第十四話
数日後、日課になった領地の見回りから戻って部屋で寛いでいると、白蛇族の倭が私を訪ねてきた。
「美子様、先日はお助け頂きまして、ありがとうございました。」
「いやいや、助けたのはみんなで、私は何もしていないよ。」
「ですが、絆創膏は美子様が貼って下さったとお聞きしています。」
倭は、足に貼られているハート柄の絆創膏を指差した。
「あれ?まだ貼ってるの?もう剥がしても大丈夫じゃぁない?」
「これは御守りみたいなものです。」
何故だか倭は、嬉しそうにはにかんでいる。
そんなにハート柄が気に入ってくれたのかな♪
「それで、お礼に茶店で甘いものでもご馳走させて頂きたいのですが、外出は可能ですか?」
倭からの申し出に、少し驚いた。
あれ?もののけの世界って、お礼をする習慣ってあまり無かったんじゃない?
もしかして、人間の私に合わせてくれたのかな?
「わかった。退屈してたし、いいよ♪」
それを聞いていた颯が、ガバッ!と立ちあがった!
「美子ちゃんには僕がいるの!逢い引きなんて許さないから!」
「あ、逢い引きなんて滅相も無い!ただ美子様にお礼が……」
倭が焦って言い訳している。
まったく、美少年に意地悪しなくても……
呆れたようなため息をつきながら、颯をジト目で見た。
「颯、私が行くって言ってんの。何か文句でも?」
「だったら僕も一緒に行く!美子ちゃんの護衛があるもん!」
「わかったよ……」
颯にしては珍しくいじけないで、喰いついてくるな……
こうして三人で城下町へ出掛けることになった。
倭に一軒の甘味処へ案内されて、椅子に座った。
ってか、ここって確か、ろくろ首の店員さんの店じゃぁないっけ……
「いらっしゃいませ!」
元気な女の人の声が聞こえてくると同時に、にょろ!っと顔だけが出てきた!
やっぱし……今回は驚かないぞ……気絶しないぞ……
人知れず堪えていると、倭が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「美子様、どうかされましたか?難しい顔をされていますが…」
「い、いや!何でもないよ!」
平常心……平常心……怖くないぞ……
気を静めながら大福とお茶を三人で食べている時、倭がおずおずと尋ねてきた。
「あ、あの……美子様から颯様の気配が微かしかありませんが、まだ手付けは……」
「はぁ?まだも何も永遠に無いって!」
「ほっ♪そうですか!」
その倭の言葉に、颯がピクン!と反応した。
「倭!今、安心しただろ!ってか、お前、成人してないだろ!」
「は、はい!まだ成人していません!」
へぇ~。颯と同じくらいに見えるけど、違うんだ。
「倭は今、何歳なの?」
「99歳になります。あと一回脱皮したら成人です。」
だ、脱皮ね……流石は蛇だわ……
「あと一ヶ月もすれば結婚も可能になりますよ。」
「そ、そうなんだね……」
倭はにっこりと微笑みを向けてきた。
美少年の爽やかな笑顔なのに、ちょっと引いてしまうのは気のせいだろうか……
帰り道、倭が送ると言って、一緒にお城まで歩いた。颯は不機嫌オーラ全開で、黙っている。お城まで戻ると門の前に翔が立っていて、私達に気付くとにこやかに話し掛けてきた。
「皆さん揃って、お出かけでしたか。」
「この前のお礼にって、倭に甘味処でご馳走してもらったんだ♪」
「ほう……一番の立役者は私だと思うのですが、まだ何のお礼も頂いておりませんね……」
うわっ!翔のブラックなオーラがダダ漏れ!
倭は一歩後ずさっている。
「しょ、翔様には、姉上がお礼に参ると言っておりました!」
「そうですか。それはそれは甘味処以上のお礼が頂けるということで、楽しみですね。」
「は、はい!それでは失礼します!美子さん!またお誘いしますね!」
ニヤッと笑うブラックな翔の笑顔に、倭はたじろいでぴゅ~ん!と帰っていった。
倭……頑張れ……
走り去る背中に、そっと呟いた。
「まだ成人もしていないのに美子さんに色目を使うとは、100年早いですね。」
「翔……腹黒オーラが隠し切れてないよ……」
「大丈夫です。隠すつもりはありませんでしたから。しかし、またライバルが増えましたね。」
ライバルっていうか、蛇って、みんなの中で一番有り得ないから……
「ところで翔、何か用事でもあったんじゃぁないの?」
「そうそう、すっかり忘れていました。美子さん、旅行へ行きませんか?」
「旅行?」
不機嫌オーラ全開だった颯が、今度は標的を翔に変えた。
「翔!何度言ったらわかるんだ!美子ちゃんは譲らないから!」
「大丈夫ですよ。颯も一緒でと言われています。」
「……へ?言われてるって誰に?」
「実は、雪妖族に美子さんも一緒にと、雪女の長から招待されまして。」
あれ?雪妖族って人間嫌いじゃぁ無かったっけ?
思わず二人の会話に、口を挟んだ。
「人間が嫌いなんだよね……?」
「はい。ですが、何故か美子さんは特別待遇のようですね。」
「そうなんだ。」
「ですから、久しぶりに別荘へ行こうかと思いまして。」
「翔って、別荘持ってんの?」
一緒に旅行へ行けると聞いて、颯がやっとご機嫌をなおしたみたいだ。
「雪妖族の村には、どの種族もみんな別荘を持ってるよ!避暑地に最高なんだ♪」
「へぇ~。やっぱり涼しいところなの?」
「夏は景色もいいし、ここよりも涼しいし、いいところだよ♪それが雪妖族の収入源になってるんだ!」
「そうなんだ!楽しみだな♪」
「美子ちゃん!一緒にお泊りしようね♪」
「仔犬になってくれたらいいよ♪」
「そ、それは……男として……」
またいじけ始めた颯に苦笑いしながら、翔は飛び立っていった。
『見つけた……人間の女だ……ここにいたのか……』
最悪なヤツに尾行されていた事に、みんな気付かなかった。
**宮司日記**
五月末日
颯様が、白蛇族の倭様が危険だと愚痴を溢されていた。
白蛇族は穏やかな種族だし、特に危険だとは思わないのだが、恐らく美子様絡みだろう。
倭様は成人されていない筈だけど、念のため注意しておくか……
********
翌日、一人で部屋で寛いでいると、何処からともなくヒラヒラと紙きれが私のところへ落ちてきた。
「あれ?何だろう?」
開いてみると、手紙のようだ。
《相談があります。昨日の店へ来ていただけませんか。
颯様には内緒で、必ず一人で来て下さい。 白蛇族》
これは、倭からの手紙なのかな?
自分の名前じゃぁなくて、白蛇族って名乗るんだ……何だか変わってるな~。
ちょっと気にはなるけど、昨日の颯とのやりとりを思えば内緒にして欲しいってのも頷けるかも……ってか、相談って何だろう?
とりあえず颯には言わないことにして、執務部屋にいた右京さんに声を掛けた。
「右京さん、ちょっと出掛けてきます。」
「どちらへですか?」
「昨日行った茶店です。颯には内緒で、倭が相談があるそうなので。」
「では、私が護衛につかせて頂きます。少々お待ち頂けますか?」
「わかった。よろしくお願いします。」
こうして、右京さんと二人で城下町へ出掛けた。
「美子様、倭様とはどのように連絡を取られたのですか?」
「部屋にいたら、こんな紙きれが降ってきて……」
言いながら手紙を取り出して、右京さんに渡す。
「こ、これは!」
「ん?何?」
手紙を広げた右京さんが、急に立ち止まった。
「美子様!すぐにお城へ戻りましょう!」
「え?え?何で?」
「説明は後です!」
「わ、わかった!」
右京さんの焦った顔に、ただ事ではないとすぐにわかった。急いで踵を返したけど、時すでに遅し……気付いた時には、縮れた黒髪の男達に取り囲まれている状態だ。
え?この人達、みんな同じ顔!ってか、翔が切り付けた土蜘蛛と同じ顔じゃん!何で同じ人が何人もいるの?
「やっぱり……手紙から微かに土蜘蛛の匂いがしました。」
私を背に庇いながら、右京さんが呟いた。
「ふふ。こんなに簡単に当主から離す事が出来るとは……」
土蜘蛛はそう言うや否や、蜘蛛の糸を手のひらからシュルシュル!っと出して、右京さんに投げつけてきた!
「ガオー!」
いきなり右京さんが二階建てくらいの大きな犬に変化して、蜘蛛の糸を蹴散らした!
だけど、四方から巻き付いてくる蜘蛛の糸に苦戦している。
「美子様!必ずお護りいたします!側を離れないで下さい!」
「うん!って、右京さん!後ろ!」
「ふふ。人の心配をしている場合ではないですよ。」
いつの間にか私の後ろに縮れた黒髪の一人が立っている。
や、ヤバい!!まだ居たんだ!!
あっという間に、蜘蛛の糸で縛りあげられてしまった。
「や、やだ!離して!」
「あなたに選択権はありません。」
サッ!と荷物のように担がれてしまい、連れ去られてしまった。
『美子様!』
『お前の相手は俺達だ!』
『美子様~!!』
右京さんの叫びにも似た私を呼ぶ声が、遠ざかる城下町に響いた。