第四十五話
颯が行方不明になって一ヶ月が経った。
あれから海面に上がってきた私は翔に引き上げられ、蒼井くん達人魚がすぐに颯の捜索をしてくれたけど、颯は見つからなかった。
「美子様、大丈夫です。颯様はご自身で仮死状態にされた筈です。きっと無事に見つかります……」
蒼井くん達人魚はまだ捜索を続けている。その状況を伝えにきた右京さんが慰めてくれた。
「ありがとう!颯は強いもんね♪」
うまく笑えていたかな……
それから編みかけのマフラーを手に取った。もう少しで颯のマフラーも完成する。編んでいる時は余計な事を考えなくて済むから、余計に手が進んだ。
「美子さま、それは?」
いつの間にか部屋へ入ってきた魁くんが、マフラーを見て不思議そうに尋ねてくる。
「これは颯の分だよ。魁くんとお揃いなんだ♪」
「兄さんの……一緒に使うのが楽しみです♪」
「ふふ!もうちょっとで完成するからね!」
そっと魁くんの頭を撫でた。魁くんもマフラーの主がいない事はわかっている。それでも私に話を合わせてくれた。
鬼ヶ島は、島の周りに張り巡らされた犬神の炎によって、再び封印された。だけど、困窮している現状が犬神への反感となっている事をみんなに伝え、定期的に食糧だけは鬼ヶ島へ送る事が決まった。
ただし、犬神の名前だと警戒されるということで、私の名前を使って送られている。剛くん達が見れば、きっと犬神からだと気付いてくれる筈だ。
それからも時間だけが過ぎて、ついに十二月になってしまった。もののけの里ではクリスマスを祝う習慣が無い。だけど人間界で育ってきた私にとっては、それだけでワクワクしてしまう日だ。
そして、颯のマフラーも私のマフラーも完成してしまった……
**宮司日記**
十二月某日
美子様から、人間界の神社で働かせて欲しいと言われた。恐らく颯様がいないお城に、嫁として連れて来られた自分だけが住む意味は無いと思ったのだろう。
幹部と話をした結果、颯様が見つからなかった場合は人間界で生活する方が美子様の為だという結論に達し、颯様が見つかるまでという限定の元、神社にて寝泊まりをする事となった。
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着替えだけの最低限の荷物を持って、神社で住み込みのバイトをする事となった。陰陽師が入れないよう結界が張り巡らされている神社だけど、念のための護衛と仕事の教育係として、右京さんが常に一緒に居てくれている。
「美子様、今日は境内の掃除が終わりましたら、社務所での簡単な仕事を教えますね。」
「わかりました。よろしくお願いいたします♪って、最近、参拝客が多い気が……」
「美子様が白蛇族から頂いた抜け殻を神社でお預かりしたところ、ご利益がある神社として人気になりまして……初詣が大変そうです……」
「ふふ!お役に立てたようで良かった♪年末年始は徹夜覚悟で頑張るね!」
あの抜け殻の使い道があって良かった……
それから掃除が終わって社務所へ行き、お守りの販売の仕方を教えて貰った。
「参拝される方にお渡しする時には、『お買い上げありがとうございました。』ではなく、『ようこそお参り下さいました。』と言って渡して下さい。」
「へぇ~。お店とは違うんだね。」
「はい。お参り下さった方からの寄付という事になりますので、そのようなお渡しの仕方となります。」
「なるほど……」
マフラーも編み終わったし、暇な時間に神社の勉強でもしてみようかな……
そんな事を考えながら、その日も午前中の日課になっている境内の掃除に励んでいた。
「お~い!雪沢!!」
私の名前を呼びながら神社の階段を駆け上って境内に来たのは、蒼井くんだった。
「どうしたの?今の時間は学校だよね?」
「そんな事どうでもいいから!!颯様が見つかったんだ!!」
「え?!ほ、本当?!」
「深海を仕切っている海坊主から連絡があったんだよ!!」
すぐ近くで一緒に掃除をしていた右京さんも、私達に駆け寄ってきた。
「潤様!それは本当ですか?」
「ああ、ただ生きてるか死んでるかは、海坊主の連絡だけではわからないんだ。」
蒼井くんは私に向き直って、神妙な顔つきで尋ねてくる。
「雪沢、それでも行ってみる覚悟はあるか?」
颯が死んでるかもしれない……その亡骸を見る覚悟はあるかって事だよね……
「当たり前じゃん!この目でちゃんと確かめたいもん!」
「よし!じゃぁ、海岸に使者を待たせておくから、すぐに行ってくれ!」
「わかった!」
急いで右京さんと一緒に神社の祠へ入り、久しぶりにもののけの世界へ戻った。右京さんと左京さんも一緒に行く事となって、三人で海岸へと向かって走っていく。
海岸の砂浜へ着くと、大きなウミガメ三匹がまったりとしているのが見え、その横で蒼井くんが手を振って私達を手招きした。
「雪沢!こっちだ!」
「蒼井くん!って、あの……まさかとは思うけど、このウミガメに乗って行くの?」
「その通りだけど?」
「行き先が竜宮城って事は無いよね……」
「よく知ってるな!俺達人魚は太陽の光が届かない深海は仕切って無いから、こいつらが連れて行ってくれるんだ。」
「はは……そ、そう……ウミガメさん、よろしくね……」
今度は浦島太郎かよ……お土産を渡されても拒否しておこう……
そんな事を考えながらウミガメの背中に乗り、右京さんと左京さんと私の三人で竜宮城へと向かった。
海の中でも大きな泡に包まれているので、溺れる事は無い。太陽の光も届かない深海をひたすら進んでいくと、パァッ!と急に眩しい光に包まれた建物が目に飛び込んできた。
「えっ?!あれが竜宮城?!何で深海に光が?!」
ウミガメはゆっくりと建物の中へ入っていく。門には水の膜が張ってあり、そこを潜って建物へ入ると、地上と同じように歩けるし、呼吸可能な空気がある。
水圧ってどうなってるんだろう……やっぱ人間界の常識では計り知れないな……
門の内側には、3mくらいの大きな坊主頭の男の人が待っていた。
間違い無くこの人が海坊主だな……
「ようこそ、犬神の皆。」
「初めまして、美子と言います。」
「噂は色々と聞いておる。ささ、颯様は奥の部屋で待っておるぞ。」
「って事は、生きてるの?!」
「もちろんだ。」
右京さんと左京さんの三人で顔を見合わせて、ホッと安心した笑顔を浮かべ合う。
廊下を歩きながら、海坊主さんは颯の様子を話してくれてた。
「海底で見つけた時には死んでおるかと思ったのだが、微かに心臓が動いておったので、竜宮城へ連れ帰ったのだ。全身傷だらけ、骨は折れておる様子、よくサメに食べられずに生きておったものだ。」
「そ、そうなんだ……」
そうだよね……あれだけの暴力を受けた後、海に飛び込んだ衝撃を全身で受け止めたんだろうし……お城に戻ったら、ちゃんと気遣ってあげよう……
そして、一つの扉の前で海坊主さんは立ち止まった。
「この部屋で颯様が待っておる。開けるぞ。」
「はい♪」
やっと颯に逢える♪最初は何て言おうかな……やっぱりありがとうか、待ってたよ……か……大胆にも抱きついちゃおうかな……♪
ガチャ……
扉が開いた途端、先に覗き込んだ左京さんが、あちゃ……と手で顔を覆い、右京さんが咄嗟に私の前に立ち塞がって、見ないで下さい!と焦り始めた。
な、何で?もしかして全身包帯とか……かなり酷い状態で寝かされてるの?
「大丈夫!覚悟は出来てるから!!」
サッ!としゃがんで右京さんの身体のすき間から部屋の中を覗いてみる。と、目に飛び込んできた光景に唖然としてしまった。
「颯さま~♪あ~ん♪」
「もう自分で食べれます……」
「そんな事言わずに、こちらもどうぞ♪怪我に良いとされている食材ですわ♪」
「お陰様で骨折も治ったんだけど……」
「こちらのお飲み物はいかがですか~♪」
「自分で飲めますから……」
「いいでは無いですか♪はいどうぞ♪」
そこには、乙姫のようなふわふわの布を纏った美女軍団……その中央に鎮座する颯……口元までジュースのストローを運ばれた颯は渋々ながらも口を開いてそれを飲んでいる。
「美味しいです……」
「でしょ♪ささ、こちらもどうぞ♪」
「あ、ありがとうございます……」
な、何?!このデシャブ!!
私の中で"気遣い"という温かい心が、ガラガラ……と音を立てて崩れ落ち、その中から"問答無用"の四文字が浮かび上がってきた。
「そ、颯……」
プルプルと震える拳を握りながら、名前を呟いてみる。その声でやっと私達に気付いたのか、颯がハッ!とした顔をして立ち上がった。
「み、美子ちゃ~ん♪逢いたかったよぉ~♪」
感動の再会に、満面の笑みを浮かべながら手を広げて駆け寄ってくる颯……そして温かく迎え入れ…………
「んな訳、無いだろっ!!」
ドカッ!
颯の腹に鉄拳制裁!!
「うっ……美子ちゃん……どうして……」
ドサッ……
「右京さん!左京さん!戻るよ!!」
「は、はいっ!」
崩れ落ちた颯を跨いで大股でドスドスと歩き、竜宮城の門へと逆戻りした。




