第十六話
「うわぁ~!!空気が美味しい♪マイナスイオンたっぷりな気がする!」
気持ちのいい空気を思いっきり吸い込んで、深呼吸した。土蜘蛛騒動が落ち着いて、雪妖族の村へ旅行に来たのだ。
「美子ちゃん!ここには広い湖があるから、後で一緒に手漕ぎ舟に乗ろうね♪」
「本当?ボートまであるんだ♪楽しみにしてるね!」
何を思ったのか、颯は、じ~っと私の顔を見て、わなわなと感動に震えている。
「美子ちゃんが……僕との約束を楽しみにしてくれるなんて……」
「おい、颯……何か勘違いしてないか?」
「ううん!何も♪僕、一生懸命舟を漕ぐね!」
「よろしく……」
しかし、思ったよりも人数が増えた旅行になったなぁ……
犬神族からは私と颯、それと右京さんと左京さん、烏天狗族からは翔と付き人一名、そして何故か妖狐族から瞬と付き人が一名が同行し、総勢八人だ。
ってか、瞬って、招待されてたっけ?
「ところで、何でエロ狐が来てんの?」
「美子、わかって無いな~。初めてのお泊りと言えばやる事は一つであろう。我がしっかりとサポートする故、安心するが良い。」
「瞬、てめぇ……今度こそ、颯に余計な事を吹き込むんじゃぁね~よ!!」
今回、それぞれ別荘を持っているくせに、全員犬神族の別荘へ泊まる事になっている。
本当は颯の弟、魁も連れて来ようと思っていたけど、後継ぎが一緒に行動して二人共に何かあったら困るから、別行動をしないといけないそうだ。
やっぱしシビアな世界だな……
別荘について居間に集まって寛いでいたところ、右京さんが小さな箱を持ってきた。
「美子様、頼まれていたお品物はこちらで宜しいでしょうか。」
見ると、それは右京さんに頼んでいたトランプだった。
「これこれ!ありがと~♪お泊りといえば夜通しトランプかな~と思ってね♪」
「トランプ?」
みんながトランプを見て、不思議そうな顔をしている。
もしかしてもののけの世界には、トランプは無いのかな?ってか、修学旅行に行けなかった私も、夜通しトランプは初体験だけど……
人間界に詳しい翔でさえ、物珍しそうに眺めている。
「トランプがあるとは聞いたことはありますが、実際に使った事は無いですね。」
「翔でも、聞いた程度なんだ。みんな知らないみたいだし、簡単なゲームからしてみよっか♪」
真新しいトランプを取り出し、カードを切ってみんなに配った。
「まずは、7の数字のトランプを置いて……」
手持ちにあったスペード7を畳みの上に置きながら、説明を続ける。
「7を持ってる人は全員出してね!それで、7から順番に同じ模様の数字のカードを置いていくんだ!七並べっていうゲームなんだけど、これならトランプにどんな種類があるのかもすぐにわかるようになるよ!で、最後まで手元にカードが残った人が負けね♪」
みんな頷きながら私の説明を聞いて、まずはやってみる事にした。
そして、手持ちのカードが減って来た時だった。
「あれ?美子、本当に全部のカードがあるのか?いつまで経ってもダイヤの5が出ないではないか。」
「ん?新しいし、無くしていない筈だけど……」
瞬の声に、並んでいるカードを改めて見渡してみる。
初めてならワザと止めるなんて高度な技は、出来ない筈……って、翔を見ると口元に微かな笑みと共にブラックオーラが!!
流石は腹黒……一回でこの技を習得するとは……
で、結局、最後まで残った瞬が負けた。翔のやり方が気に入らなかったのか、ムキになっている。
「もう一回だ!納得できぬ!」
「ふふ。何度でも受けて立ちますよ。負ける気はしませんけどね。」
「絶対、翔を負かせてやるからな!」
みんな負けず嫌いなんだなぁ~。子供のように噛みつく瞬に、大人げない腹黒オーラ全開の翔……
颯も楽しそうだし、良かったとしておくか……
「まだ夜まで時間あるし、まずはこの近くを散策したいんだけど、どう?」
「わかった!だが、戻ってきたら必ずトランプをするぞ!」
「ふふ!了解♪」
まだ悔しがる瞬をなだめて、みんなで散歩へ出ることになった。その時、扉をノックする音が聞こえてきた。
トントン……
「あれ?来客のようです。ちょっと見て来ましょう。」
左京さんが立ちあがって様子を見に行くと、色の白い綺麗な女の人を連れて戻ってきた。その女の人は部屋に入るなり、私に向かって正座をして深々と頭を下げている。
「え?な、何?」
「私、藍と申します。美子様、我々雪女の長である玲様がお呼びでございます。ご足労をお掛けいたしますが、我々の屋敷までお運びいただけないでしょうか。」
雪女の長って、確か、化け猫騒動の時に氷河水をくれた人だよね?
「わかりました。で、みんなは?」
「皆様も招待されております。」
「そうなんだ♪」
一人じゃぁなくてホッとした。流石に見ず知らずの場所へ一人ってのは心細過ぎる。
ってか、人間嫌いなのに何でここまで私に拘るんだろう?
不思議に思いながらも、八人でぞろぞろと付いていった。
「こちらの部屋で、玲様がお待ちでございます。」
藍さんの案内で連れてこられた屋敷の中の部屋の前まで来た。屋敷とは言っても、もののけの里では珍しく日本家屋ではなく、大正ロマンっぽい洋風の建物だ。
す~っと引き戸を開けられたかと思うと、ガバッ!!と出てきた人にいきなり抱き締められた!
「ちょ、ちょっと!!」
「美子~!!逢いたかったわ!!」
「……えっ?えっ?!」
この声、このひんやりとした冷え性の身体、覚えてる……
ちょっと身体を離して、顔を確認した。
「ま……ママ!!」
「美子!大きくなったわね~!」
うそ……あんなに逢いたかったママが……あんなに探しても見つからなかったママが、ここにいる……
「ママ~~!逢いたかったよ~~!」
「美子、苦労をさせてしまってごめんね……」
ママはもう一度私をギュッ!と抱き締めて、優しく頭を撫でてくれた。
小さい頃から変わらない……こうしてヨシヨシってして貰うのも小学生以来だ……
「うっ……うぅ……ママぁ……」
暫くママの胸に顔を埋めて、泣きながら感動の再会に浸った。
涙も落ち着いた頃、広いリビングに案内されて、みんなで紅茶を頂いた。
「美子……本当に大きくなって……」
「ママ、こんなところに居たんだね。どうりで探しても見つからない筈だよ。」
「翔から、美子という名の人間が術に掛って苦しんでいるって聞いた時には、まさかとは思ったけど、本当に美子だったのね……翔、その節は美子を助けてくれてありがとう!」
翔は納得したように、軽く頷いている。
「いえ、私はただ届けただけです。しかし、美子さんはもののけの血を引いていたのですね。」
「でもただの人間だけど……確か男の血を引くんだよね?」
「確かに妖力はありませんが、何処となく普通の人間とは違う妖しい雰囲気が出るものです。だからみんな美子さんに惹かれるのでしょうね。我々への適応力もありましたし。」
「ひ、惹かれるって……」
変な輩ばかりが近寄ってくる謎が、解けたな……
暫く和やかに談笑していると、ママが私を置いて家を出ていった理由を話してくれた。
「もののけの手付けをされていない人間の娘にとっては、本当に危険な世界なの。だから離婚した時、連れて来る事が出来なかったのよ。寂しい思いをさせてごめんね……」
「そうだったんだ。でも今逢えたし、大丈夫だよ♪」
「しかし、何故美子はこの世界に?まだ手付けはされていないみたいだけど……微かに颯の気配がするくらいかしら?」
そう言って、ママはチラッと颯を見た。
「いやぁ~!美子ちゃんってば恥ずかしがり屋さんなもんで♪」
「あら……手付けも行っていないのに、この危険な世界へ連れて来たと……」
ピキッ!
うわっ!颯の紅茶が一瞬で氷になった!
「いや!その!僕はいつでもOKなんですけど……」
「そうなのね。では今夜にでも手付けを行うといいわ。」
え?えぇ~~~!?!!
「ちょっと!ママ!何言ってんの?有り得ないから!」
「美子はどのくらい危険な世界か知らないから、そんな事が言えるのよ。ママが泣く泣く美子を手放したくらいなの。どうせ嫁ぐのなら、手付けは早い方が安心よ。ママのところにだって一人で遊びに来れるようになるわ。」
「い、いや……」
娘にエッチを推奨する母親って、どうなの……?
ママは私の不安を余所に、みんなに微笑みながら向き直った。
「翔と瞬、それぞれお付きの者は二人の邪魔をしないように、今夜私のお酒に付き合ってね。」
「しかしトランプが……」
パリパリッ!!
言いかけた瞬の手元が、一瞬で氷漬けになってるっ!!
「ふふ。何か言ったかしら?」
「……い、いえ……玲様の仰せのままに……」
瞬がトーンダウンすると、氷は水蒸気となって消えていった。ママはにっこりと微笑んだままだ。
もしかして、翔が一番恐れると言ってた雪妖族って、ママの事じゃぁ無いよね……
「……では我々は、一足先に別荘へ戻らせて頂きます。」
後ろで控えていた右京さんと左京さんが、立ちあがった。
「あなたたちも今夜は私に付き合ってくださらないかしら。」
「しかし、我々には颯様と美子様のお世話が……」
右京さんが言い終わらないうちに、バリバリッ!!と、二人の足元が氷漬けになった!
「ちょ、ちょっと!ママ!何やってんのよ!」
焦ってママを止めると、二人の足元の氷が一瞬で水蒸気に変わっていく。
「美子がそういうなら……でも、滞在中の世話係は藍にさせるから大丈夫よ。」
「玲様のご子女をお世話させて頂けるとは、身に余る光栄にございます。」
ママの後ろに控えていた藍さんが深々と頭を下げた。
何だか有無も言えない状況に追い込まれてる気がする……
「あ、あの……ちょっとみんな冷静になろうよ……」
そう言いかけたところで、颯が、ガシッ!と私の手を握ってきた。
「大丈夫だよ、美子ちゃん!僕、頑張るからね♪」
「一体、何をだよ……」
颯の謎の決意を聞いたママは、ご機嫌モード全開で、帰るよう促してくる。
「ささ!そうと決まれば、颯と美子はすぐに別荘へ戻りなさい。」
「えぇ~~!!ちょ、ちょっと!ママ!!」
「ついに美子も、大人の階段を上るのね……グスッ……」
「どの階段も上らないから!って、翔!止めてよ!」
一番冷静そうな翔に訴えかけてみたけど、す~っと目を逸らされてしまった。
やっぱり雪妖族のママには逆らえないってところか……
心なしか翔の口元で、くわばらくわばら……と唱えられているように見えるんだけど……
結局あれやこれやと急かされるように、颯と二人、リビングを追い出されてしまった。
はぁ……
溜め息をつきながら玄関に向かってトボトボと歩いていると、瞬が追いかけてきた。
「おい!颯!伝言を忘れてた!ちょっと来い!」
「……ん?」
不思議そうにしながらも立ち止まった颯の肩をガシッ!と組んで、また二人でコソコソと話し出している。
う~ん……嫌な予感しかしないな……
「わかった!ありがとう!瞬♪」
「おう!頑張れよ!」
二人は固く握手を交わし、瞬は笑顔で手を振ってリビングへ戻っていった。