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第18章:運命がたどり着く場所


ちょうど今日からテスト期間に入ったので、次の小説更新は遅くなると思います。その分今回は長めにしたんで、大目に見てやってくださいっ。






「美夏、とりあえず殴らせろ」


「脈絡もなく物騒なこと言わないでよアキ……」


 のどかな昼休み。

 学年でも美少女としてトップ3には名を連ねるであろう二人、紅美夏と春風明良は閑散とした屋上にて昼食を取っていた。


「脈絡なくないぞ。アタシは常々思ってたんだ。美夏、あんたの弁当は豪華すぎ」


「そんなこと言われても……」


 箸をくわえた美夏が見下したところにあるのは、どこぞの高原へピクニックに行く気かと言いたくなるような重箱である。中身も一見なんの変哲もない普通のおかずのように見えるが、随所に普通の家庭ではお見えになれない食材がちらほらと。なんだか豪華な食材を無理矢理お昼の弁当箱に詰め込んでみました感が漂っている。


「これでも、最近はマシになってきてると思うんだけど」


「ああ、そうだな。小学生の時なんて、どこにでもあるようなふっつーの公立学校の教室に、中華のフルコースが並べられたもんな」


「……だって、あの頃はあれが普通だと思ってたんだもん」


「なあ、それアタシに対してケンカ売ってる? そんなにアタシにどつかれたい?」


「どつかれたくない。第一、いつも私のお弁当はアキが半分くらい食べちゃうじゃない。むしろ感謝される側じゃないのかな」


「よーし待ってろよー、今拳あっためてるからなー」


「冗談でもそういうのやめてよ、恐いから」


「ちっ。睨んだだけで涙目になって掃除ロッカーの中に隠れていた初々しい美夏はどこに行っちまったんだ」


「初々しいの使い方、間違えてるからね」


 美夏は苦笑いを浮かべながら内心溜息を吐いた。昔からアキはこうして話題の中に拳を引っ張ってくる。元々口より先に手が出る性格だし、もうずいぶんと一緒にいる親友だし、そこがアキの良いところで頼りになるんだけど、もう少し女の子としての慎みを持った方がいいと思う。そうすれば今よりもいい女性になるのに。言ったところで軽くあしらわれるのは目に見えているので口にはしないけど。


「私のお弁当なんかより、アキのお弁当のほうが凄いと思うな、私。それ、アキの手作りでしょう?」


「ん、まあね」


「凄いねアキは。私はお料理ほとんどしたことないから、そういうの見るとなんだか憧れちゃう」


「よせやい。家はほら、お袋がいないからさ。親父も仕事が忙しいから、アタシが作ってやらないといけないんだ。そんな環境にいればいやでも料理がうまくなるさ」


「……うん、そうだったわね」


「そんなことよりも、だ」


 これまでの話はすべて余興とでもいう風に場を仕切りなおし、箸を置いた明良は単刀直入に聞いた。


「和輝とどこまで行った?」


「ぶっ!」


 美夏は食べていた卵焼きを噴き出した。


「うわ、汚ねえ。おいおい、仮にもお嬢様のあんたがそんなはしたないことしたらダメだろ」


「な、ななななななな、なにを突然言い出すのよ!」


「え? だって今日の主題はそれっしょ?」


「そんなの誰が決めたのよ!?」


「アタシ」


「どうして当事者であるアタシの許可を取らずにそんなこと決めちゃうの!?」


「その方がおもしろいから。いやいや、普段めったなことで取り乱さない美夏さんの貴重なお姿を拝見できて眼福眼福」


「……っ!!」


 美夏は頬を染めて『アキなんて知らないっ』とでも言うようにそっぽを向く。明良はそれをニシシと笑いながら見て、


「で、結局のとこどうなのさ。一緒に買い物しに行った時にメアドとかは交換したんだろ? もう毎日メールのやり取りしてるぐらいの仲にはなった? それとも電話で生会話かい? ひゅー、お熱いねっ!」


「――――……ない」


「あ、なんて?」


「……まだ、一回もメールしたことない」


 言い終えた瞬間、容赦ないぐーが美夏の脳天に突き刺さった。


「い、痛いよアキ〜!」


「痛いよじゃねえわアホンダラッ! なんのために勇気振り絞ってあいつを誘ったんだよ!? 繋がりを持ちたいって言ったのはあんたっしょ?」


「だ、だって……。

 こ、これでもがんばってみたんだよ? 必死に辺りざわりのない文章考えて、でも気に入らなくてやり直して、やっとできたのを送信しようとしたらなんだか緊張しちゃって、勇気振り絞ってボタン押したけどその瞬間に恐くなって中止しちゃって……」


「……電話のほうももちろん?」


「そ、そんなのまだ早いよっ!」


「どんだけ初心な奴だよあんた……」


 明良は怒りを通り越して途方もない呆れを感じていた。美夏自身も自分をそう思う。こういうことに関して自分は奥手だと思っていたけど、まさかここまでとは思っていなかった。


 ここ一週間。彼と話す機会はいくらかあった。大抵はアキが自分を連れ添ってちょっかいを出しに行くのだが、なんとか一人で声をかけたこともあった。でもその度に緊張してしまい、普段では考えられないほどおろおろして、顔が赤くなっているのを見られたくなくて俯いて、結局「いえ、なんでもないです……」で話を終わらせてしまう。そしてそのつど後悔して唇を噛み締めるのだ。


「ねえ、アキ……どうしよう、私……。

 せっかく、少しはお話できるぐらい仲良くなったのに……。神代くん、絶対私のこと変な子だと思ってるよ……。もしかしたらもう、嫌われちゃってるかも……」


「ハァ〜」


 長い溜息を吐いて、明良は頭をかいた。


 いつもは、美夏がこんな風に明良に相談することはめったにない。いつだって美夏はなんでも自分の力で取り組み、そしてやり遂げてきた。でも今はどうだろう。あの完璧なはずの彼女は今にも泣きそうなぐらい悩んで苦しんでいる。こんな親友の姿を見たくはない。


 ったく。和輝も和輝だよなぁ。どんだけ鈍いんだよあいつ。


「わーったよ。じゃあ、こうしよう。美夏と和輝仲良くさせちゃおう作戦パート2! そうだなぁ、とりあえずアタシが適当に和輝を呼び出すから美夏は」


「俺がなんだって?」


 突然振って湧いた声に、美夏と明良が同時に凍りついた。

 長い間放置された機械みたいにのろのろと、二人は振り返る。


 そこに、話題の中心人物が不思議そうな顔をして立っていた。







◇◇◇







「か、和輝っ!? あんたいつからそこにっ!?」


「今ちょうど来たとこだ。ったく、お前らこんなとこにいたのかよ。通りで見つかんねえわけだ。声がしなかったら確実に気づかなかったな」


「か、かかかか神代くんっ、こ、こここここ声って!?」


「ん? ああ、階段の踊り場にいたらアキの怒鳴り声が聴こえたんだよ」


「ほ、他には何か聞きましたかっ?」


「いや、声が小さかったからよく聞こえなかったけど、それがどうかしたのか?」


「な、なんでもないですないですっ!」


「?」


 異様な焦りように和輝は首を傾げる。もう一度追求してみようかとも思ったけど、我らがばんちょー春風明良さんが睨んでらっしゃるので自重した。くわばらくわばら。


「つか、なんでお前らこんなとこで飯食ってんだよ。ここって確か立ち入り禁止じゃなかったっけ」


 和輝の言う通り、屋上は本来立ち入り禁止である。そのためこれだけ見晴らしのいい絶好の場所にいる人間は和輝達だけだった。


「べつにいいっしょ? フェンスもあるし特に風が強いわけでもないんだから。こんないいとこ開放してないのがおかしいんだよ」


「だからと言って無断で入り浸るのはよくないと思うけどな」


「言っとくけど、あんたも無断でここ来たんだから同罪だぞ」


「大丈夫だ。アキにカツアゲされたって言えば許してもらえるさ」


「ほー、そりゃ名案だ。で、あんたはホントにカツアゲされたいのか?」


「……え、遠慮します」


 満面の笑顔の奥に阿修羅を見て和輝は目を逸らした。あれ以上見ていたらちびっていたかもしれない。


「あ、あの、それで、神代くんはなんでここに? その……わ、私達を探してたんですか?」


「お、そうだそうだ。忘れるとこだった。お前らさ、この辺で木刀の大バーゲンやってるとことか知らね?」


『は?』


 美少女二人は揃って目を丸くした。その内片方は徐々に訝しげな目を向けてくる。なんだか『人生疲れたの?』と言われてるみたいで果てしなくむかつく。


 それに比べてもう片方は真摯的な表情で、


「えと、神代くんは、剣道部にでも入部するんですか?」


「いや、そう言うわけじゃないんだけどな。ちょっと野暮用があって、木刀が何本か必要になったんだ。

 でもほら、俺ってさ、最近こっち引っ越してきたばっかで地理もあやふやだからさ、どこに行きゃいいのか分かんねーんだ。つーわけで頼むっ、協力してくれっ」


「野暮用ねー。あんたケンカでもすんの?」


「け、ケンカはよくないと思いますっ!」


「お前じゃないんだから、俺は無闇にそんなことしねーよ」


「なんだよその言い方。まるでアタシがいつもケンカに明け暮れているみたいだな」


「え、実際そうだろ?」


「違わいっ!」


「紅さん、気をつけろよ。こいつ学校じゃ比較的おとなしいけどな、夜な夜な町に繰り出しては不良相手にストリートファイトをふっかけ」


 言い切る前に鉄拳が飛んできた。予想の内の行動だったのでなんなく避ける。


「ちっ! 避けんな当たれ!」


「あっはっはっは、キミのそのとろくさい拳が避けてくださいと言っているものだと勘違いしてしまったよ。失敬失敬」


「ぶっ殺す!」


 青筋を浮かべて立ち上がる明良。それを見ていつでも動けるように構える和輝。


「だ、ダメだよアキ! 神代くんも!」


 そしてそこに割ってはいる美夏。


「止めるな美夏! こいつを倒さないと世界が滅ぶっ!」


「そんなわけないでしょ! アキは短気すぎるのよ。アキも立派な女の子なんだから、もっとおしとやかにしないとダメッ!!

 神代くんも、そんなに挑発するようなこと言わない! ケンカをしたら相手だけじゃなく自分だって傷つくんだよ? そんなの絶対ダメ! 私の前でケンカなんて、何があっても許さないんだからね!?」


『は、はい』


 あまりの迫力にアキだけでなく和輝も思わず返事をしてしまった。すげえ、紅って結構芯はしっかりしてんだな、と感心する。俺とアキの間に割って入ってここまで自分の意見を主張するのは並大抵な精神じゃ無理だ。


 なんて心の中で賞賛を送っていると、美夏は自分が何をやらかしたのかよーやく自覚したらしく顔を赤くし出した。


「ご、ごめんなさい。私、いきなり生意気なこと言っちゃって……。で、でも、やっぱり、ケンカはよくないです。神代くんとアキは、もっと仲良くいてほしい、です。

 と、とりあえず、神代くんもお昼、一緒に、どうですか?」


 言われて、和輝は手に持っている弁当箱の存在に気づいた。


 ぐー、とお腹が鳴ってその場はたちまち笑いに包まれた。







◇◇◇







 午後の授業はそれなりに真面目に授業を受けている風を装ってボーっとしている内に過ぎ去りホームルームに入っていた。


 ちなみに、どういうわけか新城武谷の姿が午後から一向に見当たらない。


 まあどーでもいいことだが。


「はいは〜い、皆さんちゃんとお話聞いてますかー? もう少ししたらゴールデンウィークですけど緩み過ぎないでくださいねー。あなた達はもう高校生なんですから、その辺の自覚を持たないとですー。

 さて、もちろん皆さん分かってると思いますが、今年の連休は飛び石連休です。その間には皆さんにとって初めての学校行事、宿泊学習がありますからねー、ちゃんと準備しておいてくださいねー。もしお休み気分で寝坊なんかしちゃったら……うふふふふっ」


 ブルッ。


 おや? 何故か寒気が。


「宿泊学習、ねー」


 和輝としては、あまり乗り気になれないイベントだ。べつにみんなと一緒に宿泊するのが嫌というわけではないが、その間どうしてもこの地を離れないといけないので、ケガレが出没しないかどうか心配なのだ。



 それに、加代の件もある。



 神代加代に限ったことではないが、神代家の人間は皆(母はどうか分からないが)契約者の末裔という立場にいる。その者は先天的に特殊な力を持つことがある。そういう点にはほとんど恵まれなかった和輝はともかく、加代はその力を色濃く持っている。常人には視認不可能なケガレをはっきりと見ることもできる。

 危険だ。


 この前はなんとか雷雨のおかげで記憶処理を行うことができたが、いつでもフォローできるとは限らない。何より、あんな化け物の姿を加代姉に見せたくないし、そんなものと戦っている自分を知られたくない。


 心配事はそれだけじゃない。



 ケガレ達は時折、末裔に当たる人間を襲うこともあるらしい。



 基本的に加代は学校が終わればまっすぐ帰るし夕食後も用事がなければ出て行かないので、ケガレが活動を開始する夜の時間帯に奴らと遭遇する確率は低い。だが何かの拍子に外出するとも限らない。この前は鍛錬に出た和輝を迎えに来たこともあった。もしそんな時にケガレに襲われでもしたら、助けに行けるかどうか分からない。しかもこれは実代に関しても言えることだ。奴らは力の大小関係なく末裔を襲うのだから。


 まあ、この辺に関しては帰ってから雷雨に相談してみるしかないな、と和輝は考えを中断させる。これ以上考え込むと鬱になってしまいそうだ。


 気づけばチャイムも鳴ってホームルームも終わっていた。掃除当番がある者や放課後も教室でだべる者などを除いてほとんどの生徒が教室から出て行く。

 

「さってと、んじゃ俺も」


「ゲーセン行こうぜ和輝っ!」


 立ち上がったすぐ目の前で武谷が待ち構えていた。


 どーでもいいけど、こいつ俺と雄哉以外に友達いるのか?


「つーか、お前午後の授業サボってどこ行ってたんだよ」


「ふっ、もちろん旅に出ていた」


「マジかよ……」


 和輝の声は驚きよりも呆れの色が強い。まさか宣言通りにマジで旅に出るとは。

 バカだ。こいつは真性のバカだ。


「にしても、旅にしてはずいぶん早いお帰りだな」


「ああ、そうなんだよ。聞いてくれるか、和輝?」


「じゃ俺帰るな」


「聞いてくれよぉー! 頼むよぉー!」


「分かったから裾を引っ張るな。伸びる」


「そうか。まあ、そこまで聞きたいと言うのなら、面倒だが話してやろう」


 和輝はもうツッコまないことにした。


「昼休み。密かに思いを寄せていた加代先輩にコクる前にフラれ、やけになってセンコウの目をかいくぐり学校を脱出し、旅に出ると家族に電話を入れたまではよかったんだ。

 しかしな、そこで俺は気づいてしまったんだ。よく考えたら昼飯を食ってないじゃないかと。そこで近くのファーストフードに入ったんだ。

 食ったよ。ああ食ったとも。腹がぱんぱんになるまで食ってやったさ。なにせこの町で食う最後の飯になるかもしれないからな。ジュースの中の氷まで残さず完食してやった。

 でな、いざ勘定となってポケットに手を突っ込んだ時、俺は叫んだんだ」




『財布学校に忘れたぁあアアあああああああああぁぁぁああああああああああああっっっ!!!』




「あの時ほど絶望に打ちひしがれたことは今までなかったぜ」


「………」


「そこの店長がまた頭の固い奴でよ。学校に帰れば金があるから取ってくるっつってるのに、食い逃げする気だろっつって帰さねえんだよ。結局、ついさっきまでタダ働きさせられてたさ。くっ、跳ねた油の熱さが甦ってくるぜ!」


「帰ろ」


「待てぇええええっ!! 貴様、親友の悲惨なエピソードを聞いてなんの感想もないのかぁああああああああっ!?」


「武谷くんはバカです。以上」


「ショッキングトルネードッ!!」


 相手をするのが面倒になってきたので和輝は歩き出そうとした。


「カズちゃぁあああああああああんっ! 一緒に帰ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 それを狙うかのように聞こえてくるのは例の姉貴ボイス。


「武谷、立ち位置交換しようぜ」


「あ? いいけど」


 わけの分からないまま武谷は和輝と位置を交換する。


 それが終わるのとほぼ同時。


「お姉ちゃん式愛情表現・舞空脚(ぶくうきゃく)!」


「げばぁっ!」


 開いた窓からロープを使って侵入してきた加代は文句なしの飛び蹴りを武谷にぶちかました。なんかもーなんでもありである。


「あれっ? 嘘、カズちゃん大丈夫っ!? ……ってなーんだ武谷くんかー。それじゃあいいや」


「俺の扱い酷すぎません!?」


 いや、だって武谷だし。


 ちなみに加代の制服が若干湿っているように見えるのだが、さて、それは一体どうしてなのだろう?


「さあカズちゃん、お姉ちゃんと一緒に私達の愛の巣へ帰ろ〜。あ、そうだ、この前新しくオープンしたカフェがあるんだって、帰りに寄ってこー」


「そうはさせんっ!」


 和輝に引っ付こうとした加代の進行を武谷が遮った。タフな奴である。


「むっ。退いて欲しいな武谷くん。私とカズちゃんはこれから愛の実をさらに熟成させるためにお茶を楽しみに行くんだから」


「ふっ、加代先輩。いくらあなたの頼みとあってもそれは無理な相談でさぁ。何故なら和輝はこれから、俺と一緒にゲーセンに行くんだからなっ!」


 いや、どっちも了承した覚えはない。


「お茶だよお茶っ!」


「ゲーセンっすよゲーセンっ!」


 火花を散らして睨み合う武谷と加代。一方和輝は完全に他人事モードで空を仰ぎ見ている。今日の宿題ってなんだっけかなー。


「あ、あのっ」


 と、騒がしい教室の一角に、意を決したような声が響いた。


 その声の主は、長い真紅の髪をなびかせ、頬もほんのり上気させている紅美夏以外の何者でもなかった。

 一体なんだと二人も睨みを中断して彼女を見る。


 対して美夏は、視線の先にいる和輝しか見ていなかった。


「あ、あの、神代くん!

 えと、今少しお取り込み中みたいだから、わ、わた、私、先に校門に行って、待ってますからっ!」


「ああ。出来るだけすぐに追いつくな」


「はいっ!」


 ほっとした表情に隠しきれていない喜びを貼り付けて、美夏は教室から早足で出て行った。


『………』


 沈黙の教室。


 てか、二人はともかくなんで他の奴らも黙るんだよ。一部の男子からは殺気すら感じるし。


「……和輝」


「なんだよ」


「正直に、答えてくれ…。

 ………友と女。どっちを取る?」


「友がお前なら女」


「ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!

 フラれてから泣きついて来たって遅いんだからなぁああああああああああああっっ!!」


 叫びながら武谷は走り去った。最後まで騒々しい奴である。


「……カズちゃん」


「あん?」


「正直に、答えて欲しいな…。

 ………お姉ちゃんとクラスメ」


「紅さん」


「名指しで玉砕ぃいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」


 律儀に入ってきた時に使ったロープを登って加代は教室から姿を消した。相変わらず人騒がせな姉である。


「んじゃ、帰るか」


 カバンを持ち直し、男子の殺気篭った視線から逃れるように早足で、和輝は自分を待つ少女の下へと歩いていった。







◇◇◇








 女生徒と肩を並べて下校する。



 そんな、空想上の中にしか彼女がいない男子の夢みたいな状況なので、さすがの和輝も照れくさく感じながら、いつもより歩調を落として歩いていた。

 いや、加代姉で慣れてるけどさ、そこはやっぱ姉とクラスメイトの区分けがあるわけで、妙にきんちょーなんてするわけですよ。


 和輝は今日一日の相方に視線を向けてみた。


 美夏も美夏で緊張しているのか、さっきから頬を軽く染めたまま顔を俯かせている。当然会話はない。こんな調子では緊張が高まっていくだけだ。


 だから和輝は自分から話題を振ってみた。


「そういや、アキの用事ってなんだったんだろうな」


 木刀を売っている場所を知っている、と屋上で切り出したのは美夏だった。

 以前立ち寄った店に置いてあったのを見たことがあるらしいのだ。


 そんなわけだから、和輝は美夏に道案内を願い出た。美夏は数秒間あたふたして返答に困ったが、明良に背を押されて承諾してくれた。

 で、アキのことだから当然ついてくるだろうと和輝は踏んでいたのだが、予想に反して明良は「用事がある」と言って同行を断った。ちなみにその時一番驚いていたのは美夏だった。


「なあ、紅さんはなんか聞いてないのか?」


「………」


「―――? 紅さーん?」


「………え? あ、はいっ、なんですかっ?」


「いや、アキの用事が何か聞いてないかなと思って」


「さ、さあ、私はなにも……」


「そっか」


 それで話は終了した。


 ってか気まずっ!?


 和輝はめげずに話を振る。


「そ、そういや紅さんって、すごい大企業の娘…なんだよな?」


「は、はいっ、そうですけど…それが何か?」


「いや、その割にはなんか、その、庶民っぽいというか……」


 一緒にデパートに行った時から常々思っていた。


 確かに物腰が優雅で気品も高く、ああこの子はお嬢様なんだなーと思わせる節があるが、それと同じくらい、この子本当にお嬢様? と疑わせる節もある。買っていた服も別段豪華なものでもないし、食べていたのも普通のファミレスメニューだし、ゲーセンでも下手くそながら楽しそうに遊んでいた。正直な話、中流家庭の中に放り込んでも違和感ないと思う。


 それを聞いて、美夏は何かの期待を裏切られたような顔で俯いた。ちくり、と胸が痛む。何か失礼なことでも聞いただろうか?


「えっと……もしかして気に障ったか?」


「い、いえ、そういうんわけじゃないんです……そういう、わけじゃ……」


 そう言って少し沈黙で間を置いた後、


「そうですね。私はあまり、大企業のお嬢様とか、そんな感じではないかもしれないです。アキにも時々そう言われるんです。

 でも、私としてはこちらの方が自然なんです。こちらの方が、落ち着くんです」


「……そうだな。俺もなんか、紅さんは無駄に偉そうにしてるより、普通の女の子みたいにみんなと笑ってる方がかわいいと思う」


「ふぇ!? そ、そう、ですかっ? あ、ありがとうございますっ」


「?」


 美夏は再び顔を伏せた。しかしなんだか今回はすっごく赤い。うん、ゆでだこだ。


 俺、なんか変なこと言ったかなー、とニブチンな和輝は首を傾げながら、美夏の道案内に従って歩を進めた。






◇◇◇






 建物と建物との間に隠された空間に、その店はあった。


「…骨董店?」


 店の独特な外観から、そうであることが伺える。


 古めかしい木造の建物。店先に立つタヌキの置き物。レトロなんて次元ではなく、江戸時代から存在しているのではなかろうかと思わせる物品の数々……。


 はっきり言って、現代風の建物が並ぶこの近辺では間違いなく異質だった。客足も見る限りゼロだ。


「紅さん、よくこんなとこ見つけたな」


 店の中に入り、一通り店内を見渡してから、和輝はそう言った。


「実は、私以前この近所で迷子になったことがあって…それで、その時偶然迷い込んだのがここだったんです」


 方向音痴のお嬢様。


 庶民っぽいところはあっても、普段大抵のことは何でもこなす完璧なイメージがある彼女のギャップに、思わず和輝は笑ってしまった。本当に、この子は普通の子みたいだと思う。


「にしても、肝心の店主がいないってどういうことだよ……店番もいねえし、どっかその辺のタバコでも買いに行ってんのか?」


 まあ、こんな客足の乏しそうな店なら誰も来ないだろうと踏んで出かけているのかもしれない。でもこれじゃあ盗み放題だぞ。いや盗まんけどさ。


「で? 本当にここに木刀があるのか?」


「あ、は、はいっ、前にここに来たときは確かにここにありました。えーっと…」


 店内を物珍しげに物色していた美夏は和輝の声で当初の目的を思い出したのか、記憶の引き出しを探って狭い店内を歩く。


「あ、ありました。これです」


 そう言って美夏が指差した先には、一本の木刀が立てかけられていた。


「…………………」


 えー、という具合に和輝は嫌そうな顔をした。


 第一印象は、古っ! という感じ。古めかしい骨董店の中であってもさらに古臭い。長い間人の手で触れられてないのか、全身に埃をかぶっておりそれがまた拍車をかけている。まあ、材質は良さそうな感じがしないでもないが、こんな何百年の時を超えてきましたと豪語してくれそうな木刀を抱いて「これからよろしくな相棒っ」と言うのはどうかと。一回<雷刃閃>使ったら速攻でポキンと逝きそうだし。


「なあ、他に木刀はないのか? この際木刀に限らなくてもいい、刀とか剣の形状をした武器は?」


「えっと……たぶん、これだけかと」


 マジかよ、と和輝はげんなりする。

 こんなボロッちいの買ったところで役に立たない。

 第一、和輝はたった一本の木刀を買いに来たわけではない。それこそダース単位で欲し

いのだ。だというのに、放課後の貴重な時間を潰して辿り着いた先で出会ったのはこんな―――


「あの、もしかして、気に入り…ませんでしたか?」


 隣で、和輝の心情を察した紅美夏が泣きそうな顔で問いかけてきた。


 紅さん! その顔は反則です! これじゃあ、


「そんなことないっ!」


 と叫ぶしかないじゃないかあっ!


「いやあ、よく見たらこの木刀、(ある意味では)味があるし、(埃かぶってるけど)結構カッコいいし! うん、なんか俺無性にこれ欲しくなってきたなー!」


「そうですか? それはよかったです!」


 ああ、さらば俺のお小遣い達よ……。


 内心がくりと肩を落とす和輝である。まあ、こんなんでも一応武器なんだから使えるだろ、と無理矢理気を取り直して、和輝は木刀を掴む。




 世界が赤く染まった。



 

「なっ」


 体中に流れ込む異常なほど膨大な『何か』。血液がすべて沸騰してしまうのではないかと思うほどの熱さ。強烈な立ちくらみと吐き気。そして真紅に染まる視界。


 なんだ、これは?



 この、俺以外の何かが全身を暴れまわるような、この感覚は!?



「神代くんっ!」


 はっ! と和輝は我に返った。


「大丈夫っ!? 私の声、ちゃんと聞こえてるっ!?」


「紅…さん…」


 知らぬ間に、体が前に倒れそうになっていたらしい。和輝の体を支えながら、美夏は心配そうな瞳を向けてくる。大丈夫、と返して、和輝は己の両手を見た。


 ついさっきの現象が嘘みたいに、健康そのものの自分がいた。正体不明な『何か』の感じはもうしないし、炎で直接あぶられるような熱さも、平衡感覚も異常なし。視界も色鮮やかな世界に戻っている。


 なんだったんだろう、今のは。


 まるで一瞬だけの幻覚を見せられたかのような、奇妙な感覚。


 そう言えば、あの木刀は?


 きょろきょろ見回すと、木の刀は床に落ちていた。不可思議な衝撃に耐えられず手放してしまったらしい。


 恐る恐る、拾う。


 今度は何事もなく、木刀は手の中に納まった。


「ほほお。その木刀を掴む者が現れましたか」


『!?』


 突然の声に驚いて和輝と美夏は振り返る。


 おそらく、店主なのだろう。しわがれた笑みを浮かべた老婆が立っていた。


 和輝は愕然とする。


 俺が、こんな近距離に接近されるまで気づけなかった?


「……あんた、何者だ?」


「何者、と言われましても。わたしゃ、このしがない骨董店の店主でございます」


 微笑みを崩さす老婆は言った。その表情に、何故か和輝は寒気を覚えた。

 この店主には、あまり関わらない方がいい。

 早く、ここを離れた方がいい。


「お客さん、その木刀を気に入られたのですかな?」


「ああ」


 先程までの渋りが嘘のように、和輝は大きく頷いた。早くこの場を離れたいのもあるが、どういうわけか、この木刀に触った瞬間に、自分は今これを何よりも必要としているような感じがしたのだ。


「これ、買うよ。いくら?」


「御代は結構です」


 その言葉に、和輝はきょとんとした。


「え? だって、これ売り物だろ?」


「はい、左様でございます」


「じゃあ、金を払わないと貰えないだろ?」


「いいえ、差し上げます。それは、あなたを必要としております。あなたが持つにふさわしい。それが運命でございます」


「はあ……」


 何を言っているのかさっぱり分からないが、タダで貰えると言うのならこれほどうれしいことはない。


「じゃあ、ホントに貰っていいんだな?」


「ええ。ただし、条件がございます。それを、何があっても手放さないでおいてくださいませ」


「……それだけ?」


「ええ、それだけですとも」


「……じゃあ、ありがたく貰うよ」


「はい。よろしければ、またここへお立ち寄りください。

 いえ、おそらく、そうなることになると思いますが」


 ふぉっふぉっふぉ、と笑い声を残して、老婆は店の奥へ消えた。







◇◇◇







「不思議なばーさんだったな」


「そうでしたね」


 夕焼けが照らす町を、和輝と美夏は歩いていた。

 和輝の手には、カバンのほかに、古めかしい木刀が一本。


 不意に、和輝は立ち止まる。


「俺、家こっちなんだけど、紅さんは?」


「あ、私は、こっちです」


 そう言って指差すのは和輝と反対方向。


「そっか……なんなら、送ってこうか? 妙な買い物に付き合わせたし」


 言うと美夏はおもしろいぐらいに赤くなって手を振った。


「い、いえっ! そんな、私、大したことしてませんしっ、この前は私達がつき合わせてしまったんですから、おあいこですっ!」


「そうか? まあ、無理にとは言わないけど」


「あ、違っ、その、神代くんに送ってもらうのがイヤと言うわけじゃ決して!」


「ああ、分かってるよ。じゃあ、ここでお別れだな。また明日」


「は、はい……また、明日です」


 美夏は笑顔で手を振ってくれた。和輝もそれに軽く返し、帰路へとつく。


 と。


「か、神代くんっ!」


 大声で名前を呼ばれて、和輝は振り向いた。


「ど、どうしたんだ?」


「あ、その、えと……」


 自分でもどうして声をかけてしまったのか分からないとでも言うような顔で、次の言葉をなかなか発しない美夏。彼女の顔が赤く見えるのは、夕日に照らされているからだろうか。


 やがて、美夏は何かの決意を固めたのか、一息吸って早口で言った。


「今晩メールしてもいいですか!? 私、神代くんとお話したいこといっぱいあるんですっ!」


 言い切って、美夏は俯いた。


 数秒、唖然とする和輝である。


 が。


「ああ。俺も、紅さんと話したいこと、結構あるんだ」


 笑って、そう答えた。


 顔を上げた美夏の表情は、今まで見たことがないほど輝いていた。


 夕日と相まって輝きを増したその表情を目に焼き付けて、今度こそ和輝は帰路へとついた。









次話予告の前に、とりあえずごめんなさい。本当は骨董店での出来事をもっと強調したかったのですが、武谷や加代との絡みに夢中になりすぎたせいで薄味になってしまいました。だってこの二人書いてておもしろいんだもん!

なんだか作者の言い訳みたいな後書きですいません。読むの面倒なら飛ばしてくれて結構です。それでは、ここで恒例の次話予告です。あ、感想とかお願いしますね。


〜次話予告〜

和輝と美夏が人気のない骨董店にいた頃、神代加代はご立腹な様子で帰路についていた。その途中で彼女は、ある意外な人物と鉢合わせすることに。

それが、運命の歯車を回す鍵になることなど知らず。

第19章「並行する物語」―――お楽しみに。



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