第二十一話
食事の後、右京さんと一緒に部屋へ戻って、すぐ休むことにした。
「夜は部屋の入り口で控えておきます。誰も部屋へ入れないようにいたしますので、ご安心ください。」
「それじゃぁ右京さんが休めないよ。」
「ですが、美子様と同室する訳にもまいりませんし、早ければ明日にでも助けが来るかもしれませんので大丈夫です。」
「そっか……一人で休んじゃってごめんね……」
「人間の方が体力が無いのですから、当然です。」
はぁ……ベッドに潜り込んで、盛大な溜め息をついた。
「今日はお疲れでしょうから、ゆっくりとお休み下さい。」
「いや……気絶していたせいか、あまり眠気が無いんだよね……しかし、何でみんな私を嫁にしたがるんだろう?普通の人間とは違うってのはわかったんだけどさ…」
右京さんは、ふふっと笑って、ベッドサイドの椅子に腰かけた。
「古来の雪女は、山に迷い込んだ人間を惑わせて生気を吸い込んでいましたので、それはそれは妖艶で美しいと言われていました。恐らく人を惑わす妖艶な雰囲気が出ているのでしょう。」
「え?でも私、人間界では全然モテなかったよ!」
「妖艶な雰囲気も、もののけが感じる程度で微量なのでしょう。」
「なるほどね……」
結局、颯もそれに惑わされているだけなんだろうな……
「大丈夫です。颯様は、ちゃんと美子様の中身に惹かれていらっしゃいますよ。」
え?心を読まれた?!
「そ、そんな事思ってないよ!」
「ふふ。失礼しました。そこがご心配なのかと思いまして。」
「いや、まったく心配してないから……」
ふう……右京さんも鋭いな……
そんな話をしているうちに眠気が襲ってきてた。カタッと音がして、右京さんが部屋から出ていくと、深い眠りに落ちていった。
ピチョン……ピチョン……
水滴が落ちる音で、夜中に目が覚めた。
「……ん?雨漏り?」
目をこすって起き上がると、ベッドの脇に水たまりが出来ているのに気づいた。よく見ると、天井から水滴が落ちてきているようだ。
「……雨降ってるのかな?」
外を覗こうとすると、その水たまりがむくむくっと膨れ上がって人の姿になっていった。
「え?えぇ~~~?!?」
「しっ!俺だよ。」
「あ、蒼井くん!どうして?」
「どうしてって、言っただろ?お前は俺の嫁なんだ。」
いきなり、ガバッ!とベッドに押し倒された!!
「ちょ、ちょっと!!あんたの嫁なんかにならないからっ!離してよ!」
「離してって言って離す奴なんかいね~よ。やっと俺のモノになるんだな……三年越しの思いがやっと叶うよ。」
ちょ、ちょっと!って、いつの間にか足と腕に水が絡まってるじゃん!動けないしっ!!
「人間を抑えつけるなんて簡単な事さ。すぐに犬の気配なんか消してやるからな。」
そう言って顔を傾けながら近づけてくる。
ピキッ!
久しぶりに青筋が立った音がしたな……
「こ、こんのやろぉ~~~!!!ふざけんな~~~!!!」
ドカッ!!
唯一動く頭で、思いっきり頭突き!!
「うぉっ!!」
蒼井くんが頭を押さえてベッドから転がり落ちたと同時に、手と足を押さえられていた水が消えた。
「美子様!いかがされましたか?!」
バン!とドアが開いて右京さんが部屋へ飛び込んできた。
「って、ご無事のようで……」
ベッドの下でのた打ち回っている蒼井くんを見て、右京さんは状況を把握したみたいだ。
「いって~~!!雪沢!お前、石頭過ぎんだろ!!」
「あんたが襲ってくるからだろ~が!!」
右京さんは、サッと私を背中に庇い、蒼井くんと対峙した。
「これ以上美子様に手出しされると、本気を出しますよ。」
「チェッ……屋敷が壊されたら嫌だから、今日は引き下がるよ。っていうか、頭がくらくらする……」
頭を抱えるように、蒼井くんは部屋から出ていった。
まったく……油断も隙も無いな……
翌日、逃げない事を条件に、蒼井くんが外へ連れ出してくれた。白い砂浜!何処までも続く碧い海!城下町とはまた違った雰囲気だ!
「へぇ~!綺麗なところだね!暖かいし、何だかテレビで見た南国リゾートみたい♪」
「ここは離れ小島だから、海を渡ってくるしか辿りつけない場所なんだ。だから……」
蒼井くんは、チラッと右京さんを見て言葉を続けた。
「舟を使っても、海には人魚達がいる。助けは来ないし、脱出も出来ないぞ。」
え?そ、そうなんだ。ショック……
右京さんも、しまった……って顔をしている。そんな姿を見て、勝ち誇ったように蒼井くんが私に向き直った。
「美しい島だろ。お前にもこの島を好きになって貰いたいと思って連れてきたんだ。」
「ふ~ん……」
まぁ、確かに綺麗なところではあるけど、普段から住むのは落ち着かないかも……こ~ゆ~所って、旅行で数日滞在だよね。
「ところで、中学校の時、クラスの女子が俺の事を騒いでたのは知ってる。でも何故かお前だけは俺に興味示さなかっただろ?何でだ?」
「意地悪な人を好きになる訳ないじゃん。」
「顔も良くて勉強も出来て運動も出来れば、言うこと無いだろ?」
「それで誰でもなびくって勘違いしてるところが、根性悪いんだよ!」
「はは!やっぱ雪沢は一筋縄ではいかないな!んじゃまずは信用を得るところから始めるとするか。」
「強引に連れて来られただけで、信用するポイントはゼロだから……それに……」
「それに?」
どうせ蒼井くんも、雪女の雰囲気を感じ取ってるだけだろうしな……
「あの……実は、ウチのママなんだけど……」
言いかけたところで、話しかけられた誰かに遮られた。
「人魚、こんなところで何をしている。」
振り向くと、おどろおどろしい雰囲気のおじいさんと家臣だろう数人が立っている。
「これは水龍様、ようこそ人魚の村へ……」
蒼井くんは、サッ!と片膝をついて頭を下げた。
え?今、水龍って言った?このおじいさんが、蒼井くんのご両親を殺したっていう水龍なの?
水龍と呼ばれたおじいさんは、私をチラッと見て怪訝そうな顔をした。
「何故こんなことろへ人間を連れて来ておるのだ。」
「彼女は私の……」
「こ!この娘は!!」
蒼井くんの言葉を遮って、怪訝そうに私を見ていたおじいさんが急に態度を変えた!
「この娘は犬神の嫁ではないか!」
「いえ、違い……」
「でかしたぞ!人魚!この娘さえいれば、もののけの世界は私の天下だ!!」
はぁ?!な、何でよっ?!ってか、また嫁?!それとも人質?!
「水龍様、恐れながら……」
「すぐにこの娘をひっ捕らえよ!」
う、嘘っ!
蒼井くんの言う事など聞く耳を持たない水龍が命令すると、家臣達が一斉に私達を取り囲んだ。
「ガオーーー!!!」
サッ!と右京さんが、大きな犬に変化!そして家臣達に向かって火を放つ!!
「うわっ!」
家臣達はあっという間に水蒸気になって消えていき、私達の周りには火の輪が出来上がっている。
「美子様!この火の外側へ出ないで下さい!水妖族は中へ入って来れません!」
「わ、わかった!!ってか、蒼井くんいるけど!」
「……彼は大丈夫でしょう。水龍相手ですから。」
なるほど……
チラッと蒼井くんを見ると、複雑そうな顔をしている。命令に従うかどうか迷っているみたいだ。
えっ?空から急に光の玉が……
そう思った瞬間、バン!バン!と大砲みたいなものが撃ち込まれた!!
「み、水?!水の塊?!」
見上げると、大きな水の龍が空高く飛んでいる!!
「こざかしい犬ころめ!わしに逆らうとは命が欲しくないようだな!」
「くっ!空か!美子様、こちらへ!!」
右京さんは私と蒼井くんを庇うように、大きな犬のまま蹲った!!
ドカッ!ドカッ!
「うっ……」
右京さんに包まれてるけど、時々衝撃が伝わってくる。
「右京さん!!右京さん!!」
「……大丈夫です。命に替えても御守りいたします……うっ!!」
ちょ、ちょっと!!
足のすき間から出ようとしたら、蒼井くんに止められた!
「待て!今出ていったらお前も死ぬぞ!!」
「このままじゃぁ、右京さんが死んじゃうよ!!」
「馬鹿!!今受けている傷を台無しにするつもりか!」
「で、でも……」
その時、ふわっと空気が動いたと思ったら、大きな犬の右京さんが少しずつ傾き、ドーン!と音をたてて倒れた。
「う、右京さん!!」
急いで駆け寄って、身体を揺すった!
ぬるっ……手に嫌な温かみを感じた。恐る恐る右京さんに触った手のひらを見てみる……
血!やっぱり血だ!!
「右京さん!しっかりして!」
「み、美子様……ご無事ですか……」
右京さんの身体は、シュルシュル!っと人間になったかと思うと、仔犬に変わっていった。急いで傷だらけの身体を抱き上げる!
「やはり犬よの。その程度か……」
いつの間にか、人間の姿になった水龍のおじいさんが近くに立っている。
「なんて酷い事を……」
右京さんを抱き締めながら水龍を睨みつけたけど、水龍はふん!と鼻で一笑し、蒼井くんに向き直った。
「この犬を殺して犬神に届けろ。それから、人間の娘を同じ目に合わせたくなければ全面降伏しろと、当主に伝えてこい。」
「……」
「わかったな。」
「はい……」
「人間はこのままここにおれ。逃げても無駄だからな。」
駄目だ……こいつ、何の感情も持ち合わせてない……自分が天下を取る為なら、何だってやる奴だ……
水龍が立ち去った後、蒼井くんが右京さんに手を伸ばしてきた。サッ!と背中を向けて右京さんを腕の中に庇う。
「駄目!絶対に殺させない!」
「大丈夫。後で俺の生き血を飲ませるから、怪我だけは塞がる筈だ。後は彼の体力次第だ。」
「え?じゃ、じゃぁ、殺さないんだね!」
「さっき助けてもらったお礼だ。必ず生きたまま犬神に届ける。水龍の隙を見て雪沢も必ず助けるから、無駄な抵抗はしないでくれ。」
「……わかった。」
「いたぞ!あそこだ!」
新たな水龍の家臣達が駆け寄ってくるのが見えて、急いで右京さんを蒼井くんに託した。
「お願いね!絶対に右京さんを助けてよ!」
「雪沢も気を付けろよ!」
蒼井くんが走り去った後、水龍の家臣達が乱暴に腕を引っ張ってきた。
大人しく……大人しく……
蒼井くんの言葉に従って、無駄な抵抗を止めた。




