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第1章:見え隠れする異常

まだまだ素人ですから妙なところがあったら指摘してくださいね。




 人工の光に照らされる街並みをさらに照らす満月。すっと手を伸ばせば掴めてしまいそうな幻想を抱かせるそれは、本来ならば夜の時間帯である地表前面に降り注ぐ光であったが、今この場においてはこの場を照らすためだけにあるではないかと思わせた。



 そこは間違いなく異界と化していた。



 吹き荒れる暴風。空気さえ切り裂く烈風。命そのものを刈る疾風。


 その中心に立つのは、魂が抜け落ちたが如く生気の欠けた幼き少年。

 彼を取り巻くのは数人の男女。

 

 彼らの体は凶器と化した風に問答無用で切り刻まれ、噴き出す鮮血は少年の体を真っ赤に染め上げていく。


「ど……な……い……ん……っ!?」


「――の、ば―――も――っ!」


「お  けっ! れ  せ  に  れ!!」


「―――! ……、………!? 〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 真空さえ作りかねない風に呑まれ少年を囲む男達の声は判然としない。切れ切れに壊れたテープレコーダーのように断続的な声が響く。

 その内に、異常とも言える風は勢いを弱めていき、それに反比例して傷だらけの男達は反撃のチャンスを予期しそれを確信へと高めていく。やがて完全に勢いを失った風が過ぎ去り、勝利を確信した男達は各々の武器を構え一斉に少年へとかかる。


「やめろっ!」


 その中で、ただ一人冷静に事を読みきった男が叫ぶ。


 が、しかし。


 ニヤリと少年が笑うと同時、その場に存在するすべての音が意味をなくした。



 すべては一瞬だった。



 局地的な台風が真上から垂直に降下し、少年に襲い掛かった愚かな者達をただの肉片へと変化させる。それでもなお嵐は勢いを弱めず、むしろその鋭さに磨きをかけながら、その空間にあるありとあらゆるものを極限まで切り刻むかのように暴れ、そして、そして―――――。







『世界を滅ぼしたいと思わぬか?』







 夢はそこで覚めた。







◇◇◇






「………気分最悪」


 神代和輝(かみしろかずき)は憎憎しげに吐き捨てて体を起こした。


 ベッドのシーツはまるで赤子が暴れまわった後のように乱れている。全身から噴き出した不快な汗は寝巻き代わりのスウェットを水に浸したかのように濡らし、洗濯機行きは確定と言ってよかった。


 とりあえず、水が飲みたかった。


「ふぁ……。今何時だ?」


 軽く欠伸し目覚まし時計に目を向ける。いつも起床する時間より幾分早いがちょうどいい時間帯だった。アラームのスイッチを切り、さて着替えでもしようと思ったが、体はベッドの上に固定されたままであった。


「ふぅ。久しぶりだな、この夢見るのも」


 体が小刻みに震えていることを自覚しつつ、和輝は己の右手を眼前に持ち上げ握ったり開いたりする。


 もちろんそうすることで何かが起こるわけもない。


 だが、和輝は何故か随分とほっとした顔になって独り言を呟く。


「過去を忘却することは永劫に適わぬ行為。記憶の奥底に沈めてもそれは一時凌ぎにしかならぬ。何故ならそれは今の自分を形成するために不可欠な要素であり、それがなければ人の心は空になり空虚な屍となる、か。分かってる。分かってるさ」


 かつて言われた言葉を反芻し気が滅入りそうになるのを堪え、今度こそベッドから抜け出しカーテンを開け放つ。朝日が和輝の黒髪を照らし黒の瞳を半強制的に細めさせる。


「何年前のことだと思ってんだ。俺はもうとっくに心の整理をつけた。そうだ、俺はあの日の俺を決して忘れないさ。それを背負って生きていくと決めたんだ」


 でも、と和輝は弱々しく言ってもう一度右手に意識を向けた。


「なんであんなことになったかくらい、なんとか分かんねぇかなぁ」







◇◇◇







 トントントン、とリズミカルな音がキッチンにテンポよく響く。

 その音をかもし出すのは神代家の長男であり一家の食事を支える主夫の和輝である。もちろんエプロンは標準装備。ちなみにとある手先の謀略により柄は花柄である。


「さてと。飯も作り終えたしバカ姉どもを起こしに行くか」


 エプロンも外さずに和輝は階段を駆け上がり姉の部屋を開け放つ。



 そこには目を擦りながら今まさに着替えを行っていた下着姿の色気むんむんなお姉ちゃんが――――ッ!!??



 もちろんいるはずもなかった。

 冗談はさておき。


「実代姉ー。朝だぞ飯だぞ学校だぞー。とっとと起きて俺の作った朝飯を食せー」


 ベッドの中でまどろんでいる神代家の長女・神代実代(かみしろみよ)の体を和輝は揺する。だが少し身動きしてうーんと唸るだけで起きそうな気配はない。


 もちろん和輝だって朝は忙しいのでぐうたらな姉にいつまでも付き合うわけにもいかない。


「おらダメ姉! 今日という今日は学校サボらせねぇぞ! さっさと起きて支度しやがれ!」


「う〜ん、あと五分」


「バカたれ」

 

 問答無用で和輝は布団を引っぺがした。


「あにすんのよ」


 不満げに呟いた実代は音速で跳ね起き和輝の顎をアッパースイングで捉える。痛みにのけぞり数秒間静止した和輝の手から布団を取り戻し実代は再びベッドで猫のように丸くなる。和輝はそれを宣戦布告と受け取った。


 にっこり、と満面の笑みを浮かべて顎をさすりながら、和輝はエプロンについているポケットを漁って秘密兵器を手に取り実代のベッドに忍ばせる。


 効果は一〇秒と待たずに現れた。


「ぎゃ嗚呼ああああァァあああ嗚呼ああアアあああああああっッ!!」


 年頃の女としてその悲鳴はどうだろうと思いながら和輝は天に向かって拳を突き上げる。勝利のポーズである。


 音速を超え高速となり部屋の隅へと避難した実代はわなわなと恐怖で身を震わせながらベッドの上に鎮座する物体を指差す。


「ご、ご、ごごごごごご」


「ご?」


「ゴキブリ―――――――――――ッ!!!」


 そう、和輝がベッドに忍ばせたのは見る者に無条件で悪寒を与える害虫の代表的生物、ゴキブリ――の作り物であった。ただしその完成度は非常に高く本物と見間違えるようなもので、おまけにデカイ。普通のゴキブリの三倍はある。そんなものを寝ているところに入れられたら誰だってびびる。なまじ害虫が特に嫌いな実代にはトラウマにもなり得る朝のショッキングな事件であった。


「な、なななな、なんであんたそんなもん持ってんのよ!」


「実代姉をいちいち揺さぶって起こすの面倒になったから買ってきたんだよ。よく出来てるだろ?」


「出来すぎじゃい! あんた姉に対する行為としてそれ極刑ものよ!?」


「さて、もう一人のバカ姉を起こしに行くかね」


「あっさりスルー!?」


 くるりと背を向けてすったかと和輝は歩き出す。


「ホントに無視したよこの弟―――ッ!」


 そんな朝っぱらから近所迷惑な叫びを背に受けながら真向かいにある部屋のドアを躊躇なく開く。


「おい加代姉ー。もう朝だぞコケコッコーだぞ飯出来てるぞー。三秒以内に起き上がって支度を済ませるべし」


「ぐー」


「グゥォラ加代姉! いつまでも弟に起こしに来てもらってんじゃねーよいい加減自分で起きやがれいっ!」


「ぐー」


 ダメだこりゃ、と和輝は早くも折れた。この我が家の次女神代加代(かみしろかよ)さんは大声出しても体揺すっても布団引っぺがしても中々起きないのである。朝から無駄な労力を使いたくない和輝はいかに効果的にこの姉を起こすかを模索した。


「やあ少尉。我が妹は起きたかね?」


「無理です軍曹殿。この者を起こすには目覚まし時計一〇個は軽くいるかと思われます、サー」


 ゴキブリ効果もあり完全に覚醒した実代が軍隊口調で和輝に言葉を投げかけ、和輝も乗りよく答える。『乗りに応えぬ者には死刑を』が神代家のモットーである。


「ったく。本当にこの子はきっもち良さそうに眠るわねー」


 ずかずかと妹の部屋に侵入し寝顔を覗き込む実代は憎たらしそうに言う。長女である私ががんばって起きてるのに妹であるあんたがぐーすか寝てるって何事? という心境なのである。和輝に起こしてもらわなければ間違いなく学校に遅刻する実代がいう台詞ではない。


 少なくとも和輝はそう思ったが、言った瞬間ボディブローが炸裂するのは学習済みなのでそんなことは言わない。


「あーもうマジで腹立つわね。私より寝顔がカワイイってのも納得いかない。というわけで少尉、わたくし神代実代はボディプレスでもやってみようと思います」


「げっ、マジか?」


 和輝は姉の姿をまじまじと見る。身長は173cmの和輝とほとんど変わらない、女性にしては長身の部類に入る体躯である。一方夢の世界に浸っている加代の体格は普通くらいだが、この姉妹が並ぶと加代が小柄に見える。つまり何が言いたいかと言えばそんなことをしようものなら痛いで済まない可能性があるのである。


「軍曹。さすがにそれはやりすぎだと思われます、サー。もう少し穏便に事を運べないものでしょうか」


「ふっ、甘いぞ和輝少尉。戦場では多少の犠牲はつきものだ。これくらいのことなら神も許してくれることだろう。ていうか私が許す」


 なんてじこちゅーな女だ、と和輝は思ったが、もちろん口には出さなかった。


「でもなぁ」とあまり乗り気ではない和輝は頭を掻きながら呟く。時間にそう余裕がないというのは正直なところだった。男である自分はともかく女であるこの姉にはそれ相応の身だしなみの時間がいることだろう。それを計算に入れると学校に遅刻する可能性がある。出来ればさっさと起きて欲しい。

でも、やっぱ、なあ? さすがにそれはやりすぎっつーか、実代姉自己中心的すぎるっていうか、あ! こ、このアマ! よく見たらパジャマの下が半分脱げかかってやがる! チィイ! なんだこの絶妙なアングルは!? 見えそうで見えねぇ! などと朝から悶々している和輝である。


 と、不意に加代は身じろぎし、なんだようやく起きたかうわ今ちらっと見えたこのやろう鼻血出そうじゃねーかなどと和輝が思考をフル回転させながら加代を観察していると、



「あーんもうダメだよカズちゃん。そこはダ・メ。夜までお預けだよ〜。あ、ちょっと、はうう。そうだよねカズちゃんも男の子だよねしょうがないよね。じゃあ手始めに私達の愛を形にしてから。チュー」



 寝ぼけて枕にキスする変態一人。


 プチンと血管が切れた姉一人。

 

 にっこりと笑う弟一人。



 導き出される未来(オチ)はただ一つ。


「実代姉」


「はっ」


「やっちまえ」


了解(ヤー)!」


 直後、断末魔の叫びが朝の街に木霊した。



 これが神代家の朝である。







◇◇◇








「ねえカズちゃん」


「あんだよ」


「お姉ちゃん、私に恨みでもあるのかなぁ?」


「恨みはねぇけど殺意はあんじゃねーの?」


 淡々と答えて和輝は歩を進めていく。



 日本列島のとある所に位置する街、時雨(しぐれ)町。和輝と加代はその街にある私立愛染(あいぜん)高校に通う高校生であった。

 ちなみに長女である実代は大学生であり、隣町の大学へ電車で通学している。今頃は満員電車に呑まれてひーこら言っていることだろう。


「えー!? なんで私お姉ちゃんに殺意なんて持たれてるの!? 私何かしちゃったかなぁ!? あわわわ、もしかしてこの前冷蔵庫に入ってた特注プリンを食べちゃったのが原因!?」


「おい加代姉」


「なあに?」


「それ、本気で言ってんのか?」


「もち。加代おねえちゃんはいつでも本気でありますよー?」


 誰かこのバカ姉をどうにかしてくれと切実に思う和輝であった。


「ちなみにな、加代姉。そのプリン、俺のなの。俺がとある筋を通して手に入れた激レア特性プリンなの。めっちゃ高かったんす。楽しみに取っておいたんす」


「なる〜。それであのプリンすっごくおいしかったんだね。ごっつあんです♪」


「っざけんなっ! 俺がどれだけあのプリン食うの楽しみにしてたと思ってんだっ! 日々家事全般をがんばる俺にささやかなご褒美として買ったんだぞええコラッ! 返せさあ返せ今すぐ返せ!」


「えー、それは物理的に考えて無理だよカズちゃん。あれ食べたの三日前だし、とっくに消化されちゃってるっすよ」


「誰もゲロ吐けなんて言ってねぇよ!」


 こんな会話をしながら学校へ向かう仲のよい姉弟である。



 そんな二人の目に飛び込んできたのはざわつく人垣であった。



「なんだ、あれ?」


 いつもならなんてことのない通学路に群がる野次馬と思わしき人々。彼らは皆、和輝も時折利用する銀行を囲んでいた。人と人の隙間から見えるのは『KEEP OUT』と書かれたビニールテープ。よく見れば警察官も数人見受けられた。


「なんか事件みたいだね」


「だな。ちょっくら見に行くか」


「あっ、待ってよカズちゃん!」


 人並みに好奇心を持つ二人は揃って人垣の中に割って入っていく。ごめんよごめんよぉ、と断りながら除雪機みたいに人の波を掻き分けて行く。

 

 そこにあったのは見るも無残な銀行の成れの果てだった。


「ひでぇ……」


 思わず口から漏れ出た和輝の言葉も頷ける。銀行の外はそれほど目立った被害はないが、内部は異空間と化していた。ぶち壊された窓のガラスが床一面に散らばり、ATMは何か鋭利なもので切り裂かれたようで原型を留めていない。見栄えを良くするために置かれていたのだろう植木はそこら中を転がっており、長椅子はどれもこれもへし折られていた。外からでは死角となって見えないが、カウンターの方も常軌を逸した光景が広がっているに違いない。


 一体誰が、と疑問に思いながら、ふと気づいて和輝は後ろを振り返った。さっきまで引っ付いてきたはずの加代の姿がなかった。


 あり? と和輝は怪訝そうな顔になり周りを見渡す。しかし野次馬の数は思ったよりも多く加代の姿は見つけられなかった。


 その代わりに、見知った人物の顔が視界に飛び込んできた。


「おっ? 和輝じゃんか」


 向こうもこちらに気づいたか、親しみのある笑みを浮かべて手招きしてくる。

 彼の名前は新城武谷(しんじょうたけや)。和輝のクラスメイトでもっとも仲のよい男子である。


「おっす武谷。今日は雄哉は一緒じゃねぇのか?」


「それがさぁ、さっきまでは一緒だったんだけどよ、俺がこのありさま見つけて野次ってたらその間にとっとと学校に行きやがったみてぇなんだ。ったく、兄貴をほっぽってそそくさ行くなんて冷たいと思わねぇか?」


「はは、あいつらしいじゃねーか」


 それはそれとして、と和輝は会話の流れを変える。


「で、どうなってんのよこれ? お前なんか知ってるのか?」


「いやぁ、俺も朝になって知ったばかりで詳しく知らねぇんだけどよぉ……」


 それから武谷が話した内容を掻い摘んで言えばこういうことである。


 昨夜未明。なんの兆候もなく警報のベルが鳴ったらしい。夜も更けていたので人々は寝静まり、人が集まることはなかったそうだ。警報を察知した警察はすぐさま現場に急行。その間わずか五分。数台のパトカーが集まりこの頃になってようやく野次馬が集まり始めたらしい。


そして、駆けつけた彼らが見たものは、一種の異界と化した日常の一角なのだった。


そこには既に犯人の姿はなかったらしい。急いで銀行内に設置されていた防犯カメラをチェックする警察官達だったが、そこで彼らはさらに度肝を抜かれることとなった。なんとあらゆる物が壊される状況の一部始終を捉えていたにも関わらず、犯人の姿はどこにも映っていなかったのである。


さらに奇妙なことに、札束の枚数を数えたところ、切り刻まれたものはいくつもあったが盗まれた札は一枚もなかったということらしい。


「それってホントの話か?」


「ああ。さっき警察のおっちゃんが無線で話してんの聞いたから間違いねぇ。ん? なんだよ和輝んな恐い顔して」


「不可能犯罪」


 和輝の言葉は簡潔の一言に尽きた。


「はあ?」


「今の話がホントならこれは不可能犯罪だって言ってんだよ」


「なんで?」


「お前……もうちょっと頭使えよ。そのデカイ脳みそは飾りか?」


 嘆息と共に嫌味を吐く。ムカっときた武谷だったが堪えて和輝に先を促した。


「いいか? 警報が鳴って警察が現場に駆けつけるまでにかかった時間はおよそ五分。カップめんが伸びきってる頃合だ。武谷。お前ならたった五分の間にあれだけ銀行をめちゃくちゃにして、おまけに防犯カメラに映ることなく犯行ができるか?」


「サ○ヤ人化したら出来なくもねぇぜ?」


 和輝は武谷の戯言を聞き流した。


「少なくとも普通の人間に出来る行為じゃない。それこそ化け物レベルじゃねーとな。それに、金を一銭も盗まなかったのが理解できない」


「ただ暴れたかっただけなんじゃねぇのか?」


「バカたれ。暴れるんならわざわざ銀行に手ぇ出さなくてもそこらの不良にケンカ売れば充分だろ」


「なるほど」


 心底感心したように言う友を見て和輝は惜しげもなく溜息をつく。こいつの知能指数、動物園の猿といい勝負なんじゃないか?


 和輝はもう一度ボロボロの銀行を見詰めた。


 あれだけのことを短時間で、しかも監視カメラの隙を突いて行うなんて芸当、俺にも出来るかどうか怪しい。いや、まず無理だ。破壊して回るだけならやれないこともないが、すべての監視カメラを掻い潜るのはいささか無茶だ。ったく、なんかイヤな予感がしてくんぜ。


 その時になって、ようやく和輝は加代の存在を思い出した。まったくあのブラコンシスター、どこに行きやがったんだよ、と思いつつ和輝は人波を裂いて進んでいく。



 いた。



 和輝達がいた場所から少し離れた人垣の最前列に加代は陣取っていた。心なしかボーっとしているように見えて、性格云々を除けば神代加代という少女は紛れもない美少女なのであり、その姿は神がかった美しさと表現してもよかった。

 

「おい加代姉」


 和輝は人垣を裂くのが面倒だったので遠くから声をかけた。だが加代は聞こえていないのか振り向かない。淡々と事件現場を見詰めていた。


「おい、おいったら」


 今度は近づいて声を張り上げる。だがそれでも加代はまったくの無反応。まるで加代の周りだけが世界から切り離されたような感覚。


「加代姉!」


 今度は肩を叩いて大声を上げた。すると加代はびくっと震え、恐る恐るといった仕草で振り返り、和輝の顔を見た途端強張った顔を緩めた。


「あ、カズちゃん。どしたの?」


「どしたのじゃねーよ。何ボーっとしてんだよらしくねーな」


「……私、そんなにボーっとしてた?」


「ああ。エクトプラズマでも放出してるかと思ったぜ」


「そっかぁ」


 言葉を発しつつも加代の視線はちらちらと事件現場をさ迷っていた。和輝は怪訝そうな顔をする。


「なんだよ加代姉。そんなにこの事件気になんのか?」


「えっ? いや、その……」


 姉にしては珍しく歯切れの悪い声に和輝はますます怪訝そうな顔になる。不審を通り越して心配になってきたくらいだ。


「あんまし悩むなよ。なんのために弟がいると思ってんだ。なんかあんなら俺に言え」


「カズちゃん……」


 その言葉をきっかけにしてか、加代は何かを決意したかのような色を瞳に滲ませ、不安げな顔で銀行内部を見る。


「カズちゃんには、あれが、見えない?」


「あれ?」


 和輝も同じ方向に眼を向けてみる。そこにはやはり無残な姿をした銀行がある。それ以外には特に目を引くものはない……



 うん?



 和輝は一瞬、何か黒いものが見えた気がした。どす黒い、泥の塊のような物体が。


 でも、それも一瞬のことで、和輝にはそれが幻に思えた。やべ、最近疲れ気味なのかな。


「べつに、なんもねーぜ? 一体何を指して見える見えないって言ってんだ?」


「……もういい」


 拗ねたような呆れたような声を出して加代は人垣の外へ出て行った。


「……? なんだってんだよ、まったく」


 加代に愛想を尽かされたような感じがして、和輝は少し怒りを感じると同時に寂しさを感じつつも、加代の背中を追いかけた。



 そこから既に“異常”が始まっているとも知らず。






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