第四十九話
この日も絶えなかった最後の訪問客が帰って一息ついた時、右京さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「どういう事だ!左京!」
へっ?な、何事?!
「お前だって、ずっと独身でいる訳にはいかないだろ?執務と付き人をしていては、出会いも無いぞ。」
「私は一生、美子様にお仕えすると決めている!」
「別にお城務めを辞める訳じゃぁ無い。それに美子様にとっても、女性の付き人の方が何かと相談に乗りやすい事もあるだろう。」
「そ、それは……」
左京さんが颯に向き直って、尋ねている。
「颯様、昨日の件は美子様にお話頂けたでしょうか……」
「あっ!みんなで騒いでて忘れてた!」
ん?昨日の件って、颯が部屋を出た時の事?
颯が私に説明をしてくれる。
「美子ちゃんの付き人を変えようかと思ってるんだ。」
「へっ?何で?ってか、左京さんって、結婚してたんだ!」
「ぷっ!美子ちゃん、疑問ってそこなの?」
颯がいきなり笑いだした!
「だって初耳だもん!今年の十大ニュースに入るって!」
「ふふ!今年はまだ始まったばかりだよ!びっくりついでに言うけど、中京も結婚してるよ♪」
「へぇ~!そうなんだ!」
「で、美子ちゃんの意見はどう?」
右京さんはチラチラっと私の顔を見て、様子を伺っている。
まぁ、確かに人間界でも常に護衛がいるって言われてるけど、洋服を買う時の護衛は試着もあるし、女性の方がいいよね……
「まぁ、女性がいたら助かるかな。」
すると、右京さんが焦り始めている。
「えっ?!何か私に粗相がございましたでしょうか……」
「い、いや!何も無いよ!ただ、人間界には女性しか入れない店もあるし、買い物だけでも女性にして頂ければ……」
「そういう事ですか……」
右京さんは、ホッ!と安堵の息を漏らした。左京さんの顔にも右京さんが納得した事で、安心したようだ。
「では、早速人選に入らせて頂きます。美子様、ご希望はございますか?」
「う~ん……特に無いかなぁ。左京さんにお任せしますね。」
「かしこまりました。」
後日、悠さんという一人の女性を、左京さんから紹介された。犬神族だけあってクリクリな目をしてるけど、少し落ち着いた大人な雰囲気がある。
120歳になって、人間界の器も20年経ったそうだ。
「人間界でも妖力を使えるようになりましたから、護衛も出来ます。その中で一番美子様に年が近い者を選びました。」
「そうなんだ!悠さん、よろしくね♪」
すると、悠さんは無表情のまま深々と頭を下げて、挨拶をしてきた。
「次期奥方様にお仕え出来、有り難き幸せに存じます。精一杯務めさせて頂きます。」
「いやいや、そんなに固くならないでよ!私の方が年下だしね♪」
「そうは参りません。私は従者ですから。」
はは……ど、ど~やって接しよう……これはかなり困るかも……
私の苦笑いを見た颯が、助け船を出してくれた。
「まぁまぁ、美子ちゃんはこんな感じでフランクだから、悠さんもあまりかしこまらなくても大丈夫だよ♪」
「そ、颯様がそうおっしゃられるなら……」
あれ?悠さん、ちょっとはにかんだ?まっ、気のせいか……
これが気のせいでは無い事にみんなが気付いた時には、後の祭りだった。
訪問客も落ち着いてきたある日、颯に相談をしてみた。
「颯、ママ達の結婚式なんだけど、お祝いって何がいいかなぁ……」
「犬神族からは米俵を持っていくよ!だから美子ちゃん個人的なら、玲さんが喜ぶものがいいんじゃぁない?」
「そっか……ママが喜ぶものね……」
結婚したら、ママも涼さんに料理を作るようになるよね……ママは熱いものが苦手だから、ミトンがいいかな♪
「よし!決めたっ!悠さん、人間界へ買い物に行きませんか♪」
側に控えていた悠さんを誘ってみる。
洋服じゃぁないから付き添いは右京さんでもいいけど、早く打ち解けたいもんね♪
「……人間界へわざわざ行かれるのですか?」
あれ?快い返事が返って来ない……
「出来れば勝手知ってる人間界の方が助かるんだけど……もしかして苦手だった?」
「いえ……大丈夫です。お供させて頂きます。」
「う、うん……よろしくね。」
はぁ……次回からはやっぱり右京さんに同行をお願いした方がいいかな……
いや!一緒にお茶でもすれば、仲良くなれるかも♪
そして翌日に早速、人間界へ悠さんと一緒に出掛けた。とは言っても、悠さんは後ろから控え目について来ている状態なので、時々振り返って話し掛けている。
「悠さんは、人間界へあまり来ないの?」
「はい。もののけの世界で事足りますので。」
「そっか!でも人間界も色々な物があって楽しいよ♪」
「……そんなに人間界がお好きなら……」
「え?何?よく聞こえなかった……」
「いえ、大した事ではありません。」
「……そう?」
う~ん……これは難しいな……小さい子供なら恥ずかしがっているだけって考えられるけど、悠さんは大人だしな……
悩みながら歩くうちに、ショッピングモールの雑貨屋さんへ着いた。早速、台所用品が並ぶコーナーへ向かって、ミトンを色々と手に取ってみる。
「悠さん、こっちのストライプと花柄はどっちがいいかな♪」
「……玲様のお好みは知りませんので。」
「そ、そうだよね……はは……」
結局ストライプ模様のミトンとお揃いの鍋敷、それにペアのマグカップをプレゼント用に包んでもらい、店を後にした。それから、カフェに入って悠さんを誘ってみる。
「悠さん、今日は付き合ってくれてありがとう♪お礼に何かご馳走するよ!」
「いえ、従者として当たり前の事ですから。」
「そう言わずにね♪」
「結構です。」
「そ、そう……だったら私は久しぶりにカフェオレを頼んじゃおうかな~♪」
な、何だか気不味い……
そそくさとカフェオレを頼んで、空いている席へと向かった。席についても悠さんは私から少し離れて、控えている状態だ。
「あの……悠さん……」
「はい、何でしょう。」
「その……一緒に席に座ってくれると助かるんだけど……」
「従者ですから、主と同席などもっての他です。」
「そ、そう……」
こ、この雰囲気は耐えられない!気のせいか、店内の注目の的じゃん!!
「そ、そろそろ、向こうへ戻ろうか!」
堪らず席を立ちあがる。
「まだ全部お飲みになっていないのでは?」
「大丈夫!テイクアウト出来るから、歩きながら飲むよ!」
「歩きながら……なんて下品な……」
「えっ?何?ごめん、よく聞こえなかったんだけど……」
「いえ、何でもありません。」
カフェを出て、神社までの道をとぼとぼと歩いた。
偉い立場になるって、こんなにかしこまられちゃうものなんだ……ってか、従者っていうよりは、距離を置かれているような……これはかなり困ったかも……
「美子様……」
お?初めて悠さんから話しかけて貰った♪
「何なに?」
「美子様は、何がお得意なのでしょうか。」
「得意ねぇ……お城ではお菓子を作るくらいかな。でも簡単な料理なら出来るよ♪」
「そうでは無くて、嗜みです。」
「嗜みって、例えば?」
「お茶やお花、琴などです。」
「そ~ゆ~習い事とは無縁だったなぁ。ウチは貧乏だったしね!」
「そうですか……」
それっきり悠さんは黙り込んでしまった。
もしかして嫁になるって、そ~ゆ~事も出来ないといけないのかなぁ……でも、誰にも花嫁修業しろって言われてないし……お城に帰ったら聞いてみようかな……
ふと、書店の前を通りかかった時、ファッション誌が目についた。
「悠さん、ちょっと本屋さんへ寄ってもいい?」
「かしこまりました。」
相変わらず距離を取って控えている悠さんを気にしながら、一冊の雑誌を手に取った。
「へぇ~、今ってこんなファッションが流行ってるんだ!」
ってか、洋服って人間界に行く時しか着ないし、流行り物よりもベーシックなものがいいよね……
何気なくパラパラっとページをめくっていた時、一つの特集に手が止まった!!
《気になる?!みんなのエッチ事情!先輩達の成功&失敗体験談満載♪》
な、何?!このタイトル!!ってか、こんな特集アリなの?!これってファッション誌だよね!!
「……」
か、買っちゃおうかな……誰かに見られても、ファッション誌だって言い訳出来るし……
「……」
そ、そう……これはファッション誌だ……別にこの特集が見たい訳じゃぁないもん……
「悠さん!ちょっと雑誌を買ってくるから、ここで待っててね!」
びゅ~ん!と駆け足でレジへと向い、雑誌の裏側を向けてカウンターへ置いた。表側には特集記事の見出しが載っているからだ。
エロ本を買う男子の気持ちが、今ならわかる気がする……