第20章:和輝とケガレと第三者
今日の加代姉はちょっとおかしい。
そんなことを思いながら、和輝は手馴れた様子で皿を洗っていく。
まあ、はっきり言ってちょっとおかしいのはデフォルトなんだけど、なんというか、今日の加代姉――正確には家に帰ってきたからの加代姉はそのデフォの上にさらにのりのり気分がプラスされている。毎週この時間に見る食後のお笑い番組を笑い飛ばす様子も、いつもよりどこか楽しそうに見える。
「そんなにおもしろいことあったのかな、今日」
少し興味があるが、追求したくなるほどのものでもないので、和輝は放っておくことにした。それよりも今は、この食器の山を攻略せねば。ていうかお二人さん、飯作ってるのいつも俺なんだから皿洗いぐらい私がやりましょうとか思わないんですかねえ?
絶対理不尽だ。
和輝は今度家族会議でこの問題を採り上げようと決意し、ふと、明日の宿題を思い出したみたいな感覚で思った。
「そう言えば、今日はなんか静かだ」
いや、静かと言うには語弊があるだろう。リビングでは加代と実代がテレビを見て抱腹絶倒している図が見えるし、水もじゃーじゃー出しているので結構うるさい。でも何故か静かに感じる。というか、物足りない。誰か一人、家族を忘れているような―――
「お、そう言えば」
ぽん、と手を叩いた和輝は、手早く食器を乾燥機に入れてエプロンを外し、階段に向かう。
「あれー? カズちゃん、これ見ないの? すっごくおもしろいよ?」
「悪い、明日の宿題終わらせなきゃいけねーから」
「ややや、学生ってのはしんどいもんだねー」
「いや、あんたも大学生だからな、実代姉」
早めに会話を切り上げて階段を駆け上がり自分の部屋に入る。一番最初に目に入ったのは勉強机――のひき出しであった。すぐにそれに手をかけて、ふと思いとどまる。周りを見渡して、目についたゴミ箱を持ちうんうんと頷くと、それを前に構えたままひき出しを開けた。
「和輝殺ぉおおおおおおべびゃっ!!」
瞬間、中からドラ○もんよろしくな具合で飛び出てきた雷雨がゴミ箱に顔を突っ込んだ。和輝はニヤリと笑う。人はこれを孔明の罠と呼ぶ。
「よお雷雨。今日はちゃんと留守番してたみたいだな。えらいえらい」
「えへへー、もっとほめてー……って喜ばないわよ! 留守番も何もひき出しにカンヅメじゃないていうか雷雨の扱い酷すぎでしょ!? 雷雨何かした!?」
「胸に手を当てれば自ずと答えが分かるだろうよ」
言われたとおり、しばし雷雨は胸に手を当てた。
「……ハァハァ、雷雨たん巨乳もえー…ってこと?」
おとーさま、おかーさま。ぼく、こんなに女を殴りたいと思ったのははじめてです。
「まあ、それは置いとくとして」
「置いとくっ!? 雷雨を朝から晩までこんな狭い中に監禁しといてそれを置いとくって言いやがりますかこの子!」
「“置いとくとして”」
有無を言わせぬ声で話を進める。
「ほれ、言われたとおり武器を買ってきてやったぞ」
和輝はドアの近くに立てかけてあった、例の木刀を雷雨に投げ渡した。
「なに、これ? 木刀? しかもこんな古いの? ちょっと和輝、いくら金銭面に余裕がないからってこれはさすがに……」
と、そこまで言って雷雨がカチンと固まった。液体窒素でもかけられたかのような凍りっぷりだ。
「あの、もしもーし?」
目の前で手を振ってみるが、まるで反応なし。眉毛を一本引っこ抜いてみる。うおすごっ、身動き一つしねえ…。
おもしろいのでえんぴつを鼻の穴に詰めてみた。
和輝、速攻で笑い悶える。
今度はマジックで無精ひげを生やし、ついでに額に『肉』の字を踊らせてみた。
和輝、爆笑しつつ床を殴打。
それからもしばらく雷雨の顔で遊んでいた和輝だったが、いつまで経っても雷雨が我に返らないのでつまらなくなり、そのまま放置して武谷から借りた漫画を読むことにした。
「ははっ、これおもしれーっ」
「―――和輝っ!! すごいよやばいよていうか激やばだよむしろ劇薬だよっ!!」
「待て。とりあえず落ち着け。それと鼻のえんぴつを抜け」
「落ち着いてなんかいられないわよっ! 和輝、これどこで手に入れたの!?」
「どこって、町外れの骨董店だけど。そんなに驚くような品かそれ? あとお前、とりあえず顔洗え」
「驚くなんてレベルじゃないよっ。これ、一見ただの木刀に見えるけど、材質は100%純粋な『ユグドラシルの木の枝』の上に、内部には高純度の『オリハルコン』が内蔵されてるし、錬金術の秘薬中の秘薬『エリクサー』の応用を使って洗礼され永久不滅の強度を実現したまさに夢の武器っ。こんな業物、神界でもめったにお目にかかれないよっ!」
「い、いや、ちょっと待て。えと、ゆぐどらしる? おりはるこん? エリクサーはまあ、ゲームで聞いたことはあるけど―――お前、何語喋ってんの?」
つかお前、まず鏡で自分の姿を確認しろ」
「ひょひっ!?」
和輝が差し出した手鏡を見て、よーやく己の顔が悲惨な状態になっていることに気づいたらしく意味不明の悲鳴を上げた。その拍子に鼻からえんぴつが吹き出た。もちろん和輝も吹き出した。
「そこっ! ゲラゲラ笑い転げないっ! というより女の子にするような行為じゃないでしょこれっ!?」
「なに言ってんだよ。一番信頼してる雷雨だからこその愛情表現じゃないか!」
「でへへー、もー和輝ったらそんな当たり前のこと言ってこの子は〜」
ここにもバカがいたよ。
「……はっ。そ、それよりも、これ、一体どういう経緯で手に入れたの!?」
「だーかーら、もらったんだよ、骨董店で」
「もらったぁっ!?」
「ああ。金払うって言ったら御代はいらねーって」
「ちょ、その人正気!? はっきり言ってこれ、値段なんて付けられないほど貴重なものだよ!?」
「そんなにすげーのか?」
「当たり前よ。材質はもちろん、雷雨の見立てだとこれを作った職人も相当な腕よ。こんな立派な刀、雷雨見たことないもん。これならきっと、和輝の荒っぽいセレスを流しても充分耐え切れると思うよ」
「マジかよ、すげえじゃん。じゃあさっそく試し切りしてみねえとな」
「それよりも和輝、これを譲ってくれた人って……っ!!」
言葉を言い終える前に、雷雨は顔を強張らせた。
「? どうした?」
言ってから、和輝も遅れて気づいた。
「この気配は……っ」
「試し切りの相手は、見つかったみたいだね」
「だな」
いつものリストバンドを装着し、和輝は姉達へ「修行してくる」と言って家を出る。
月に照らされたその姿は、もはや神代家の長男ではない。
人ならざる力を手に入れた、魂の戦士・神代和輝であった。
◇◇◇
時雨町の片隅にある、夏は大人や子供で賑わう市民プール。その駐車場。
その場所を、淡い光を放つ聖なるドームが包んでいた。
<断絶結界>
ソウルマスター達がケガレとの戦闘の際、好んで使う特殊結界。一時的に結界内を別次元へと変えるチカラがあり、中で起こった出来事はすべて『実際にはない』こととして処理される。今までソウルマスターの存在が明るみにされなかったのは、ひとえにこの結界によるものである。
「さすがに、もう結界を作るのには慣れたみたいね」
「当たり前だろ」
ひょこり、と横から現れた『手のひらサイズ』の雷雨に和輝は返答する。
魂の使者達は、契約を済ませた場合戦闘のほとんどを人間に一任させるが、その代わり戦闘補助――つまりオペレーターとして適切な指示を仰ぐ。
本来、こうして魂の使者を実体化させることは微弱ではあるがセレスを消費するため、あまりメリットはないのだが、パートナーを視認することにより得られる精神的な安心、体を使ってのより細かい指示なども期待できるため、契約したての新人は、こうした小型実体化を行うのである(小型なのはセレスの消費を最小限にするため)。
それはともかくとして。
和輝は周囲に意識を集中させ気配を探る。
数は1――いや2か?
「雷雨、敵の種類までは特定できないか?」
「そこまではちょっと……。こればっかりは実際に見てみないと分からない」
「了解」
和輝は気配のする方へ足を進める。目標はすぐに見つかった。すでに戦い慣れた相手、ケガレ邪鬼だ。
「―――変だな」
「うん。気配は二つぐらいあったはずなのに…。結界を張っている以上、どこかに逃げることは不可能なはずだし」
「なんにしても、今は目の前の敵を倒すべきだな」
「そうだね」
敵もこちらに気づいた。これもまた聞き慣れた、体を震わせるほどの雄叫び。そして単調な突進。その鋭利な爪も、肉を簡単に引き裂く牙も、象よりも大きな巨体も、今では毛筋ほどの恐怖も感じない。
「行くぞ」
木刀を構える。型はない。自分なりに一番何事にも対応できる体勢。
強い意志を胸に、感情を爆発させる。セレスが全身に循環する。脳内で雷をイメージする。木の刀を真剣に見立て電刃と化す。
木刀からの悲鳴はない。
これなら行ける!
和輝は爆発的な一歩を踏み出す。
接近を待つ必要はない。敵の体勢を崩して一気に角を狙い切る。
「グォオオオオオオオオオオッ!!」
巨爪が振り回される。素人がするようなめちゃくちゃな攻撃。だからこそ不規則で避けるのは難しい――が、和輝は爪の描く軌道がはっきりと見えている。あらかじめどこに来るか予測できる攻撃を避けるなど赤子の手を捻るより簡単だ。
「っらあっ!」
突き出した爪を木刀の一閃が薙ぐ。雷を這わせた電刃は呆気なく硬質な刃を切り裂く。それだけで終わらずに、返しの刃で腕を落とす。苦痛の叫びが耳を突く。悪あがきのように突き出したもう片方の腕も、一振りで肩口から離れる。両腕を失った巨体は、まるで未完成のアンティークドールのようだった。
「決めるっ」
和輝の気迫に押された巨体が後ずさる。それを一瞬で詰め懐に入り、再び雷撃の刀を振りかざす。あとはこれで角を両断すれば――
「――和輝危ないっ!」
「っ!!」
チビ雷雨の危険信号に従い、攻撃を中止し地面を転がる。その直後、数瞬前まで和輝の体があった場所を通過して赤い――鋭い羽がケガレ邪鬼に突き刺さった。
瞬間。
「ォオオオオオオオオオオオ………ッ!!??」
ケガレ邪鬼の巨躯が、『石化』した。
「な……っ」
「和輝上っ」
「くっ」
体勢を整える暇もなく、和輝は転がって場所を移動する。それを追うようにして紅の羽がアスファルトを穿つ。ようやく立ち上がれたと思えば、側面から石像と化したケガレ邪鬼が飛んできた。
木刀に雷を這わせる余裕はない。
ならば。
「打ち砕け! <雷神拳>!!」
空いた左手で雷撃の拳を放つ。無数の石の欠片が地に落ちる。
「くそっ。一体なんだよこれ!」
「……っ! 和輝、あそこ!」
チビ雷雨が指差した先を目で追う。視界が捉えたのは空。そして、全身を真紅の羽毛で彩る大鷲であった。
「あれは――ケガレ石鳥!」
驚きと畏怖を感じさせるチビ雷雨の声。
「和輝、逃げるわよっ!」
「は? ま、待てよっ。お前、なに言って」
「あいつはレベル2なのよ!」
和輝の言葉を遮る雷雨。
「この前言ったでしょ? ケガレにはたくさんの種類があるって。雷雨達はその種の強さをランク付けして一つの基準としているの。今まで和輝が戦ったケガレ邪鬼やケガレ蜘蛛はどっちも最低のレベル1! 今の和輝じゃレベル2は早すぎる!」
「知るか、んなもん」
制止を無視して和輝は木刀を構え直した。
「和輝っ! 雷雨の言うことを聞いてっ」
「“履き違えるな”」
有無を言わせぬその物言いに、チビ雷雨は言葉を止めた。
「お前は、俺がなんのために戦ってると思ってんだ?」
「………分かった。でもこれだけは約束して。雷雨がこれ以上は無理と判断した時は迷わず撤退すること。いい?」
「了解。敵の情報を詳しく教えてくれ」
一度動きを止めたケガレ石鳥が再び動き出した。和輝は戦闘に集中しながらチビ雷雨の伝える情報に耳を傾ける。
大鷲の翼から真紅の羽が連続で射出される。「あいつの羽には生き物を石化させる能力があるわ! 絶対に当たらないで!」一瞬だけ和輝は思案する。すべてを打ち落とすのは厳しい。ならば回避しか選択肢はない。横っ飛びでかわした羽は直線的に進み地面に突き刺さる。
安心する暇はなかった。横っ飛びを予想していたのか、その体に不釣合いなほど大きな足で和輝を引き裂かんとケガレ石鳥が急降下してくる。「足の爪にも石化効果があるわ! 気をつけて!」姿勢が悪いため回避は難しかった。例え回避できたとしても攻撃がかする可能性大だ。和輝は木刀を握る手に力を込め、タイミングを見計らい足を受け流す。
受け流された足はアスファルトを呆気なく粉砕する。その破片が体に突き刺さる前に和輝はそこから離れる。「奴の弱点は喉下よ! そこを突いて!」言われた箇所に目をやり、破片が飛んでこなくなったのを見計らって大鷲に接近する。だが詰め寄る前に羽が矢よりも鋭く飛来し、かわしている間に大鷲は空へと飛翔していた。そして一度旋回すると、駐車場の隅に放置されていた一台の車を足で掴み上げ、それを投げつけてきた。和輝は大きく跳ぶことで車体から逃げる。
この間、わずか20秒。
その20秒だけで、和輝は理解した。
こいつは格が違う。
和輝は舌打ちする。
今のでこいつの戦い方はなんとなく分かった。まず相手の攻撃が届かない空から様子を見て、隙があれば石化の羽で牽制兼攻撃。当たればそのまま終了。外れれば羽の量を増やすか、高速で接近して大きな足による追撃。近くに大型の物体があった場合はそれも利用して攻撃。それすらも外れれば一旦空へ逃げまた様子を見る。おそらくはこれが奴の攻撃パターン。
厄介極まりない。
今の和輝には力がありチカラがある。だがその両方の“力”は接近戦に偏っている。ケガレ石鳥のように遠距離から攻撃する術が和輝にはない。これがかなりのハンデになる。要するに一撃必殺のマシンガン相手に刀で戦えということだ。正直勝負なるとは思えない。
でも、和輝はやれなければならない。
自分は、この町で生きる大切な人達の平和を守るために“この世界”を選んだのだから。
「和輝、次が来るよっ」
「分かってるっ」
当然のごとく、和輝は防戦一方になる。遠距離攻撃ができれば、とは思わない。そんなありもしないものにすがる『無駄』な行為はしない。今自分に出来る最善の策を講じる。
「……ちょっと危険だけど、やるしかないな」
和輝は決意を固める。元より危険は覚悟の世界だ。いまさら躊躇うことはない。
「雷雨、どんな方法でもいい。奴をこっちに真正面から突っ込ませることはできないか?」
「えっと……遠距離から刺激を与えた場合、羽で牽制しつつ突進してくることが多いけど……どうするつもり?」
「こうするつもりだ」
和輝は衝撃でひしゃげた車の部品を一部剥ぎ取り、雷を纏わせる。即席とはいえこれも一応『武器』に分類できる。一回使えばおじゃんになるが元より使い捨てだ、問題はない。
「か、和輝なにを!?」
「いけっ!」
和輝はそれをブーメランのように投げつける。弧を描いて進む鉄の塊は、膨大な電力で溶かされながらもなんとか原形を留めつつケガレ石鳥に向かう。ケガレ石鳥は遠距離からの攻撃を予測していなかったのか、奇声を上げた。だが危なげながらもかわし、元々鋭い目をさらに細めて和輝を射抜く。
突き抜けるプレッシャー。
和輝はそれに対し冷や汗を流しながら、「さあ来い」と小さく呟いた。
勝負は一瞬。
ケガレ石鳥は低空飛行で真正面から突っ込んでくる。もちろん音速並みの速さで飛んでくる真紅の羽のおまけつきだ。和輝は木刀構え、一体なにをするつもりよとうるさいチビ雷雨を無視し、「雷雨、すべての羽を打ち落とすのに最適な剣筋を脳に直接送れ」と、反論など許さない口調で言う。雷雨はその言葉に不満の言葉をすべてかき消され、無意識の内に羽の軌道を計算、結果を和輝に送る。
「はあっ!!」
気合を込めた剣が飛来するすべての羽を打ち落とす。だがこれはおとり。ケガレ石鳥は石化の羽を纏った翼で直接和輝を叩きのめさんと凄まじい速度で向かってくる。圧倒的な加速で拍車をかけた突進を、なんと和輝は無謀にも真正面から受け止めるべく木刀を構え、ケガレ石鳥はそんなものなどものともせず自慢の翼を思い切り叩きつけた――
――かのように見えた。
ケガレ石鳥の体が衝突したのは和輝ではなく、彼の後ろで大破していた先程の車であった。 和輝はあの一瞬で<偽身>を使い攻撃を避けたのだ。
では本体はどこに行ったのか。
大鷲の真下だ。
「<空衝撃>!!」
寝そべった体勢で、気を収束させた掌底を大鷲の腹に叩きつける。姿勢が悪いため威力はまったくだが大鷲の体が宙へ浮いた。
素早く和輝は立ち上がり、空中で必死に飛ぶ体勢を取ろうとしている大鷲よりも高く飛翔し、踏み台のごとく踏みつける。そのまま空中で体を反転させると、アスファルトへ叩きつけられたケガレ石鳥に向けて電刃と化した木刀を投げつける。腹を貫いた木刀はケガレ石鳥の体を地面に縫い付ける。
これでどう足掻いても逃げることはできない。
「とどめっ!」
イメージした雷をガントレットにし拳に纏わせる。それを振りかぶり、空中からの急降下による加速を足して和輝は拳を振るう。
「<雷神拳>!!」
雷撃の拳は容易く大鷲の喉を貫いた。
断末魔の叫びを最後まで上げることも叶わず、ケガレ石鳥の体は闇夜へと霧散していった。
「討伐完了」
◇◇◇
「ハァ…ハァ…ハァ…。
は、はは……」
荒い息が正常に戻るにつれて、勝利の快感が全身に駆け巡っていく。自然と笑いがこみ上げてきた。だが勝利の余韻を邪魔する小さな妨害が一つ。
「バカッ! バカ和輝っ! あんなことするなら雷雨に一言相談してよ! 雷雨すごく焦ったんだよっ!?」
ぽかぽかと殴ったり蹴ったりしてくるチビ雷雨。痛くはないけど鬱陶しい。
「仕方ないだろ、細かく説明する暇なかったんだから。いーじゃん、結果的に倒せたんだから」
「その通りですね」
!! と和輝と雷雨の動きが凍結する。
突然の第三者の声。
でも、ちょっと待て。ここは断絶結界の中だ。一般人が立ち入れるわけが――
「――――っ! その声、まさか…」
恐る恐る振り向いた先に、ケガレ蜘蛛との戦闘の際に出会ったあの女が、悠然と立っていた。
「すべての行動には結果がついて回るもの。いくら過程が良かろうと結果が悪ければ何の意味もありません。要は結果がすべてです。魂の使者であるあなたがその程度のことも理解しておりませんとは、いささか失望を感じます」
「なん、ですって……!」
チビ雷雨がいきり立つ。今にも飛び掛りそうな勢いだ。和輝はそれを手で制止し、改めて女と向き直る。
「あんた、やっぱりソウルマスターだったのか」
「はい、その通りです」
「名前は?」
「答える義務はありません」
「……あんたは、俺のことを付け狙ってるのか?」
「答える義務はありません」
「じゃあ質問を変えよう。どうしてここに来た?」
「ケガレを討伐するため、では理由になりませんか?
もっとも、あなたがケガレ石鳥さえも倒してしまったので、ここに来た目的がなくなってしまいましたが。
正直に言えば、驚きました。まさかこの短期間でレベル2のケガレを倒せるまで成長するとは。どうやらあなたはわたしの想像以上の逸材のようですね」
「それは、褒められてると受け取っていいのか?」
「いえ、ただ感想を述べているだけです」
何も興味がないとでも言いたげな口調の美女。ただ、本当に微細で注意して見ないと分からないが、先程よりも若干眉がつり上がっている。
「……少し口が過ぎましたね。それでは、いずれまた」
「あ、こら待てっ!」
追いかけようとした矢先に、女が煙幕を使って視界を閉ざしたため、煙が晴れた頃には彼女の姿がなかった。
◇◇◇
「ふう……」
ポニーテールの美女は、民家の屋根に着地すると、腰に下げた鞘から突き出る、刀の柄から手を離した。ここまで来れば、もう追ってはこれないだろう。
「神代和輝…」
若干の怒り――あるいは嫉妬を感じさせる口調で、美女は先程の少年の名を呟いた。
女性、というよりは、まだ少女と表現できる歳である。和輝と同い年か、少し上、そう言ったところだろう。だが大和撫子風の雰囲気と凛とした表情も相まって、歳よりも大人びて見える。
少女は長い髪を払った。恨めしげな表情が見え隠れする。
「……才能と言うのは、まことに恐ろしいものです」
神代和輝とケガレ石鳥の戦闘を、少女は回想する。
はっきり言って、神代和輝が勝つとはまったく思っていなかった。相手はレベル2。ソウルマスターに目覚めてまだ半月も経っていない少年が勝利するなど『ありえない』。あるとしたら、その者は化け物か、天賦の才を持っていることになる。
「どうして神は、わたしに才をお授けにならなかったのでしょうか」
「知るか、んなこと」
「っ!」
これまで表情の変化が乏しかった少女が、初めて大きな驚きをあらわにした。だが一瞬で表情を戻し、努めて動揺がばれぬよう、ゆっくりと振り返った。
「追いつかれるとは思わなかった、って顔だな」
「―――ええ、そうですね」
神代和輝が、隣の民家の屋根に立っていた。
「意外にしつこいですね、あなたは」
「まだ聞き足りないことがあったからな」
「わたしに言い足りないものはありませんが」
「それこそ知ったこっちゃねえ。これだけはなにがあっても答えてもらうぞ」
和輝は一息置いて、
「お前は、俺の敵なのか、味方なのか?」
「………」
目の前の少年から一時も目を離さずに、少女は逃走ルートを図る。だが和輝はその隙を完全に塞いでいる。逃げるのは骨が折れそうであった。
「……敵、と言いましたら?」
和輝は無言で木刀を構える。
少女は少し逡巡して、
「わたしはどちらでもありません。強いて言うならば、観察者、というところでしょうか」
「てことは、俺の問題に直接介入することはないってことか?」
「言い切ることはできません」
「じゃあもう一つ。
――お前は、デパート事件の犯人の仲間、もしくは本人か?」
「それだけは、断じてありません」
和輝は軽く驚いた顔をした。ここまできっぱり言い切るとは思わなかった、という顔だ。少女はバツが悪そうな顔をした。
「用件がそれだけなら、わたしはこれで失礼します」
言い捨てて少女は屋根から屋根へ飛び移る。神代和輝は追ってこなかった。
「……おかしいですね、最近のわたしは」
跳躍を繰り返しながら、少女は一人呟く。
裏の顔に、こんなにも私情を挟むなんて。
◇◇◇
「和輝、追いかけなくてよかったの?」
「あれ以上問い詰めても、情報は得られそうになかったからな。それに、彼女が俺に危害を加えることはたぶんない。彼女にも彼女なりの目的があるんだろ」
「えーそうかなぁ? ただの新人いじりなんじゃないの、あの女」
ぷんぷん、と雷雨は頬を膨らませている。どうやらあの少女に侮辱されたのをまだ根に持っているらしい。
「ガキかお前は」
「うるへーいっ!」
神様の使いとは思えないほど子供な雷雨をなだめながら、ふと、和輝は頭の片隅に引っかかるものを見つけて「あれ?」と首傾げた。
何か、忘れてる気がする。
◇◇◇
「〜〜〜〜〜〜〜ッ」
紅美夏は、瞳に少し涙をためたまま、悔しさを込めてベッドをどかどかと叩いた。
「神代くんの、うそつき〜〜〜〜っ」
メールが返ってこない。
送ったのに返信されない。
すんごく悩んで勇気振り絞ったのに。
三回も送ったのに。
携帯はピクリとも動かない。
「……やっぱり、神代くんは私とお話なんてしたくないんだ」
美夏は“また”弱気な言葉を呟いた。これで何度目か分からない溜息をつく。
「神代くん……」
胸にちくちく刺さる棘を気にしながら、少女は大切な男の子の名を口にする。
刹那。
計ったように、携帯がぶるぶると震えた。
「!!」
速攻で携帯に飛びついた。何度も失敗しながら開き、急いでメール内容を確認する。
差出人:アキ
和輝からメール来たー?
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
美夏は素早く『バカァッ!!』と返信して携帯をベッドに叩きつけた。ともすれば今にも泣き出してしまいそうな顔になる。
また携帯が震えた。今度は着メロ付き。
「もうっ!」
どうせ今の返信内容を不審に思ったアキだろう。ほっといて、と怒鳴るべく美夏は携帯を拾い上げて耳に当てた。
「もしもし!」
『うおっ、びっくりしたっ』
「……え?」
電話口から聞こえてきたのは、アキの声ではなかった。
聞き慣れた少年の声だ。
「か、神代くんっ!?」
『おお、神代和輝くんだ。悪いな、すぐにメール返せなくて。携帯見る暇なくてよ』
「そ、そんな! あ、あああ謝るようなことじゃないです!」
あまりにも突然な愛しい人の声に、普段の二倍以上に音を立てている心臓。電話口にまでその音が聞こえそうで美夏はさらに鼓動を早めた。うまく呂律が回らない。
「で、でもどうして電話で? メールのやり取りをするんじゃ……」
『まあそうだけどさ、文字ばっか見ても相手の気持ちって正確に分からないだろ? それじゃあ会話にならないよ。だからさ、こういう風にいろいろ話がしたいときは電話にしようぜ。
つっても、俺結構家事とかで忙しいからいつでもオッケーってわけじゃないけどさ、紅も何か話したいことがあるときは電話してこいよ。できるだけ時間作るから』
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」
堪えきれない嬉しさがこみ上げてくる。なんだか涙すら流してしまいそうだ。美夏は何度も何度も首を縦に振りながら「うんっ、うんっ」と答えた。
『それとさ』
和輝の言葉には続きがあった。
『そろそろ、敬語をやめにしようぜ。俺と“紅”はもうちゃんとした友達なんだから、ですます口調は変だろ。アキにするみたいに普通に話してくれていいから』
「……うんっ!」
頬を赤く染めて、美夏は大きく頷いた。さっきまでの憂い顔が嘘のようである。
それから二人は一時間近く、いろいろなことを話した。
時に笑い、時に怒り、時に悲しみ。
そんな喜怒哀楽に溢れた会話。
それは例えるならば、そう。
まるで、恋人のように。
〜次話予告〜
昼は学校、夜はケガレ討伐の二重生活にも慣れてきた頃。和輝達は飛び石連休の合間に宿泊学習へと旅立つ。宿泊先で和輝達を待つのは、果たして純粋な楽しさだけなのだろうか。
追記しておきます。武器説明のとこですけど、はっきり言って自分でも何言ってるのか分かりません。とりあえずこれはすごい武器なんだ〜というのを表現しようと思ったらこうなりました。なので説明部分は真に受けたりしないでください。間違って友達に話せば笑われます(いやその前に引かれるかも)。
感想や評価を心待ちにしています。