第三十七話
ブルッ!さ、寒いっ!
ある朝、寒さで目が覚めた。
「……ん。美子ちゃん、どうしたの?」
隣の布団で寝ていた颯が、目を擦りながら起き上がった。
「ちょっと寒くて……」
「え?!風邪ひいた?!」
颯が額を私のおでこにぴとっ!とくっ付けてくる。
「う~ん……熱は無いね……」
「颯……その寒気とは違うから離れてくれる?」
「だって、隙があればちゅ~♪出来そうだしっ!」
ドカッ!
久しぶりの鉄拳制裁!
「隙なんて無いから、離れろ!」
「すみません……」
しかし、寒いな……まだ9月なのに……
「颯、もしかしてここって、人間界より寒いの?」
「そうかもね。僕達はあまり気にならないけど……」
「そっかぁ……」
う~ん……中学校の家庭科でマフラーを作ったし、毛糸でも買って編んでみようかな……
かぐやさんから貰った金塊の換金をお願いしたところ、贅沢をしても死ぬまでに使いきれない位のお金になったそうだ。だけど、そんなお金を手元に置くのは怖いので、必要な時に渡して貰うよう右京さんにお願いしている。
ってか、お金持ちになってもマフラーを買う選択肢が浮かばない私って、ある意味凄いかも……
「颯、ちょっと人間界へ買い物に行って来るね♪」
「んじゃ、僕も♪」
「え~!荷物がかさ張るからダメ!」
「僕、荷物じゃぁないし……」
「だって、抱っこしないと無理じゃん!」
ぎゃぁぎゃぁと攻防を繰り広げていると、声を掛けられた。
「では私もお付き合いしましょうか?」
いつの間にか部屋の入り口に、翔が立っている。
「翔!久しぶりだね♪」
「美子さん、お久し振りです。少々人間界で忙しくしていたものですから。」
「翔はよく人間界へ行くの?」
「ええ、人間界で悪さをするもののけの退治です。颯や瞬の器はまだ20年経っていませんから、主に私か妖狐族の当主が請け負っています。」
「へぇ~、色々仕事ってあるんだね。」
「人間界の怪奇現象のほとんどが、もののけの仕業ですからね。」
お、オカルト番組のヤラセかと思ってた……
それから颯と翔も一緒に、久しぶりに人間界へやって来た。
「美子ちゃん、今日は何を買うの?」
「ふふ!可愛い~♪颯ちゃん一歳になったのでちゅね!あんよが上手になりましたね~♪」
「……美子ちゃん、人の話を聞いてる?」
「聞いてるよ♪後で一歳のお祝いのお誕生日ケーキを食べようね!あ~ん♪してあげるね♪」
「やっぱり聞いて無いし……」
まだしっかりした足取りで歩けない颯に合わせて、手を繋ぎながらゆっくりと手芸店まで歩く。
「そういえば、10月って魁が誕生日なんだ。美子ちゃん、魁にケーキを作って欲しいんだけど、お願い出来る?」
「そのくらい喜んでするよ♪」
「ありがとう♪魁も喜ぶよ!」
そうだ!魁くんにもプレゼントでマフラーを編んであげようかな~♪人にあげる程のスキルは無いけど、気持ちが込っていれば大丈夫だよね!
手芸店について、魁くんが好きそうな色を物色し始める。でもこれと言ってピンとくる色が無い。
「ねぇ颯、魁くんって何色が好き?」
毛糸を持って色々と悩んでいる私を見て、颯がちょっと驚いている。
「美子ちゃんって、編み物も出来るんだ!」
「家庭科の授業で習っただけだから、セーターとか高度なものは無理だけどね。マフラーなら何とか……ってところかな?」
「僕も欲しい♪」
「魁くんのお誕生日プレゼントにするの!」
「……僕もマフラー欲しい……」
一歳児のくりくりした瞳をうるっとさせて、私の服の裾を引っ張ってくる。
「その顔は反則だろ……」
結局参考になる意見は聞けず、なるべく颯の顔を見ないように悩みながら毛糸を物色する。
特売ワゴンに10玉セットの毛糸を発見したので、その中からもののけの世界の着物にも似合いそうなグレーと、自分用に生成り色を購入した。
「あっ!!毛糸の編み棒を忘れたっ!!」
三人でお茶をした後、神社の祠の前に立ってもののけの世界へ戻る直前、買い忘れに気付く。
「颯、その器で歩くのも疲れるでしょ?私一人で買いに行ってくるね!」
「え?美子ちゃん、僕も行くよ!」
「大丈夫、大丈夫!すぐに戻ってくるから♪翔、颯をよろしくね!」
「わかりました。」
そう言うや否や、翔は荷物のように颯を抱えている。
「翔!離せ!」
「赤ちゃんは大人しく待っておきましょうね。」
「赤ちゃんじゃぁ無いっ!」
じたばた暴れる颯は、どう見ても駄々をこねる子供みたいだ。
「ふふ!颯ちゃん、いい子で待っててね♪」
翔に抱えられて手足をバタバタさせている颯に手を振って、タッ!と手芸店への道を走り、もう一度店へ飛び込んだ。
無事に編み棒を購入して店から出て神社への道を歩いている時、すれ違った一人の男性から声を掛けられた。
「もし、そこの娘さん……」
その男性が通り過ぎた後、後ろから呼び止められて不思議に思いながらも振り向く。
「何かご用ですか?」
「あなたからもののけの気配がする……」
えっ?!この人も、もののけなの?どの種族?!
ちょっと警戒して一歩後ずさると、その男性はゆっくりと近づいてきた。
「怖くないですから、あなたに憑いているもののけを……」
って事は、もののけとは違う……一体何者?!
直感的にこの人は危ない!って感じた!
「こ、来ないで!!除霊とか必要ありませんから!!」
ダッシュ!でその場を走り去り、何とか神社の近所まで辿り着くと、颯が神社へ登る階段の下で大人しく待っているのが見えた。
「そ、颯!!」
「どうしたの?美子ちゃん、そんなに慌てて!」
一歳児の颯が私の傍まで、トコトコと一所懸命走って寄ってくる。
ふふ!やっぱり可愛い~♪って、そんな事思ってる場合じゃぁ無いっ!!
はぁ、はぁ……と両手を膝について何とか息を整え、さっきの男性の説明をする。
「何か変な人にからまれて……」
「え?どんな人?」
「おじさんっぽくて、もののけの事を知ってる感じだった……」
「わかった!すぐに向こうへ戻ろ……」
颯が言いかけた時、いきなり私の背後から沢山の人型の紙が押し寄せてきて、颯にまとわりついた!!
「うわっ!!」
「そ、颯!ちょっと、何よこれ!!」
急いで颯にまとわりついた人型の紙を剥がす!だけど、剥がしても剥がしても人型の紙は何度でも颯にまとわりついて、颯が真っ白になってしまった!!
「あなたは騙されているだけです。その子供はもののけだ。」
紙をまとわりつかせたままの颯を抱きかかえた時、後ろから落ち着いた男性の声が聞こえてきた。振り向くと、さっき話し掛けられた男性が立っている。
「あなたの仕業なの?この紙を何とかしてよ!」
「心配ありません。その式神はもののけのみに取り付き、生気を奪うものです。あなたのもののけの気配はまだ微弱……さぁ、後戻り出来なくなる前にこちらへ……」
男性は私を安心させるような笑顔を浮かべて手を差し伸べてくる。私の腕の中には、苦しそうにもがく小さな颯……
「何を言ってるのよ!こんな小さい子を痛めつけるような真似をして!!」
男性の笑顔を振り切るように、颯を抱えて神社へ続く階段を駆け上った!
ドン!
「うわっ!」
な、何?!何も無いのに、階段の途中に壁があるみたいで神社へ近寄れないっ!!
「美子ちゃん……この神社には……陰陽師が入れない結界……」
颯が苦しそうな声で、声を絞り出す。
「……僕を……置いて……」
「そんな事出来る訳無いでしょ!!」
後ろを振り向けば、ゆっくりと一歩ずつ距離を縮めてくる男性……
くっ!追い付かれる!!
颯を抱えたまま、階段脇の山道へ入って走った。
陰陽師が入れないって事は、あの男性は陰陽師なんだ!この式神っていう紙を纏ってたら、神社へ戻れないんだ!
「話しても理解出来ないなんて……それほど洗脳されているとは……」
颯を抱えて逃げ足が鈍い私をあざ笑うかのように、陰陽師は悠然と歩いて後を追ってくる。
私達が戻って来なければ、翔が異変に気付く筈!それまで逃げ切れば大丈夫!
そう思ったものの、捕まるまでにさほど時間は掛らなかった。ガシッ!と腕を掴まれ、捕らえられてしまった!
「可哀想に……すぐに祈祷してあげるから、安心しなさい。」
「いやっ!離してっ!!」
「大丈夫。その子供もすぐに楽にしてあげるから、こちらに渡しなさい。」
微笑む陰陽師の、颯を鋭く見入る目線にゾクッ!と寒気がした。
絶対に颯が殺される!
「駄目!絶対に渡さない!!」
「……仕方ない。手荒な事はしたく無いが……」
ドスッ!
うっ……
首の後ろに衝撃が走ったかと思った瞬間、目の前が真っ暗になり、そのまま意識を手放した。




