第十二話
チュン、チュン……
朝になっちゃった……今日から私はホームレスか……
眠れない夜を過ごし、久しぶりに洋服を着て、眩しい朝日を浴びながら、中庭の隅にある大きめの祠の前に立った。
「これだったんだ。前に入った時には何ともならなかったけど……」
「そりゃもちろん、妖力が無いと人間界には繋がらないからね。」
傍に立っている颯が説明してくれた。
「美子ちゃん……本当に帰……」
「帰るって言ったら帰るの!」
「……わかった。」
しぶしぶながら颯は祠の扉を開けて、私と右京さんを中に入るよう促した。器を作り替えている颯の代わりに人間界へ送ってくれるのは、右京さんらしい。
人間界に帰ったら何処で過ごそうかな……神社の境内は颯にすぐ知られてしまうし、実家の車庫も親父に見つかるよな……公園の土管の中が無難か……水道もトイレもあるし、公園がいいかもな……
そんな事をぼ~っと考えていると、突然、白い光に包まれた。
うわっ!これってもののけの世界に来た時と一緒だ!
眩しい光に咄嗟に目を瞑って恐る恐る目を開けると、神社の境内に立っていた。
「美子様、実は神社……」
「右京さん!短い間だったけど、お世話になりました!じゃぁ、元気でね♪」
右京さんの言葉を遮るように明るく手を振って、神社から走って出ていく。
まずは、実家に行ってみるか……自転車が手に入れば、動きやすいしな。
神社が見えなくなってとぼとぼと実家へ歩いていくと、見慣れた家が見えてきた。
「一ヶ月ちょっとしか経ってないのに、懐かしく感じるな……」
そう思いながら玄関を覗いてみて、違和感を感じた。
あれ?小さい子供用の自転車がある……ってか、表札変わってない?!
「あの……何かご用事ですか?」
後ろから話しかけられて振り返ると、若いお母さんと幼稚園くらいの子供が立っていた。
「すみません……ここに住んでた人は……」
「あぁ……一人身だから広すぎるって、マンションに引っ越しされたらしいわよ。」
「え?そうなんですか?何処のマンションかわかりますか?」
「そこまでは……でもあなた、この時間なら学校は?」
やばっ!今日って平日なんだ!
「いえ、試験休みなもので……」
焦って答えたものの、めっちゃ不審な目で見られている。
「何処の学校かしら……」
「あ~っと……じゃ、失礼しま~す!」
風のごとく猛ダッシュで元実家から離れた。
「あ……あの親父ぃ~!!」
確かにボロい借家だったけど、ママとの思い出がある唯一の場所だったのにぃ~!!
だけど、いくら怒っても、家がある訳じゃぁない。
「やっぱ公園かぁ……」
溜め息をつきながら、とぼとぼと歩き出した。
駅前に差し掛かったところで、またしても声を掛けられた。
「もしかして美子?」
「え?」
振り返って見てみると、中学校時代の元同級生の女子が二人が立っていた。
「やっぱ美子じゃん♪せっかく進学校に受かったのに、高校行かなかったって聞いてたんだよね~!」
「やっぱ学校に行くお金無かったんだね!」
うっ……間違いでは無いけど……
何となく、居心地の悪さを感じてしまった。
「今は何をしてるの?もしかしてニート?」
「そんな訳無いじゃん!働かないと食べれないっしょ!」
「だよね~♪きゃはは!」
はは……乾いた笑いしか出来ないんだけど……
「何処で働いてるの?お水?」
「もしかしたらフーゾクに売られた?」
「マジやばいじゃん♪ってかその地味な格好で、お水は無いよね~!」
くっ!お水だってフーゾクだって、ニーズがあって成り立ってるんだから立派な仕事なんだよ!学校サボって親の稼ぎで遊んでるお前達が、馬鹿にしてんじゃね~よ!
反論が出かかったけど、結局学校にも行けてない私の方が格下なのだ。
「じゃ、じゃぁちょっと用事あるから……」
ギュッ!と握り拳を作りながら何とかその場を堪えて、元同級生二人に背を向けて歩き出した。
『キャン!キャン!』
『うわっ!何この犬!』
『噛まれる~!助けて~!』
ん?何事?
振り返って声のした方を見たけど、同級生達は裏路地に入ったのか、姿が見えない。
ふふ!ざま~みろ!
何が起こったかわからないけど、何となくすっきりした気分で公園へ向かって歩き出した。
公園についてみたものの、さっきの親子みたいに、小さい子供と若いお母さんだらけだ。私を見ながらコソコソと若いお母さん達が話始めたのが視界に入ってきた。
ヤバいっ!めちゃ不審者に見られてる!
このままどっかに通報されても面倒だなぁ……公園は改めて夕方来よう……
再び駅前に向かって歩き出した。
ふと映画館の前を通りかかった。
「あっ……見たかった映画だ……」
こっちの世界にいる時にハマってた乙女ゲー『素敵な王子様』をベースにした恋愛映画だ。
「題名は“プリンセスにキスを”かぁ……主人公はやっぱ俺様系のパトリック王子なんだ。紳士系のアンドリュー王子が良かったな。でも映画見たいかも……」
今日は平日だし、また学校サボりだと思われたら嫌だな……そうだ!土日に来ればいいじゃん♪私には稼いだ4万円があるはず!せっかくだし、このくらい贅沢しちゃおっと!
ゴソゴソっと鞄を漁る。
ってか、財布無いじゃん!もののけの世界に置きっぱなしかもっ!無一文じゃん!!
「嘘っ!コンビニにも行けないじゃん!!ごはんど~しよ~!!」
食べれないとわかると、余計にお腹が空いてくる。気が付けば昼過ぎだ。
頭を項垂れて映画館の前から立ち去ろうとすると、目の前を警察官に立ち塞がれた。
「君、今日、学校は?」
「え?い、いや……学校は通ってなくて……」
「サボったら駄目だろ。ちょっと署までおいで。」
「ち、違うんです!サボってもいません!」
「話はゆっくり署で聞くよ。」
掴まれそうになった腕を咄嗟に引っ込めて、猛ダッシュで走り出す。
「こら!待ちなさい!」
待て!って言われて待つ訳無いじゃん!!
ビルとビルの狭いすき間に入った時、またしても後ろから犬の鳴き声が聞こえてきた。
『キャン!キャン!』
『こ、こら!離せ!この犬どこから来た!』
助かった~♪
振り向くことなく、すき間をすり抜けて、大通りへ出た。
ふと立ち止まって思い返す。
さっき元同級生に吠えてた犬に、鳴き声が似てたような……もしかして、颯?ってそんな訳ないか!だって今は器を作り替えてるとかで、ユーレイ状態だもんね!
それにしてもお腹空いた……公園はまだ人がいるかなぁ……せめてお水が飲みたい……
公園の傍まで戻って、こそっと中を覗いてみた。まだ若いお母さん達と小さい子供達が遊んでいる。
と、急に、ゴロゴロと雷が鳴りだして、空が灰色の雲に覆われてきた。
『きゃぁ~!家に帰りましょう!』
『早くおもちゃを片付けて!』
ポツポツっと雨が降り出した頃には、公園から誰もいなくなった。
恵みの雨かも!ラッキ~♪
速攻で水飲み場に駆け寄って、喉を潤す。
ふう……助かった……
水でも飲んで空腹を満たしておこうかと、ゴクゴク飲んでいると、雨が本格的な土砂降りになってきた!
「うわっ!ゲリラ豪雨じゃん!」
急いで土管の中へ駆け込んだ!
「たった数メートルなのに、結構濡れちゃったな……」
ハンカチで頭や服を拭きながら、つい独り言を零してしまう。
私って、こんなに独り言を言うキャラじゃぁ無かったよね……
ってか、お金どうしよう……コンビニで雇ってくれるかなぁ……高校生からバイトOKだけど、高校行ってないんだよね……
貧乏には慣れてるけど、流石に無一文の生活は難しい。地面に打ち付けてはじける激しい雨を、土管の中からずっと眺めて時間を潰した。
雨が上がったのは、もう真っ暗になった時だった。うっすらとした街灯の光が、少しだけ土管の中に差し込んでくる。昼間は半袖でも良さそうな気温だったのに、夜になって急に冷え込んできたようだ。
「寒っ……」
ブルッ!と震える肩を擦った。
外に出ても今日は何も出来ないな……
「今日はもう寝るか……」
もう一度水を飲んで再び土管の中へ戻り、寒さから逃れるように、縮こまって目を閉じた。
どのくらい経ったのか……ウトウトしていると、ふんわり温かさを感じた。
あ……毛布みたい………ふわふわだ……気持ちいいな……
その温かさに身を委ねて、そのまま深い眠りについた。
チュン、チュン……
あ……朝だ……
時間はわからないけど外に目を向けると、まだ道を通りかかる人はスーツを着たサラリーマンばかりだ。
ってことは今日も平日で、まだ早い時間だな……あれ?
ふと、隣を見た。仔犬が私に寄り添うように寝ている。そっとお腹を確認した。
短い生えかけの毛があるけど、これは明らかに禿げの後じゃん!
「そ、颯?!」
私の声に仔犬が起きて、一つ欠伸をした。その仕草がめっちゃ可愛い~♪
「颯だよね?」
「ん……バレちゃった?」
「ってか、人間界ではユーレイなんじゃぁ無かった?」
「この格好なら何処でも大丈夫なんだ。」
「ふふ。犬が喋ってるって、何だか変な感じ♪」
って、違うっ!!
「何でついて来たの!!」
「だって、心配だったから……」
「ま、まぁ、夜は温かかったけどね……」
「んじゃ、今日の夜から抱き締めて寝てあげるね♪」
「馬鹿野郎~~!!論点が違うだろ!一生犬のままでいろ!」
「え~!このままじゃぁ、美子ちゃんを抱き締めれないじゃん!」
「むしろその方が助かるわっ!」
土管から這い出て、水飲み場へ行った。
「ふう……生き返る……」
ふと足元を見ると、颯がついて来ている。
「颯も水飲む?」
「飲みたいけど、この格好じゃぁ届かない……」
「ちょっと待ってて。」
手のひらで水をすくって、颯の口元へ持っていった。
「はい。飲んでいいよ。」
表情はわからないけど、嬉しかったのか、ペロペロと一生懸命水を飲んでいる。
ふふ、何だか和むな~♪
「美子ちゃん……その小動物を愛でるような目で、僕を見ないでよ……」
「何で?めちゃめちゃ可愛いよ♪」
「だから、男として見て欲しいんだけど……」
「こんな姿見ちゃったら無理かもね!」
「だから隠れて付いて行ってたのにな……」
その時、ぐ~~~!!!っと、盛大に私のお腹がなってしまった。
「ぷぷ!美子ちゃん、お腹空いてるでしょ!昨日の朝から何も食べて無いもんね。神社で朝ごはん用意してあるよ♪」
「え?本当♪って、駄目だ駄目だ……甘える訳には……」
「何で?食糧を無駄にしたら神様が怒っちゃうよ。」
「そう言えば断れないと思ってるんでしょ!」
「……ねぇ、一緒に帰ろう……」
「……」
正直無一文はキツい。働こうにも履歴書を買うお金も、記入する住所も無い……警察に掴まってくそ親父に連絡されると、またくそ親父が神社から金をむしり取る可能性があるよな……
「これから先、絶対に美子ちゃんを危ない目に合わせないから……絶対に美子ちゃんが嫌がる事はしないから……お願いだから帰ってきて……」
「……」
チラッと颯を見た。訴え掛けるような、うるうるとした仔犬目線で説得されて、つい返事をしてしまった。
「うん……わかった。」
「本当~?!嬉しい♪」
うわっ!うるうる仔犬目線攻撃は卑怯だろっ!!
こうして私の家出は、一泊で終了した。




