こんな夢を観た「虹のたもと」
「この辺りですよ、むぅにぃ君」志茂田ともるは、広げた地図を見比べながら言った。「8月20日、15時27分。うむ、あと3分ですね。もう間もなくです」
羊皮紙に書かれたその地図は、見るからに古い。実家の納戸を整理していて、たまたま見つけたものだという。
「ここから虹が生まれるのかぁ」わたしは、高鳴る鼓動を押さえようと、半ば無意識のうち、胸に手を当てていた。
その様子がいつになく敬虔に映ったらしい。
「夢見る乙女、といったふうですよ。あなたらしくもない」志茂田はそう言って笑う。
「で、あれは本当なの?」わたしは聞いた。
「虹のたもとで祈れば願いが叶う、という伝説ですか?」志茂田が言う。「わたしはそう信じてますよ。だから、わざわざこうしてやって来たのじゃありませんか」
「もし、それを信じなかったら、やっぱり願いなんて叶わないのかな」
「ええ、無理でしょうね」キッパリと答える。
「困ったなぁ。自分でも、心から信じているのかどうか、よくわからないんだよね」わたしは打ち明けた。
「では、こうしたらどうでしょう、むぅにぃ君。望むのではなく、そうあるべき、と決心するのです」
「よくわからないんだけど」
志茂田はコホン、と軽く咳払いをする。
「例えば、あなたは今空腹で、何か食べたいと思ったとします」
「うん」
「思っただけでは、腹は満たされません。そうですね?」
「そりゃあねっ」わたしはうなずいた。
「なら、どうしますか?」
「台所に行って、何か食べる」わたしは答えた。
志茂田はポンッ、と手を打つ。
「そう、まさにそれなのですよ。望むだけでは手に入らない。だから、行動するわけです。願いも同じです。欲しいと思っている間は、単なる妄想にすぎません。手に入れてやろう、そう決心しなくては意味がないのです」
志茂田の言葉は、なぜだかわたしの胸に強く響くのだった。
考えてみれば、「欲しい」という気持ちは「持っていない、手に入らない」と自ら白状しているようなものだ。それでは、願望の達成を否定しているのと同じかもしれない。
今の今まで明るかった空が、にわかに曇りだした。
「雨が降りそうだね」わたしは心配する。
「むぅにぃ君、青い空に虹は現れませんよ」志茂田は言った。
ザーッと雨が降ってくる。あっという間に全身がぐっしょりと濡れてしまう。
短い時間にひとしきり降ると、暗い雲だけを残し、引いていった。腕時計に目をやる。ちょうど15時27分だ。
辺り一帯に、金色の光がまばゆく立ち登ったかと思うと、七色に別れ、天高く伸びていった。
「虹だっ!」思わず叫んでしまう。
「そして、こここそが虹のたもと」志茂田も空を仰いだ。「さあ、願うのですよ、むぅにぃ君。あなたの、一番に欲するものを」
わたしは指を絡ませて、一心に願った。ただ望むだけでなく、きっとそうするぞ、叶えてみせるぞ、と。
「ステーキ……。ファミレスのでいいから、ステーキが食べたい……。いや、必ず食べる、食べるんだ!」
「むぅにぃ君……」傍らで志茂田が呆れたように見つめている。「それくらい、わたしが奢ってあげますから」
ああ、こんなにも早く願いが叶うなんて!




