第三十話
次の日の朝、枕元に颯からの手紙が置いてあった。
昨日、メールの話をしたからかな♪
早速、広げて読んでみる。
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美子ちゃんとお話がしたいよ~!
一緒にお出掛けがしたいよ~!
ちゅ~♪したいよ~!
後、三日間の我慢だね!今は寂しいけど、その日を楽しみにしてるね♪
愛してるよ~♪
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ふふ!
颯らしいストレートな内容に思わず笑ってしまった。
んじゃ、私も返事を書くとするか!
内容はもちろん、『ちゅ~♪なんてしね~よ!どアホ!』で、決まりだな!
こうして手紙交換をしながら、ついに一週間が経つ日となった。
その日は朝から、二つ並べて置いてある座布団の上に座らされている。
「あの……右京さん。今日は一日ここに座っていなきゃ駄目なの?」
「申し訳ありません。颯様が一分一秒でも早く見て欲しいと言われるもので……」
「もしかして今って、颯と向かい合わせなの?」
「はい。まるで二人でにらめっこをされている状態です。」
ぷっ!にらめっこって!何処の子供だよ!
「ふふ!今、颯がどんな面白い顔をしても見えないから、にらめっこで勝てる自信があるな♪」
そうして、時が経つのを待った。だけど結局、颯が見える事は無かった。
**宮司日記**
八月某日
美子様が薬を飲まされて二週間経ったが、颯様を見る事は未だに出来ない状態だ。
日に日に美子様のお顔から笑顔が消えて行くのがわかる。また、颯様のお顔は、日に日に険しくなられてきた。
幹部の中には、白蛇族の鈴を即刻打ち首にするべきだ、という意見が広がってきた。
颯様が、これ以上美子様を悲しませたく無いと、その意見を押さえておられるが、これもいつまでもつか……
********
颯が見えなくなって三週間が経った。手紙のやりとりは相変わらずやっているけど、段々と楽観的な内容は書けなくなってくる。
流石にお城の中に缶詰め状態がここまで続くと、キツいなぁ……
事情を知ってる翔は、時々遊びに来てくれる。まぁほとんど颯をからかって帰っていくだけだけど……
そんなある日、『一緒に領地の見回りへ行こう!怖くない秘策があるからね♪』という内容の手紙を颯から貰った。
やっぱ怖がってたのは見透かされていたか……秘策って何だろう?大人数で行くのかな?まぁいっか!久しぶりに外へ出れるしね♪
ウキウキしながら城門の前で待っていたけど、そこに集まったのは私一人のようだ。
「秘策って一体、何?」
その時右手が、ふんわりと温かいもので包まれた。
「え?颯なの?」
キュッ!キュッ!と、二回手を握られた。どうやらこれが"YES"の返事らしい。
「もしかして秘策って、手を握るだけ?」
またしても、キュッ!キュッ!と、二回手を握られた。
はぁ……どうせこんな事だろうとは思ったけど……
帰ろうかどうしようか迷っていると、手を引っ張られているような感覚があった。
『これは早く行こうよ♪』って言ってるんだろうな……久しぶりの外だし、気分転換がてら行ってみるとするか……
城下町を歩いていると、色々な店の人達に声をかけられた。
「お?颯様!今日は手を繋いで仲良くお出かけですね~♪」
「最近、美子様のお姿が無かったので、心配してましたよ~!」
そりゃ、みんなから見ると、お手々繋いだ仲良しカップルにしか見えないよね……これは益々言い逃れ出来ない方向に持って行かれている気がするな……
まぁだけど、手に颯の温もりがあるだけで町の人達の目が怖くないのも事実だ。久しぶりに外の空気を堪能して、お城へ戻った。
その夜、珍しく寝る前に手紙が置いてあった。内容は、『手を繋いで寝たい♪』だった。手を繋いでいると、返事がわかって貰えるからだそうだ。
「成程ね……一理あるけど、それって単に手を繋いでいたいだけなんじゃぁ……」
今度は、キュッ!と、一回だけ手を握られた。
「これは"NO"って事?」
この返事には、キュッ!キュッ!と、二回手を握られた。
はいはい……一応、下心が無いアピールですね……
「わかったよ……今日だけだからね……」
そして横になって布団から手を外へ出すと、すぐにふわっとした温もりに包まれた。
「ふふ。何だか洞窟で寝ていた時を思い出すね♪」
キュッ!キュッ!と、二回手を握る返事。
何だかんだ言ってもおばけだらけの世界の中にいると、颯の温もりは安心するな……って、颯もおばけの仲間なんだけどね……
その夜は、久しぶりに穏やかな気持ちで眠りについた。
チュン、チュン……
……ん。朝か……何だか温かいな……
不思議と落ち着く温もりに、すりすりと顔を寄せた。
「み、美子ちゃんが……僕に……嬉しい♪」
いきなりガバッ!と抱き締められて、一瞬で目が覚めた!パッ!と目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた颯……
「て、てめぇ……何してんだぁ~~!!」
バキッ!!立ちあがって、鉄拳制裁!!
「み、美子ちゃん……?」
「美子ちゃん……?じゃぁね~よ!!どさくさに紛れて何やってんだよ!」
「だって……美子ちゃんから僕にすりすり……」
颯の言葉が止まった。
……え?あれ?颯が見える……
「もしかして美子ちゃん、僕が見えるの?」
「……うん。見える……」
「えっと……会話も出来てるよね?」
「そうみたい……」
「や、やったぁ~~~♪」
颯が立ちあがって、またしてもガバッ!と抱き付いてきた!!
「だ~か~ら~、抱き付いてくるな~~~!!」
ボコッ!!颯が見えるようになってほんの一分で、二度目の鉄拳制裁!!右京さんは部屋へ入って颯の顔を見るなり、嬉しそうに微笑んでいる。
「颯様のお顔に傷が……美子様!見えるようになったのですね!!」
はは……当主の顔の傷で判断する家臣って、どうなの……?
まぁ何故か解決したみたいだし、良しとするか♪
それから数日後、鈴ちゃんの処分が決まったと言われた。神に直接ご奉仕をするという内容らしい。打ち首なんて物騒な内容じゃぁなくてホッ!と一安心だ。
ってか、白蛇族って、元々神に仕える種族だったような……直接となると意味が違うのかな?
鈴ちゃんからは、お詫びの手紙を貰った。自分の懐の狭さに気付かされたっていう事は、やっぱり恋する乙女の悪戯心だったんだな♪
そして、鈴ちゃんが神にご奉仕をする為に旅立つ日、颯が白蛇族の村へ連れていってくれた。
「鈴ちゃん!」
「美子様!見送りに来て下さったのですね!今回は大変ご迷惑をお掛けいたしました!」
鈴ちゃんは旅支度の格好で、深々と頭を下げてくる。
「何言ってんの!私も無事に元通りだし、鈴ちゃんも打ち首にならなくて良かったよ♪」
「……美子様……」
「ん?なぁに?」
「鈴は美子様から友達と言って頂けて幸せでした。本当に……美子様には何とお礼を申し上げたらよいか……」
「ふふ。お礼なんて必要ないよ!私も助けて貰ってるしね♪また戻って来る時には連絡を頂戴ね!」
鈴ちゃんは何故かそれには返事をしなかった。そして、小瓶を私に渡してきた。
「美子様、これは人間には無害で、もののけだけ身体に痺れを起こす薬にございます。何かの時にお役立て下さい。」
「ありがとう。まぁそんな機会が無い事を祈っておくよ♪」
「鈴はいつまでも美子様の幸せを祈っております。どうか颯様とお幸せに……」
「へ?何で颯なの?」
「ふふ。まだ自覚しておられないのですね♪」
「い、いや……自覚というか何というか……」
や、やけに意味深に笑うな……
その時、そろそろお時間です……と、白蛇族の人が鈴ちゃんを促した。
「神様が住む所ってどんなところなの?帰ってきたら色々と教えてね♪」
「……どうかお元気で……」
鈴ちゃんは、そっと目を伏せた。
え?帰って来るんだよね……その仕草に不安を覚えて、思わず倭を見る。
「美子様……神の頂に行って戻ってきた者はいないのです……」
「ちょ、ちょっとどういう事?それじゃぁまるで……」
「颯様のご配慮により、命を奪われる事は避けられました。広い空の下、何処かで姉上が生きてると思う事が出来るだけで充分です。」
「じゃぁ、二度と鈴ちゃんに会えないって事?お姉さんに会えないんだよ!それでいいの?!」
「人間である美子様に薬を盛るというのは、一歩間違えれば死に至る危険もありましたので……」
倭は私から目線を逸らした。
もしかして今回の件は、私に対する殺人未遂って事になってるの?!
颯、颯は?!
颯の胸倉を掴んで、喰ってかかった!!
「颯!どういう事よ!鈴ちゃんに厳罰は下さないって言ってたじゃん!!」
「美子ちゃん……これから先、同じ事をする者が出ないとは限らない。その時の為に無罪放免の前例を作る訳にはいかないんだ……」
「だって、仁の時には許してあげてたじゃん!」
「あれは鉄鼠族にも被害者がいたから、両成敗って事に出来たんだ。それに仁は美子ちゃんを助けようとしてたし……」
「そんな……」
戻ってきた者がいないって……そんなの死に行くようなものじゃん!
さっきからみんな言葉少なめだった理由が、やっと理解できた。顔を上げた鈴ちゃんの目には、涙が溢れている。気付けば、私の頬にも涙が伝っていた。
「こんな鈴の為に……本当にありがとうございます……」
「や……やだ……やだよ、鈴ちゃん……」
鈴ちゃんの腕を引っ張ろうとした私を、颯が後ろから抱き締めて止めてくる。
「美子ちゃん!駄目だ!」
「いや~~!!鈴ちゃん!!」
鈴ちゃんは泣きながら笑顔を作り、後ろを向いて歩き出した。
「颯!!離して!!」
「離さない……」
「いやだ~~~!!」
山道の曲がり角で鈴ちゃんはもう一度私達の方へ向き、軽く頭を下げて見えなくなっていった。
「どうして?!どうしてよ!!何で鈴ちゃんが!!」
「これが精一杯だったんだ……苦情は全部僕が聞くから……」
颯はそっと腕の中へ私を閉じ込めた。
「ごめんね……」
「うっ……うっ……うわ~~ん!!」
颯の胸に顔を埋めて、ただ、ただ……涙が枯れるまで泣き続けた。
初めての友達は、涙と一緒に消えていった……