?!」
「美子様は、颯様のお傍へいるべきでは無い……そう思いませんか?それとも、颯様の寿命を縮める事がご希望ですか?」
「いや!そんな事は無いよ!」
「では、自分で身を引かれる事もお考えになって下さい。」
神社へ着き、悠さんは用事があると言って、私に境内で待つように指示した。
悠さんの姿が見えなくなって、ふう……と大きく溜め息をつく。
「初めて知った……妖力を使うと寿命が縮まるんだ……」
あれだけ死ぬ思いをしてるんだもん……妖力を使わなくても寿命って縮まるかも……
颯とさよならはしたく無い……だけど、このままじゃぁ私が颯を死なせるようなものかも……
「あ~~!!もう!ど~すればいいの?!」
頭を抱えたところで、一人の気弱そうな男性が近付いてきた。可愛いアップリケが施されているエプロンを付けている。
「やっぱり手紙のとおり、相当な悩みを抱えているみたいだね。」
「へっ?だ、誰?その可愛いエプロンを付けてるって事は、何処かの幼稚園の先生なの?」
「よくわかったね。子供達は純粋で邪念が無いから好きなんだ。」
「そ、そう……」
ってか、何で悩んでるって知ってるんだろう……もしかしてこの人も、もののけ?
「そうだよ、僕は覚族の恭って言うんだ。悩みを抱えている人間って君の事だよね?」
「え……いや……ってか、何で考えてる事がわかるの?」
「覚族だから、考えている事が伝わってくるんだ。だから邪念が多い人は苦手なんだよ。」
「だから幼稚園の先生なんだね……」
何だか妙に納得だ。
「ところで、私に何か用?」
「……君も邪念が無いね。ちゃんと悩みを消してあげるね。」
「えっ?そんな事出来るの?」
「出来るよ。ほら、目を閉じて……」
不思議な笑顔に誘われるまま、黙って目を閉じた。
ふわっ……あ……
そのままパタンと境内に倒れ、意識が遠のいていった。
「今日の事と、君の悩みが消えますように……全部忘れて幸せになるんだよ……」
遠のいていく意識の中、恭さんの声が聞こえた……




