第二話
確か、さっき祠に入れられて……何でいきなり城下町?!
ゴシゴシ……と目をこすってもう一度見た。何度見ても城下町だ。電線も無い、江戸時代第三代将軍あたりだろうか。
……うん、そうだ。きっとこれは悪い夢だ……帰ろう……
祠の扉に戻ろうと、くるっ!と、回れ後ろをして唖然とした。
「入ってきた扉が無いっ!!ど~ゆ~こと?!」
目の前には、舗装されていない道と、両脇に長屋が見えるだけだ。ボー然と立ち尽していると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「美子ちゃん!いらっしゃい♪」
呑気な颯太の声だ。
「何がいらっしゃいだ!!」
振り向いて更に唖然とした。そこには着物をラフに着こなし、大人びてスラッとした甘いマスクのイケメンに変身した颯太が立っている。
「……へ?そ、颯太?」
「よくわかったね!流石は僕の奥さん♪」
「いやいや……そもそも了解してないし!っていうか、何で大人になってんの?しかも足がちゃんとあるじゃん!」
「だって僕、113歳だもん♪」
「だもん♪って……」
色々と頭が混乱してきた……
思わず頭を抱えた私とは対照的に、颯太はにこにこ顔だ。
「僕、美子ちゃんの理想どおり年上だし、こっちの世界では頼りになるよ♪」
「つまりここは異世界で、私は颯太の嫁として連れて来られたと……」
「さっすが美子ちゃん!飲み込み早いね♪」
「って、飲み込める訳無いだろっ!」
「因みに僕の名前は“颯”ね!颯太は人間界での名前だから♪」
「そんなものど~でもいい!人間界に帰るっ!」
颯太を無視して、入り口を探そうと歩き出す。
「美子ちゃん、まだ人間の匂いがぷんぷんしてるから、一人で歩いたら危ないよ。」
「だったら人間界に戻せ!」
「それは無理だってば!結婚できないじゃん♪」
「結婚の約束なんてした覚えないしっ!」
「彼氏じゃん♪」
「ただのお試しだろっ!」
「そんな事言わずに、ちょっと茶店寄ろうか♪」
颯太が甘味処に気を取られているうちに、サッ!と振り切るよう走り出した。
「あっ!待って~!」
ガンッ!
全速力で走って脇道に入ったら、すぐ壁にぶち当たった。
「いてて……こんなところに石壁が……」
脇道を塞ぐようにそびえる石壁を見上げる。
「石壁ではございません。ぬりかべです。」
「ひゃぁ~~!!壁が喋ったぁ~~!!」
急いで元の道に出て、また全速力で走り出した。
「はぁ、はぁ……さっきのは一体何……?」
息を整えるよう、立ち止まって両手を膝について屈んだ。
「どうぞ汗を拭いて下さい。」
「ありがとうございます……」
横から、親切な人が手ぬぐいのようなものを差し出してくれたみたいだ。お礼を言いながら、その人へ目を向ける。
「って、布が喋ってるぅ~~!!一反木綿だぁ~!」
「ほほ。よく私のことをご存じで。」
「ぎゃぁ~~!!もう、この世界は一体何なの~!」
またまた全速力で走りだした!
はぁ、はぁ……もう走れない……喉がカラカラ……
息も絶え絶えに重たい足を引きずって、助けを求めるよう、茶店に入った。
「すみません……」
「はいは~い!少々お待ちください!」
店の奥から元気な女性の声が聞こえると、少し気持ちが落ち着いてきた。ベンチのような長椅子に座って、ふう……と一息つく。
「お待たせしました!何にいたしましょう!」
「えっと、冷たいお水を……」
何気なく目線を女性に向けた。
って、女性の顔だけが私の傍にある……ろくろ首だ……
チーン……
「あ、ちょっと!お客さん!」
バタン!
失神した。
……ん。
風が気持ちいい……
意識が戻り、ゆっくり目を開けると、私を膝枕で寝かせて心配そうに覗き込む颯太の顔があった。
「……颯太……?」
「あっ!美子ちゃん気が付いた?心配したよ~!」
「ここは……」
ふと横に目線を向けると、川沿いの土手にいることがわかった。
「茶店で泡吹いて倒れたでしょ?ここまで運んで来たんだよ~!」
「そっか……」
一旦気絶すると少し頭が冷静になってくるもので、何となくこの世界が理解出来てきた。
「ここって、おばけの世界?」
「う~ん、ちょっと違うかな♪もののけの世界だよ!」
「いや……何処かの映画でその世界を見たけど、こんなおばけなんて居なかったよ。」
「色々いるからさっ♪因みに僕は犬神族ね!」
「化け犬かぁ。だから神社も狛犬なんだ……」
「そそ!だからこんな事も出来るよ♪」
颯太が手のひらを上に向けたかと思ったら、ボッ!と青い炎が出てきた!
「うわっ!火の玉だっ!」
飛び起きようとしたら、颯に手で制された。
「美子ちゃん、ちょっとじっとしてて!」
颯太は川岸に向かって、青い炎を投げつける!それと同時に、叫び声が聞こえた。
「ギャァーー!!」
えっ?えっ?
「颯太、今の叫び声は?」
「う~ん。たぶん美子ちゃんを狙ってた奴?」
「狙ってたって……」
「とりあえず外は危険だから、僕の家においで♪」
「……わかった。」
しぶしぶ起き上がって、颯太と一緒に歩き出す。街並みはやっぱり城下町だ。
「どうせ異世界なら、『素敵な王子様』の世界が良かったな……」
「美子ちゃん、まだそんな事言ってるの?もう諦めて、明日のお誕生日に祝言をあげようよ♪」
「絶対に嫌っ!そもそも私は素敵な恋に落ちて、それから結婚して、今度こそお金に困らない幸せな家で暮らすっていう計画があるの!もののけなんて冗談じゃぁ無い!」
「大丈夫!お金には困らないよ♪」
「だって、ここは金持ち神社じゃぁ無いじゃん!」
「神社じゃぁ無いけど、僕も王子様みたいなものだからさ♪」
「はぁ?何言ってんの?」
「ここ、僕の家ね♪」
暫く歩いて、指を差された先を見た。
って、お城じゃん!江戸城じゃん!金鯱が無いから名古屋では無い!白くないから姫路でも無い!
口を開けたまま、お城をぼ~っと見上げてしまった。
「どう?びっくりした?お金には困らないよ♪」
「……いや、お金には困らないだろうけどさ……」
「何か他にある?」
「素敵な恋が不在なのは……」
「僕は美子ちゃん大好きだよ♪」
颯太が当然のようにそう答えた時、ギギッ!と音を立てて、お城の大きな木の門が開いた。中では何故か右京さんと左京さんが跪いている。
「颯様、おかえりなさいませ。」
「御苦労~♪」
御苦労って……マジっすか?!本当に王子様っすか?!ここで言えば殿?
「美子ちゃん、行こう♪」
「あ、あぁ……わかった。」
颯太に促されて、観光地のような受付も何も無いお城へ、足を踏み入れた。
鼻歌まじりで城内を歩く颯太の後ろを、不審者さながらについていく。廊下ですれ違う人すべてが、颯太を見ると跪いて道を開けている。
「マジで凄っ!」
「びっくりした?」
「まぁね……」
「で、ここが僕達の部屋ね♪」
連れて来られたところは、お城の最上階の部屋だった。
ん……?
「気のせいか今、僕達って言った?」
「言ったよ~♪」
「何で?」
「だって夫婦だしっ!」
「夫婦じゃね~よ!」
「え~~!せっかく美子ちゃんの世界からウォーターベッド取り寄せたのに……」
部屋の奥を見ると、キングサイズ程のベッドが鎮座している。
「何でウォーターベッドなの?」
「これなら、どれだけ愛し合っても下の階に響かないって聞いたよ♪だから恥ずかしがらないでね!」
「どアホ~~!別の布団を今すぐ用意しろ!」
「だって、横になったら気持ちいいし……」
イジイジ……
そんな大人の格好でいじけられても、可愛げ無いから……
「いい?結婚の約束もしていないのに、一緒の布団なんかで寝られないからっ!」
「美子ちゃんってば、意外にお固いんだね~♪」
「うるさいっ!とにかくもう一組布団を用意しろ!」
颯太、もとい、颯は、いじけながらも女中さんに二組の布団を用意するよう指示した。
これで一安心できそうだ。
とりあえずお風呂に入って、その日は寝ることにした。
「明日は人間の世界の扉を探そう……」
ため息をつきながら、二組の布団を屏風で仕切った片側へ潜る。
……ん?生温かい?
ガバッ!と掛け布団を剥ぎ取った。
「って、颯?!人の布団で何やってんのよ!」
「美子ちゃん、布団温めておいたよ♪」
駄目だ……わなわな震える拳を抑え切れない……
「出てけ~~~!!!」
バコンッ!颯の顔面に、思いっきり鉄拳制裁!
吹っ飛んだ颯は頬を押さえながら、うるうるとした瞳でこっちを見てる。
「美子ちゃん、ひどい……せっかく美子ちゃんの為に温めてたのに……」
「誰も頼んでないだろっ!」
ガバッ!と布団を被って横になった。
ってか、今、そんなに吹っ飛ぶ程の当たりが無かったよね?まさか颯が後ろに飛んでわざと当たったフリをした?
いやいや、颯にそんな芸当が出来る訳ないか……
一人納得して眠りについた。
夜中、カタン……という物音で目が覚めた。暗所恐怖症だから、出来れば目を開けたくない……
う~!どうしよ~!おばけかも……ってか、ここにはおばけしか居ないか……
その時、瞼越しに、ふわっと灯りを感じた。
そっと薄く目を開けると、颯が行灯に油を注いでいる。
助かった……さんきゅ~♪
再び目を閉じて、眠りについた。
**宮司日記**
四月一日
本日晴天。
いよいよ美子様をお迎えする日がやって来た。
まだ颯様とお会いになる前から神社に遊びに来ては仔犬達に、給食でこっそり持って帰ったパンをあげていた幼少期から見ていた私としては、一段と感慨深いものがある。
本来人間が嫁ぐ場合、両想いとなり手付けを行った後、もののけ界へお招きするのが慣例となっている。だが、人間界での器を作り替えることとなってしまった颯様の状況では難しいだろうと、幹部で話し合った結果のお迎えとなってしまった。
老中という役を任せて貰っている私、右京が、美子様のフォローを買って出ることにした。早く私達の世界に馴れて頂けるようサポートしていこう。
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