第二十四話
間欠泉の近くにある岩山の前に来た。
「これが洞窟かぁ……」
山肌にぽっかり開いた洞窟の奥は、真っ暗な闇が続いている。
出来れば行きたく無いな……
「美子ちゃん、火を絶やさないから大丈夫だよ♪」
「あ、ありがとう……」
ふう……暗所恐怖症なんてバレバレか……
「よし!行くぞ!」
颯が妖力で枯れ枝に火を付け、二人で洞窟の中へ入っていった。
暫く歩くと、段々と日の光が無くなって暗闇になる。洞窟の幅も二人で並んで歩くのが精一杯くらいの狭さだ。
「颯……」
前も後ろもわからなくなるような漆黒の暗闇に、思わず颯の着物の袖を掴んだ。
「樽を抱えてるから、怖がる美子ちゃんを抱き締められなくてごめんね~♪」
「はぁ?!べ、別に怖くないしっ!」
「ふふ!わかったから、しっかり僕に掴まっててね♪」
「はぐれたら颯が泣いちゃいそうだから、そうさせてもらうわ!」
「うん!よろしくね♪」
どのくらい歩いたのか、日が無いから時間の感覚もわからない。ちょっとだけ立ち止まって水を飲むことにした。
「ふう……何時間歩いたかなぁ……」
「たぶん1時間くらいかな。」
「え?まだそのくらい?」
もっと歩いてると思ったのに……ショック……
「ちょっと感覚狂っちゃうからね~。疲れたらすぐに言ってね♪」
「うん……頑張る……」
重い腰を上げて、また歩きだした。
もう丸一日くらい歩いているような感覚になった。
「美子ちゃん、今日はこの辺りで休もうか!」
「そうだね。」
イエティ族から貰った種を取り出して、一粒颯に渡した。すると颯は、種を半分に割って私に返してくる。
「え?どうしたの?」
「仔犬になって食べるから、半分で大丈夫だよ♪水の量も少なくて済むしね!」
「それで体力持つの?樽も担いでるのに……」
「人間よりは体力あるってば♪何日かかるかわからないから、残りは多い方がいいしね!」
「そっか……」
たぶん少なくなってくると、私を優先するんだろうな……せめてゆっくりと寝て貰うとするか……
食べ終わった颯は人間に戻って、私を手招きした。
「直接岩の上に寝ると、身体が痛くなるよ。僕の膝の上においで♪」
「いや……それは……」
「大丈夫!期待されても、ここでは何もしないってば♪」
「期待なんてしてね~よ!!」
駄目だ……このままじゃぁ、颯がゆっくり休めないじゃん……
「颯、仔犬ちゃん抱っこして寝たいな♪」
「え?それじゃぁ美子ちゃんが寝るのが大変じゃぁない?」
「抱き枕の方が嬉しいかも!」
「……ん。わかった。」
ポン!と白い煙を立てて、颯は仔犬に戻った。
「ふふ。やっぱり可愛い♪」
抱きあげてふわふわの毛並みを堪能♪
「美子ちゃん……だからそんなにされると、我慢が……」
「可愛い過ぎて無理かも♪」
ふと、颯のお腹に目がいった。
「そういえば、禿げって治った?」
「もう毛が生えてるよ。」
「本当?」
仔犬の颯を裏返して、お腹を見る。
「本当だ!元に戻って良かったね♪お腹までふわふわ♪」
思わずお腹の毛並みも堪能♪
「み、美子ちゃん!それ以上触らないで!」
「ん?どうして?」
「ぼ、僕の……に……美子ちゃんの手が当たってる……」
「え?何?」
そのままお腹を撫でていると、いきなり、ポン!と白い煙を立てて颯が人間に戻り、後ずさりながら私から離れていった。
「ひ、酷い……美子ちゃん、酷過ぎる……僕がこんなに我慢してるのに、弄んで……」
「え?え?ご、ごめん……お腹苦手だった?」
颯に近づこうとすると、更に後ずさっている。
「もう今日は一人で寝るっ!」
「う、うん……おやすみ……」
颯はそのまま蹲って寝てしまった。
そんなにお腹を触られるのが嫌だったのかな……悪いことしちゃったな……
……ん。
朝かどうかもわからないけど、とりあえず目が覚めた。颯も起きてたみたいだ。何となく気不味い……
「……おはよう。」
「おはよう、美子ちゃん……仔犬になって水を飲むから、ちょっとだけ手のひらに乗せてくれる?」
「いいよ。」
樽から水をすくって、仔犬の颯の前に差し出した。颯はぺろぺろしながら完飲。
「ふふ。やっぱり可愛い♪」
「もう……美子ちゃんには敵わないな……」
颯は再び人間に戻って、二人で歩きだした。
「美子ちゃん、人魚に拐われてる間、何もされなかった?」
「襲われそうになったけど、頭突きをくらわしたよ♪」
「さ、流石だね……」
「まっ!どうせみんな雪女の妖艶な気配を感じ取ってるだけだろうしね。」
「え?僕は違……」
あ!そういえば右京さん!
何か言いかけてた颯を遮って尋ねた。
「ところで右京さんは無事に帰ってきた?怪我はどうだった?」
「大丈夫だよ!傷は塞がってたし、ゆっくり寝れば回復するでしょ♪」
「そっか~、良かった♪」
その日も二人離れて眠った。目が覚めた時、身体の節々が痛い事に気付いた。
ふう……流石にゴツゴツした道で寝るのはキツいな……
ゆっくりと首や腰を回したりして、その日も何とか歩き通した。
翌日、颯が一緒に寝ようと言い出した。
「え?何で?嫌がってたじゃん。」
「だってそれは、美子ちゃんが僕を弄ぶから……」
「いや……その件に関しては、まったく身に覚えが無いんだけど……」
「それに、美子ちゃんは僕を抱き枕にしてたけど、僕の抱き枕になってくれないし……不公平だし……」
い、いや……こんなところでいじいじされても……
「……駄目?」
うっ……うるうる目の上目遣い攻撃……
「わ、わかったよ!今日だけだからね!」
「やった~♪」
って事で、颯の膝の上に横向きで座り、頭を颯の身体に預けた。颯は腕を私の身体に回して抱き締めている格好だ。
「ふう♪美子ちゃん、温か~い♪」
「な、何だか私は落ち着かないんだけど……」
自分から身を預けるって、心臓が暴れ過ぎて落ち着かないよ~~!!
「ふふ♪抱き枕にされる僕の気持ちがわかった?」
「ハイ……ハンセイシテマス……」
「今日もいっぱい歩いて疲れたでしょ!ゆっくり寝てね♪」
隠していたつもりだけど、たぶんゴツゴツした道の上で寝る時に、私が痛がっている事を悟ったんだろうな……今日だけは甘えるとするか……
ふんわりと包まれる温もりに段々と心臓も落ち着いてきて、そのうちウトウトとし始めた。
…………
「……美子ちゃん、寝た?」
「……」
……ん……返事をしたいけど、瞼が上がらない……
「美子ちゃん……僕は、魁を可愛がってくれるところ、お城のみんなを大事にしてくれるところ、いざという時には僕を守ろうとしてくれる強いところ、文句を言いながらも気遣ってくれる優しいところ……雪女の気配が無くても、美子ちゃんの全部が好きだよ……」
……え?な、何言い出してんだ?!颯って、そんな事考えてたの?!でも、本当に私の中身を見てくれてたんだな……
ちょっとだけ心がほっこりした。
「ふふ。美子ちゃんの寝顔、可愛い♪」
そう聞こえてくるや否や、唇に柔らかい温かみを感じた。
「ん……」
え?え?え~~~?!もしかして、今、キスされてる?!うわっ!!これって、術を解くキスとは明らかに違うよね~~!?!
寝てるフリをした方がいい?それとも起きた方がいい?ど、どうすればいいの~?!
内心、一人でパニック状態に陥っていると、そっと柔らかい温かみが離れていった。すると、今度は颯が叫び声を上げた。
「あっ!ヤバいっ!!」
え?今度は何事?!
颯の声に焦って目を開けると、頭の上にぴょん!とふわふわの耳、身体の後ろからはふさふさの尻尾が生えている颯がいる。
「どうしたの?その姿!」
「い、いや……起しちゃってごめん……」
「一体、何があったの?」
「これは……本能が理性を上回ったっていうか……」
「……はぁ?!」
ピキッ!青筋発動!
「そ、その……美子ちゃんの寝顔が可愛くって……」
「それで、理性を失いかけたと……」
「ち、違う!違わないけど……」
プチッ!血管断裂!
「てめぇ……ふざけんな!!こんなところで理性失くしてんじゃね~よ!!」
「み、美子ちゃん!落ち着いて!!」
「問答無用!私のほっこりした心を返せ~~~!!!」
バキッ!ドカッ!ボコッ!
その日以来、お互い抱き枕になる事は無くなった。
それから何日歩き続けただろうか……樽の中の水も少なくなってきて、火を灯す枯れ枝も僅かになってきた。食糧の種は途中から私も半分に割って食べるようにしたので、あと2日分くらいは残っている。だけど、空腹が続いて次第に足取りも重くなってきた。
「……ごめんね。もうちょっと洞窟が大きかったら妖犬になって美子ちゃんも運べるんだけど……」
「いいや。颯が気にする事はないよ。」
歩いても歩いても先の見えない暗闇……これは一人だと無理だったな……颯がいてくれて良かった……
「この洞窟、僕一人だったら断念してたかも……」
「え?何で?」
っていうか、もしかして同じ事考えてた?
「美子ちゃんが一緒だから頑張ろうって思えるけど、一人なら心が折れてたかも……」
「まぁ、確かに一人じゃぁなくて良かったよ。」
それを聞いた颯は軽くなった樽を肩に担ぎ上げて片手で支え、空いた手で私の手を握ってきた。
「絶対、一緒に帰ろうね♪」
極限の時にこそ人って本性を出すっていうけど、颯は相変わらず私を気遣ってくれる。
こ~ゆ~キツい時には颯の優しさが染みるな……こんな状況を確か吊り橋効果って言うんだっけ?
そんな心理効果に乗せられたくないけど、何となく手を握り返した。
「当たり前じゃん!絶対に帰るんだから!」
「だね♪」
その夜は手を繋いだまま眠り、翌日のことだった。颯がピクン!としたかと思うと、急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「……空気が変わった……」
「へ?まったくわからないけど……」
「美子ちゃん!たぶんあと一日くらいで洞窟を抜けられると思うよ♪」
「ホント?」
それから一日くらい歩くと、本当に洞窟から出る事が出来た。
「や……やった~!洞窟を抜けたぁ~♪」
出口を出てすぐ、離れた場所に巨大な水の龍が見えた。しかも太陽の光に反射して、キラキラと輝いている。
「颯、もしかしてあれ……」
「うん……巨大な氷のオブジェだね……」
はは……何となくそれだけで状況を察する事が出来るな……
「たぶん沼の近くだと思うから、いい目印だよ♪」
龍の氷のオブジェは、予想どおり沼の近くにあった。沼の周りではみんながロープを降ろしたり、棒でつついたり、捜索を続けているみたいだ。
「ただいま~♪」
二人で声を掛けると、一気にみんなに囲まれた。
「美子~~~!!心配したわ~~~!!」
ママに抱き付かれて大泣きをされた。ママの涙を見たのは初めてだ。
それくらい心配掛けちゃったんだろうな……
左京さんや蒼井くんも駆け寄ってくる。
「颯様、美子様、よくぞご無事で!!」
「雪沢!本当に良かった……」
みんなの顔を見て、やっと実感した。
本当に……本当に戻ってきたんだ……
暫くの間、泣きながらみんなと再会の喜びを分かち合った。
涙も落ち着いた頃、改めて水龍を見上げた。
「これって、もしかしてママが?」
「ふふ。人質さえ居なければ楽勝よ♪しかもまだ生きてるわよ。」
「え?大丈夫なの?また人魚に仕返しするとか……」
「大丈夫よ!水龍にも反省する時間を与えないとね♪」
水龍は千年溶けない氷で覆われていて、徐々に生気を吸い上げられ、溶ける頃には抜け殻になっているそうだ。
それって、反省どころか生き地獄なんじゃぁ……翔達がママを恐れる理由がわかったかも……
「ところで……」
またしてもエロ狐の瞬が、空気を読まない事を言い出した。
「お前達、姿を現した時に手を繋いでいなかったか?ついに手付けされる気に……」
ムギュッ!にっこり笑って、瞬の足を踏みつける。
「瞬、そろそろ空気を読む事を覚えようかね♪」
「美子……我が悪かった……」
こうして無事に城下町へ帰っていった。