第三十三話
数日後、いつもどおり颯と一緒に領地の見回りの後で城下町を歩いていると、町の人達が人相描きを見ながら立ち話をしているのに気付いた。
「あれ?さっきも、人相描きを持っている人達がいたよね?」
「そうだね。何かあったのかな?」
二人で立ち話をしている人達に駆け寄って、声を掛ける。
「あの……何かあったのですか?」
「颯様、美子様、先程こんな人を探していると配られまして……」
そう言いながら人相描きを見せられた。
はぁ?!人間にウサ耳?!?
って、酷っ!絵心無いにも程があるだろっ!
「こ、これは……」
「こんな種族は見た事無いので、みんな戸惑っていまして……」
ですよね……
「颯、これって人間界のバニーガールか、一足早いハロウィンの仮装じゃぁないかな……」
「この世界に居ない事は確かだね……」
再び城下町の人達に尋ねてみる。
「これを配っていた人は、何処へ行きましたか?」
「川の方へ向かっていきましたよ。見た事も無いような豪華な着物を着ていたから、すぐにわかると思います。」
「ありがとうございました!」
颯と走って川の方へ向かった。少し走ると、歴史の教科書に載っている平安絵巻に描かれてあるような豪華絢爛な着物を着た人が、通りすがりの人達に人相描きを渡しているのが見える。
その人に追い付いて、恐る恐る声を掛けてみた。
「あの……すみません……」
「おお!そなた達も協力してはくれぬか?」
うわっ!凄い美人!
振り向きながら人相描きを渡してきた人は、気品溢れるオーラを身に纏い、全てを圧倒するような美人だった。
「この近くに落ちた事は間違いないのだ。見つけたら教えてはくれぬか?」
「……落ちたって?」
「天界へ帰る途中に牛車から落ちてしまってな……名を美月と言うのだ。」
また、訳のわからない事を言う輩が出てきたぞ……
「あの……他に特徴はありませんか?」
「白くてふわふわしておる。まだ好奇心旺盛な子供なのだ。」
も……もしかしてこのバニーガールは本物の……ウサギなの?!
「すみません……もしかしてこれって、動物のウサギですか?」
「そうだが?それ以外には見えぬであろう。」
やっぱし……絵心無い芸能人に匹敵するな……
「美子ちゃん、もしかしてルナの事じゃぁない?」
「何となくそんな気がするね……」
私達の呟きを聞いたその人は、目をきらきら輝かせて詰め寄ってきた。
「おお!そなた達は知っておるのか?!」
「たぶん……空から落ちてきて、足を怪我したウサギを保護しています。」
「美月かどうか確認したい。すまぬが案内してはくれぬか?」
「わかりました。」
そうして、豪華な着物を着た人を引き連れて、お城へ戻ることになった。道すがら、色々と探りを入れてみる。
「あの……美月って、もしかして月兎ですか?」
「そうだ。下界人なのに良く知っておるな。」
はは……やっぱ本物がいた……
「ところで、そなた達の名は何と申すのだ?」
「私は美子で、こっちは颯って言います。」
「そうか。二人とも良い名であるな。」
「あ、ありがとうございます……それであなたの名前は?」
「私か?私はかぐやと申す。」
今度は竹取物語かよ……
そんな突っ込みは心の奥底に閉まい、お城まで案内した。
お城について部屋へ入ると、すぐにルナが寄ってきた。
「おお!まぎれも無く美月ではないか!!」
かぐやさんはすぐさまルナに駆け寄って抱き上げた。
「美月!足を怪我してしまったのか!─────そうかそうか!この者達に世話になったのだな!」
い、今、ウサギと喋ったの?!
驚く私に構わず、かぐやさんは満面の笑みを浮かべて私達に向き直った。
「ずいぶんと世話になったようで、私からも礼を申すぞ。褒美は何が良いのだ?」
「褒美?!そんなものいりません!可愛かったし、ずいぶんと癒してもらいましたから♪」
「そうか……褒美がいらぬとは、変わった者であるな。」
かぐやさんって、たぶんかなり身分の高い人なんだろうな……
「それで……迷惑ついでに、そなた達に頼みがあるのだ。」
「何ですか?」
「私の能力では生き物は連れて帰れぬ故、次の満月まで美月を預かってはもらえぬか?」
「能力?」
「あっ!いや……何でもない……」
う~ん……颯でいう、妖力みたいなものなのかな……
「次の満月までですね、了解しました。その頃には足の怪我も治っていると思いますよ。」
「そうか。何から何まですまぬな。ここの城は広い故、中庭に天界の使者も降りられるであろう。」
天界の使者……まさか本当に月に住んでるとか無いよね……酸素も水も無いクレーターだらけの荒地だし……
そんな事を考えている時、颯はかぐやさんに疑問を投げかけている。
「もしかして、天界って月の?」
「そうだ。下界人なのによく知っておるな。天界を知っておる下界人に出会ったのは、初めてであるぞ。」
「やっぱり!話にしか聞いた事が無かったので、実際に会えるなんて感激です♪僕は犬神族の当主を勤めております。」
「ほう、私も本で読んだ事があるぞ。確かもののけという種族であるか?」
「そのとおりです♪」
な、何だか、颯とかぐやさんが意気投合してる……しかも、人間界の天文学を全否定するような内容だ……
ひとしきり私の常識を覆す話で盛り上がって、かぐやさんが私に向き直った。
「ではそろそろ戻らねばならぬ。美月をよろしく頼む。」
「……よくわかりませんが、承知しました……」
「ん?美子どのは言語が不自由なのか?」
「いえ……今、私の中の常識を囲っていた鉄筋コンクリートの壁が、音を建てて崩れ落ちたもので……気にしないで下さい。」
「……?そうか。何やら大変であるな……」
かぐやさんは立ちあがって、部屋の障子を閉めた。かと思うと、障子に映り込んでいた人影がす~っと消えていった!!
「え?え?今、消えた?!」
「……僕もびっくりした……流石は天界人だね♪」
「そ、そうね……あはは……」
も、もう……人格崩壊の域まで行ってしまいそうだ……
それから迎えた満月の日、颯と魁くんと私の三人で中庭に立ち、ルナを抱っこしてかぐやさんを待っていた。
珍しい天界人を見ようと、お城の窓という窓からみんなが顔を覗かせ、魁くんはわくわくした様子で、颯に話し掛けている。
「颯兄さん、本当に天界人なんていたのですか?」
「いたよ~!ちゃんとお喋りもしたよ♪魁もお喋りさせてもらいな!」
「うん♪」
その時だった。ピカッ!と光輝く満月から一筋の光が下りてきて、眩しさに目を瞑った!恐る恐る目を開けてみると、金色に輝く豪華な牛車が中庭へ降り立ち、中から目も眩むような煌びやかな着物を着たかぐやさんが出てきた。
「美子どのに颯どの!出迎え御苦労であったな!」
「いえ、住んでるお城の庭ですから……気にしないで下さい。はは……」
そして、ルナをかぐやさんに手渡す。
「足は治ったようであるな。本当にそなた達には何と感謝すれば良いか……」
「いえ、いえ、大袈裟ですよ!」
「美月も楽しかったと言っておる。美子どの、そなたにはよく可愛がってもらったようであるな。」
やっぱり月兎と話が出来るんですね……
「美子どのは遠慮しておったが、それでは私の気がすまぬ故、勝手にお礼の品を見繕ってきたぞ。」
かぐやさんが合図を送ると、天界の使者だろう男の人達が、次々と金銀財宝を牛車から降ろし始めた。
「あ、あの!本当にお気持ちだけでいいので!!」
「そうか?この着物はそなたの為に仕立てたのだが……」
かぐやさんはそう言いながら、一枚の着物を取り出した。
こ、これって、絶対、金の糸を使ってあるよね!散りばめられているのは、金箔だよね!!
「こ、こんなの怖くて着れないですよ!!かぐやさんが着て下さい!!」
「ふむ……気に入ってもらえぬようで、残念だ。」
気に入るも何も……お財布に一万円札が入っているだけでビクビクするのに、この着物って絶対に数百万円だよね……外を歩けないってば……
「では、これだけは美月の餌代として渡しておくぞ。これは返還を拒むからな。」
「わかりました。じゃぁそれだけってことで……」
かぐやさんは私の腕の中に、何か小さめの物を置いてくれた。
ズシッ……お、重たい……って、金の延べ棒じゃん!!
「皆のものも世話になったな。それでは達者でな。」
「うん♪かぐやさんも元気でね♪」
驚きで返事が出来ない私の代わりに、颯が返事をしてくれた。
そして、かぐやさんは美月を抱いて牛車に乗り込み、牛車が一瞬ピカッ!と光ったかと思うといつの間にか消えていて、満月に向けて一直線の光が伸びていった。文字どおり光速だ。
まだ茫然としている私に、颯が話しかけてきた。
「美子ちゃん、大丈夫?重たいから僕が持ってあげるよ♪」
「……え?あぁ……ありがとう……」
「ふふ!美子ちゃんってば驚き過ぎっ♪」
「だって……宇宙人と知り合いになったんだよね……」
「そうなるかな♪」
スマホ代も払えなかった私が、金の延べ棒持ちになったぞ……そして宇宙人と知り合いになったぞ……
「ところで美子ちゃん、人相描きを見た時に言ってたハロウィンってなぁに?」
「西洋のお祭り……」
「そうなんだ!人間界の楽しい事だったら取り入れようかな♪」
「必要無いと思うよ……ここはリアルハロウィンだし……」
「……そうなの?」
私の脳内回路は、パンク寸前です……




