第十五話
「きゃっ!」
土蜘蛛に連れ去られた後、古ぼけた何処かの屋敷に投げ込まれ、巨大な蜘蛛の巣に手足を縛られた。
ってか、ここにも同じ顔の人達が五人もいる!!土蜘蛛ってみんな同じ顔なの?!
「犬の囮の者は?」
「たぶん始末されただろう。まぁ五人いれば充分だ。」
な、何の話?!
「おい、女。」
「な、何よ!」
同じ顔をした土蜘蛛の一人にグッ!っと顎を掴まれた。
「心配しなくても、すぐに死ぬことはないよ。大人しくしていれば五人で可愛がってやるさ。種付けが終わるまでな……」
「おい、あまり怖がらせるな。貴重な生娘だ。」
「そうだったな。これでどの種族にも対抗できる力を持つ子孫が産まれる筈だ。」
だから私に拘ってたんだ……って、冗談じゃぁ無い!
最後の足掻きとばかりに、五人を睨みつける。
「あんた達の子孫なんて、作る気無いから!それに五人って何よ!」
「力を持つ子孫ができるのなら、種が誰でもいいからさ。その後じっくりと生きたまま子に喰われるがよい。栄養となって生きられるのだから光栄だろう。」
顎を掴んでいた土蜘蛛が、私から乱暴に手を離した。
こ、この人達、本気だ……本気で私の命なんて何とも思っていない……ただの道具に過ぎないんだ……
何も読み取れない薄笑いの冷たい視線に、悪寒が走る。
「暴れられたら面倒だ。縛り付けたまま種付けをするか。」
「舌を噛んで自害されても困る。猿ぐつわをしとけ。」
「それもそうだな。」
顎を掴んでいた土蜘蛛が手を前に出したかと思うと、シュルシュル!っと出てきた蜘蛛の糸が私の口を塞いだ!
「ん!んん!ん~!」
って、一言も喋れないじゃん!
「あ~。恐怖に泣き叫ぶ声が聞きたかったな~。結構あの声、好きなんだよね。」
うわっ!めっちゃ、悪趣味!
「犬にこの場所を悟られる前にやっておくか。」
「そうだな。早く終わらせちゃおう。」
五人が薄ら笑いを浮かべながら、私に近づいてきた!
ちょ、ちょっと待った~!颯!早く来いっ!
ドーーーーーン!!
「うわっ!」
いきなりトラックがぶつかってきたような衝撃が起こり、屋敷がグラグラっと揺れた!
「何だ?犬か?嗅ぎつかれるのが早いな……」
一人が窓際に近寄って、外を伺っている。
「当主一匹だ。全員でかかれば大したことは無いだろ。」
「なら、ちゃっちゃと殺ってしまうか。」
「だね。」
え?颯一人で来たの?駄目じゃん!!
「ん~!んん!」
必死になって声を出そうとした。でも、声を出そうにも口を塞がれていて喋れない。
カリカリ……
ん?
土蜘蛛達が外を伺っている時、私の後ろ側から何かを噛る音が聞こえてきた。
「美子、今、糸を噛って外す故、暫くそのままで……」
この声は仁だ!
よく見ると、足や手、口元の糸に沢山の鼠が噛りついている。
良かった!颯、一人じゃぁ無かったんだ♪
蜘蛛の糸が外れて、ふっ!と身体が自由になった。
「今だ!」
仁がそう叫ぶと、今度は雷が落ちたような衝撃で、屋根がドガーン!と吹っ飛んだ!
「きゃぁ~!!」
土埃が舞って、一瞬で辺りが見えなくなっていく。そして土埃の中から黒い大きな羽根が近付いてくるのが見えた。
「美子さん、ご無事ですか?」
「翔!」
翔はすかさず私を抱きかかえると、穴が空いた屋根からバサッ!と、空高く飛び立った。
「翔!ありがとう!」
「いえ、このくらい大したことではありませんよ。」
た、助かった……
「くそっ!烏もいたか!」
土蜘蛛たちが騒いでいるのが空から見える。
「颯!鉄鼠は撤退完了だ!」
「りょ~かい♪」
地上から仁の声が聞こえたかと思うと、二階建てくらいの大きい犬になった颯が、屋敷に向かって炎を噴き出した。
「一匹たりとも逃がすな!全滅させろ!」
「うわっ!逃げろ!」
屋敷から逃げ出した土蜘蛛達は、颯とは違う二匹の大きい犬の炎の餌食になっている。
「あれは、もしかして右京さんと左京さん?」
「そうですね。地上が落ち着いたら、私達も降りましょう。」
翔は私を抱えたまま、炎から逃れるように空を飛び続けた。
あっという間に、土蜘蛛達は全滅した。
炎が落ち着いて屋敷が炭になる頃、翔は地上へ降り立って、私をそっと地上へ下ろしてくれた。けど、腰が抜けて立てず。その場にへなへなと座り込んでしまった。
「美子ちゃん!」
大きい犬から人間の姿に戻った颯が駆け寄ってきて、私を抱き締めてきた。
「無事で良かった!何もされてない?」
「こ……」
「こ?何かされたの?」
「腰が抜けた……」
颯はちょっと身体を離して、安心したように笑っている。
「ぷぷっ!美子ちゃん、よく腰が抜けるね♪」
「当たり前だ!こんな怖い思いした事なんて無いわ!」
「ごめんごめん!またおぶって帰るね♪」
「……よろしく。」
地べたに座ったまま、側にいた仁に目を向けた。少し安堵した表情をしてるところから見ると、心配してくれていた事が伝わってくる。
「仁も鼠のみんなもありがとう!助かったよ♪」
「この鼠達は、美子がくれたクッキーがお気に入りのようで、その礼がしたかったのであろう。」
「ふふ。だったらまた今度作って持っていくね♪」
「楽しみに待っておるぞ。」
あっ、翔にもう一回お礼を言っておかなきゃ!
「翔も本当にありがとね!」
「ふふ。美子さんを抱き上げることが出来て幸運でしたよ。」
そんな翔の言葉を遮るよう、横から颯が文句を言っている。
「よく言うよ!美子ちゃんごと屋敷をふっ飛ばしそうな勢いだったくせに!」
「へ?そ、そうなの?」
「烏天狗は一番好戦的な種族だからね。だから美子ちゃんに危害が及ばないよう、今回は敢えて援護に回ってもらったんだ♪」
「はは……」
だから白蛇族の倭も、翔のブラックオーラに怯んでたんだ……苦笑いしか出来ないわ……
私の考える事が伝わったのか、翔が肩をすくめながら自分でフォローし始めた。
「ですが、私が勝てない種族も沢山いますよ。」
「そうなの?」
「本気になった犬神族には勝てませんし、水妖族は水の中に逃げられたら追いかけられません。ですが、一番恐れるのは雪妖族ですね。」
「今度旅行へ行くところだっけ?」
「そうです。怒らせるとかなり厄介な種族です。」
旅行中は怒らせないように、粗相しないように気を付けよう……
颯が、私を安心させるように話題を変えた。
「美子ちゃん!土蜘蛛は全滅した筈だから、暫くは狙われる事が無いと思うよ♪」
「暫くって、他にも狙ってくる種族がいるの?」
「土蜘蛛は後から後から勝手に増えるからね。交配を重ねて妖力が強まってくると、今回みたいな奴らになるんだ。」
「そっか……だから、暫くは大丈夫っていうことなんだね。」
「その時までに仲良い夫婦になろうね♪」
「どアホ~~!!一生ならね~よ!」
「まぁ、そ~言わずに、ひとまず僕の背中に乗って♪」
颯は微笑みながら、私に背中を向けてしゃがんでいる。
こうして見ると、やっぱ大人の男の人なんだな……
広い背中にそっと乗って、首に腕を回した。
「落ちないように、しっかりと掴まっててね♪」
「うん……」
颯に背負われた時、右京さんが寄ってきたと同時に、目の前でいきなり土下座してきた。
「美子様!この度の大失態、大変申し訳ございませんでした!どのような罰も受ける所存にございます!」
「へっ?!いや……罰って言っても、右京さんは一所懸命庇ってくれていましたよね?」
「しかし城下町故、炎が出せず、美子様を連れ去られるという大失態を犯してしまった事には変わりありません……」
そっか……城下町で火を放ったら大変だもんね……
「だったら仕方なかった事じゃん!こうして無事だったんだしさ♪もう気にしないで!」
「お、お許し頂けるのでしょうか……」
「許すも何も、最初から怒ってないし♪」
「有り難き幸せ!この右京、一生を掛けて美子様にお仕えいたします!」
「一生?お仕え?いやいや、大げさだってば!今までどおりでよろしくね♪」
「はっ!」
右京さんは額が地面に付きそうなくらい、深々と頭を下げた。颯が微かに笑っている。
「右京、美子ちゃんがもういいって言ってるんだからさ♪」
「颯様にも大変ご迷惑をお掛けいたしました。」
「だから、もういいってば!これ以上頭を下げたら、逆に怒るよ♪」
「もったいのうございます……」
右京さんがやっと立ちあがったところで、みんなで焼け焦げた屋敷を後にした。
後日、噂を聞きつけた白蛇族の倭がお詫びを言いに、お城まで来てくれた。倭からの手紙だって勝手に勘違いしたのは私なので、お詫びの品を断ると、代わりって事で白蛇族の村へ招待された。
機会があれば遊びに行ってみよっかな~♪
もののけの世界に来て二ヶ月が経とうとしている。
短い期間だけど、いい人達に囲まれてるな……この世界も悪くないかも……
何となくそう思う出来事だった。