第三十九話
「ねぇ……美子ちゃん……」
「1、2、3、4、……」
「美子ちゃん、領地の見回りに行こうよ~!」
「9、10、11……」
「ねぇってば!」
「だぁ~~!!煩いっ!また目の数を間違えたじゃん!せっかく20cmも編んだのにっ!!」
編み棒を引きぬいて、毛糸の玉にぐるぐると巻き付け直す。
「ご、ごめん……でも最近編み物ばっかりで相手してくれないし……」
いじいじ……
はぁ……また颯のいじけが始まったな……
「せめて魁くんのお誕生日まで我慢してよ!作るのが間に合わないじゃん!」
「それまで待てないよ~!あんまり根を詰めてもいけないし、気分転換に出掛けようよ♪」
まぁそれも一理あるか……最近、編み物が上手く行かなくて、イラッ!とする事多いしな……
「わかった……でも、明日からは出掛けないからね……」
「やった~♪久しぶりのデートだ!」
「ただの領地の見回りだし……」
久しぶりに領地の見回りへ出掛けると、城下町に差し掛かったところで、翔とばったり出くわした。
「美子さん、今そちらへ行こうかと思っていたところです。」
「何か用事でもあった?」
「陰陽師の件を玲さんにお話ししたところ、とても心配されておりましたので、また一緒に遊びに来て欲しいとのことです。それとこれが今回のお手紙です。」
翔がママからの手紙を手渡してくれる。
「そうなんだ。いつも手紙ありがとね♪」
「いいえ、美子さんの為ですから♪」
私と翔の間に颯が割り込んできた。
「ちょ、ちょっと!いい雰囲気を作るなっ!」
「ふふ。この程度でヤキモチとは、相変わらず器が小さい男ですね。器が小さいのは人間界だけにしておいて下さい。」
「煩いっ!いい加減に美子ちゃんを諦めろっ!」
諦めるって……翔は颯をからかって遊んでるだけだろ……明らかにブラックオーラが漏れてるじゃん……
「という訳で、一緒に雪妖族へ旅行に行きませんか?」
颯を無視して翔が私に向き直った。
そういえば、ママだったら編み物教えて貰えるかも♪でも雪女だし、暖かグッズを作った事は無いかもな……
「美子さん?どうされました?」
「……」
いや、確か小さい頃にニット帽を被ってた気がする……あれってママの手作りかも……
「行く!今日すぐに行く!」
「え?すぐにですか?私は今から人間界へ行く所用があるので、明日はいかがですか?」
「今日がいいの!」
それを聞いて、颯が嬉しそうにしている。
「美子ちゃん!今日すぐに行こうね~♪」
「颯……私は翔の誘いを断った訳じゃぁなくて、ママに編み物を教えて貰いたいから行きたいんだけど……」
「何でもいいよ♪」
結局、残念がる翔を置いて、お城へ戻った後すぐに雪妖族の村へ出掛けていった。
ママの屋敷について、すぐに編み物を教えて貰うことになった。リビングのソファーに座って編みかけのマフラーを見せながらアドバイスを貰う。
「どうしても目がずれちゃって……」
「あぁ……なるほどね。慣れていない時は、表裏表裏って一目ずつ変えればいいのよ。目がずれた時、すぐにわかるわよ。」
「なるほどね~!そういえばニット帽ってどうやって作るの?」
「あれは編み棒を四本使って筒にして……」
ふむふむ……やっぱり小さい頃に被っていたニット帽はママの手作りだったんだ♪
嬉しく思いながら説明を聞いていた時だった。
「邪魔するぞ!」
ピキッ!
ま、またママの周りの空気が凍った!!絶対に涼さんだな……
予想どおりリビングに姿を現したのは、涼さんだった。そして、予想どおり涼さんに噛みつくママ……
「何しに来たのよ!」
「犬神の当主が来たと聞けば、普通は挨拶に来るだろ。」
「挨拶が終わったらさっさと帰ってよね!」
「ふん!相変わらず可愛気が無い女だな!」
やっぱ仲悪いな……この二人……
涼さんは颯に挨拶だけ済ますと、すぐに帰って行った。
あら……今日は居座らないんだね……
そう思いながら編み物の続きを教えて貰っていたけど、何となくママのご機嫌が悪いままだった。
その後、藍さんが作ってくれた夕食を頂いて屋敷を出た帰り道、涼さんが道端に立っているのが見えた。
「あれ?涼さん、こんなところでどうしたのですか?」
「美子さん……ちょっとお話が……」
ん?何だろう……
颯と顔を見合わせて、また涼さんに向き直る。
「颯も一緒なら……」
「……構いません。」
少し三人で歩いている時、涼さんがボソッと呟いた。
「そ、その……美子さんの父親になってもいいですか……」
……へっ?
想定外過ぎる言葉に、耳を疑った!
「い、今、何とおっしゃいましたか?」
「だから……玲さんと夫婦になりたいと……」
「だって、あんなに喧嘩ばかりしていますよね?」
「あれはつい、素直になれなくて……」
はは……好きな子をいじめる小学生かよ……月明かりで分かるくらい、涼さんの顔が真っ赤になってるよ……
その時、颯がまた意外過ぎる事を言い始めた。
「大丈夫だと思いますよ!さっきも玲さん、涼さんが帰った後は落ち込んでいましたし♪」
「へっ!何言ってんの?ずっと機嫌が悪かったじゃん!」
「機嫌が悪かったんじゃぁなくて、落ち込んでただけだよ♪美子ちゃんは隣に座ってて顔が見えなかったかもしれないけど、僕は正面から玲さんの顔を見てたからね!」
「そうだったんだ……」
「ふふ!雪妖族はみんなツンデレみたいだね♪」
そう言われてみれば、嫌いな相手にご飯を用意したりしないよな……
涼さんは立ち止まって、私に向き直った。
「美子さん、私達の結婚を許していただけないでしょうか。」
「許すも許さないも、二人の気持ち次第だし……それに、くそ親父と結婚して離婚してるよ。」
「それも知っています。働かない顔だけの男に騙されて、浮気までされたと……」
く、くそ親父、浮気までしてたんだ!新たな事実が発覚だな……
「必ず玲さんを幸せにします!護っていきます!お願いします!」
「ママは護られる程、弱くないと思うけど……」
「確かに玲さんは強いです。私の助けなど必要無いでしょう。だから私は玲さんの心を護っていきたい……そう思っています。」
う、うわっ!涼さん、かっこいい~♪今のは、グッ!と来たな!
とりあえず涼さんには湖の側で待っていてもらい、もう一度屋敷へ戻ってママを外へ呼びだした。
「こんな時間にボートに乗りたいだなんて、美子もまだまだ子供ね~♪」
「ふふ!月が綺麗だからママと見たくてね♪」
ママ、騙してごめんね……
湖の側まで来て、ふとママが歩みを止めた。涼さんの姿に気付いたからだ。
「な、何でここにむさくるしい男がいるのよっ!」
「ごめんね、ママ……話があるっていうから……」
「美子までグルになって!」
涼さんがそう言いながら、私達に近づいてくる。
「俺が強引に頼んだんだ!」
「は、話って何よ!」
ママが顔を背けながら涼さんに噛みついている。
颯の話を聞いた後だったら、確かにツンデレに見えるな……
「じゃ、私達は別荘へ帰るね!」
「え?美子達も一緒じゃぁないの?」
「教えて貰った編み物、忘れないうちに実践したいからさっ♪じゃぁね~!」
颯と二人、そそくさとその場を後にした。
「ふう……あの二人大丈夫かな……」
「大丈夫でしょ♪振り向いてごらん!」
湖畔沿いの曲がり角に差し掛かったところで、木の陰から二人を見守る。
「二人とも俯いてるね……」
「そうだね……あっ!涼さんが玲さんの肩に手を掛けた!」
二人はそっと一つの影に重なった。
う、うわっ!
見ちゃいけないものを見たようで、思わず顔を背けた。
「美子ちゃん、帰ろうか……」
「だ、だね……」
何となく沈黙の帰り道だ。
ママには今度こそ幸せになってもらいたい……でも何となく複雑な気分……
自然と歩みが止まって、俯いた。
「ん?美子ちゃん、どうしたの?」
颯も数歩先で歩みを止めて、私に振り向く。
「颯……私……くそ親父で苦労していたママを見ているから、幸せになって貰いたい……」
「うん。」
「でも、何となく心の底から喜べない……やっと逢えたママが私から離れていきそうで、ちょっと寂しいかも……」
「……何となくその気持ち、わかるよ。」
「えっ?」
「僕も父上が魁の母上と再婚した時、複雑だったよ……もう僕の母上の事は忘れちゃったのかなって考えたりして……」
そっか……颯も複雑だったんだ……
「おいで……」
ふと颯を見ると、微笑みながら両手を広げている。
「……それは何の真似?」
「美子ちゃんが僕の胸に飛び込んで来てくれるかな~、って思って♪」
「まったく……何考えてんの……」
何となく……何となくだけど、少し甘えたい気分だ。颯に近付くと、そっと颯の身体に凭れかかった。私の行動が予想外だったのか、颯が動揺している。
「え?え?美子ちゃん?!」
「何で動揺してんのよ……自分から来いって言ったくせに……」
「ご、ごめん……」
颯はふんわりと私を包み込むように、私の背中に腕を回してきた。
「大丈夫……美子ちゃんのお母さんは一人だけだもん。」
「うん……」
「玲さん達が結婚しても、それは変わらないよ。」
「うん……」
「僕はずっと美子ちゃんの傍にいるね……」
「うん……」
颯は私の複雑な心を解くように、そっと私の頭を撫で続けた。
やっぱ温かい……颯の温もりって何だか安心するな……
月明かりの下、暫くの間目を閉じて居心地の良さに身を委ねた。