第二十六話
「うわぁ~!人間界ってこんなに賑やかなのですね!」
「ふふ。鈴ちゃん、はしゃぎ過ぎだよ♪」
みんなの予定が合う日を選んで、人間界へ水着の買い物に出掛けた。
赤ちゃんの颯、翔、ついて来なくてもいいのに来た瞬、案内人の蒼井くん、鈴ちゃん、私の六人だ。
「美子様、どのような水着をお選びになるのですか?」
「そうだね~。この前痩せたし、思い切ってビキニにしようかと思ってるんだ!鈴ちゃんは色が白いから、どんな色でも似合いそうだね♪」
「そんな事ないですよ!美子様くらいお綺麗でしたらいいのですが……」
「ふふ!冗談でも嬉しいよ♪」
鈴ちゃんと水着を色々と物色していると、エロ狐が一着の水着を差し出してきた。
「おい、美子!この水着はどうだ?」
「瞬、馬鹿だろ!紐しか無いじゃん!」
「このくらいの方が颯を誘惑出来るぞ♪」
「必要ねぇよ!!」
颯を抱っこしていた翔が慌てている。
「うわっ!颯が鼻血出した!」
はは……颯の為にも、面積は広めのビキニにしておこう……
痩せた影響か胸のボリュームまで減ったので、誤魔化しが効くフリルがたっぷりついた花柄ビキニを選んだ。鈴ちゃんはまだ悩んでいるみたいだ。
「鈴ちゃん、気に入ったのある?」
「う~ん……翔様ってどんなのがお好みなのでしょうか……」
「……え?」
鈴ちゃんがボソッと呟いた一言に、びっくりした!
も、もしかして鈴ちゃんって!!
「え?あっ!今のはただの独り言で……」
「聞こえなかったことにしようか?」
「あ……美子様は翔様とも仲が良いので、色々と教えて頂ければ……」
「ふふ。仲が良いって程じゃぁないけどね!出来る事なら協力するよ♪」
「はい!ありがとうございます♪」
ふふ。赤くなっちゃって可愛い~♪だから倭は今回の旅行を鈴ちゃんに譲ったのかな!
ってか、鈴ちゃんは翔の腹黒に気付いてるんだろうか……言った方が親切なのか、気付くまで黙っておいた方が鈴ちゃんの為か、悩むところだ……
男性陣は試着不要って事で、適当なサイズのものを選んで購入したようだ。
「颯、赤ちゃん用の水着買った?」
「美子ちゃん……旅行へ行くのは、僕らの世界だから……」
「ごめんごめん!また後で、一緒にケーキを食べようね!あ~んしてあげるね♪」
「……絶対楽しんでるでしょ……」
「赤ちゃんにジト目で見られても怖くないも~ん♪」
買い物が終わってみんなでカフェに寄った時、買い忘れに気付いた。
そういえばハート柄の絆創膏、もうちょっとで無くなりそうだった!いっぱい買っておかなきゃ!
「ごめん!ちょっと100均に行ってくる!」
「美子さん、私もついて行きましょうか?」
「翔、ここは危ない事無いから大丈夫だよ♪んじゃ、ちょっとだけ行ってくるね~!」
翔の申し出を断り、みんなに手を振って一人で席を立った。
100均の店に飛び込んで絆創膏を多めに購入し、店を出た時だった。
「ちょっと!こっちへ来い!」
「え?」
いきなり腕を引っ張られて、トイレに連れて行かれた。引っ張ってきたのは、何かと絡んでくる中学校の元同級生の二人組だった。
あちゃ……嫌な二人に会ったなぁ……
「ちょっと!何で貧乏神のくせに、何でいつもイケメンばっかり周りにいるのよ!」
あ、そんな事か……そうは思っても、本当の事言ったら変人扱いされて終わりだろうから、言えないしな……
ってか、こいつらずっと見てたの?暇人だなぁ……
「マジで生意気なんだよ!どんな汚い手を使ってんだよ!」
いや~、汚い手なんて使った覚え無いんだけど……むしろ、巻き込まれている方で……
言い淀んでいると、ドン!と押されて壁に打ち付けられた!
ピキッ!駄目だ……青筋立った!!
「言いがかりにも程があるだろ!」
「貧乏神のくせに、あたしらに口答えする気?!」
「こっちはおばけに囲まれて生きてるんだ!お前らなんて怖くね~よ!」
「意味のわかんね~こと、言ってんじゃね~!」
二人が私に掴み掛ろうとした時、トイレに人が入ってきた。
「美子様、遅いと思って、お迎えにあがりました。」
「鈴ちゃん!」
元同級生二人は、あっけにとられている。
「……は?美子サマ?」
そりゃそうだろう……貧乏神って蔑んでいた筈の私が、サマを付けて呼ばれてるんだもんな……
鈴ちゃんは美少女の爽やかな微笑みを二人に向けながら、小さな小瓶を取り出している。
「ふふ。この匂いを嗅いで下さい。心が落ち着きますよ。」
ふわっと、二人の鼻先で小瓶を振った途端、二人はバタッ!と倒れてしまった。
「え?今の何?」
「大丈夫です。今、幻覚が見えていますので、目が覚めた時には不審者扱いされる事でしょう。」
「そうなんだ……」
危険ドラッグをやってるって感じかな……
倒れている二人を残して、鈴ちゃんと一緒にトイレから出た。
「鈴ちゃん、助けてくれてありがとう。」
「大した事ではありませんよ。何処の世界にも、くだらない嫉妬をする輩は居ますからね。特に後継ぎ候補ともなると色々と……」
成る程ね……その辺りは何処の世界も変わらないんだろうな……
「ところで鈴ちゃんはもう妖力が使えるの?器は20年経たないと妖力が使えないって聞いたけど……」
「私達は元々妖力が少ない種族なのです。ですから専門は毒ですね。これなら妖力が無くても対抗出来ますから。」
鈴ちゃんは蓋を閉めた小瓶を軽く振って、微笑みながら私に見せてきた。
「そ、そうなんだね……」
毒って……さ、流石は蛇だわ……
美少女の爽やかな笑顔なのに、ちょっと引いてしまうのは気のせいだろうか……
「毒とは言っても薬にもなりますし、人を殺める毒は作りませんよ。材料は村にて厳重に保管されていますから。」
やっぱ、あるんだ……
「そういえば惚れ薬もありますが、颯様にいかがですか?」
「それは遠慮しておくよ……」
それからカフェへ戻って、赤ちゃんの颯をいっぱいからかって楽しんだ後、もののけの世界へ帰った。
梅雨明けになって、人魚族の島へみんなで訪れた。
「海だ!南国だ!鈴ちゃん、早くおいで♪」
「美子様、待って下さい!まだみんなの前に出る勇気が……」
「いいからいいから♪」
水着に着替え、鈴ちゃんの手を引っ張って、翔の前まで連れてきた。
「翔、どう?この前買った水着なんだ♪」
「美子さん、とてもお綺麗ですね!」
「鈴ちゃんはどう?」
まだ恥ずかしがる鈴ちゃんを前面に押し出した。鈴ちゃんは淡いピンクの女の子らしいビキニを着ている。
「ええ、鈴さんも可愛らしいですよ。」
「だよね~♪」
鈴ちゃんは嬉しそうにはにかんでいる。
ふふ。倭もこんな顔してたし、やっぱ姉弟って似るのかな♪
「美子ちゃん、僕にも水着見せ……」
「よし!初めての海水浴だ~♪鈴ちゃん、行こう!」
颯が何か言いかけた事なんて気が付かず、ハイテンションで海へ向かって走り出す。
海に入って遊んでいると、蒼井くんと瞬が追いかけてきた。
「俺たちも混ぜろ!」
「あれ?颯と翔は?」
見ると、二人はまだ砂浜にいる。気のせいか、颯がいじけてるような……
「颯は何かあったの?」
不思議になって尋ねると、瞬が呆れたようなため息をついた。
「かなり重要な案件があったと思うぞ。思い出さないか?」
「……?さぁ……でも、翔はいじけて無いよね?」
「翔は烏だぞ。烏の行水っていうくらいだし、水は苦手だろ。」
「あ、そっか!」
瞬にしては、珍しく分かりやすい説明だ。
夜ご飯を頂いた後、部屋へ戻った。颯がお風呂に入っている間、全部の部屋に繋がっている大きなバルコニーへ出て、お風呂で温まった火照りを冷ましていると、翔がやって来た。
「美子さん、夕涼みには遅い時間ですよ。」
「なんだ、翔か……」
「ふふ。颯でなくてすみません。」
「い、いや、そ~ゆ~つもりじゃぁ無いんだけど……今日、いじけてた理由を聞きたいなぁと思ってただけだよ。」
翔は私の隣に来て、ベランダの柵にもたれた。
「そういえば翔って、颯が産まれた時には成人してたんだよね。小さい頃の颯ってどんな子だった?」
「颯は生まれつき妖力が強く、赤ちゃんの頃には、勝手に口から火を出して遊んでいましたね。家臣達が颯を止めるのに必死になって追いかけていましたよ。」
「ふふ。手のかかるやんちゃな子だったんだね!」
「ですから、妖力を使いこなす修行ではなく、抑える事を教えられたようです。颯が本気になれば、もののけの世界は滅びるでしょうから。」
「そんなに凄いの?」
「ええ。そんな颯を殴れるのは、美子さんだけですね。ですからもののけの世界で一番強いのは美子さんという事になります。」
「はぁ?!な、何言ってんの!」
「ふふ。冗談ですよ。」
あ、遊ばれた……
それからも色々と颯の話を聞かせてくれた。
「あはは!そんな事があったんだ!」
「ええ。瞬と二人で取っ組み合いのケンカになりましたよ。」
「ふふ♪大福一つなのにね!」
翔から颯の話を聞くのは楽しかった。そんな私と翔を鈴ちゃんが悲しそうな目で見ている事にも気がつかず……
それから瞬のリベンジとして、夜通しトランプに付き合わされた。眠たい目を擦りながら朝日が輝く砂浜を散歩していた時、鈴ちゃんが私を追いかけてきた。
「美子様、お散歩ご一緒しても宜しいですか?」
「いいよ♪っていうか、みんな元気だね!徹夜なんて初めてだよ。」
「もののけは人間よりは体力ありますので、二~三日寝なくても平気ですよ。」
「そうなんだ。ある意味、羨ましいかも……」
ふわぁ~……と一つ欠伸をした時、鈴ちゃんがおずおずと尋ねてきた。
「あの……美子様と翔様は、恋仲では無いのですよね……」
「はぁ?何言ってんの?!」
うわっ!一瞬で目が覚めたじゃん!聞いてくる事が、想定外過ぎだって!
「そんなの無い!無い!」
「そ、そうですよね……颯様に輿入れされるのに、変な事を聞いて申し訳ありません……」
「はは……そっちも無いと思うけど……」
「え?それはどちらも可……」
鈴ちゃんが何か言いかけた時、颯が手を振りながら追いかけてきた。
「お~い!美子ちゃん!散歩なら言ってよ!危ないじゃん!」
「ここは安全だって蒼井くんが言ってたよ。」
「だから、潤も危険なんだってば……」
「ふふ。颯からすれば、全員危ないって事だね。」
ふと鈴ちゃんが立ち止まった。
「わ、私、先に戻ります!」
「え?あっ、鈴ちゃん?!」
鈴ちゃんは私の呼び掛けを遮るように、走り去ってしまった。
心なしか、目を合わせてくれなかったような……
「鈴ちゃん、どうかしたのかなぁ……」
「僕達の仲に遠慮してくれたんじゃぁない♪」
「そっか……って、違うだろっ!」
まぁ、考え過ぎかな……