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第19章:予期せぬ出会い

意外なツーショットにびっくり間違いなし…かな?






「おじさんっ! デラックスジャンボクレープ二つちょうだいっ!」


 鬼をも圧倒しようかという憤怒の表情で、神代加代は千円札と小銭を叩き付けた。店員は顔をひくつかせながら、カツアゲされた中学生みたいにクレープを差し出した。美人は怒ると恐いものなのである。


 そう、神代加代は今ものすごーくご立腹中だ。


「ちくしょーめーっ。美夏ちゃんってばいつの間にかカズちゃんとっ。カズちゃんもカズちゃんであっさりついていくし! お姉ちゃんほったらかしだし! 最近全然遊んでくれないし! 泣くぞこらーっ!」


 放課後の、夕焼けが視界を彩る、商店街の一角。

 たまに弟と一緒に寄り道する場所。

 そう、本来なら隣には愛する弟がいるはずなのだ。

 でも今彼はいない。

 なぜか?



 ただいまクラスメイトの美少女と絶賛デート中だからです。



「うわぁああああああああああああああんっ! カズちゃんがお姉ちゃんを捨てたぁアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああっっ!!」


 他人に誤解されそうなことを大声で叫びながら、通常の三倍はあろうかというクレープをやけ食いする。それはもう清々しいまでの食いっぷりだった。ついでに言えば目の端の涙が哀愁を誘った。


「えうー。カズちゃんのバカぁ……。

そりゃあ、カズちゃんにだって付き合いはあるんだろうし、美夏ちゃんかわいいし、私とは家に帰れば会えるし……。

 でも、私がカズちゃんの一番なんだもん。絶対絶対、誰がなんと言おうがぜーったいっ、私が一番カズちゃんのこと好きなんだから。なのに……バカ……」


 小さい頃からいつも一緒だった。

 いつも私が守っていた。

 カズちゃんの笑顔は私だけのものだった。

 私がカズちゃんの一番だった。

 それなのに……。


「――嫌な、女の子」


 ポツリと呟いて、またクレープをかじった。


 その時。


「うぇえええええええんっ」


 幼さを存分に残す、子供独特の泣き声が届いてきた。

 そんなに遠くない。


「?」


 加代はきょろきょろと周囲を見渡して、見つけた。


 小さな顔を存分に歪めて泣きじゃくる幼い男の子と。

 その子供を冷たい目で見下ろしている細身の少年を。


 まさか、いじめられてる?



 瞬間、加代の頭に過去の映像が流れる。



 男の子が泣いている。

 囲む子供達がせせら笑う。

 自分が駆けつけるのは、いつもいつも涙の水溜りが出来た頃で―――。

 

『痛いよ、お姉ちゃん……っ』


「―――っ!」


 思考を遮るようにして体が勝手に動いていた。







◇◇◇







 なんだこれは。


 混乱する頭で、水城氷助は思う。


「なんなんだ、一体……」


 目の前で、見知らぬ園児が喚いていた。



 状況を整理する。



 本来今日は、神代和輝の戦闘データ不足を補うために、次なる実験(アクシデント)の考案を練るはずだったのだが、「いつまでも部屋ん中にいたら心も体も腐ってニートになるから外に行きましょ、ていうか来い」という有無を言わせぬ悠島魅風の発案により外にかり出されていた。


 もとより彼女の強引さには慣れていたし、この町で実験を行うなら地図だけでなく直に見て確認したほうがいいだろうという考えもあって、この商店街まで来た。


 その中心地ぐらいで、何故かむやみやたらと気分が高揚しているらしい彼女が「うおっ、もしやあれは噂に聞くちょーおいしい揚げアイスっ!? 氷助っ、ちょっと買ってくるからここで待ってて。いい? 絶対待ってるのよ!」と言い残して喧騒の中に消えていったのがつい一分ほど前のことだ。


 で、気がついたらこんな状況に。


「………」


 正直、この状況をどうすべきか氷助は迷っていた。


 鬱陶しいのは確かだが、一般人に手を出すわけにはいかない。この場を離れようにも悠島に釘を刺されているためそれも出来ない。


 とりあえず数十秒、氷助は突っ立ったまま子供を見下ろしていた。


 すると。


「わるもの退散でじゃっじゃじゃーんっ! 正義の味方キ―――ックッ!!」


 何故か、これまた見知らぬ女に蹴飛ばされた。


「……何をする」


 むくりと起き上がって埃を払い、蹴られたわき腹を押さえて女と対峙する。その女―――神代加代は欠片も悪びれることなくこっちを睨みつけながら子供を背に隠している。


「弱いものいじめをする子は、このプリティシスターが月に代わっておしおきだっ!」


「………………」


 この場合、なんと言えばいいのか氷助には分からなかった。


 とりあえず気になる単語が出たので聞き返す。


「弱いものいじめ?」


「そうよ。君、この子のこといじめたでしょ。私はばっちりしっかり見たんだから。こんな小さな子供相手をいじめるなんて、人間失格だよっ!」


 いや、ちょっと待て。


 なんで、ただ突っ立っていただけなのにこんな酷いことを言われているんだ、俺?


「違う。俺はそいつをいじめた覚えはない」


「むーっ! この期に及んでまだしらばっくれる気ー? 嘘は泥棒の始まりって言うよー? 嘘ついたら閻魔様に舌を引っこ抜かれちゃうんだよー? それでもまだ嘘を言う気?」


「俺は嘘をついていない。嘘をつく理由がない。そいつが勝手に現れて勝手に泣き出した。それだけだ」


「……………………………………………………ほんと?」


「嘘を言ってどうなる」


 当然のことを氷助が言うと、加代は視線を泳がせた。どうやら、早とちりして突っ走ったことに負い目を感じているらしい。


「で、でも! もしそれがホントだとしても、この子を泣き止ませることぐらいするべきだと思うな!」


「何故だ?」


「何故、って…」


「俺はそいつのことを知らない。そいつも俺のことは知らないはずだ。俺がそいつのために何かをしてやる義理など欠片もないし、メリットもない。時間の無駄だ」


「―――ッ」


 一瞬で頭が怒りで燃える。あまりに身も蓋もない言葉だ。いくらなんでも酷すぎる。何か言い返してやろうと加代が口を開く前に、後ろの男の子が一際大きく泣いた。慌てて加代は男の子の前にしゃがみこむ。


「どうしたのぼく? 何かあったの?」


 男の子は答えず泣き喚き続けた。氷助としては耳を塞ぎたい気持ちだった。魅風の言葉がなければ迷わずこの場を立ち去っていたに違いない。


 対して、加代は耳に突き刺さる声をむしろ心地よいかのように聞きながら、優しく微笑んで子供の頭を撫でた。


「泣いてばっかりじゃ、なんで泣いてるのか分からないでしょ? お姉ちゃんに話してみて。もしかしたら力になれるかもしれないよ?」


 そう言うと、子供は喚くことをやめて加代を見た。


「……おかあさん……」


「お母さん? お母さんとはぐれちゃったの?」


「うん……」


「そっか…じゃあお姉ちゃんが一緒に探してあげる」


「ほんと?」


「うん、ほんとほんと。あ、そうだ、これ食べる?」


 差し出したのはまだ手をつけていないほうのクレープ。


「……いいの?」


「うん、全部食べていいよ」


 男の子の顔がぱあっと輝いた。


「おねえちゃん、ありがとう!」


 いつの間にか、涙が引いていた。


「………」


 氷助はその光景を形容しがたい気持ちで見ていた。

 

 そして一言だけ呟く。


「理解できないな」


 本当に理解できない。

 

 こんな、見ず知らずの身元も分からない子供に手を差し伸べて母親を探そうという女の思考もそうだし、たったあれだけの行為で泣き止む子供も理解できない。氷助の知っている涙はそんなものではない。涙は常に恐怖と痛みで歪んだ頬を伝うものだ。


 母とはぐれて涙を流す?


 クレープをもらって泣き止み笑う?


 何故だ?


 そう、何故だ。


 何故俺は、こんなにも拳を握り締めている?


「ぼく、名前は?」


「えいた」


「えいたくんかー。うん、いいお名前だねー。よし、じゃあえいたくん、お母さんを探しに行こうか」


「うんっ」


 馬鹿馬鹿しい。


 視界に入れるのも鬱陶しいと言わんばかりに氷助は背を向けた。


 次の瞬間、体の重心が後ろにずれた。


 神代加代が、氷助の手を引っ張っていたからだ。


「ほらっ、行こっ」


「は? なぜ俺が」


「旅は道ずれ世は情けって言うでしょ? 人探しなら人数は多いほうがいいし、君も手伝って」


「いや、しかし俺は人を……」


「つべこべ言わない! 文句言う子には口の中にクレープ突っ込むよっ」


 心底楽しそうな笑顔を浮かべて、加代は氷助と男の子の手を引いて歩き出した。



 何故だろうか。




 何故か――――拳が緩んでいた。







◇◇◇






 

 商店街の外れにあるベンチで、三人は座っていた。


「……見つからないね」


「……ぐすっ」


「あ、あっ。だ、大丈夫だよえいたくんっ。お母さんはぜーったいに、お姉ちゃん達が見つけてあげるからね!」


「うん…」


「………ふん」


 二十分ほど商店街をさ迷い歩いたが、男の子の母親は見つからなかった。当然だ、と氷助は思う。母親を見分ける術は子供の目しかないし、人員も少ない。何よりこの商店街は思いの他入り組んでおり一人の人間を見つけるのは骨が折れる。


 あまりに非効率的だ。


「こんな無駄なことをするより、警察機関にその子供を預けたほうが得策だと俺は思うがな」


「ダメ。交番は子供を預かってくれたりするけど、すぐに母親を探しに動こうとしない。最悪ただ預かるだけで親御さんの連絡を待つだけってこともあるんだよ? その間この子を一人ぼっちにさせるなんて、寂しいよ。

 それと、無駄だなんて言わないで。そんなこと言う子、いくら私でもさすがに怒っちゃうよ?」


「くだらない。何故そこまでその子供を保護しようとする? 人間は約四歳ごろから物心がつき始め大抵のことは一人でもこなせるようになる。放っておいても一人で母親を見つけるだろう」


「泣いてたじゃない」


 加代は唇をきゅっと結んで、再び泣きそうになっている子供の頭を撫でながら、言う。


「この子、お母さんがいなくなったって、泣いてたじゃない。確かに、ある程度物心がつけば日常生活におけるほとんどのことは、一人でも出来るようなるかもしれない。でもね、子供の心は脆く、崩れやすい……それを支えてあげるのが、私達みたいな大人なんじゃないかな?」


「……よく分からん」


「私からしてみれば、君の方こそよく分からないでありますよ」


 何がおかしいのか、加代はおもしろそうに微笑んだ。夕日に照らされたその表情はとても美しくて、優しくて、でもどこか儚げで―――。


 どうしてか、氷助はこんなことを言っていた。


「お前、名は?」


「えうー? 私の名前?」


 なんで? とその瞳は訴えていた。珍しく氷助が言葉に詰まり動揺した。自分自身、どうしてこんなことを口に出してしまったのかまるで理解できない、とでも言いたげな顔だ。


 加代はそれを見てもう一度くすりと笑い、


「加代って言うの。よろしくね」


「……名字は?」


「教えなーい。だって君、名字教えちゃったら絶対そっちで呼びそうだもん」


「何がいけない」


「私、名字ももちろん好きだけど、下の名前のほうがもーっと好きなの。だって、お父さんとお母さんがいっしょうけんめい考えてくれた名前だもん。この世に生を受けた『私』っていう人間に最初に与えられたもの。そう思うと、なんだか自分の名前が誇らしくなってこない?」


「ならないな」


「どうして?」


「理由まで話す義理はない」


「もーう、連れないなー。じゃあ、その代わり、これから私のことは愛情と親しみを持って『加代ちゃん』と呼びなさい」


「加代ちゃん」


「………………………………………ごめんなさい。自分で言っておいてなんだけど、やっぱりそれやめて。なんだか背中がむずむずする」


「まあ、べつにどうでもいいが」


「あっ」


 いきなり、男の子が歓喜の声を上げた。


「おかあさんっ」


「栄太っ」


 ベンチから跳ね降りた男の子は、母親と思われる女性へ飛びついた。女性もそれを心底嬉しそうに受け止める。


「よかったね、栄太くん」


「うんっ。おねえちゃんありがとうっ」


「ううん、どういたしまして」


 満面の笑みにこちらも笑みで返すと、加代は母親と二、三言葉をかわし、


「それじゃあね、栄太くん」


「うんっ。おにいちゃんも、ありがとうっ」


 最後に氷助にも手を振って、男の子は母親に手を引かれて人混みへと消えた。


「ありがとう……?」


 何故、俺に礼を?


「俺は、あいつに何かをしたのか?」


「一緒にお母さんのこと、探してくれたじゃない」


 何言ってるの、と呆れたように加代が言う。


「探したと言っても、俺はお前に無理矢理引っ張られて…」


「それでも、あの子にお母さんの特徴を聞いたり周りを見渡してくれたよね?」


「たったそれだけだ」


「お礼を言うのなんて、それぐらいで充分だよ」


 それと、と加代は付け足した。


「私はお前じゃなくて、加代でありますよ、中佐殿」


 付き合ってくれてありがとねっ! と言い残して、加代も雑踏の中に消えていった。


「ふう……」


 思わず息を吐く。それが溜息なのか疲れた吐息なのか、自分でもよく分からなかった。


「氷助っ! やっと見つけたっ!」


 突然名を呼ばれて、氷助は振り向いた。息を切らせた魅風が阿修羅の顔で睨んでいた。


「どうした、悠島」


「どうしたじゃないわよっ! なにあんた勝手にいなくなってんのよこのスカタンっ! 待ってろって言ったわよねあたし!?」


「不可抗力だ」


「わけ分かんないこと言ってんじゃないわよもう! 中のアイス溶けちゃったじゃないまったく……っ!

もうあんたなんて知らないっ。勝手にその辺ほっつき歩いてなさいよっ」


 何故か異様に怒り出して背を向け歩く魅風。氷助はわけが分からなかった。それに、ほっつき歩けと言うぐらいならわざわざ俺を探さなくともよかっただろうに。


 と、そこで氷助はとあることを試してみることにした。


「魅風ちゃん」


「ぶっっっ!!!」


 あまりに強烈な不意打ちに魅風は踏み出した足を滑らせて綺麗に頭を打った。すてーん、という擬音が聞こえてきそうである。


「ほお、これはおもしろいな」


 これから悠島に手が付けられなくなったらこれを使おう、と氷助は思った。


 そんな彼の表情を、転んで頭を抱える魅風が見ていたら、今度は腰を抜かしていたかもしれない。



 なぜなら、氷助はそれこそ年相応の少年のような笑みを浮かべていたのだから。







◇◇◇







「カズちゃん! ご飯お代わり!」


「へいへい」


「どうしたの加代? 今日はよく食べるじゃない」


「えへへー。やっぱりいいことした後はお腹が減るものなんですよこれが」


「ふーん………いいことあった?」


「うんっ」


 夕食の席で、神代加代は終始笑みを絶やさずにいたとかなんとか。






〜次話予告〜

不思議な老婆より譲り受けた木刀。あの老婆の言葉、そしてあの時の衝撃は一体なんだったのか。脳裏の片隅で漂う疑問に首を傾げるうちに、世界は化け物の徘徊する夜へと時間を移していく。


ご覧の通り、今回は氷助と加代のお話です。この組み合わせを予想していた人は少ないんじゃないでしょうか。実際この小説を書き始める前までそんな設定ありませんでしたし。はてさて、この先氷助と加代はどうなっていくのか。乞うご期待。

感想および評価、とても楽しみに待っています。

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