第十話
ある日、瞬が朝からやって来た。
「颯!男だけの勉強会をするぞ!我の神社へ来い!」
「何でわざわざ稲荷神社に行くんだよ!美子ちゃんを傍で護れないじゃん!」
「いいから、ちょっとこっちに来いって!」
誘いをかわす颯の肩を引き寄せて、瞬が部屋の隅へ移動した。
嫌な予感しかしないな……
『颯!お前、女を抱いた事あるか?』
『美子ちゃんなら抱き締めた事あるよ♪』
『馬鹿!それとは違う意味だよ!手付けだよ!』
『……っ!』
『無いだろ?口付けだってこの前術を解いた時が初めてだろ?その手付けに失敗したら一生お前とは関わりを持ってくれなくなるぞ!』
『そ、そうなの?!』
『手付けってのは、本能に任せたら失敗するぞ。女の子が喜ばないと駄目なんだよ。美子を喜ばすテクニック持ってるか?』
『……無い。』
『だから勉強会が必要なんだよ!参考になるのが手に入ったから、護衛は他の者に任せろよ!』
『わ、わかった!』
話が終わったのか颯が私を振り向いて、今日の護衛は右京さんに任せるって言い始めた。
「颯、護衛が誰でも構わないけど、どうしてそんなに顔が赤いの?」
「そ、そんな事無いよ!ちょっと暑いだけ!それより美子ちゃん!僕、二人の将来の為に頑張って来るね♪」
ガシッ!と手を握られた。
「はいはい。それはどうも……」
そして、颯と瞬が二人連れ立って出掛けて行った。
暇をもて余していると、右京さんが城下町の散策を提案してくれた。
ラッキ~♪退屈しなくて済むじゃん!
そして、右京さんと城下町を歩いている時、にこにこと嬉しそうに話し掛けられた。
「今度の颯様のお誕生会にケーキを作ってくれるそうで、ありがとうございます。」
「へ?颯から聞いたの?」
「それは嬉しそうに話して下さいました。」
「そ、そうなんだ……」
や、ヤバい!私、颯の誕生日、正確に知らないんだけど……確か、私の誕生日と近かったような……
「ざ、材料はいつ頃に揃えてくれるのかな……?」
「そうですね。お誕生日の三日前には、届くと思います。」
「わかった。届いたらチェックするから教えてね!」
「勿論です。」
ほっ!何とか体裁は保てそうだ♪まぁ一人だけクッキー食べれなかったし、頑張ってやるかぁ……
普通のクリームがいいかなぁ……チョコ味も久しぶりに食べたいかも♪喜ばせるのは癪だけど、お城に帰ってからどっちが好きか聞いてみるか……
そう思いながら帰った気遣いは、その日のうちに撤回する事となる。
その日、夕方になっても颯は帰って来なかった。
「美子様、颯様のお帰りが遅いようですので、先にお風呂を頂いて下さい。私が部屋に控えておきます。」
「そう?じゃ、遠慮なく頂いてきます♪」
右京さんに勧められて、先にお風呂を頂く事にした。
ってか、当主よりも先に一番風呂を頂くなんて、なんて高待遇でしょうか♪気兼ねなくゆっくりと入っちゃおっと♪
そして、気持ちいいお風呂を堪能して戻る途中、部屋に続く廊下の先で颯と瞬の声が聞こえてきた。やっと帰ってきたようだ。
『颯、器が無い幽霊状態で、鼻血を出すなって!』
『み、美子ちゃんが……』
は?私が何?何で鼻血?
『しかし、あのパイおつ凄かったよな~♪流石は洋モノだ!』
『美子ちゃんのパイ……』
ピキッ!
久しぶりに青筋が立つ音がした。
エロDVD観て来たな……
焦って右京さんが止める声も、聞こえてくる。
『そ、颯様!おかえりなさいませ!瞬様、城内でそのような発言は…』
『右京、お前も見に来れば良かったな!凄かったぞ~!今度貸してやるよ!』
『いえ、結構です……』
『そう遠慮言うなって!』
プチッ!血管まで切れる音が……
わなわなと震える拳を握りしめて、瞬に抱えられるようにして颯がやっと立っている二人の後ろに、仁王立ちした。
「それよりも、颯様はいかがされたのですか?」
「美子ちゃんの裸……」
「悪い、颯がユーレイ状態で宙に浮いたまま鼻血出しちゃって、止められなかったんだよ!」
はっ!と私の姿に気付いた右京さんが、急に取り繕い始める。
「な、何のお話でしょうね……」
いや、もう取り繕っても遅いけど……
颯と瞬はまだ気付いていない。
「ちょっと颯には刺激が強すぎたみたいだ。まだまだお子ちゃまだな!」
「美子ちゃんが、あんな事やこんな事……」
右京さんは、かなり焦った様子で二人を止めている。
「お二人とも、その辺で……」
「どうしてだ?」
「う、後ろ……」
やっと拳の出番ですか!
「ほう……私がどうしたって?」
私の声を聞いた颯と瞬が、一瞬ビクッ!としたかと思うと、恐る恐る振り返った。
「み、美子!いたのか!湯上りも色っぽいな!」
「美子ちゃん!今日は逢えなかったから、寂しかったよ~♪」
今更遅いわっ!
「そうか、そうか……私は逢いたく無いわ~!このエロ狐&犬コロめ~!」
バキッ!ボコッ!ドカッ!
手足をフルに使って、颯に制裁!瞬があわてて止めに入ってくる。
「や、やめろ!颯は鼻血で貧血気味なんだ!」
「そんな事知るかっ!いっぺんこっちの世界でも死んで出なおして来いっ!ってか、瞬!お前もだ!」
「わ、我もか?」
「当たり前だ!」
瞬に向かって拳を振り上げたところで、ポンッ!と白い煙を立てて、瞬は愛らしい狐に変化した。
「ひ、卑怯だぞ!」
「この姿なら殴れまい。では失礼~♪」
瞬は愛らしい狐の姿のまま走り去って行った。
「二度と来るな!エロ狐~~!!」
くそっ!殴り損ねた!
まだ廊下で倒れている颯を跨いで、部屋へ戻った。
「美子様……」
気遣うように話しかけてきた右京さんには悪いけど、もうケーキなんて作ってやんない!
「ケーキの材料だけど、全部キャンセルして!」
「キャンセルですか?」
「絶対に作らないからっ!」
「そ、それは……」
「わかった?!」
「……かしこまりました。」
右京さんはトボトボと歩いて、颯の元へ向かった。
ってか、何よ!エロDVD見て『美子ちゃんのパイ……』って!『あんな事やこんな事』って!マジでムカつくんですけどっ!絶対にあんな事やこんな事なんてあり得ないからっ!
王子様にロマンチックに抱き締められて初めて……って夢が音を立てて崩れ落ちたんだけど!ど~してくれるのよ!!
**宮司日記**
四月某日
焦らず、もう少し美子様の気持ちに寄り添うようにと、颯様を説教させて頂いた。ただでさえ馴染みの無い世界へ来て頂いているのだから、颯様にはもっとしっかりとして頂かなければ……
颯様は、美子様に嫌われたかもと言われていたが、今回ばかりはフォローが難しそうだ。真摯に謝罪するようアドバイスさせて頂いた。
********
その夜、右京さんに諭されたのか、颯が幽霊のように私の枕元で正座している。
「美子ちゃん……本当にごめん……」
「……」
「僕だってどんなのか知らなかったし……美子ちゃんと二人の将来の為と思って……」
ガバッ!と布団から起き上がって、小さく正座している颯を睨みつけた。
「あのね!そ~ゆ~勉強は両想いの人が出来た後でいいんじゃぁない?」
「い、いや……でも僕は美子ちゃんが……」
「私はもののけと結婚なんて、ぜった~い!に、嫌だから!」
「そ、そんな……」
再び布団の中に頭まですっぽりと潜り込んだ。
「美子ちゃん……」
「……」
返事をしなかったら、話しかけるのを諦めたみたいだ。城下町散策の疲れもあってか、そのまま目を閉じて眠りに入った。
夜中、カタン……という物音で目が覚めた。
うわっ!またか……暗いの嫌いなのに……
そっと薄く目を開けると、颯が行灯に油を注いでいるのが見える。
助かった……さんきゅ~♪
って、前にもあったよね?もしかして暗所恐怖症の私の為に、灯を絶やさないでいる?
何だか今日の怒りがちょっとトーンダウンしてきた。
そりゃ男の子だからね……エロDVD観たいってのもわかるんだけどさぁ……でもさぁ、そ~ゆ~のって知られ無いようにするのがマナーじゃん!
何だかんだと考え込んでいるうちに、また眠りに入っていった。
翌朝から、私の後ろを颯が恐る恐る付いて歩くというのが、城内の名物になってしまった。
「ねぇ~、美子ちゃん……」
「……」
何となく許してあげるタイミングも失ってしまったというか、意地になってしまったというか……それでも許すのがちょっと悔しいっていうか……いや、自分でも素直じゃぁないってのはわかってるんだけど……
ってか、怒らせる方が悪いよね!うん。そうだそうだ!
そんな感じで数日を過ごしたある日、右京さんからこっそり呼ばれた。
「美子様、大変申し訳ございません。」
「ん?何が?」
「実は……ケーキの材料は、そのまま発注させて頂きました。」
「えぇ~?キャンセルしてないの?」
「……はい。嬉しそうに話されていた颯様を思うと、どうしてもキャンセルできませんでした……」
「そっか……」
う~ん……材料が無駄になったらもったいないし、仲直りのきっかけとして作ってやるかぁ~。だけど、ケーキを焼く匂いだけでバレバレだな……それも癪だなぁ……
そうだ!翔の屋敷にもオーブンあるって言ってたよな!屋敷に行って作らせてもらおう!そうすれば匂いでケーキがバレる事も無いもんね♪
早速、連絡用にと翔がいつも私の近くで待機させている烏を呼び寄せて、足に手紙を括り付けた。返事はすぐに届いて、明後日の颯の誕生日に翔の屋敷へお邪魔することになった。
明後日って、五月五日じゃん!颯の誕生日って子供の日なんだ♪
あまりにも子供っぽい颯にぴったり過ぎて、ぷっ!と、一人で吹き出してしまった。
五月五日、朝から材料を風呂敷に包んで、こっそりと一人でお城を抜け出した。城下町を通って翔のお屋敷へ行く為だ。
『人間の娘だ……しかも生娘だ……』
変な輩に見つかったとは思いもせずに……