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第5章:動き出す組織

 


もう少しでテストも終わるんで投稿スピードは若干上がると思います。……た、たぶん。






 物語はいつも唐突に始まる。


 兆候もない。予兆もない。気配もない。そんな何もない日常に、まるでふっと思い出したかのように物語はやってくる。いつも通りだと感じながらも、実はその時から物語が進行し出しているということはよくある。世界はまるでそれが決められたことであるかのように物語のレールを敷いていく。


 物語は一つだけとは限らない。


 この世には数えれきれない、無限と言っても問題のないほどのお話が存在する。何も人の話のみに範囲を絞る必要はない。この世に生きるすべての生物に――いや、無機物に分類される物体であっても、物語は確かにその数だけある。


 それらが複雑に絡み合い、一つの大きな物語に発展していくことは、そう珍しいことではない。


 そして、この物語もまた然り。


 その少年は、いくつもの変動を交えながら、来るべき合流地点に向けて走り出す。


 これはそんなもう一人の主人公が紡ぐ物語の断片である。






◇◇◇








 その少年は、若干四歳にして人を殺した。







「こ、来ないでっ!!」


 幼さを存分に残す、子供特有のよく響く声で少年は叫ぶ。


 その震える手に握られているのは殺傷能力の高いアーミーナイフ。少し掠るだけで敵の肉を抉る鉄の凶器。

 だが今この場においては、そんな武器でさえ子供のおもちゃに思えた。

 何故なら少年を取り囲む男達は、そんなものとは比べ物にならないほど凶悪な獲物を手にしてぎらついた目を向けていたのだから。


「うわああああああああああっ」と叫んで少年は逃げ惑う。


 戦う、という意思を、この幼すぎる少年はまだ知らない。知っていたとしても、こんなナイフ、扱えるはずもない。恐怖から逃れるという本能に従い少年はただひたすらに駆け回った。


 真剣によって放たれる斬撃が頬を裂く。銃でわき腹を撃ち抜かれる。幼き体がどんどん赤に染まっていく。


「た、助けてっ!」


 ようやくこの広く白い空間で唯一ガラスがある場所へとたどり着き、すがる声で少年はガラスの向こうにいる者達に呼びかけた。


 返答はガラスの周囲から発せられた電撃だった。


「―――――――ッ!!」と声も上げられない強烈な痛みが少年の体をいじめる。一瞬だけ、少年の心臓が止まった。


「ケホッ! ケホッ!!」


 軽い呼吸困難に陥って少年は床をのた打ち回る。そんな子供にあろうことか一人の男は槍を足に勢いよく突き刺した。


 分子すら震わせかねない絶叫が迸る。


「痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」


 恐怖と痛みによって生じた涙が顔を覆う。失禁によって漏れ出た液体が地面を濡らす。



 少年は、気絶してもおかしくない激痛の中、周りにいる男達を見上げた。

 そして、ようやくのことで少年は気がついた。


 彼らは、自分を殺そうとしているのだと。

 肉を抉り、皮膚を裂き、極限にまでいたぶり心臓を一突きにしようとしているのだと。


 本当に、本当に今になって知った。


「は、はは」


 のた打ち回る少年の動きが止まる。


「ふざけるなふざけるなふざけるなフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなフザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ」


 その唇は壊れたテープのように同じ言葉を繰り返す。

 呪詛のような言葉の旋律が不意に止まる。


 少年は、震えも恐怖もない、どこまでも無関心で無表情で無感動な顔で、立ち上がった。


「死ぬのは、貴様らの方だ」


 刹那の出来事であった。


 コマ送りのように唐突に、男達は全身から血を噴き出して崩れ落ちた。



 その中心に、全身を真っ赤に染め上げた少年が立っていた。



 これが、初めて人を手にかけた瞬間だった。






 悪夢はそこで終わりを告げる。







◇◇◇







「………………」


水城氷助(みずきひょうすけ)は無表情な顔で、しばらくの間天井を睨みつけていた。


 それこそ視線だけで壁を貫けるのではないかと思わせるほどじっと凝視してから、氷助は周囲に視線を這わせた。


 殺風景な部屋。部屋が狭いことも原因の一つだが、生活上必要なものが少ないことが一番の問題だろう。あるのは粗末なベッドと備え付けのテーブルセット、冷蔵庫くらいである。まるで生活臭がしない。少なくとも10代半ばの少年の部屋ではない。常人が見たらビジネスホテルか何かと勘違いすることだろう。

 部屋は綺麗だが所々にほこりが積もっており、あまりこの部屋が多用されていないことが容易に分かる。ちなみにこの部屋に窓はない。通気孔がいくつかあるだけである。おかげで部屋は薄暗い。扉の外から漏れるほんの少しの光と、テーブルの上に乗せられた淡い光を放つランプだけが光源であった。


「ちっ。胸くそ悪い」

 

 吐き捨てるように言ってベッドから起き上がる。テーブルにおいてあった水を一気飲みした。ペットボトルがものの数秒で空になる。氷助はそれを片手でもみ潰した。


「ふん。夢か。一体いつぶりだろうな。俺にはもう、過去を顧みる余裕などないというのに」


 言ってから、ようやく氷助は自分が汗だくであることに気づいた。シャワーでも浴びるか、と思い薄暗い中を歩き、壁に付いたボタンを押した。すると自動で壁が開き、そこにバスルーム現れる。


 軽く汗を流して氷助は再びベッドに腰を落ち着けた。そして何かすることはないかと考えをめぐらせて、何もないことに気づいた。



 指令から戻ってきて早三日。



 この余暇の時間をどう過ごしたらいいのか、氷助には分からなかった。


『水城氷助。起きているか』


 唐突に、野太い男の声が部屋に響き渡った。


 氷助は立ち上がり、バスルームがある方とはちょうど反対側の壁にある物体に近づいた。それは感じとしては分譲マンションなどにあるテンキー付きインターホンに近かった。氷助は数あるボタンの中から一つを押して、声を発する。


「起きている。何か用か」


『指令だ』


 ふぅ、と氷助は溜息に似た息を吐いた。九割方予想はしていた。この物体が活躍する時などこういう報告のときぐらいであることなど百も承知だ。それでもわざわざ尋ねたのは、この声の主への少なからずの抵抗のつもりであった。


「相変わらず人使いが荒いな。俺は前回の指令を終えて三日前に帰還したばかりだ。まだ疲れも抜けきってはいない。特令ならともかく、普通の指令なら俺以外の奴に回せ」


『これは特令だ』


「………」


『どうせお前のことだ、余暇の時間は大抵寝て過ごすか訓練することしかあるまい。ならいいだろう。下っ端どもはいくらか暇のある奴はいるが、幹部級の奴は今のところお前しかおらん。それに、お前には命令を無視する権限など元よりない』


「分かった。一〇分で支度する」


『長い。五分だ』


 それを最後にぷちりと電源が切れた。氷助は無言と無表情をセットにして立ち尽くすこと数秒、軽く舌打ちした。準備を整える。






◇◇◇






 やたらと細長く無駄に部屋が連なる廊下をうんざりしながら通り抜け、氷助はエレベーターのスイッチを押した。少しの間をおいて扉が左右に裂かれる。


 そこにある顔を見て、氷助は支度をあと二分は遅らせるべきだと後悔した。


「あっ! 氷助じゃん! ひっさしー!」


 仏頂面で壁に背を預けていた少女は、氷助の姿を認知した途端無邪気な笑みを浮かべた。簡素で狭い空間に一厘の花が咲く。だが氷助はその花を見てうんざりするだけである。


「悠島か……」


「ちょっとー。無表情はいつも通りとして何よその不満そうな声。こんな美少女と空間を共に出来てうれしいと思わないの?」


「自分で言うか、普通」


「残念。あたし普通じゃないもんねー」


 溜息をついて氷助はエレベーターに乗り込んだ。


「にしてもあんたまた指令? 確か三日前に帰ってきたとこじゃなかったっけ? まったく人使い荒いよねーお偉いさん方。あたし達のこと体力無限の殺戮サイボーグとでも思ってんのかね。あっ、それより氷助! あんた昨日あたしが連絡入れたのに無視したでしょ! 五回も!! せっかく暇してるあんたをどっかに連れ出してやろうとしたのに、あんたこのあたしの誘いを断ったのよ? 分かってる? こっちはいろいろ準備とかもしてたんだかんね! 加えて、まあ、あたしだって女だし? 年頃の少女だし? あんたはまあ性格云々とか除けば美男子だし? 少し…少しだかんね! 緊張とかわくわく感とか秘めつつ連絡入れたわけよあたしゃ! それなのに、ああそれなのにあんたって奴は! この朴念仁がっ!」


「お前、少しは黙るという行為を知らんのか」


「なにおう! 誰のせいで怒ってると思ってんのよ!」


「俺は疲れて寝ていたんだ。べつに無視したわけじゃない。それに許可も得ていないのに勝手に準備をしたお前が悪い。俺は決して悪くない」


「なっ! あんた女の子にここまで言わせといてそれ!? ああもうこのニブチン野郎はどう料理してくれようか!」


 氷助はわざと盛大な溜息をついた。そしてこの口うるさい少女について考える。


 悠島魅風(ゆうじまみかぜ)


 氷助と同じく、ここの組織に属する戦士。二つ名は<死神の魅風>。普段は世界のすべてを憎んでいるような仏頂面のくせに、自分と顔を合わせる時はよく笑いよくしゃべるよく分からん女。


 元々、二人の間には年齢が同じということ以外接点はなかった。


 それがいつの間にか――そう、とある小さなきっかけを元に、今の微妙な関係を築き上げている。


 友達でもない。恋人でもない。他人でもない。うまく言語化できないもどかしくてちょうどいい距離感。


 ……だが、最近はやたらと絡まれる気がするのは俺の気のせいか?


「お前は何をしに行くんだ?」


 応対しなければ彼女が余計に口うるさくなることを経験上知った氷助は、面倒くさいと思いつつも無難なことを口にした。


「んー。ご飯の調達にね」


「食堂か」


「そ。でもあっこで食べるご飯ってどーもおいしくないのよね。いや、味はいいとは思うけど、やたらとごっつい連中ばっかたむろしてるからまずくなるのよね。この辺分かる?」


「さあな。俺は食事中周囲の連中を意識の外に追いやっているからな」


「わ、それって俗に言う完全スルーって奴? 大物ねえあんたは。あたしはほんっとあいつらうざったくてさぁ、もう、なんて言うの? 害虫? いや産業廃棄物以下ねあいつら。ろくに使えもしないし。上の連中にゴマすってばっかだし。ああもうほんと」


 魅風は無垢とも言える笑みで続けた。


「あいつら、ぶっ殺してやりたいわ」


「そうか」


 それに対する氷助の対応は平常と変わらなかった。

正直、あんな連中が死のうが生きようが自分にはどうでもいいことだ。


「ところで悠島。食堂ならこの階だぞ」


「あ、そだね」


 ちょうどいいタイミングで扉が開いた。魅風はスキップでもしそうな調子で外に躍り出て、くるっと半回転して氷助に笑顔を向けた。


「氷助、次の休みはちゃんとあたしに付き合ってよね。てかこれ決定事項。拒否権なし。いやあ幸せものですなー氷助さんこんなカワイイ魅風ちゃんとデートできるなんて」


「お、おい……」


「氷助」


 抗議の言葉を投げかけようとした氷助を、魅風はそのままの表情で遮った。


「楽しみに、してるからね」


 じゃね、と言って未練もなさそうに魅風は背を向けた。氷助が何かを言う前に、扉は彼女の姿を閉め出した。






◇◇◇






「遅い。十二秒の遅刻だ」


 最上階までノンストップで辿り着いた氷助に対する男の第一声がそれであった。いつものことなので、氷助は適当に謝罪を述べてから部屋へと入る。


 エレベーターと直結になっているその部屋は、一言で言えば不気味であった。氷助の部屋と同等に窓もなく、通気孔を除けば完全に密閉された空間。そこを照らすのは十数本のろうそくのみ。そして照らされるのは黒魔術の儀式がすぐにでも始められそうなよく分からない物体の数々。男はその部屋の中央にある場違いとも言える大型の机に腰を落ち着けていた。

 氷助は出来る限り周りに視線を向けずに男に近寄る。

 光源の光が男の下まで満足に届かず、容貌ははっきりしない。

 

 正直な話、氷助はこの男の顔をはっきりと見たことがなかった。


 常にこの部屋で指令を下し組織の大半をまとめるこの男は、めったにこの部屋から出ることはない。少なくとも氷助は見たことがなかった。加えて、この男はこんな暗い部屋だというのにサングラスをかけているらしく、ますます顔が分からなくなっている。


「さて、では特令とやらの内容を聞こうか」


「うむ。話が早いな。では手短に話そう。今回の任務はある男の拉致だ」


 それを聞いた瞬間、氷助は背を向けて歩き出した。なんの未練もない歩調。そんな氷助の頬を羽ペンが掠った。


「待て。話は最後まで聞け」


「最後まで聞くも何も、たかが一人の男拉致するだけで何故俺が動かねばならん。丸っきり下っ端のやることだろう。そんなものは他の奴にまかせればいい」


「いきがるなよ小僧」


 冷然とした声が氷助の肝を恐縮させる。息が詰まった。


「いいか、勘違いするな水城氷助。お前は確かに優秀だ。悠島魅風もそうだが、その歳でここまでの高みに達する者はほんの一握りだ。それは認めよう。だがお前はどこまで強くなろうとも、私達の駒であることに変わりはない。今一度問おう。駒に意思は存在するか?」


「……分かった。続きは話してくれ」


 男は頷き発していた威圧感を緩めた。氷助は止めていた息を吐き出した。


「拉致する相手だが、出来うる限り無傷で捕らえろ。あれは貴重な人材だ。うまく扱えば世界を変えることすらできる。ふん、胡散臭そうな顔をしているな。では水城氷助。お前は“緑柱の悪魔”という存在を知っているか」


「聞いたことはある」


 氷助は己の記憶を辿り、尾びれはびれをつけてまことしやかに語られている伝説の記憶に行き着いた。


「確か、今から数年前。当時組織内でも最強と謳われていた戦士達が、たった一人の敵によって全滅させられた。そのたった一人の敵と言うのが、辛うじて生き延びた者の証言により“緑柱の悪魔”と名付けられた者――――ということだったか?」


「そうだ。そして今回のターゲットはその悪魔だ」


「っ!!」


 これにはさしもの氷助もポーカーフェイスを崩して驚愕した。何と言っても伝説と言われるほどの悪魔である。当時最強を誇っていた戦士達も充分伝説として語られてもおかしくない猛者ばかりであったにも関わらず、その悪魔はたった一人で、しかも一瞬の内にすべての敵を葬ったのだ。恐怖を感じるのは無理もない。


「おい、まさか、俺一人でその悪魔を倒せとでも……」


「バカを言うな。お前ごときにそこまでの戦果は期待しておらん」


 胸に突き刺さる言葉だが、実際その通りなのだろうから氷助は黙っていた。


「私達はあの事件以来、密かにその悪魔を監視していた。監視の結果、奴は普段はごく普通に生活しており、己の持つ力にも気づいていないそうだ。ここが狙い目だ。奴の力が発現するのには何らかのきっかけがあると推測される。そのきっかけが何であるかは未だに分かってはいない。だがそのきっかけを与えさえしなければ捕らえるのはそう難しいことではないだろう。普段の奴は常人だからな」


「了解した」


「よし、頼んだぞ。目標についての情報はあとで渡す。それで、これが目標の写真だ。しっかり見ておけ」


 男はカードのように写真を投げつけた。氷助は薄闇の中であるにも関わらず難なくそれを受け取る。


 氷助の顔がまたしても驚愕で揺れた。


「おい! これはなんの冗談だ!」


「冗談? ふふ、私達とて最初は己が目を疑ったさ。だがそれが事実だ。事実は小説より奇なり、というが、まさにその通りだ」


 何しろ、と男は笑いさえ含んだ声で、


「相手は、お前とそう変わらん少年とも言える奴なのだからな」


 氷助は言葉をなくしていた。

 ただただ、震える手に握られる、制服を着た一人の少年の姿を凝視していた。







〜次話予告〜

遂に動き出した謎の組織。だがそんなことを知るはずもない和輝は雷雨にある決断を迫られていた。それは運命を決める選択。和輝は理性と本能がせめぎ合う中で、苦悩していく。

「なんでこの歳で人生決めなきゃなんねえんだよ……」

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