第十三話
お城に戻ってから数日後、颯から買い物に誘われた。
「美子ちゃんもののけの世界定着記念に何か買ってあげるよ♪欲しいもの無い?」
「無いっ!」
「そ、そんな即答しなくても……僕からのプレゼント……」
そういじけられても、本当に無いしな……
人間界へ買い物には行きたいけど、暫くは言いだせそうも無い雰囲気だ。
とりあえずブラブラしていれば欲しい物が見つかるかもって事で、颯と城下町を歩いていると、一軒の花屋さんから話し掛けられた。
「犬神の颯様!今日も奥方様とお出かけですか?」
「そうだよ~♪可愛い奥さんだから、離れたくなくてね~!」
はは……もう否定するのも面倒くさくなってきた……
ただ引きつってるだろう苦笑いを向けるだけで、精一杯だ。
「お?可愛い花があるじゃん♪美子ちゃん、花をプレゼントするよ!好きな花を選んで♪」
「ん……でも、花ってすぐに枯れちゃうから、飾るのはあまり好きじゃぁないんだ。」
「そうなんだ……ごめんね。っていうか、また一つ美子ちゃんを知る事が出来たな♪」
私の肩に手を回そうとしてきた颯をさりげなく避けるように、しゃがんで花を見始める。
「綺麗だと思うんだけど、何だか切って終わりってもったいない気がしてね~。木に生えたままなら、毎年楽しめるじゃん。」
ってか、ここでも貧乏性ってにじみ出てくるもんだな。私って颯と結婚して金持ちになっても、貧乏性のままかも……
ふと、店の奥にある鉢植えに、目が留まった。
「ご主人、あの奥にあるのは……」
「あれは人間界から取り寄せた“さぼてん”というものです。奥方様、流石はお目が高い!」
「ふふ。ありがとう。」
店のご主人はサボテンの鉢を持ってきてくれた。
まだ手のひらくらいの大きさだけど、丸っこいフォルムを守るように生えているトゲ……可愛いかも……
「美子ちゃん、もしかして花よりサボテン好き?」
「好きっていうか、何となく人間界のものを見てると、落ち着く気がするんだよね……」
「そっか……」
颯はそれ以上何も尋ねず、黙ってお金を払ってくれた。
いつもは子供っぽいクセに、こ~ゆ~ところはスマートで大人だなぁ……
帰りがけ、茶店に寄って店を出る頃、土砂降りの雨に見舞われてしまった。
「そろそろ梅雨かぁ。お城まで帰るのも大変そうだね……」
「美子ちゃん、大丈夫!そろそろ傘貸しが来ると思うよ♪」
「傘貸し?傘のレンタルがあるの?」
「便利なんだよ~♪」
ふ~ん……そんなものが城下町を回ってるんだ。だからみんな傘を持ち歩いて無いんだね。
感心しながら暫く待っていると、傘貸しの声が通りから近づいてきた。
『傘~、傘はいらんかね~。』
「こっち~!よろしくね♪」
颯が大きな声で声のする方へ呼びかけた。
って、傘がぴょんぴょん飛び跳ねて近づいてきてる~~!!唐傘お化けだ!!
一歩後ずさる私に気が付かず、颯は唐傘お化けにお駄賃を渡している。
「んじゃ、お城までよろしくね♪」
「あいよ!任せておくんなせえ!」
や、やっぱりこの傘を使うんだ……
「さっ!美子ちゃん、行こうか♪」
「わ、わかった……」
颯は当たり前のように開かれた唐傘お化けの下に立ち、私は恐る恐る隣に並んだ。
「では、行きますよ~!」
開いた傘の内側に、急に大きな目玉が現れたっ!!
「うわっ!!」
咄嗟に、颯の腕にしがみつく。
「美子ちゃん、どうしたの?」
「い、いや……ちょっとびっくりしたというか……」
「美子ちゃんってば、意外と怖がりだよね♪」
「人間界には唐傘お化けなんていないからっ!」
「ふふ!そのまま僕に掴まっててね♪」
「う、うん……」
ギョロ……
うわっ!お化けがこっち向いたっ!!もう、怖すぎだってば……家出やめるの、早まったかなぁ……
早くも、もののけの世界へ戻ってきた事を、後悔した。
翌日も、領地の見周りに付き添った。家出騒動以来、颯はよほどの事が無い限り、片時も私から離れようとしない。私が土蜘蛛に襲われそうになった事を気にしているようだ。
絶対に護る!って意気込んでくれるのはいいんだけどねぇ……
城下町まで戻ってきた時、前から若い男の人がフラフラしながら歩いてくるのが見えた。
「ねぇ、颯。あの人、何か変じゃぁない?」
「本当だ。美子ちゃん、僕の傍を離れないでね!」
「う、うん……」
ちょっと警戒して、颯の背中に隠れる。よく見ると男の人は大人っていうよりも美少年って感じだ。
少しずつ近づいてくる美少年を見ていると、様子がおかしいことに気が付いた。
もしかして全身傷だらけ?
傷だらけの美少年は、私達の前で立ち止まると、掠れるような声で話し掛けてきた。
「……もしかして犬神の当主様ですか?」
「そうだけど、その傷、どうしたの?」
「良かった……急いで烏天狗の翔様のところ……へ……」
そう言いかけたところで美少年は力尽きて、バタッ!と、倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか?」
急いで駆け寄ってしゃがむと、美少年はシュルシュルと小さくなっていき、白い蛇に変わっていく。
「うわっ!蛇じゃん!」
「白蛇族だね!神に直接奉仕する使いだから、誰も手出ししない一族だよ!何でこんな事に!」
「それよりも、急いで手当てしなきゃっ!」
両手で慎重に白蛇を持ち上げて、近くの川で身体についている泥を洗い流し、ハンカチでそっと包む。
「翔のところって言ってたよね?でも、ここからは城の方が近いか!」
「美子ちゃん!急いで城に戻ろう!」
私は両手で白蛇を抱えて城に向かって走り出し、城についてすぐに布団の上に白蛇を寝かせた。
「美子ちゃん!僕は翔に知らせてくるから、白蛇族をお願い!」
「わかった!颯も気を付けてね!」
颯はちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「美子ちゃんが僕を心配してくれるなんて……」
「そんな事ど~でもいいから、すぐに知らせて来いっ!」
「りょ~かいっ♪」
軽い足取りで部屋から出て行った颯と入れ違いに、右京さんが薬箱を持ってきてくれた。
「こちらが傷薬の軟膏ですが、白蛇族に効くかどうか……」
「とりあえず何も無いよりマシだろうし、塗ってみようよ。」
右京さんから軟膏を受け取って、白蛇の身体にそっと塗っていく。
「あ……しっぽの辺りがちょっと深い傷だね。絆創膏貼っておいた方がいいかな。」
「絆創膏ですか……あいにく切れているようですね。」
「大丈夫!私、持ってるよ!」
部屋の隅に置いてあった中学生時代の通学鞄の中から、ハート柄の絆創膏を取り出して、白蛇のしっぽにペタッと貼り付ける。
「これでも、無いよりはマシでしょ♪」
ふふ。何だかミスマッチで可愛らしいな♪
何となく白蛇を眺めていた時だった。シュルシュルっと、白蛇がまたしても美少年に変わっていった。
「うわっ!勝手に人間の姿に戻るものなの?」
すぐ傍で控えていた右京さんにあわてて尋ねると、にこやかな笑みを返された。
「寝ていることもありますが、恐らく状態が回復したのでしょう。」
「元気になってきたってことなんだね!良かった♪」
暫くすると、美少年がピクッ!と動いた。
「……ん……」
「あっ!気が付いた?」
美少年の顔を覗きこむと、美少年がうっすらと瞼を開けて上半身を起きあがらせた。
「ここは……」
「ここは犬神族のお城だよ。今、颯が翔を呼びに行ってるから、もうちょっと休んでていいよ。」
「ありがとうございます。あなたが手当をして下さったのですか?」
「いや、手当って程ではないけどね。」
「この足に貼られているものは……」
美少年が足に貼られている絆創膏を指差した。見ると、白蛇だった時には傷が隠れていたのに、大きくなった今は、絆創膏から傷がはみ出している。
「ご、ごめん!傷に触ったら痛いよね!すぐに剥がすね!」
「このままでも大丈夫です。ありがとうございます……」
美少年はしみじみとハート柄の絆創膏を見つめていた。
ふふ。気に入ってくれたのかな♪
部屋の外がバタバタと賑やかになったと思ったら、颯と翔が飛び込んできた。
「美子ちゃんただいま~!無事に帰ってきたよ♪」
「そんなことより、白蛇くんが目を覚ましたよ!」
「そんなことよりって……」
シュンといじけ始めた颯を横目で見て苦笑いをしながら、翔が白蛇くんに話し掛けている。
「私が烏天狗族を束ねております、翔と申します。そなたは?」
「私は白蛇族の当主の息子で、倭と申します!怪鳥に村が襲われまして、父が烏天狗の翔様のところへ行け!と逃がしてくれました。どうかお助け下さい!」
「わかりました。定期的に駆除はしているのですが、また増えてきましたか……」
怪鳥?もののけの一種だとは思うけど……
「翔、怪鳥って何?」
「駆除が必要な、低能害妖です。」
「そうなんだ……色々いるんだね。」
「ふふ、久しぶりに身体を動かしてきますか。腕が鳴りますね。」
あ……また、翔にブラックなオーラが見える……
翔は家臣を呼んで駆除に行くと言って、白蛇族の倭を抱えて飛び立っていった。
「颯は駆除に行かなくてもいいの?」
「鳥には鳥でしょ♪」
成程ね……妙に納得だ。




