第四十一話
翌朝、左京さんの怒鳴り声で目が覚めた。
「あなたは一体、何をやってるのですか!!」
え?何?何が起こったの?!
ビクッ!として起きあがると、颯に寄り添って横になる萌さんの姿……
ってか、昨夜って、萌さんの部屋に鍵をかけたって言ってたよね……どうやって入ってきたんだろう……
「えぇ~……だってぇ……颯さまが風邪をひいたらいけないと思ってぇ~……温めてあげていたのですぅ……人間は役に立たないみたいだしぃ~!」
萌さんは長い髪の毛をいじりながら、部屋の隅に布団を敷いていた私をチラッと見た。
役に立つも何も、颯を温める仕事なんて無いから……
颯はまだ術にかかっているのか、ぐっすりと熟睡中だ。
「むにゃ、むにゃ……美子ちゃん……」
颯の寝言を聞いた萌さんが、キッ!と私を睨んでくる。
そこまでの切り替えの速さ……ある意味、凄いな……
結局、左京さんに引っ張られて萌さんは退場となり、私達が部屋へ居る間は廊下に監視が付く事になった。
はぁ…ただでさえ寝不足なのに、朝からどっと疲れが…
この日、久しぶりに領地の見回りへ付き添う事にした。私が部屋へ残っていると、誰かが廊下で見張りをしないといけないからだ。
二人、無言のまま領地を見回って城下町まで戻ってきた時、颯がおずおずと口を開いた。
「あの……美子ちゃん……」
「何?」
「昨日の夜……」
颯が何かを言いかけた時、遠くから颯を呼ぶ声が聞こえてきた。
「颯さまぁ~♪颯さまぁ~♪萌がお付き合いしますわ~♪どこですの~♪」
萌さんの声を聞いた颯は、焦って私の腕をグイッ!と引っ張った。
「ヤバっ!美子ちゃん、こっち!」
「え?ちょ、ちょっと!!」
狭い裏路地に立て掛けてあった簾の裏側へ押し込められ、思いっきり抱き締められた!
「そ、颯!」
「しっ……声を出さないで……見つかっちゃうよ……」
ってか、顔が近いっ!!
狭いすき間で二人とも息を殺して、萌さんが通り過ぎるのを待った。
うぅ……早く通り過ぎてくれ……し、心臓がもたない……
「颯さまぁ~♪どちらへ行かれたのかしら……颯さま~♪」
萌さんの声が段々と遠ざかっていく。完全に聞こえなくなって、やっと颯は腕を解いてくれた。
「ご、ごめんね……隠れなきゃって思って……」
「ううん……見つからなくて良かったよ……」
し~ん……
って、き、気不味いっ!!無言で歩いている時よりも気不味いじゃん!!
「そ、そうだ!さっき何か言いかけて無かった?」
「うん……昨夜の事、左京から聞いたよ。美子ちゃんが気付いてくれなかったら、襲われてたって……」
「そうだね……」
術で眠らされていれば、殺される可能性だってある訳だもんね……
「ありがとう……僕の貞操を護ってくれて……」
……はぁ?!お礼されるポイントって、そこ?!
「そ、その……初めては美子ちゃんに捧げるって決めてたからさ!」
いや……顔を赤くして、はにかみながら告白とか、完全に女子じゃん!恋する乙女じゃん!
「よ、良かったね……はは……」
「うん♪」
拍子抜けというか、完全に毒牙が抜かれてしまったわ……
「美子ちゃん……もう怒ってない?」
「うん、何も……ってか、怒る気力無くしたから……」
「だったら、手を繋いでもいい?」
「……いいよ。」
颯は嬉しそうに笑って、わざわざ私の右側に回り込み、キュッ!と右手を握ってきた。
「颯っていつも、私の右手に繋いでくるね。」
「僕の利き手が右なんだ。だから左手で繋いで右手を空けておいた方が、何かあってもすぐに美子ちゃんを護れるでしょ♪」
「なるほどね……」
癖かと思ってたけど、一応考えて手を繋いでたんだ……人間界でいえば、車道側に立つって感じかな……
何となく大切にされているくすぐったさを感じながら、お城まで戻った。
「おかえりなさいませ。」
城内に入ると、すぐに右京さんが出迎えてくれた。
「ただいま、右京。特に変わった事は無かった?」
「特に何もありません。萌も部屋で大人しくしていたかと思います。」
へっ?確実に外を出歩いていたよね?
「右京……萌さんは鶴だから、窓から出れると思うよ……」
颯の指摘された右京さんは、しまった!という顔をし、三人ですぐに最上階の部屋へ走って向かった。
昨夜も部屋へ侵入して来れた理由がわかったな……
部屋の前の廊下に着いて、三人で唖然とした。
中学校時代の鞄に編みかけのマフラー、颯に貰ったサボテン、鬼の子がくれた花束のドライフラワー、下着までが廊下に放り出されてるじゃん!!
「わ、私の荷物が……全部出されてる……って、み、見ないで~~!!」
急いで荷物に駆け寄って、下着類をかき集める!
「間違いなく萌の仕業ですね!」
右京さんが、バンッ!と勢いよく部屋の障子を開けた!
って、な、何?この部屋!!
更に三人で唖然とした。
ピンクのふわふわ絨毯に、白のクッション、漆喰の壁にはハートのシールがペタペタ、窓にはレースのカーテン、猫足のテーブル、部屋の隅へと追いやられていた筈のウォーターベッドが中央に、ドン!と鎮座して、ヒラヒラのベッドカバーまで掛けられているじゃん!
「な、何……このロリータルームは……」
唖然とする三人を気にかける事も無く、萌さんは颯に満面の笑顔で駆け寄ってくる。
「あっ!颯さまぁ~♪おかえりなさいませ♪って、そこの人間!私達の愛の巣に入って来ないでよ!」
「はぁ?何でよ!!」
「だってぇ~、あなた貧乏だったんでしょ?家探しされて色々と盗まれても嫌なのよね~。」
い、いや……この中に欲しいものは一つも無いから……
「それにしても颯さまぁ~、水くさいですわ~♪こんな立派なベッドを私の為に用意して下さっていたなんて!萌、嬉しいっ♪」
ピトッ!と颯の腕に抱きついて、部屋の中へと促している。我に返った颯が状況を把握したのか、やっと口を開いた。
「萌さん……この部屋……」
「颯さまと愛し合う為にぃ~、萌、一所懸命模様替えしてみたの~♪」
「模様替えって……誰も頼んで無いし……」
ついに右京さんの怒りメーターがマックスまで振り切った!
「き、貴様!今日という今日は許さん!!今すぐ城から出ていけ~~!!」
「えぇ~!萌、どこも行くところが無いのに……この寒空の下にポイッ!と捨てられてしまうのですね…犬神ってそんなに冷たい種族だったのですね……うるうる……」
いや……この荷物、絶対に棲家から持ってきただろ……そんな言い訳、通じないから……
「そ、そういう訳では……」
右京さん!言いくるめられてるっ!!
「と、とにかく!今すぐこの部屋から出ていけ!!」
「いやん♪右京さんったら怖ぃ~!」
結局、右京さんに引っ張られて萌さんは退場となった。
残された二人に沈黙の帳が下りる。二人で溜め息をつきながら、部屋を元通りに片付けた。
翌日、ママの手紙を持って翔が遊びにきた。今日は魁くんお誕生日ケーキの試作をしたので、それを振る舞った。
「颯さまぁ~、あ~ん♪」
「い、いや、自分で食べるから……」
「もうっ!相変わらず照れ屋さんなんだからっ♪」
「照れて無いから……」
萌さんは相変わらず颯の腕に抱きついて、何かと世話を焼こうとしている。翔は初めて目にする二人のやりとりに、目がテンだ。
「この女性が萌さんですか……」
「うふふ♪颯さまのお嫁さんの萌ですっ♪」
勝手に嫁って自己紹介してるし……頭が痛くなってきた……
「美子さん……」
翔が私を気遣うように話し掛けてきたので、敢えて話題をケーキに振ってみる。
「翔、そのケーキどう?明後日の魁くんお誕生日会に出すつもりなんだけど……」
「あ、あぁ……ケーキですね。相変わらず美味しいですよ。」
「良かった♪」
颯も私に微笑みを向けてきた。
「美子ちゃん!美味しいよ♪これなら魁も……」
颯の言葉を遮るように、萌さんが颯の顔を持って、ガシッ!と自分へ向けた。
「颯さまぁ、萌だけを見て♪」
「いや……僕は美……」
「もうっ!これ以上人間の名前を口にしたら、口付けして塞ぎますよ~♪」
「そ、それは駄目っ!」
「ふふ♪嫌よ嫌よも好きのうちですね!萌、嬉しい~♪」
ピトッ!萌さんはまた颯の腕に抱きついた。
何てボジティブな解釈……
「嫌よ嫌よは、嫌なままだし……」
颯の突っ込みが、何処かで聞き覚えのある会話だ……とりあえずこの二人は無視しておこう……
一つ咳払いをして、翔に向き直った。
「えっと……翔は明後日も来るんだよね?」
「はい。お酒の無い昼間なのが残念ですが。」
「まぁ、そう言わないで!主役が子供なんだから、バイキング形式のランチパーティーだよ♪」
「ほう、バイキングですか。珍しいですね。」
「そそ!私が提案してみたんだ♪」
「では楽しみにしていますね。」
翔はチラッと颯に目を向けたものの、挨拶を交わす事なく帰っていった。
そして、魁くんお誕生日会の日になった。




