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第26,5章:悪友の始まり





「あっちー」


 ファミレスから出た明良は照りつける日光に悪態をつきながら、さっきまで自分が座っていた窓際のテーブルで頭を抱えている和輝を見て、やれやれ、と息をついた。なんだか手のかかる妹に加えて弟が増えたみたいだと明良は思った。


「それにしても、美夏もなんであんなニブチン野郎に惚れたのかねぇ」


 美夏から突然恋愛相談を持ちかけられたときは、それはもう驚いたものだった。



『あ、あのね、アキッ。わ、私…その……す、好きな、人が、いるの……』


『……はい?』



 あの時の美夏の照れ具合と自分の呆然ぶりはよく覚えている。


 今までどんな男にもなびかなかったあの美夏が、いつの間にか『片思い』とかいう青春真っ盛りモードになっていたとは。しかも、相手は自分も知っている男。


 神代和輝。


 容姿は、まあ悪くはない。むしろ良い方に入ると思う。勉強はそこそこだが、運動神経は抜群で、人当たりもいい。冗談も通じるし、何より話しやすい。中学時代でもそれなりにモテていたのではないだろうか。


 でも、その程度の男なら今まで美夏に告白した連中の中にも何人かいた。でも美夏はそれを尽く「ごめんなさい」の一言で切り伏せてきた。申し訳そうにしつつも、決して後悔のない表情で。


 一体、和輝の何が美夏を夢中にさせたのだろうか。


 まあ、実際のところ、アタシも和輝のことは一目をおいている。

あいつは一見普通の男子に見えるけど、今まで会ってきた男にはないものをたくさん持っている。例えばそれは力であったり、細かい気遣いであったり、漫画の主人公みたいなお人好しなまでの優しさであったり。


「お人好し、か」


 その一言で、明良はふと一ヵ月半ほど前の出来事を思い出した。


 今まで会ったどんな男よりも強く、信頼できて、友達になりたいと思わせる、あのお人好しと出会ったときのことを。







◇◇◇







 昔、春風明良は荒れていた時期があった。



 きっかけは確か、母さんが死んだことだったと思う。

 今まで一家に笑顔を振り撒いていた母さんが消えたと同時に、家からも笑顔が消え去った。父さんは憔悴して今まで飲まなかった酒をよく飲むようになったし、一つ下の弟もずいぶんと寡黙になった。今でこそみんな立ち直ってきたが、あの頃は本当にひどい状態だった。家も、アタシ自身も。


 そんなアタシがストレスのはけ口に暴力に走ったのは、半ば当然のことだったのかもしれない。あの頃からアタシはケンカに自信があり、大の男にだって負ける気はしなかった。実際、不良が闊歩する夜の街を、拳を振るいながら出歩いて負けたことは、一度だってなかった。

一時期は旋風のなんたらとかいう通り名みたいなもんもあった。まあ、本当に一時期だったけど。荒れていたのは実際一年ちょっとで、中3に上がる頃にはほとんど足を洗っていた。いつまでもこんなカッコ悪い真似すんのは嫌だったし、何より親友の泣きそうな顔をあれ以上見たくなかったし、な。



 何はともあれ、それ以来明良は美夏と同じ学校へ行くために猛勉強する以外は特に何事もなく過ごしていた。なんとか高校入学も決まり、家にも以前の活気が戻ってきて、何もかもが順調に進んでいた。あれは、そんな春休みの夕方のことだった。



 まず、七人ほどの男に周りを囲まれた。


 ―――あんたが春風明良だな?―――


 下卑た笑いが、美夏と遊んだ帰りの明良を一気に不快にさせた。タバコを吸っているのか、やけにニコチン臭いのもそれに拍車をかけた。一緒に来い、という命令口調にいらっと来てこのまま叩き伏せようかとも思ったが、あいにくと人目がつきやすい場所で、警察が絡んできても面倒だと思った明良は渋々彼らに付いていった。


 連れて来られたのは、町の外れにある廃工場だった。ここは昼間でも柄の悪い連中がたむろし、近隣の住民はまず近づくことのないある種の隔離空間であり、一年ほど前までは明良もなんどかお世話になった場所だった。


 ざっと見ただけで、そこには三十人近いチンピラどもがいた。


「おいおい……たった一人相手にこれはないっしょ?」


 さすがに明良もまずいと思った。元々一対多の戦いは得意なので、七人ぐらいなら一人でもなんとかすることはできたが、その四倍以上の数となるともはや勝負云々の話ではない。どうやらこいつらはなにがなんでもアタシを痛めつけたいらしい。


 ―――ヒッヒッヒ。いくらてめぇみたいな化け物でもこの数は無理だろ?―――


 ―――おいおい、足が震えてるぜー?―――


 ―――もしかして、ビビッちゃってんの?―――


 げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら。


 三十人もの嘲笑は、圧倒的な数で、明良の足を震わせ、何より不快にさせた。


 ビビッて足が震える? まさか。


「武者震いに決まってんでしょうが」


 手始めに明良はすぐ近くのすかした男の顔面に拳をぶち込んでやった。鼻が陥没したのが感覚で分かった。


 それが火種となった。


 ―――死ねやてめぇ!!―――


 数々の罵倒を浴びせかける大量の不良達に囲まれながら、明良はこの理不尽なまでの数の暴力に素手で対抗した。伸びてくる腕を捻り、飛んでくる足を掴んで振り回し、一番近くにいる奴の急所を蹴り上げる。明良は恐れることもなく、逆に怒りに身を任せながら戦乙女のように敵を砕く。


 その時、一筋の光が明良の頬を掠めた。


 ナイフだ。


 明良の体が、一瞬だけ強張る。


 ゴッ


「がっ!」


 一人の拳が弛緩した腹筋に叩き込まれた。美夏と食べたケーキが喉元まで競り上がって来る。続けざまに振るわれる拳が、蹴りが、徐々に明良の抵抗力を奪っていった。


 数分後には、明良の体は地に伏していた。


 ―――これがあの旋風の鬼人かよ。ざまあねえな―――


 ―――ハハッ、口ぱくぱくさせてらぁ。笑えるー―――


 明良は唇をかみ締めた。勝てるわけがない勝負。凶器の使用。文句が山ほど浮かぶが、それは所詮言い訳に過ぎない。負けた。初めて負けた。すごく、悔しかった。


 ―――なあ、こいつどうする? もっといたぶっちゃう?―――


 ―――それもいいけどよ、こんな上玉な女ならその前にやることがあんだろ?―――


 不意に、明良の体が起こされて羽交い絞めにされた。息を整えるのに必死な明良にはそれを振り払う力はなかった。


 目の前の男が、ナイフをちらつかせた。


 そして迷いなく、明良の衣服を切り裂いた。


「なん……っ!?」


 息が乱れているのも忘れ咄嗟にはだけた前を隠そうとしたが、羽交い絞めにされているのでそれもかなわない。男は卑しい目つきで明良の体を見ると、舌なめずりした。


 とてつもない悪寒が背筋を走ると同時に、明良はこれから自分が何をされるかを理解した。


「や、やめ……っ! やめて……っ!」


 いつもの男勝りな口調ではなく、年相応の女の子の口調で懇願されて興奮したのか、男は鼻息荒く明良に手を伸ばしてくる。明良は目の端にうっすらと涙を浮かべ、強く目を閉じた。


 ―――ってっ!―――


 突然、男が声を上げて頭を抑えた。遅れて地面に何か落ちる音が聞こえたので視線をめぐらせると、りんごが転がっていた。


 男が怒りのあらわにして叫ぶと、それに答えるようにして一人の男が姿を現した。


「あーあ。これでりんご一個パーになっちまった。いや、皮ついてるし水洗いすれば大丈夫か?」


 この殺伐とした空気に似つかわしくない、危機感のない口調だった。

 明良は目をぱりくりさせて、その少年の顔を見ていた。


 ―――なんだよ、てめぇ! 何者(なにもん)|だ!―――


「何者って、見ての通り買い物帰りの中学生だけど。この間卒業したけどな」


 言って少年は手に持つ買い物袋を掲げた。それを地面に下ろすと、少年は突き刺さる多くの視線に少しも臆することなく、誰に言うでもなく言った。


「いやさあ、街中でそいつが連れてかれるの見ちまってさ。どうすっか迷ったけど興味あったから付いてきたら……あんたら、さすがにこれはねーよ」


 少年は心底呆れた口調でもらして、哀れみすら感じさせる視線で不良達を見回した。


 ―――んだとこらっ! てめぇやんのかああっ!?―――


「うるせえ黙れクソ虫が」


 その場が一気に冷えるような冷徹な言葉が響いた。


「女一人に寄ってたかって、しかもナイフなんてちらつかせて、挙句の果てには強姦かよ。……あのさあ、俺、そういう腐るほどさいてーなことして、しかもその自覚がない連中が、死ぬほど嫌いなんだ。悪ぃけど俺、本気で怒ってるから。容赦する余裕、ないから」


 言い切るや否や、少年は爆発的とも言える速度で男に接近し、咄嗟に振りぬかれたナイフをあっさりかわしてストレートを顔面にぶち込んだ。男の口から歯がまとめて何本か吐き出された。明良を羽交い絞めにしていた男も、それこそあっという間に苦悶の声を上げて倒された。


「大丈夫か、おい。立てるか?」


「あ、ああ……」


 明良は多少ふらつきながらも立ち上がった。まだ体が痛むが、動けないほどではない。


 ―――て、てめぇ……自分が何したか分かってんのか、ああっ!? この人数相手にして、勝てるとでも思ってんのかよっ!―――


 それを聞いて、少年は鼻で笑った。


「こんだけ数を集めないとケンカもできない奴らに俺が負けるとでも思ってんのかよ?」


 その言葉に不良達は怒り心頭の様子だったが、飛びかかるような真似はしなかった。いや、出来なかった。少年の放つ威圧感が、不良達の足を縫い止めていた。


「なあ、お前、まだやれるか?」


「……もちろん。甘く見ないで欲しいね」


「心強いな。それじゃ、後ろはまかせていいか? そうすりゃ早く終わる」


「おっけー。もういっちょ派手に暴れますか」


 第二ラウンドのゴングが二人の心の中で鳴り響いた。







◇◇◇







 時と場所は流れて、


「ほれ、やるよ」


「あ、うん…ありがと」


 神代和輝と名乗った少年と共に、明良は近くの公園に来ていた。ベンチに座って体を休めていると、和輝が自販機で買い求めてきたジュースを明良に手渡した。受け取った明良の体には、そのカッコじゃ寒いだろ、と言って半ば無理やりに押し付けられた和輝の上着がかけられている。


「……どこ見てんだよ、変態」


「ばっ! べつに胸なんて見てねーよっ!」


「ほー、そうかそうか。胸を見てたのかあんたは」


「しまったーっ!」


 和輝の大袈裟なリアクションに、思わず明良は笑ってしまった。つられて和輝も笑い出し、二人は揃ってベンチに座って喉を潤わせた。


「……なあ。あんた、どうしてアタシを助けてくれたわけ?」


「ん?」


「町で見かけたって言ってたけど、べつに見過ごすことだってできたわけでしょ。ふつー、七人に囲まれてるのを見た時点で関わらないようにすると思うけど」


「七人だったからこそ、ほっとけなかったんだよ。声を聞いた、とか、そんな曖昧なものならともかく、この目で見ちまったしな。あそこで見捨てたら目覚めが悪いじゃんか。それに、“弱きを助け強きを挫く”ってのが神代家の家訓なんだよ。つっても、お前ぜんっぜん『弱き』じゃなかったけどな。あまりの気迫にびびってしばらく震えてたくらいだぜ」


「それはアタシにケンカを売ってると解釈してもいいわけ? ん?」


「すんません調子乗ってました」


 ……本当に調子に乗ってるよ、と明良は胸中で呟く。


 あまりの気迫にびびったって? 嘘付け。ふらふらだったとはいえこっちが数人倒してる間に残りの大半をぶっ倒して、生き残ってる奴らも威圧で追っ払ったような奴がその程度で腰抜かすかよ。


「つーかそんなことよりも、お前、ほんとに大丈夫か? 念のためにも病院行った方がいいんじゃねえ?」


「はん。ふらふらなのもお構いなしに背中を任せた奴の台詞とは思えないね」


「だってお前、目はぜんぜん死んでなかったし、あのまま俺一人で全部やっちまってたらお前俺にキレてただろ」


「む……」


「はあ。まったく、見かけは美人だってのに、中身は動物園のゴリラと変わらないのな。―――って痛っ!?」


「こんのアホンダラが! こっちが下手に出てりゃつけあがりやがって!」


「お前がいつ下手に出たよ!? って痛いっ、痛いからっ! マジで痛ぇっつってんだろこのアマ! ちょ、おまっ、今俺の急所狙いやがったなテメェ!? 少しは恥じらいをお持ちになりませんこと!?」


「ああもう鬱陶しい! おとなしく沈め!」


 不思議だった。自分は怒っているはずなのに、どこか本気で怒りきれていなかった。本気で殴りかかっているのに、こいつの顔を見ているとじゃれているようにしか思えなかった。なにより、出会ってまだ一時間も経っていないというのに、こいつといることが楽しいと思えるようになっていた。


(こいつは、今までアタシが見てきた男とは違う)


 どこにでもいそうな地味な男とも、容姿に釣られて言い寄ってきた軽薄な男とも、勉強も運動も出来る優等生な男とも違う。どこか、そいつらとは一線を隔てるものが和輝にはあった。


 もっと、こいつと話がしたい。


 もっと、こいつとじゃれていたい。


 こいつと、友達になってみたい。


「ぜぇ、ぜぇ……け、結局キレられんのかよ……。あのなあ、春風。一応言っとくけどよ、俺はお前を助けてやった男で…」


「“アキ”、でいい。アタシの友達は大体そう呼んでるから」


「あ……?」


「その代わり、アタシはあんたのこと“和輝”って呼ぶ。文句ないっしょ?」


「べつに文句はねえけどさ……」


「なあ和輝、あんたこれから暇? 暇っしょ?」


「いや、俺はこれから帰って晩飯の準備を……」


「ちょっとゲーセン付き合いなさいよ。ちょうど新しい格ゲーが出たんだけどあの子じゃ相手にならなくてさあ」


「人の話聞けよ!? つか勝手に決めんじゃねえ!」


「ほら、ぼさっとしてないで行くよ和輝! 日が暮れるでしょうが!」


「だから待てって! おい、アキッ!」



 こうして、明良と和輝の関係が始まった。







◇◇◇







「……ふふ」


 あの時のことを思い出した明良は、自然と笑みを浮かべていた。今にして思うと、なんとまあ変な出会い方をしたものだと思う。


「神代和輝、ね」


 自分が知っている限り、誰よりも強くて、おせっかいで、一緒にいて楽しい男。


 ふと、明良は以前美夏に言われたことを思い出した。



『ね、ねえ……アキって、もしかして神代くんのこと……好き、だったりする?』



 その時は爆笑して流したが、もし、美夏に恋愛相談を持ちかけられなかったら、アタシはあいつのことを好きになったりしたんだろうか。


「それはないね」


 和輝とは永遠にそんな仲にならないと明良は確信している。美夏とのことがなかったとしても、和輝とはいつまでも今までのまま、ケンカしたり遊んだりバカやったりして、いずれ和輝に好きな奴が出来て付き合うことになったら盛大に冷やかしつつ祝杯してやるような、そんな位置づけを明良は望んでいる。和輝とは、そんな距離感が一番心地よい。恋に走ってその距離感を壊すことだけはしたくない。


 だから今日も、アタシは悩む和輝の姿にニヤニヤしつつ、あいつの幸せを望むことにする。



 なんたって、アタシは和輝の悪友だからな。






〜次話予告〜

頭を抱えていても始まらないと思い立った和輝は、美夏へのプレゼントを探して町を練り歩くことに。しかし、男一人で女物のプレゼントを探すことに抵抗を感じた和輝は雷雨を”実体化”させて一緒にプレゼント選びをすることになる。そこへ、事の当事者である美夏が偶然居合わせ―――

第27章「擬似デート」乞うご期待!

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