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第25章:予想外の再会


この蟲野郎!※本文を読めば分かります。一部の人は。






 呆気ない。



 水城氷助はゆっくりと双眼鏡を下ろして、神代和輝を追っていた視線を黒服達が倒れている方へと向けた。


 いかに組織の特殊訓練を受けたと言っても、所詮は“選ばれなかった”者達。極限にまで心を殺し、腕を磨いても、“選ばれた”存在に適うはずはない。彼らの存在意義など、組織の下っ端以外の何者でもないのだ。


 ふと氷助は思った。もし自分があの時選ばれていなかったら、自分の存在意義はどうなっていたのだろうと。


「ばかばかしい」


 考えることに意味がないと判断した氷助は思考を中断し、さて、と別の考えを考察する。倒された黒服達は、見たところまだ息がありそうだった。捨て置いても大した損害ではないが、末端とは言え組織の情報を持つ人間を野放しにしておくわけにはいかない。とはいえ、このことについては既に救護班に連絡を取っているので心配はない。


「問題は神代和輝か……」


 氷助は頭を悩ませる。



 ここで、一気に神代和輝を仕留めるべきか、追撃は避けるべきか。



 今の神代和輝は、黒服達の尋常ならざる反応に困惑し、錯乱した状態にある。平常を失った者を捕獲するなど容易い。策さえ練れば直に手を下さずとも可能だろう。


 しかし、である。


 やはり神代和輝には謎な部分が多い。情報と事実とのギャップに差がありすぎる。今自分が追っている『神代和輝』は本当に上の者が言う『緑柱の悪魔』なのかと事あるごとに疑ってしまう。


 今回神代和輝の相手として黒服達を当てたのは、奴が『緑柱の悪魔』と呼ばれるようになった事件を再現しようとしたからだ。時間、場所、シチュエーションなど違いは多々あるが、“複数の敵に囲まれている”と“相手が黒いスーツに身を包んでいる”という状況は当時と同じである。この再現によって奴の『本気』を垣間見るのが狙いだったのだが、結局奴はセレスを使うことすらなく黒服達を屈してしまった。今回の実験での収穫ははっきり言ってほとんどゼロに近い。


 ちっ、と珍しく苛立たしげに氷助は舌打ちして腕を組む。今なら確実に神代和輝を捕獲できると経験が告げている。だが説明不可能な謎が氷助の決断を鈍らせる。


 引くべきか。攻めるべきか。


 気配を感じたのはそのときだった。


「ッ!」


 背筋を這う悪寒に突き動かされ、氷助は咄嗟に振り返り、自分に向けて接近する物体を発見すると即座に叩き落した。


 ポキリ、と呆気ない音が鳴る。


 勢いを失って地面に落ちたのは、真ん中で見事に割れている白い―――チョークだった。


「こんなとこで、なにしとるん?」


 棘のある声の主は、視線を上げた先にいた。


 光の届かない闇に溶け込むようにして立つその女は、氷助の想像以上に幼く、小さく見えた。だがその決して目を離せないほどの存在感により、彼にはその姿が何倍にも大きく見えた。


「……“人払い”は済ませてあったはずだが。まさか、あの結界を抜けたのか?」


「質問してんのはウチや。それに、答える義理なんてあらへん」


 じわじわと、氷助は己の領域(フィールド)が侵食されていく錯覚を感じた。


 ―――只者ではない、と本能が確信していた。


 両者はしばらく、無言のままお互いを牽制しあう。

 緊迫していく空気。


 その空気が、不意に変化する。


「神代和輝」


 ピクリ、と、女が発した言葉に氷助は反応する。


「……やっぱり。あんたの狙いはあの子なんやな」


 氷助は答えない。その無言を肯定と取ったのか、女は静かに、だが決してか弱くない力強さで言う。


「あの子には手ぇ出させへんよ、絶対に」


 揺るがない意志を感じさせる声音で、続ける。


「大切な生徒は……ウチが守ってみせる」


 すっと、どこかからか取り出したチョークを構える。


「あの子に手ぇ出す言うんやったら、ウチも容赦せぇへんで」


「関係ない」


 水城氷助は相変わらず感情の篭らない声で淡々と呟いた。


「容赦しようとしまいと、俺の存在を知り、ましてや結界を抜けたものを見逃すわけにはいかない」


「秘密を知った者は殺すって? アホらし。そんな短絡発想つまんなさ過ぎてまともに受け取るのもアホらしいわ。

 ――だいいち、あんた如きがウチに適うとでも?」


「舐めるな」


 氷助は懐からアーミーナイフを取り出すと、和輝にも匹敵する爆発的な踏み込みで女との距離を一瞬で詰める。勝利を確信する、というより、勝負にすらなっていないとでも言うようなつまらない表情で、一つ死体が転がったところで問題はないだろうなどと思いつつ刃を突き出して、


 それはいともあっさりとかわされた。


「ちっ」


 さすがに甘く見すぎたか、と氷助は思い手加減抜きのナイフ捌きで切りかかる。しかし、そのすべてがことごとくかわされる。そんなものは目を瞑っていてもかわせると、どこに攻撃が来るかなんて分かりきっていると、言わんばかりの呆気なさで。


「ちぃっ!」


「つまらんなぁ」


 本当に、この状況下で欠伸でもしてしまいそうなほどつまらなそうに女は言う。


「所詮、子供は子供やな」


 手に持つナイフが弾き落とされる。


 驚愕に目を見開き後退しようとする氷助。だがその一瞬前に、女は細い手を氷助に突き出して、


 気がつけば氷助の体は吹き飛んでいた。


「ぐっ……!?」


 予想外の衝撃。

 氷助は己の手を見た。確かにガードに成功した手は痺れ、威力は殺したはずなのに衝撃だけでここまで弾き飛ばされた。



 なんだ、今のは。

 なんなんだ、こいつは。



「ちっ」


 氷助は再度舌打ちし、高ぶりそうになる感情を押さえつけて自分に言い聞かせる。今自分がすべきことは戦うことではない。


「ふん」


 不服そうに呟いて氷助は黒眼鏡をかけた。はっとした女がすぐさまチョークを投げ放とうとするが、遅い。


 突然の目を焼くような光。


 氷助の放った閃光弾は闇夜を一気に照らし出し、女の視界と視力を一瞬奪う。彼女が周囲をはっきりと認知できるようになる頃には、すでに氷助の姿はなかった。


「……奇妙な運命背負とるな、神代くん」


 ポツリとそれだけ言い、標的を失った女もその場から消えた。






◇◇◇






「―――ふぅ」


 完全に振り切ったと確信すると、氷助は詰めていた息を吐き出した。若干、冷や汗が噴き出していた。氷助はそれを醒めた目で見つめ、情けない、と自分を叱咤する。


「所詮は子供、か」


 確かに、そうなのかもしれない。


「なら大人になればいいだけだ」


 一人頷くと、次いで氷助は思案にふける。



 神代和輝。



 思わぬ邪魔が入ってしまったが、今から奴の下へ向かえば捕獲は間に合うかもしれない。しかし、問題はあの女。女と神代和輝の関係は分からないが、女の口ぶりからすると、俺が神代和輝を捕獲しようとすれば必ず奴が現れる。今は警戒されているはずなのでガードも固いだろう。


 氷助は自分の実力を客観的に見詰め、神代和輝とあの女を同時に相手にしたときのことをシミュレートしてみた。


「……難しいな」


 俺が『本気』を出せば、二人を相手にしても負けは『絶対』にない。しかし、それは現段階で得ている情報を総合してでの結論に過ぎない。あの女はまだ奥の手を隠しているかもしれないし、神代和輝に関しても秘められた力の存在は否定できない。


「ちっ」


 氷助は頭をかきむしる。こんなとき、きっぱりと割り切れる悠島魅風の性格が羨ましく思える。どんなときも0.1%の失敗する可能性も許さず、100%に限りなく近い勝利を望む氷助は、どうしても軽々しい決断を出せなかった。


 そんなとき――


「きゃーっ! どいてどいてーっ!?」


 夜に響いた悲鳴はすぐ近くから聞こえた。


「?」


 不審に思って氷助が振り向くと、眼前から猛スピードで自転車が爆走してきた。寸分の狂いもなく、自分に向けて。


 当然ながら氷助は避けた。


「ちょとーっ! どかないでよ避けないでよかわさないでよーっ!?」


 どっちなんだ、という言葉が頭に浮かんでいる間に自転車はすぐ横を通り過ぎ、減速の気配を見せぬまま巨木に向けて突っ込んでいく。


「くっ、こうなったらー!」


 とぅ、と自転車を乗り捨て宙へ躍り出た搭乗者は目の前の巨木を蹴り、さらなる高みへと飛翔するとくるくる回りながら、


「加代りゃんドリルキーックッ!」


 何故か、氷助へと跳び蹴りが放たれた。


 まさかの出来事に、氷助も反応ができなかった様子。それでもかなりの勢いの蹴りにも関わらず地から足を離さなかったのはさすがと言える。


「………」


 氷助は蹴り飛ばされた頬を押さえ、三十度ほどずらされた視界を修正して華麗に着地した搭乗者を見た。


「ふっ、またつまらぬものを蹴ってしまった」


 まったく欠片も悪びれることなく立ち上がり汗を拭うこの女を、不本意ながら氷助は知っていた。


 いつぞやの商店街で出会ったよく分からない少女、加代。


 氷助は人知れず溜息をついた。


「……なにをしているんだお前は」


「えうー?」


 声をかけられてようやく気づいたと言わんばかりのおっとりとした顔で、加代は氷助に目を向けた。


「あーっ! き、君は……っ!」


 加代はそこで息をつまらせ、


「……誰だっけ?」


 迷わずチョップを繰り出した氷助を誰が責められようか。


「い、いたいーっ! ちょっとした軽いジョークなのにーっ!」


「これ以上つまらないことを吐いたら舌を切る」


「う、冗談のはずなのに全然そう聞こえないのは私だけ?」


 人知れず氷助は溜息をついた。こいつは出会う知人すべてに跳び蹴りを食らわせなければいけない体質なのだろうか、と思いながら、氷助は気づいていなかった。その行いが酷く一般人じみていることに。


「……どうして、貴様がここに? ここはお前が住む土地ではないだろう?」


「名前」


「は?」


「名前……」


 何故かうるうるとした瞳で見詰められた。


「……どうしてこんなところにいるんだ、加代」


「うんっ! よくぞ聞いてくれましたっ!」


 一転してにこっと笑う加代に、氷助は文句を言う気が失せた。


「実はねー、加代にはこの世で一番かっこよくて強くて優しい弟がいるんだけどね、その子ったら私を放って学校のみんなで宿泊学習なんて行っちゃって、そういうイベントごとには色恋沙汰がつきものだから悪い虫がつかないように私も行くーって言ったら物の見事に断られて仕方ないから学校をサボってここまでママチャリ漕いで来たわけでありますよー。ところがどっこい一日中ペダル漕いでたもんだからチェーンが切れちゃって操縦不能になった結果が今という状況でありまして。でもまあ無事目的地までつけてお姉ちゃん大満足ー」


「……正気か?」


「モチのロン♪」


 氷助は思わず片手で顔を覆った。


 彼女の住んでいると思われる地域からここに来るまでは新幹線でも数時間の旅を要する。それだけの距離を自転車で踏破しようというのだから夜になるのも仕方ない。むしろ日が変わらぬ内に着けたことを褒めるべきかもしれない。だが、そうまでしてここへたどり着いた理由が宿泊学習に出かけた弟に会うためだなんてあまりに馬鹿らしくて、氷助は言葉を無くした。


 気がつけば、神代和輝を追う気力がなくなっていた。


「あれ? どうしたのそんなに疲れた顔して? ていうかどこ行くの?」


「……お前のせいで完全やる気が死んでしまった。帰る」


「え゛」


「ではな。もう会うこともないだろう」


 加代に背を向けた氷助だったが、一歩を踏み出す前に袖を掴まれてしまった。


「……なんだ?」


「私、自転車壊しちゃった」


「そうか、大変だな」


「加代ちゃん、無一文」


「……金がなくとも、弟に会えばなんとかなるだろう?」


「お姉ちゃん、カズちゃんの泊まってる宿知らない」


「………………じゃあな」


「えうーっ! 待って待ってよ待ってってばー! ここで会ったのも何かの縁だよね、だよね!? お願いだから自転車を直すかお金をくれるかカズちゃんの居場所を教えてーっ!」


「無茶を言うなっ。そもそも俺が加代にそこまでしてやる義理がない」


「そんなこと言わないで〜! なんだったら加代お姉ちゃんの水着写真一枚だけならあげるから〜!」


「さっさと警察にでも行け」


「えうーっ! もういいよっ! ふんだ、愛染高校の宿泊場所すら知らないなんて、この役立たず! ずっと俺のターンでもされて倒されちゃえ!」


「なんで俺がそこまで…………愛染高校?」


 ふと頭にひっかかるキーワードが聞こえて、氷助はそのワードを反芻した。


 愛染高校。加代は確かにそう言った。


 その学校名は、神代和輝が通う学びの園の名。


「………」


 そう言えば、加代はさっきなんと言った?


 カズちゃん。


 “カズ”ちゃん?


 まさか―――


「―――まさかな」


 確かに報告には神代和輝には二人の姉がいるとあったが、この女は別段奴とは似ていないし、こんな能天気な女が仮にも“緑柱の悪魔”の異名を持つ者の姉とは到底思えない。


「愛染高校生が取っている宿なら、ここから北東へ1kmほど歩けば着ける。近辺に宿はないから間違えることはないだろう」


「ええっ! ほんと!? ありがと―――う?」


 はてな? と加代は首をかしげて、あ、そっか、と手を打ち合わせる。


「そう言えば、私からは名乗ったけど君からはまだ名前を聞いてなかったね」


「そうだったか?」


 当たり前だった。何も知らない一般人に名を明かすわけがない。なんらかが原因で任務に支障をきたすことを嫌う俺ならばなおのこと。


「ねえ、せっかくだから、名前教えてよ?」


 だから、余計な面倒ごとを避けるために俺は―――


「水城氷助だ」


 ―――あれ?


 俺は今、なんと言った?


「へえ水城氷助かあ、かっこいい名前だね。カズちゃんには劣るけども」


 違う。そうじゃない。俺は本名を言うつもりじゃなかった。こんなこともあるだろうと予測してあらかじめ考えてあった偽名を名乗るつもりだった。なのにどうして? どうして俺はこんなにもあっさり本名を明かした?


「うん、決めた。これから君は氷ちゃんだ! よろしくね氷ちゃん!」


「あ、ああ……」


 自分の行いのはずなのにそれが信じられなくて、困惑して、頭が真っ白になって、氷助は適当に返事を返した。それに満足したのか、もう一度礼を言って加代は氷助が言った方角へ向けて走り去っていった。


 数秒間、もしくは数分間その場で立ち尽くし、ようやくのことで搾り出したのはこんな一言だった。


「……一体なんなんだあいつは」


 この瞬間、氷助の基準におけるよく分からない知り合いランキングでトップを独走していた悠島魅風と肩を並べる名が躍り出た。





◇◇◇

 





 この時の氷助は、気づくことができなかった。


 自分が何故、これから二度と会わないかもしれない人間に本当の名を教えてしまったのかを。


 だか彼は後のそれを知ることになる。


 その自分の行いが、彼女との接点を絶ちたくないと、無意識での感情が引き起こしたものであるということを。







宿泊学習編はこれでお終いです。思ったより時間かかりました。すいません相変わらずとろくて。え?あんたほんとにちゃんと小説書いてんのかって?もちろんほとんど遊んでます(マテ

まあそれは置いておくとして、いつものいってみますか。


〜次話予告〜

気になる女の子に嫌われ、友人とも距離が開いてしまった。

そんな苦い思い出を引きずって宿泊学習を終えた和輝は、煮え切らない気持ちに居心地の悪さを感じながら連休をだらだらと過ごしていた。そんな折、和輝は突然アキに呼び出され、いつも以上に有無を言わせぬ彼女の態度に首をかしげながらも待ち合わせ場所へ赴くことに。

第26章「仲直りの秘策」。乞うご期待。




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