第十七話
「颯様、美子様、お食事のご用意が出来ました。」
別荘に戻り、藍さんに呼ばれて居間へ行った。
「うわぁ~!凄い!久しぶりに洋食だ♪」
畳の居間に座卓、その上には似つかわしくない洋食がずらりと並んでいる。
「藍さんが全部作ったの?美味しそう♪」
「にんにくを使った料理を作るように命じられておりますもので、洋食に混ぜてみたのですが、お口に合いますかどうか……」
前言撤回……意図が丸見えだった……
颯はわかっていないみたいで、不思議そうに尋ねている。
「何でにんにくなの?」
「颯様、それは……」
藍さんの言葉を遮るように、颯に話しかけた。
「さぁ~~!食べよっか♪颯!ちゃんと野菜も食べないと駄目だよ!肉ばっかりだと身体に悪いからね!」
何を勘違いしたのか、颯は感動に震えている。
「美子ちゃんが、僕の身体を心配してくれるなんて……」
「んじゃ、いっただきま~す♪」
颯の言葉も遮って、食事に箸をつけた。
ん……?う、旨いっ♪ってか、何となく懐かしい味がする!
「ん~!藍さん、最高♪めちゃめちゃ美味しいよ!」
「ありがとうございます。玲様は、お嬢様とよく台所仕事をされていたそうで、それはそれは、懐かしむように色々な料理を教えて下さいました。」
「だから、ちょっと懐かしい味がするんだ♪」
ママの味付けなんだ!本当にママと逢えたんだ……くそ親父と一緒に暮らしていた時、嫌な事があったらいつもママを思い出していたんだよな……
グスン……
懐かしい味に思わず涙ぐんでしまった。すると、颯がおろおろして、私の顔を覗き込んできた。
「み、美子ちゃんどうしたの?僕がこのハンバーグ取っちゃったから?ごめんね……」
「いや、違……」
「はい!あ~ん♪」
私の言葉を最後まで聞かずに、颯は食べかけのハンバーグを目の前に差し出してくる。
「……何だ?これは?」
「だって、ハンバーグ食べたかったんでしょ♪それに恋人は食べさせ合いっこするって聞いたよ!」
ヒュン!!
持っていたフォークを咄嗟に颯の顔に振りおろして、寸止め!
「み、美子ちゃん……これは……」
「恋人じゃぁないし、ハンバーグが原因でも無いから!繊細な乙女の心を踏みにじるな!」
「……ごめんなさい……」
颯は、恐る恐るハンバーグをお皿に戻した。
「颯様、美子様、お風呂の準備が出来ました。」
食事が終わって部屋で寛いでいたら、藍さんが声を掛けてくれた。
「ありがとう。」
「では、私はこれにて失礼いたします。」
「へ?藍さん、帰っちゃうの?」
「はい。良からぬ輩が近付かぬよう、この別荘は雪の結界をかけておきますので、ご安心くださいませ。」
「いや……違う意味で安心が……」
「では、また明朝お迎えにあがります。おやすみなさいませ。」
美人特有の上品な微笑みと共に藍さんは帰っていき、颯と私の二人だけが残された。
「んじゃ、美子ちゃん先に入って♪」
「……いいの?一番風呂頂いちゃって……」
「ここのお風呂は温泉なんだ!ゆっく~りと楽しんできてね♪」
「本当?!温泉なんて初めてだよ~♪」
妙にゆっく~りとって強調された気が……まぁ、流石は避暑地だけあって夜は冷え込んで来たし、温泉で温まるか♪
そう思い直し、着替えを持ってお風呂へ向かった。
「ふぅ……気持ちいい~♪流石は温泉!」
気のせいか肌もすべすべしている気がする♪
修学旅行も風邪ひいたって事にして行かなかったし、旅行というもの自体が初体験だ。
それが温泉付きなんて、マジで最高~♪
湯船のお湯をそっとすくって肩に掛け、鼻歌まじりに温泉を満喫する。
カタッ……
え?今、外で物音が聞こえた?藍さんが結界張ってるって言ってたよね……もしかしたらその前からの侵入者?!
土蜘蛛に襲われた時の恐怖が蘇って、背筋がゾクッ!とした。
そ、颯を呼ばなきゃ……
「そ、颯……」
思わず震えて、声が小さくなってしまう。
「ん?美子ちゃん、何♪」
浴室の外、つまり脱衣所から呑気な颯の声が聞こえる。
ピキッ!
久しぶりに青筋が立つ音がしたな……
「颯……てめぇ、そこで何してるんだ……」
「美子ちゃんと一緒に入ろうと思ってね!恋人は一緒に入るって聞いたんだ♪」
ガラッ!とお風呂場の引き戸が開いて、腰にタオルを巻いた颯が浴室に一歩足を踏み出した。
「美子ちゃんから呼んでくれるなんて、幸せ~♪」
「出ていけ~~~!!!」
「うぉっ!!」
バコ~ン!
思いっきり投げつけた檜の洗面器は、颯の顔面にメガヒット!!
「入ってくるんじゃね~よ!!純情な乙女の心を傷つけんな~~!!」
バン!!と思いっきり、入口の引き戸を閉めた。
「美子ちゃん、そろそろ寝よっか♪」
藍さんが敷いてくれた布団は一組。そして枕は二つ……
颯の言うことを無視して、押入れからもう一組布団を出そうと立ちあがった。
「何処へ行くの?」
「もう一組布団を出すの。」
「え~!何で?恋人は一緒のお布団で寝るんだよね♪」
はぁ……
溜め息をついて、颯の前に座る。
「あのさぁ、さっきから恋人は……ってずっと言ってるけど、誰の入れ知恵?」
「えっ?な、何の事かな……?」
「どうせ瞬に言われたんでしょ?」
「うっ……ち、違うよ……」
いや、思いっきり目が泳いでるし……
「他には何を聞いたの?」
「そ、それは追々ってことで♪」
「追々ね……」
「嫌っていう美子ちゃんの気持ち、ちゃんとわかってるからね♪」
はぁ……一体何をわかってるんだか……
もう一度深い溜め息をついて立ちあがろうとする。すると、思いっきり腕を引っ張られて、布団の上に押し倒されてしまった!
「うわっ!」
って、えぇ~!!!颯が覆いかぶさってきたじゃん!
「ちょ、ちょっと!」
「……美子、俺のものになれ……俺だけのものに……」
そう言って、颯はそっと顔を近づけてくる。
え?!……何だか颯が男らしい……
……なんて思うかっ!!
ブチッ!
血管がぶち切れる音がした。
「ふざけんな!コラ~!!」
バキッ!颯の顔に思いっきり鉄拳制裁!
「うおっ!」
颯は部屋の隅まで吹っ飛んでいった。
「100万年早いんだよ!」
「100万年って、美子ちゃんも僕も生きてないじゃん……」
「だから、永遠に無いってことだよ!」
「だって……嫌よ嫌よも好きのうちって……」
エロ狐に吹き込まれたな……
「嫌よ嫌よは、嫌なままだ!都合良く解釈すんな~!!」
ガバッ!と敷いてある布団の中に潜り込む。
「俺様キャラ駄目じゃん……瞬のうそつき……」
「あ?!何か言った?」
「い、いえ、何も……おやすみ、美子ちゃん……」
「おやすみ!」
**宮司日記**
六月初日
雪妖族の玲様のご命令により、今夜は颯様と美子様がお二人きりで過ごされることとなった。
何だか嫌な予感しかしない。颯様、ご無事だと良いのだが……
明日の朝には、薬箱を用意しておくか……
********
「……ん。何だろう……」
夜中、顔に当たるくすぐったさで、目が覚めた。
あれ?もう一組の布団が無い?颯は何処で寝てるの?
って、仔犬ちゃん発見♪
颯は仔犬ちゃんの姿になって私の枕元に蹲って寝ている。ふさふさの尻尾が時々顔に当たっていたみたいだ。
「一応護衛のつもりかな……」
ふさふさの毛を撫でようと手を伸ばした時、すやすやと眠ってる仔犬の目の上に傷があるのを見つけた。
「あちゃ……もしかして洗面器投げた時の傷?やり過ぎたか……」
何となく仔犬姿に傷があると、罪悪感が襲ってくるな……
こそっと起き上がり、鞄の中からハート柄の絆創膏を取り出して、そっと傷に貼り付けた。そして、ちょっとだけ掛け布団を寄せてやって、仔犬の身体に掛けてあげる。
「ふふ。可愛い♪おやすみ……」
仔犬の寝顔って癒されるな~♪そう思いながら再び眠りについた。
チュン、チュン……
……ん。朝か……温かいな……
って、え~~~!!!目を開けてびっくり!
目の前に人間になった颯の顔があるじゃん!ってか、抱き締められてるじゃん!!
「そ、颯!!」
「……ん。おはよう美子ちゃん……」
目をこすりながら寝起きの掠れた声で、颯が返事をした。
「颯……この体勢は一体何だ?!」
「美子ちゃんが夜中、僕に布団掛けてくれたでしょ?それで美子ちゃんが布団からはみ出して寒そうにしてんだ!だからお礼に温めてあげたよ~♪」
お礼って……
駄目だ……握った拳の震えが止まらない……
「だったら……」
「ん?なぁに♪」
「仔犬のままでいろ~~~!!!」
バキッ!!
再び鉄拳制裁を下した!
「いただきま~す!」
藍さんが迎えに来てくれて、朝ごはんはママの屋敷でみんな一緒に頂いた。当然のようにみんなの注目の的は、昨夜の傷と今朝の傷、合わせて二枚のハート柄絆創膏が貼られている颯の顔だ。
瞬と翔は、コソコソと顔を突き合わせている。
『颯の顔面……相当恐ろしい目に合ったようであるな……』
『美子さんは、玲さんの娘ですよ。妖力は無くとも性格の遺伝はあるでしょうね……』
「瞬、翔、何か言った?」
「い、いえ!何も!」
「だったら食事中は黙って食べる!」
「はい!」
ママさえもただ事ならない事態を察知したのか、何も聞いてこない。お通夜のように静かな朝食だ。
そんな中、静けさを破って空気を読まないエロ狐が、颯に尋ねた。
「颯は美子の何処が好きなんだ?」
な、何を言い出すんだ!
「いっぱいあるけど、一番は優しいところかな♪」
「……え?」
み、みんなが箸を持ったまま、固まった……
多分みんなの頭の中は、何処が?っていう疑問でいっぱいだろう。
「昨日も夜中、僕に布団を掛けてくれたんだよ!優しいでしょ♪」
暫くの沈黙のうち、空気を変えるようにみんながフォローを始める。
「そ、そうなのね…小さい時から美子は、面倒見が良かったわよね……」
ママ、無理に同調しなくてもいいよ……
「何かあれば必ずお礼をして下さいますし、美子さんは義理堅い方ですよね……」
翔、言いながら顔が引きつってるぞ……
「み、美子は、狐の姿だと殴らないし、動物には優しいよな……」
瞬……まったくフォローになってないから……
「あは……あはは……」
乾いた笑いがダイニングに響いた。