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第24章:機械人形

更新スピードとろくて申し訳ございませぬ(汗)






「ひでぶっ!?」


 暦先生を始めとする教師達のお叱りと女生徒達の暴行により心身共に疲れ果てた和輝が部屋に戻って最初にしたのは武谷を殴り飛ばすことだった。


「ちょっと待てテメッ、いきなりなにすんぐひゃっ! お、俺が何をブルァ! と、とりあえず落ち着いぎゃばっ! ご、ごめんなさいっ! 何がなんだか分かんないけど生まれてきてごめんなギャーッ!!」


「ゼェ…ゼェ…ゼェ…」


 ギロリと和輝は部屋にいる変態集団を睨みつけた。「ひぃいっ!」と逃げ出す者もいれば、「……」と魂を抜かれて腰を抜かす者もいる。例外として、ただ一人雄哉がマイペースにノートパソコンをいじっている。


「……雄哉。まさかとは思うけどよ、これもお前の予想通りの展開か?」


 珍しく和輝は雄哉にまで突っかかった。そのいつもとは違う雰囲気に、雄哉はようやく顔を上げる。


「まさか。さすがの僕もそんなところまで予測するのは無理だよ。何度も言うけど、僕は超能力者でもなんでもないからね」


「そうだな、お前は超能力者じゃない。でも頭はぴかいちで切れる。案外あの暦先生もお前の差し金じゃねえのか?」


 今にも胸倉を掴みかねない距離で和輝は雄哉を睨む。一触即発の空気。この空気をいつもなら笑い飛ばすはずの中宮も、口を挟めず腰を抜かしたままだ。

 まさかこのままこの状態が続くのか、と逃げそびれた男子が絶望する中、二人の仲裁に入った者がいた。


「いい加減にしとけよ」


 新城武谷だった。


 彼は和輝による傷に顔をしかめながらも、しっかりとした足取りで二人の間に割って入った。そこにいつものちゃらんぽらんな武谷はいなかった。


「確かによ、テンション上げまくってた勢いでお前を無理矢理参加させたのはマジで悪いと思ってる。土下座したっていい。でもよ、雄哉は今回のことにはまったく関与してねーんだぜ。八つ当たりなんてお前らしくねーよ」


 八つ当たり。


 和輝は改めて周りを見渡した。


 皆が皆、畏怖の視線で和輝を見ていた。


 その事実が、自分がしでかしたことを和輝自身に突きつけた。


 それでも、和輝の頭は冷却されなかった。


「……チッ」


「おい、どこ行くんだよ」


「外」


「外って、あと小一時間もすりゃ消灯だぜ?」


「知るかんなもん」


「和輝ッ!」


 和輝は無言で襖を開けて、閉めた。







◇◇◇







 端的に言えば、和輝はキレていた。

 どうしようもないくらいイライラが募っていた。


 理由なんて知らない。ただ、紅にぶたれて赤くなった頬が、常に意識の片隅に鎮座しているのが気になった。


 自分でも、サイテーなことをした自覚はある。だからこそあの部屋にいるのが苦痛だった。武谷達に会わせる顔がなかった。


 しかし、あんなことをしてもなお、和輝の理性は戻らなかった。

 怒りはまだ、胸の内で渦巻いている。


 だからだろう。外に出るなんて言い出したのは。

 無意識の内に、体が怒りをぶつける対象を探していた。



 ザッ……ザッ……。



 人気のない並木道を和輝は歩く。足音が響く。一度止まる。しん、と周りが静かになる。あまりに静か過ぎて、気配だけが浮き彫りになる。


 和輝は夜空を見上げると、独り言でも呟くように、おもむろに口を開いた。


「そろそろ出てきたらどうだ?」


 気配が固まる、完全なる静寂。


 数秒の間をおいて、四方八方から見覚えのある顔が出てきた。


「チッ……いつから気づいとったんや」


 正面に現れたのは、昼間茶屋で乱闘騒ぎを起こしたリーダー格、竜さんである。彼だけでなく、昼間も彼に付き従っていた柄の悪い連中と、見覚えはないがおそらく竜さんの手下であろう数人の男達が和輝を囲みこんでいた。


 ざっと見ただけで、およそ十人。


 退路は、ない。


「ふん。俺らとしてもやられたからやり返す言うんは嫌いなんやけどな、俺らにも面子いうもんがあんねん。このままやったら周りの勢力に舐められる。悪いけど兄ちゃん、なにがなんでも倒させてもらうで?」


 じりじりと、和輝を囲む輪が狭まってくる。彼らの目は本気だ。きっと半殺しかそれ以上の状態にされるまで開放されることはないんだろう。こんな連中が相手だ。もう一回ボコにしてもなんら問題はないだろう。でも。


 ハァ、と和輝は一つ溜息をついて、告げた。



「俺が言ったのはテメェらのことじゃねーよ」



 言い終え、それを連中が理解して頭を捻るまでの、数瞬のタイムラグ。


 そのわずかな時間で、周囲の男達が次々と地に伏していった。


 悲鳴はない。音もない。響くのは肺から強制的に排出された息が漏れる音と、倒れたときに生じるわずかな音のみ。


 気づけば、この通りで立っている人間は自分だけになっていた。


 ―――いや、違う。


『意図的に』闇にまぎれた数人の黒服の男女が、さっきの不良達とは違う、一部の隙もない連携で和輝を囲んでいた。


 不適に和輝は笑った。



「ようやくお出ましか」



 最初から気づいていた。


 この異郷の地、京都についた瞬間から、中宮とは違う、べつの連中に監視されていたことに。


「最初は誰が標的なのか分からなかったよ。いや、ある程度予測はついてたけど、確信がなかった。だから様子を見てた。標的が新城兄弟なのか、それともアキか、紅か……。まあ、結局は、『予想通り』俺だったわけだけど。

 で、何故テメェらは俺を監視する?」


 答えはない。


「だんまりかよ。ま、べつに構わないさ。なんで俺を狙うかなんて、どーだっていい。無理に聞き出したいとも思わない。でもな、この質問にだけは無理にでも答えてもらう」


 そこで間を持たせ、和輝はもてる限りの気迫と殺気を込めて言った。


「テメェらは、あのデパート事件の犯人の一味か?」


 脆弱な虫ならそれだけで息の根を止めてしまうほどの威圧。だがそれを前にしても、黒服の男女はピクリとも表情を変えずに黙していた。


「……そうか。そうかよ」


 和輝はさらに口の端を吊り上げて笑う。普段の彼を知るものならば、そのあまりの雰囲気の違いにゾクリとしたことだろう。


「いいぜ、そっちがとことんまでだんまりを決めこむってんなら、聞き出すついでに、ウサ晴らしさせてもらうぜっ!」


 ゆっくりと腰を落とし、爆発するかのような踏み込みで和輝は正面の男と距離を詰める。怒りに身を任せ、爪が食い込むぐらい拳を握り、振りかざす。


 この時、和輝は冷静さを欠くあまり自分のしたことに気づいてなかった。


 真正面から何の勝算も策もないまま突っ込むのはあまりの愚行。


 それを忘れて放った拳は、それが当たり前であるかのようにかわされた。


「っ!?」


 勢い余って地面を滑る。振り返った先には、低姿勢で素早く接近してくる一組の男女。身構える和輝だが、二人の影に潜んでいた男が空中へと飛び出し、上から自分を襲撃しようとしていることに気づいて構えを解いた。

 まずい。下と上の攻撃には若干ではあるが時間差がある。目の前の二人を避ければ上空からの攻撃が避けれない。逆に上を避ければ下の二人に隙を突かれる。後ろに下がれば両方の攻撃をかわせるだろうが、視界の左右に映るもう二人は和輝の背後に回り込もうとしている。後退すれば、やられる。


 なら、迎え撃てばいいだけの話。


「うらあっ!」


 二人同時の突きをなんとか回避し、懐に自ら飛び込んできた無防備な腹に氣を乗せた掌底、<空衝撃>を叩き込んだ―――つもりだった。


「なっ!」


 二人はあらかじめそれを予想していたのか、氣に覆われていない腕の側面から押さえ込み和輝の両手を封じる。


「や――!」


 ――ばい!と口にしかけたときには、既に男の飛び蹴りがヒットしていた。


「ぐあっ」


 重く鋭い一撃に和輝はふっ飛び倒れる。夕食のおかずが喉元までせり上がって来た。和輝はそれを根性で押さえ込み、起き上がったが、がくん、と膝が揺れて地に落ちた。荒い呼吸が口から漏れる。


 黒服達は追撃しようとはしなかった。

 ただ無言で、さっきと同じ陣形で和輝を囲む。

 全身を押さえつけられているような錯覚を和輝は覚えた。


 驕りがあったのは、確かだった。


 今まで、和輝は人外の化け物を相手と何度も戦った。苦戦しつつもなんとか勝利を収めてきた。その事実を誇っていたのは否定できない。


 履き違えるなと言いたい。


 黒服の連中は、誰がどう考えてもあの化け物たちよりも弱い。でもそれはあくまで身体能力の話であって、明確な意思や知略があるのは間違いなく彼らの方なのだ。己の体一つで向かってくるライオンと戦車に乗った人間なら、相手にして困るのはどっちなのだろう? 

 加えて、数も彼らのほうが多い。それにお前はさっき何を見た? あいつらは自分達の倍の数いる不良相手に何をした? よくよく考えなくとも、奴らがそんじょそこらの不良とは比べ物にならないことは分かるだろうが。余裕かましてる暇がある敵じゃないだろ!


「――――――」


 さっきの一撃で、和輝の頭は一気に冷やされた。いつも通り――を軽く通り越し、わずかな動きも見逃さないほどに集中力を高めていく。


 ゆっくりと立ち上がる。

 黒服達はまだ黙って突っ立っている。


 もう一度先手のチャンスをやるって?


「上等ッ!!」


 吼えると同時に、和輝は氣を用いた技の一つ、<偽身>で自分の分身を作り出し、分身は前、そして自分は背後の敵へと接近する。


 先程までポーカーフェイスを貫いていた黒服達はかすかな驚きを見せ、それぞれが別々に二人の和輝を迎え撃つ。


 個別に対応した時点で、既に和輝の策は成功している。


 さっきの連係プレイから見ても、こいつらは普通じゃない。おそらく、何らかの特殊な訓練を積んでいることだろう。だが、冷静に対処して、あの頃の―――雷雨と出会う前の、対人戦闘に磨きをかけていた頃の感覚を思い出しさえすれば―――


 この程度の奴ら、陣形を崩せば問題ない!


「らぁああああああああああああああああっ!!」


 正面の奴らは三人がかりで身代わりの方に向かってくれている。おそらく、反射的に前に飛び出したほうが本物と判断したのだろう。なおさら好都合だ。今なら背後の敵は二人だけ。勝てない道理はない!


 氣を乗せた拳を遠慮なく目の前の男に向けて振りかぶる。回避するのは無理だと判断したのか、男は両腕をクロスして足に力を入れている。踏ん張って和輝の動きを止めた後、隣の女と同時攻撃を仕掛けるつもりだろうが、関係ない。


「そんなガードで――――――ッ!!」


 俺の拳を止められると思うなっ!


 ベキャッ!! と鈍い音。

 それは、鉄をも砕く暴虐的なまでの拳が、鉄の代わりに男の両腕を砕いた音だった。


 拳を受けた男は砲弾でもぶち込まれたみたいにふっ飛び並木の一つに衝突する。

 そんな仲間に構うことなく向かってきた女の方に、和輝は相手が女性であることが一瞬頭を掠めるも、それを振り切るかのように回し蹴りを放つ――フリをして足を掬い取る。両足が地面から離れた女は慌てて受身を取ろうとするが、そんなものは必要ないとばかりに和輝はその腹に拳を打ち込んでやった。もちろん手加減はしているが、急所を打ち抜いたからしばらく動けないはずだ。


 これで二人。


 背後から強烈な殺気が流れてきた。既に分身は跡形もなく消え去っているはず。和輝は急いで体勢を整え振り返って、


 バンッ!! と爆竹のような音がした。


「……ッ!」


 それを避けれたのは、まったくの偶然だった。振り返りざまに体勢を変えたおかげで標準から外れ、たまたま鉛の弾がそれただけのこと。


 ツ―――、と和輝の頬を冷や汗が伝う。


「マジ、かよ……っ」


 和輝はその手の知識はほとんどないので種類は分からないが、敢えてそれを単語で表現するなら、それは銃だった。

 よく見れば、他の二人もそれぞれ短刀と西洋刀(レイピア)を握り締めていた。


 本物だった。洒落にならなかった。


 もし、あんなのに心臓を貫かれたら――


「らい―――ッ!」


 ―――う! と思わず相棒の名を叫びそうになって、ふと和輝は思い出した。


 雷雨が今、この場にいないということを。





『ハァ……まったくいつまで悩んでるの? 大丈夫よ、ケガレだってそんな毎日毎日来るわけじゃないんだし、一日二日サボったって問題ないって。それともまさか、人生の中でも一度しかない高校生活の思い出の一つをふいにしちゃう気?

 もう、しょうがないないなぁ。じゃあこうしましょ。和輝が旅行に行ってる間は雷雨がこの街に残るよ。あ、心配しなくても大丈夫だよ? 和輝とあんまり離れすぎると互いの力の供給が止まっちゃうけど、三日ぐらいならかるーく持つから、もしケガレが来ても雷雨一人で戦えるから。うう、でも、雷雨も京都行ってみたかったよぉ〜。八つ橋食べてみたかったよぉ〜。

 和輝っ! ぜぇっっっっったいにっ! お土産買ってきてね!?』


 



 直後に『テメェ八つ橋どころか何も食えねえだろ』とツッコミが入ったこの会話こそが、つい昨日の夜交わされたものなのである。詰まる所、雷雨はただいま時雨町で絶賛お留守番中であって、もちろんこのピンチを助けてくれるわけもない。


 和輝は首を振った。


 何を弱気になっているのだろうか。いつからお前は雷雨がいなきゃ何もできない軟弱野郎に成り下がった? 何も慌てることはない。対人戦闘は俺の専売特許。多勢に無勢の戦いも、命を奪う武器が交差する戦場も、既に経験していることなのだから。


 ス―――、と和輝の目が細められる。


 ただでさえ高められた集中力が、限界までに昇華されていく。


 目の前の男が、引き金に手をかけた。


「………よ」


 小さく、小鳥のさえずりよりも小さく、空気を震わせるかどうかの音量で、


「来いよ」


 呟いた。


 轟く銃声。放たれる弾丸。狙われるのは和輝のお腹。


 大気を引き裂きまっすぐ直進する鉛の塊は躊躇うことを知らず、迎え撃つ和輝は構えもせずにただ立ってその身を晒し、


 あっさりと避けた。


「……っ!」


 これにはさすがの黒服も驚いた様子だった。


 和輝は特に目立つことはしたわけではない。ただ一歩、素早く斜め前に踏み出しただけだ。


「何を驚いてんだ?」


 薄く笑みすら浮かべる和輝に向けて、男は連続して銃弾を打ち込む。


 それもすべて、風に流されるかのような仕草ですべて避けられてしまう。


 弾が尽きた。


 それを見計らって、和輝は男達に向けて踏み込む。


 何も難しいことじゃない。狙撃されるならともかく、相手の姿と銃口の向きが見えてるなら、そこから弾道の軌道を計算し、発射されるタイミングを読み取るのは、コツさえ掴めば出来なくはない。あとはその予測にしたがって反応できる反射神経と身体能力さえあれば、てっぽーの弾なんて怖くはない。


 慌てて弾を再装填する男を庇うようにして、二人の仲間が和輝の前に立ち塞がった。短刀と西洋刀(レイピア)――殺傷力は充分にあるが、これも銃弾と同じで、当たらなければどうということはない。恐怖で体が竦みさえしなければ、回避することは可能!


 迫り来る刃をあっさりと和輝は潜り抜ける。目標は遠距離攻撃のできる銃を持つ男ただ一人。ようやく装填を終え銃を構えるが、遅い。握られた銃を叩き落し、さっきの女と同じ箇所に拳をぶち込む。体がくの字に折れ地面を転がっていく。


 背後から襲ってくる気配に、和輝は振り向きざまに<刃馬>を振りかざす。絶大な集中力により形を与えられた硬質な刃は、呆気なく二つの武器を叩ききる。ついでとばかりに<空衝撃>を二人の胸へと叩き込む。


 時間にして、わずか26秒。


 その場に立っているのは、神代和輝だけだった。


「ふぅ……」


 詰めていた息を吐き出すと、思い出したかのように汗が噴出してきた。


「久しぶりだったけど、なんとかなったな」


 さて、と和輝は気分を入れ替える。少し遠くで倒れている不良どもは……まあその内目を覚ますだろうから放っておいてもいいだろう。問題は黒服の連中だが、こいつらからはまだ問いの答えをもらっていない。何人かは気絶しているだろうが、一応手加減はしたので一人ぐらいは喋れる奴もいるだろう。とりあえずそいつにいろいろ吐かせて――


「―――ッ!!」


 射抜くような殺気にとっさに体が動いた。気配を捉えて誰かの腕を掴む。


「テメェ……っ!」


 その腕は一番最初に倒した男のものだった。指先には鋭利な鉤爪の武装が施してあり、掠めた服が引き裂かれていた。


「おとなしく寝てやが―――ッ!?」


 言い切る前に、今さっき倒したはずの短刀を持つ女が背後から襲い掛かってきた。予備の短刀を握り締めて。


「ちっ!」


 掴んだ腕を引っ張り、女に向けて投げ放つ。もつれ合って倒れる二人。和輝は今度こそ昏倒させようと接近し――


 ――ようとして、また自分が囲まれていることを知った。


「なん……っ!?」


 援軍を呼ばれて訳ではない。


 さっき倒したはずの黒服達が、起き上がって陣形を立て直しただけだ。


「マジ、かよ……」


 嫌な汗が流れ落ちる。


 さっきも言ったとおり、確かに連中へ与えた打撃は手加減したものだ。でも、その威力は骨の数本が折れてもおかしくないレベルであり、服の裏側に鉄板でも仕込んでいるならともかく、こんなにすぐに立ち上がれるほど生易しい拳ではないはずだ。


 なにより。



 どうしてこいつらは、あれだけの攻撃を受けてのに、あんなに無表情なんだ?



 なんなんだよ、こいつら。


 途切れかけていた集中力が、動揺により完全に断ち切れた。


 ふと、足元に転がる銃が目に映る。

 それを拾い上げ、目の前の男に向けて構える。


 それでも男は身じろぎ一つしない。黒メガネをかけているのでその奥は見えないが、目の色一つ変えていないことがありありと伺える。


「ハッ……もしかして、俺が撃つはずねえって、そんなことでも思ってんのか?」


 舐めやがって。


 衝動に任せてトリガーを引いた。

 鉛の弾丸は男の太ももを撃ちぬいた。


 それでも。


 黒服の男は、苦痛の声一つ上げなかった。

 さらに、表情は相変わらずのポーカーフェイスだった。


 まるで、痛みなどまったく感じていないとでもいうように。


「う、ああああっ!」


 和輝は他の黒服にも銃口を向けて引き金を引いた。殺すことなどできないから、腕や足など比較的致命傷にならない箇所だけを狙い打つ。


 カチカチッ、と虚しく弾切れが宣告される。


 何故か荒くなる呼吸を気にする余裕もなく、和輝は力なく銃を手放した。


 響いた音は、弾が発射される音だけだった。


 呻き声一つ、聞こえなかった。


「あ……あ……」


 足ががくがくと震える。思考が混乱する。眼球がバカになったのか、瞳に映る黒服達が人間以外の何かに見えた。



 機械人形(オートマタ)、という単語が頭をよぎる。



 黒服の男達は、まるで魂のない人形のように能面で、命の意味を知らぬ機械のように平然と立つ。



 恐い。



 巨大な体と力を持つ化け物(ケガレ)なんかより、よっぽど恐っかった。



「うああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」





◇◇◇






 気づいたら、黒服の連中は地面に伏していた。


「………え?」


 完全に気絶しているのか、起き上がる気配はなかった。和輝は一瞬安堵したが、彼らの体から溢れ出す血を見てぎょっとする。


 カラン、と音がした。


「あ……?」


 それは、いつ手に取ったかも分からない、自分が持っていた短剣が落ちる音だった。


 もう一度、和輝は黒服達に視線を向ける。


 血まみれ、とまではいかないが、決して浅くはない傷が数箇所あり、その内いくつかはまるで鋭い刃物で切り裂いたかのような―――


「―――――」


 血の気が、引いた。


 同時に、記憶にない空白の時間がおぼろげながら頭の中で流れる。


 それを見て、自分が何をしたかを、知った。




 次の瞬間、和輝は彼らに背を向けて駆け出していた。

 この後始末をどうするかも、情報を聞き出すことも、全部が全部頭から抜け落ちて。



 すべての敵を粉砕したはずの勝者は、まるで負け犬のように逃げ出した。





〜次話予告〜

恐怖と罪悪感に急き立てられ、逃げ出してしまった和輝。その姿を一部始終観察する者がいた。標的である神代和輝がとった行動について、彼が思うことは。


前話と打って変わって、完全シリアスモードです。いやはや、コメディモードに慣れるとシリアスモードが難しい。よしっ!こうなったらこれからは和輝以外全員ボケキャラにして爆笑路線まっしぐらで!(戯言言わずにさっさと続き書け#

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