第二十話
領地の見廻りが終わって城下町へ戻ると、すぐに甘味処へ案内された。
「美子さま!こちらです♪」
「ふふ。そんなに慌てなくても大丈夫だよ。」
甘味処へ入っても、魁くんはずっと私の手を握ったままはしゃいでいる。
「これこれ!この羊羹は母上が好きだったんだ♪美味しいよ!」
「だったら羊羹を頂こうかな!」
「僕はこのお饅頭が好きなんだ♪」
ふふ。久しぶりの外出なのかな?喜んじゃって可愛い~♪
長椅子に座ってオーダーしたお菓子が運ばれてくるのを待っている時、中京さんが私に頭を下げてきた。
「美子様、昨日は大変失礼な事を申し上げて申し訳ありませんでした。」
「えっと……何だっけ?」
「魁様を甘やかすなと言った事です。この甘味処も前奥方様との思い出が詰まっているせいか、魁様は近づこうともしなかったのです。それが、自ら美子様をご案内したいと申されまして……」
「そうだったんだ……」
「少し考えを改めまして、美子様には魁様と少し関わる時間を頂けたらと思います。」
「そのくらいお安い御用だよ♪」
軽く返事をすると、右京さんが中京さんをからかうように口を開いた。
「なんだよ、中京。お前、美子様の輿入れには反対だっただろう。」
「な!何で今言うんだよ!確かに私は美子様のことをあまり存知あげませんでしたし、手付けもされていない人間を迎えると聞けば、普通は反対しますから!」
はは……そりゃそうだ……
それよりも、魁くんにとって嫌な事を思い出す場所が、少しでも楽しい思い出の場所になればいいな♪
甘味処を出て魁くんと話しながら、城下町に流れる川に掛る橋を渡っていた時だった。
「雪沢?」
へ?誰?
久しぶりに名字で呼ばれて、近づいてきた人に目を向けた。
「って、蒼井くんじゃん!な、何でここに?」
「やっぱりこっちの世界に居たんだな!」
さっと、右京さんと中京さんが警戒したのがわかる。それを感じたのか、蒼井くんがみんなに自己紹介を始めた。
「俺、水妖族で“潤”って言います。雪沢さんとは人間界の中学校で、三年間一緒に勉強をしました。」
「そうですか……」
右京さんと中京さんは私の知り合いだとわかって、一歩下がった。
「ってか、蒼井くんもこっちの住人だったんだね。」
「この前すれ違った時、微かに雪沢からもののけの気配がしたから、もしかしてって思ってたんだ。微かって事は手付けもされていないのに何でこっちへ?」
またか……どいつもこいつも手付けって……
「あのね!そう簡単にエッチなんてしないから!」
「ふ~ん。って事はまだ処女なんだ。」
「ば、馬鹿!小さな子の前でそんな事を言うな!」
「はは!大丈夫だよ!こっちの世界は人間界よりオープンなんだ。」
だからか……ママが旅行の時にすぐにでもって言った理由がわかったな……
「じゃぁ、まだ俺にもチャンスはあるじゃん……」
「え?何て言ったの?」
私の質問には答えずに、蒼井くんは、ガバッ!と私の腰を抱いて橋の欄干へ飛び乗った!
「ちょ、ちょっと!」
「行くぞ!」
そう言った瞬間、急に川の中心に渦が発生!!そのまま渦に向かって飛び込んだ!!
「きゃぁ~~!!!」
「美子様!!」
右京さんが、咄嗟に手を掴んでくれた!だけど、勢いがついた二人の体重には勝てなかったのか、三人でそのまま川へ落ちていった。
ドッボ~ン!!ゴボゴボ……
うっ……この川って浅い筈だよね……何で渦なんて……ってか私、泳げないんだけど……
そのまま意識を手放した。
「う……う~ん……」
あれ?私、川へ飛び込んで……どうなったっけ?
意識が戻り、薄っすらと目を開けると、右京さんが心配そうに私の顔を覗きこんでいる。
「美子様!気がつかれましたか!」
「右京さん……ここは?」
「ここは水妖族、人魚の村です。」
「そうなんだ……」
何処かの洋室で寝かされていたみたいだ。ベッドから起き上がって、とりあえずキョロキョロと回りを見渡した。
「えっと……蒼井くんは?」
「あの潤と名乗る者ですか……」
ガチャ……
その時、部屋のドアが開いた。
「一応俺は人魚族の長だから、様を付けて呼んで欲しいね。」
そう言いながら部屋へ入ってきたのは、蒼井くんだった。
「蒼井くん!ど~ゆ~つもりよ!こんな所まで連れてきて!」
「え?気が付かなかった?俺、三年間ずっと雪沢を狙ってたんだけど。」
「はぁ?意地悪しか言ってこなかった癖に!」
「それはお前が貧乏くさいチラシをいつも見てたからだろ。」
サッ!と右京さんが視界を遮るよう、私と蒼井くんの間に、身体を入れてきた。
「美子様は、颯様の奥方様になられるお方です。」
「急に出てきた犬に横取りなんてされたら困るんだよね。」
「それを言うなら、颯様と美子様は小学校からの繋がりです。横取りは魚の方ですね。」
バチバチ!っと二人の間に火花が散った気がした。
ってか二人とも……年数の問題じゃぁ無いんだけど……
蒼井くんは食事が用意出来たら呼びに来ると言って、部屋から出ていき、右京さんは私に向き直って、深々と頭を下げた。
「美子様、申し訳ありませんでした。二度までもお助けする事が出来ず……」
「もう、だから右京さんのせいじゃぁないってば!咄嗟に腕を掴んでくれたから、一緒にここへ連れて来られたんでしょ?だから頭を上げて!」
「有り難き幸せ……」
右京さんは、やっと顔を上げてくれた。
「外と連絡は取れなさそう?」
「残念ながら……ただ、水妖族の仕業という事は中京も把握しておりますし、そのうち助けが来るかと思います。」
「だったらそれまでのんびり過ごそっか♪」
「ふふ。美子様はいつも前向きですね。」
「そう?毎日食べ物に困る貧乏に比べれば、大したこと無いよ♪」
使用人さんが呼びに来て、夕食を頂きにダイニングへ行った。
「うわっ!どうしたの?この豪華な食事!!」
ダイニングに入って、大きなテーブルにズラリと並んだ豪華な食事に目を見張った。だけど、椅子に座っているのは蒼井くんだけだ。
「はは!相変わらず貧乏くさい感想だな!このくらいの食事は毎日用意してるぞ。」
「え?何人で食べるの?」
「いつもは俺一人だからこれの半分くらいだけどな。今日からは雪沢も一緒だ。」
い、いや、この半分でも7~8人分くらいはあるだろ……
「二人だけでこの食事の量なんて、食べきれないじゃん!何で使用人のみんなも一緒に食べないの?」
「冗談だろ?使用人と同じテーブルなんてありえないよ。」
「いや、もったいないよ!」
テーブルには、美味しそうなオードブル、テレビで見たことがあるカルパッチョ、魚のソテー……
ってか、魚って、同族食いなんじゃぁ……
「まっ、好きなだけ食べろよ。」
渋々席に座り、取り皿に食べ物を盛った。
「はい。私はこれだけでいいから、残りはみんなで食べてね。」
使用人さん達に席に座るよう促すと、顔を見合わせて戸惑っている。
「潤様と同じ食事だなんて、私達には……」
「私がいいって言ってんの。食べ物を粗末にすると怒るよ!一緒に食べれないんなら、別の部屋で絶対食べてよ!」
「……わかりました。」
使用人さん達は残った食事を下げ始めた。
「お前、変わってるな……もう貧乏じゃぁないのに。」
「うるさいっ!必要な量だけで充分なの!食べ物を無駄にしてると、もったいないおばけが出るよ!」
「はぁ……辛気臭い食事になったな……」
それには答えず、無視して食事を頂いた。
お城ではみんな一緒に食べるのに、種族によって違うもんなんだなぁ……颯達とお城の人達と一緒に食べる方が、楽しくて美味しい気がする……
「ところで、蒼井くんはもう長になってるの?ご両親は?」
「……水龍に殺されたよ。」
「え?何で?同じ水妖族だよね?!」
「水に住むもののけを統一するとかって言って、その当時の各族長が殺されたんだ。」
「そんな事があったんだ……」
そういえば颯が、今の当主が統一したって言ってたな……
「その時幼かった俺は生かされたんだけど……人魚族を繁栄させて絶対に人魚だけの族を取り戻してみせる!」
「そっか……」
何処もかしこも、殺したり殺されたり……本当に厳しい世界なんだな……
「まっ!そ~ゆ~訳で、俺の嫁はお前だからな!」
「はぁ?!マジでふざけんなよ!」
「ふざけてここまで連れて来るかよ。犬ころの気配も微かだし、俺にとっては好都合だったな。」
「私にとっては不都合だ……」