第十九話
はぁ……
財布とにらめっこして、眉間に皺を寄せた。
「う~ん……最近贅沢し過ぎたかなぁ……」
4万円近くあったお小遣いが、半分に減って来たのだ。
映画やカフェ、お菓子の材料も買っちゃったしなぁ……夏物の洋服も買いたかったなぁ……今までは近所のお姉さんのお下がりを貰ってたけど、もう無理だもんね……
盛大なため息を再度つくと、颯が顔を覗き込んできた。
「だから、美子ちゃんの為ならお金は出すって言ってるじゃん。遠慮なく貰ってよ♪」
「駄目!お金を稼ぐって大変なんだよ!働いても無いのに、お城のみんなが稼いだお金なんて使える訳無いじゃん!」
「大丈夫!美子ちゃんには僕の奥さんっていう大事な仕事が……」
ドカッ!
「それ以上言うと殴るよ……」
「……もう殴られてるし……」
颯は頬をさすりながら微笑んでいる。
前々から思ってたけど、相当なドMだよな……それかド変態か……
「今、美子ちゃん、僕が殴られて喜んだと思ったでしょ?」
ドキッ!わ、笑って誤魔化すか……
「あはは……そ、そんな訳無いじゃん♪」
「僕が嬉しかったのは、美子ちゃんが城のみんなの事を考えてくれた事だよ!両親が無くなってからは、みんなが家族みたいなものだからね♪」
「そっか……ご両親亡くなってるもんね。」
「特に魁なんて母上にべったりだったから、かなり寂しいんじゃぁないかな。気晴らしでも僕は一緒に出かけてあげる事が出来ないしさ。でも、美子ちゃんのお菓子を食べてる時は、とても嬉しそうだよ♪」
そう言えば、旅行の時も一緒に行動出来ないって事で来られなかったよな……
「じゃ、今日は魁くんの為に何か作ろうかな♪」
「お願いね♪」
早速チョコブラウニーを作って、魁くんを探した。城内をうろちょろしていると、中庭で魁くんの付き人、中京さんから何やら指導を受けているのが見えた。
「魁様!そこの変化は、もっと瞬間的に行って下さい!」
「はい!」
あらら……結構厳しく教育されてるんだねぇ……
ブラウニーとお茶を持ったままその様子を見ていると、私の姿に気付いた中京さんが駆け寄ってきた。
「美子様!どうかされましたか?」
「いや、魁くんにお菓子を作ったんだけど、忙しいみたいだね。」
「そうですね。妖力を使いこなして頂かないといけませんので……まだまだ甘えが抜けないので、美子様もあまり甘やかさないで頂きたい。」
え?今はまだ人間で言えば小学生くらいなんだよね?厳しいだけだと、息が詰まっちゃうんじゃぁ……
「あの……魁くんの為にお菓子を用意したから、ちょっとだけでも休憩させてあげたいんだけど……」
「……わかりました。今日だけ特別に許可しますが、もう少し修行を続けさせて下さい。一段落したらお部屋へ呼びに行きます。」
「わかりました。」
まぁ、負けが直接死に繋がってしまう世界だから、厳しくなっちゃうのも仕方無いのかもしれないけど……
今日は魁くんを、思いっきり甘やかせてあげよっと♪
暫く部屋で待っていると中京さんが呼びに来てくれて、魁くんと中庭の縁側でお茶をする事になった。
「美子さま!とても甘くておいしいです♪」
「ふふ。疲れている時には甘い物が一番だよ。いっぱい食べてね♪」
「ありがとうございます♪」
くりくりっとした目を輝かせて、一生懸命口の中にブラウニーを頬張る姿が可愛い~♪こ~ゆ~のを天使の笑顔って言うんだろうな!邪な考えで脳内がいっぱいの颯とは大違いだ♪
「修行はどう?大変?」
魁くんに尋ねると、急にしょんぼりして俯いてしまった。
あっ……ヤバい!もしかして聞いちゃいけなかった?
謝ろうかどうしようかと悩んでいたら、魁くんはポツリと語り始めた。
「……僕が颯兄さんくらい強かったら、母上は死ななくて済んだのです……だから一日でも早く強い大人にならないと……」
「えっと……鉄鼠族に襲われたんだったよね?確か……」
「はい……母上は僕を庇って逃がそうとして、殺されたのです…」
もしかしてお母さんが亡くなった事に責任を感じてるのかなぁ……まだこんなに小さいのに……
「颯兄さんは人間界にいたけど、その頃鉄鼠族は颯兄さんを差し出せと、何度も脅してきたそうです。それを父上が拒否していました。」
「そうだったんだ……」
何でも颯の差出しを拒否したお父さんは、『俺の命は好きなだけくれてやる!息子に手出しするな!』と言って、抵抗せずに殺されたそうだ。
「その事、颯は……」
「耳には入っている筈ですが……鉄鼠族を滅ぼすっていう意見を封じ込めたのは、颯兄さんなのです……」
颯自身も責任を感じているかもしれないな……いつも笑顔を絶やさないくせに、そ~ゆ~所はまったく見せないんだから……
「あの……お願いがあるのですが……」
魁くんがもじもじしながら、私を上目使いで見ている。
「ん?なぁに?」
「美子様の足に横になってもいいですか?」
「え?膝枕ってこと?」
「あ!すみません!変なお願いしちゃって!」
ふふ。焦ってる、焦ってる!お母さんの事を思い出して、ちょっと甘えたい気分なんだろうな♪
正座を崩して、足の高さを低くしてあげた。
「はい、いいよ♪」
「……いいのですか?」
「早くおいで♪」
にっこりと微笑みながら、足をポン!と軽く叩くと、魁くんはそっと私の足に頭を寄せて、ぽかぽか陽気の縁側で横になった。ふわふわの髪の毛をそっと撫でていると、うっとりと眼を閉じ始めている。
「母上も時々こうしてくれました……」
「そっか……きっと魁くんが強くなっていくのを見守ってくれてると思うよ。」
「……はい。頑張り……ます……」
お喋りしなくなったなぁ~と思ったら、そのうち規則的な寝息が聞こえてきた。
膝の上ですやすや眠る天使の寝顔、めちゃめちゃ癒されるんだけど♪
う~ん!私まで得した気分♪
そのままお昼寝をさせていてあげていたら、颯が領地の見周りから帰ってきた。
「あっ!膝枕!」
「し~~っ!!寝てるから静かにして!」
小声で注意すると、颯はしょんぼりして小声でいじけ始めた。
「僕だって、まだ膝枕して貰ってないのに……」
「そんな事言わないの。魁くんは修行頑張ってるんだから。」
「ってか、夕方が近いせいか風が冷たくなってきたし、このままじゃぁ魁が風邪ひいちゃいそう……」
颯は音を立てずに立ちあがって中京さんを呼びにいき、中京さんがそっと魁くんを抱き上げて、城の中へ戻っていった。
縁側で二人だけになると、颯は満面の笑みで私に向き直った。
「美子ちゃん、ありがとう!」
「ん?何が?」
「魁のあんな穏やかな寝顔、久しぶりに見たよ♪」
「そっか……」
颯は私が誘拐された時、どんな気持ちで鉄鼠族を無条件に許してあげたんだろう……本当は鉄鼠族を殺したいくらい憎んでいたかもしれないけど、自分の気持ちを押し殺して一族の利益を考えたのかな……笑顔の下には色々な葛藤を隠しているのかも……
にこにこと笑っている颯の顔を見たまま、そんな事を考え込んでしまった。
「ん?美子ちゃんどうしたの?僕の顔に何かついている?」
「い、いや……颯っていつも笑ってるでしょ?疲れない?」
「僕は美子ちゃんさえ側に居てくれたら、それだけで嬉しいもん♪」
「……そこはブレないんだね。」
「当たり前じゃん♪あ~!でも、魁に膝枕を先取りされちゃったな~!残念!」
まったく残念そうにしてないくせに……
何となく……何となくだけど、颯も甘やかしてあげたくなった。
「颯、仔犬になって。」
「……え?何で?」
「いいから、さっさと犬になれ!魁くんで足が疲れたから、そのままだと重たいんだよ!」
「もしかして?!」
「犬になるの?ならないの?」
「な、なります♪なります♪」
ポンッ!と白い煙が上がったかと思うと、尻尾をふりふりした可愛い仔犬がちょこんと私の隣に座っていた。
「おいで。」
仔犬になった颯を抱きあげて膝の上に乗せ、ふさふさの身体をゆっくりと撫でてあげた。何も言わないけど、尻尾が自然とふりふり動いている。
ってか、これって私にも癒しじゃん!気持ちいい~♪
日が暮れるまで、颯は黙って、されるがままになっていた。
翌日、魁くんが嬉しそうに部屋へ飛び込んできた。
「颯兄さん!美子さま!」
「どうしたの?そんなに慌てて!」
「見て下さい!」
興奮気味にそう言うと、魁くんは手のひらを上に向けて、う~ん……と唸り始めた。
「何やってんの?」
「しっ!静かに……」
私を制した颯を見ると、真剣に魁くんを見守っている。意味がわからないまま、魁くんに目を向けた。
ポッ!
魁くんの小さな手のひらから、ライター位の小さな火が出てきた。
「おお!魁、頑張ったじゃん♪」
「今朝から出来るようになりました♪」
へぇ~、これも修行なんだ!
魁くんの後ろで控えている中京さんも、嬉しそうだ。
「ずっと出来なかったのですが、昨日美子様に余計な力を抜いて頂いたお陰かもしれません。」
「ふふ。これも魁くんが頑張ったからだよ♪良かったね!」
魁くんの頭を撫でてあげると、嬉しそうにはにかんでいる。
か、可愛い~♪
「それで、今日は息抜きがてら、魁様に領地の見廻りをと思っているのですが……颯様、宜しいでしょうか。」
「中京が一緒なら大丈夫でしょ!僕は久しぶりにゆっくりさせて貰うよ♪」
「もう一つお願いがあるのですが……」
中京さんは、チラッと私を見て咳払いをした。
「魁様が、美子様と一緒に行きたいと申しておりまして……」
え?私も一緒?
思わず颯を見ると、ちょっと難しい顔をしている。
「魁、美子ちゃんには完璧な護衛が必要なんだ。わかるだろ?」
「やっぱり無理ですか……」
魁くんはしょんぼりしながら、私を見ている。
うわっ!うるうるさせながらも、まだ訴えかけるような大きな目……お姉さん、キュン!ってしちゃいました!
「颯、私も行きたいな♪」
「私も同行致しましょう。」
右京さんも援護してくれたお陰で、颯も渋々頭を縦に振った。
「わかった。土蜘蛛は居なくなったけど、充分気をつけてね。」
「ありがとうございます!颯兄さん♪」
颯にお礼を言うと、魁くんは、さっ!と私の手を握って引っ張った。
「美子さま!行きましょう!お菓子のお礼に、母上と行った美味しい甘味処へご案内します♪」
「ふふ。楽しみにしてるね♪」
こうして城下町へ出掛けていった。これがまた事件に繋がるとは、思いもしなかった。




