第三十五話
大きな木の下で枯れ葉をかき集めて隠れ、溜め息をついた。
「はぁ……カエルにモグラに……」
……ん?待てよ?これって見た事があるじゃん!確か、おやゆび姫だっけ?!
もしこれが物語どおりなら、次はツバメさんの背中に乗って空を飛んで、お花畑の王子様のところまで連れて行ってくれるんだよね♪
もしかして、アンドリュー王子?!きゃっ♪
ってそんな事ある訳無いじゃん……ここはもののけの世界だってば……とにかくお城へ戻ろう……
はぁ……
再び盛大な溜め息をついて、枯れ葉からひょこっと顔を出した。
「うわっ!!」
目の前にいたのは、真っ黒な物体!って、烏じゃん!流石はもののけの世界、ツバメの代わりが烏なのね♪
「烏さん!!お城まで乗せて下さいな♪」
「ん?何だ?お前……」
「あっ!お城が嫌なら翔のお屋敷でもいいや♪」
「翔?あぁ……あの烏天狗か。俺ははぐれ烏だから、あいつには従わないのさ!」
は、はぐれ烏?!烏の世界にも色々あるのね……
「ところでお前は何だ?コロボックルか?それともキジムナか?」
「私は人間だよ。」
「嘘付け!人間が俺達の言葉を喋れる筈無いだろ!」
ですよね~、ごもっともです……
「嘘付き小人はこうしてやるっ!えいっ!」
何を思ったのか、烏はいきなりくちばしで私を突き始めた!
「ちょ、ちょっと!止めてよ!危ないじゃん!」
ゴロゴロと転げまわって、何とか逃げ回った!だけど烏は面白がってわざとギリギリを突いてくる!
「へへ!面白いな!それ♪それ♪」
もう、最悪っ!マジでこの烏、意地が悪いじゃん!!烏って全員腹黒かよっ!!
逃げられない岩場まで追いつめられ、枯れ枝を手に構えて、烏と向き合った。
「ちょっと!!いい加減にしなさいよ!」
「小人のくせに俺様に口答えとは、生意気だな。今度はこっちだ!」
烏は小石をくちばしに咥え、私に向かって投下しようと飛び上がった!!
「ワンワン!!」
「チッ……邪魔が入ったな……」
犬の鳴き声が聞こえてきて、烏は小石を投下せずに飛び去っていく。
ふう……助かった……
岩場を背にずるずるとしゃがみ込むと、見覚えのある一匹の犬がのそっと顔を近づけてきた。
「美子ちゃん♪やっと見つけた~!小さいから匂いを辿るのが大変でさ!!」
「……えっ?!もしかして颯?」
た、助かったぁ……
安心感からボロボロ泣きじゃくり、颯におもいっきり怒りをぶつける!
「馬鹿っ!来るのが遅いよっ!!うぇ~ん!!」
「ごめん、ごめん……無事で良かったよ……」
「マジで怖かったんだからっ!!」
ポン!と白い煙を立てて人間の姿に戻った颯は、両手で私をすくい上げて胸元まで運び、人差し指で頭をヨシヨシしながらお城まで帰っていった。
「美子ちゃん!本当にごめん!!」
お城に帰って、颯が寝そべりながら手を合わせて謝っている。私はというと、腕組みをして、ぷいっ!と横を向いている。
「もうっ!マジで死ぬかと思ったよ!」
「ごめん、ごめん!もうピクニックは止めておこうね♪」
「何で謝るのに笑顔なんだよ!絶対反省してないだろっ!」
「そんな事ないよ♪でも可愛い美子ちゃん見てたら、つい和んじゃって♪」
やっぱ兄弟だな……魁くんに続いて反省の色がまったく無いじゃん!無色透明じゃん!
その時、頼んだ買い物をする為に人間界へ行っていた右京さんが、かなり疲れた様子で部屋へ入ってきた。
「美子様、ドールハウスというものはこちらで宜しいでしょうか……洋服も何点か購入してまいりましたが……」
「ドレスに気持ち良さそうなベッドまであるじゃん!右京さんありがと~♪ところで、何でそんなに疲れてるの?」
「いえ……気にしないで下さい……美子様の為ですから……」
大人の男性が一人で、人形売り場にて人形の服を物色……その光景を想像しただけでもシュールだ……
右京さん、すみませんでした……
夜は、颯の枕元にドールハウスのベッドを置いて寝る事になった。
「本当は一緒に寝たいんだけどね♪」
「いや……潰されちゃうから、ベッドで充分です……」
「ふふ♪おやすみ!」
「おやすみ……」
明日は絶対に外へ出ないぞっ!!
そう心の中で誓って、眠りについた。
「美子ちゃん!一緒に領地の見回り行こうよ~♪」
「や~だっ!絶対に行かない!」
翌日は朝から、颯とこんな攻防を続けている。
「今日はおにぎり持って行かないからさ~♪」
「そ~ゆ~問題じゃぁね~よ!ってか、完全に愛玩動物扱いだろ!」
「そんな事無いよ~!こんなに可愛い美子ちゃんが心配だから、離れたく無いだけだもん♪」
「それが、愛玩動物扱いなんだよっ!」
寝そべって私を見ている颯の鼻先に、思いっきりキック!パンチ!
ポフッ!パコッ!
「ふふ!くすぐったいよ~♪無駄な抵抗は止めた方がいいんじゃない♪」
こ、こいつ……元に戻ったら、フルボッコにしてやるっ!!
その時、女中頭さんが部屋へ入ってきた。私の迷子事件を聞き付けたらしく、私が丁度入るくらいの袋を持ってきてくれたようだ。
「颯様の首から吊るせるように紐を付けておきましたので、この中へ入っておけば、美子様も安全ですよ!」
「ありがと~!これでいつでも美子ちゃんと一緒に居られるよ♪」
「美子様、袋の中の居心地を是非お試し下さい!」
女中頭さんはニコニコしながら、私が袋の中へ入るのを期待した目で見ている。
やっぱ領地の見回りに行かされるのですね……
渋々、溜め息をつきながら袋の中へ入って、顔を外へ出した。
「それじゃぁ行くよ~♪」
「……もう、好きにしてくれ……」
まるで一日一善を行ったかのような爽やかな笑顔の女中頭さんに見送られて、部屋を出た。
見回りが終わって城下町まで戻ってきた時、颯が町の人達から次々に声を掛けられている。
「颯様!それは美子様のお人形ですか?可愛いですね♪」
「でしょ~♪離れたくなくてね!」
「ふふ、仲が宜しいことで♪」
嫌々ですから……
「それにしても本当に良く出来ていますね!」
本物です……
そんなこんなで三日目の夜になった。
「はぁ……いつになったら元に戻るんだろう……」
ゴロンと寝そべっている颯の肩に寄り掛って、溜め息をついた。
「そうだねぇ……悪戯小人の妖力は弱いから、そろそろだとは思うんだけど……」
「一生このままだったら、どうしよう……」
「う~ん……そのままでも可愛いけど、一生は困るね……」
「悪戯小人さんは、元に戻せないの?」
「聞いた事がないなぁ……でも聞いてみる価値はあるかもね♪明日にでも中庭を探してみようね!」
「うん……」
この夜も、颯の枕元に置いてあるドールハウスのベッドに潜り込んで眠りについた。
その日の夜中、何となく目が覚めた。
……ん?何だか身体がもぞもぞする……ってか、服がキツイ……
バリバリッ!バキッ!!
へっ!ふ、服が破れたっ!ベッドが壊れたっ!ってか、私が大きくなってるっ!!
気が付けば、あれよあれよという間に元通りの大きさに戻っていった!
「やったぁ~♪元に……って、きゃぁ~!!」
わ、私、また裸じゃん!!
「美子ちゃん!!どうしたの?!」
薄暗い部屋の中、颯が目を覚まして起きあがった!!
ま、マズいっ!!
サッ!としゃがんで隠せるところを隠して叫んだ!
「見るなぁ~~!!起きあがるな~~!!」
「そ、その格好……」
颯が固まった……と思ったら、ブホッ!と、再び鼻血大放出して卒倒!!
「颯様!美子様!いかがされましたか?」
廊下から右京さんと左京さんが走ってくる音が聞こえる!
ちょ、ちょっと待って~!!
急いで倒れた颯の布団を奪って、身体に巻き付けた!
数日後、気がつけば鳥やカエルの言葉はわからなくなっている。本当に元に戻ったんだなぁ、と実感しながら久しぶりに領地の見回りに付き合った。
「ふふ!小さくて可愛い美子ちゃんもいいけど、やっぱり同じ大きさの方がいいな♪」
「ったく……あれだけ楽しんでたくせに……」
「そりゃね♪」
そんな話をしながら城下町まで戻ってきた時だ。町のみんなが首から小さい木彫り人形をぶら下げている事に気付いた。
一体、何をぶら下げてるんだろう?
と、その時、町の子供達が寄ってきて、木彫り人形を手に掲げた。
「颯様!美子様!見て下さい!美子様人形ですよ♪」
な……なんじゃ、こりゃぁ~~~!?!
「これを首からぶら下げておくと、幸運のお守りになるんだってさ♪」
はぁ?!そんなご利益ある訳無いじゃん!!
「美子様も見て見て!そっくりでしょ♪」
って、よく見ると、一人の子の人形は首に紐を巻き付けて首吊り状態!!もう一人の子は身体に紐を巻き付けた簀巻き状態!!更に他の子に至っては、頭に釘を打ちつけて紐を結んでるフランケンシュタイン状態!!
何処にも幸せの要素が無いじゃん!幸運どころか完璧に呪われてるじゃん!!
「で、出来ればお母さんに、お人形さんを入れる小袋を作って貰ってね……」
「は~い♪」
嬉しそうにニコニコ笑う純粋無垢な子供達に、罪は無いよね……だけど、何となく、頭に釘を打ちつけられているような頭痛を覚えるな……
その人形は二ヶ月待ちという、もののけ史上稀にみる大ヒット商品となったそうだ。
神様、お願いします……どうか、木彫り人形が呪いの人形に変わりませんように……