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第16章:本心のままに


雷雨ツンデレモード発揮。





 静かだった。




 夜。

 月が世界を照らし、人口の光が人々の闇に対する恐怖を抑制させている時間。


 本来なら、この時間帯には誰もいない公園。ただ今日は、今日だけは、待ち人を待つとある一人の少女の貸切の場となっていた。


 その少女―――魂の使者・雷雨は、飼い主を失った子猫のように、滑り台の上に座り込んでいた。


 街灯の光が届かないその場所にいる彼女の表情は遠目からは窺い知ることはできない。だが、顔など見る間でもなく、彼女の発する空気は周囲へ『寂しさ』を訴えていた。



 ―――本当は、ここへ来る気なんて、なかった―――


 

 あの少年が今日この時間、またここへ来るなんて最初から思っていなかった。彼は言った。『相棒なら他を選んでくれ』と。その気持ちは分かる。普通そうだ。ケガレなんていう化け物とは一切関わりのなかった人間が突然、意味の分からないことをぺらぺらと喋る女と一緒に世界を救おうなんて、思うわけがない。実戦を体験した後ならなおさらだ。あんな思い二度としたくないと思って当然。ここに来るわけなんてない。



「……でも、気がついたらここに来てたなんて、おかしい。矛盾してるよね、雷雨」


 その声は細かく震えていて、今にも泣き出しそうで、そして何かを諦めたような感じがして―――しかしその奥には、本当に注意しないと見落としてしまうほど小さな『期待』があった。


 ああそっか、と雷雨は納得する。



 雷雨は、和輝に来て欲しかったんだ。



 本当に、本当にたった今、雷雨は気づいた。


 嬉しかったのだ。


 二百年間、ずっと独りで戦い続けて、辛くて、その辛さを共有できる仲間もいなくて、寂しくてたまらなくて、いっそのこと、ケガレに食べられて戦いを終わらせてしまおうかと、そんな逃げ道を選びかけていたときに、彼はこう言ってくれた。



『道連れなら、俺を選びやがれ』



 涙が出るくらい、その言葉は心に響いた。

 

 そして、その言葉が勢いで出たものだと本人から言われたときは、内心、違う意味で涙を流しそうだった。


 それでも、雷雨はその言葉を忘れられなかった。その言葉に甘えたかった。だから、もしかしたら来てくれるかも、という妄想にすがって、この場に来たのだ。



 本当なら、今は必死の形相で逃げ続けるべきなのに。



 この三日間、雷雨は可能な限り身を潜めていた。しかしいくら隠れたところで、餌を求める生き物の欲望には適わない。今朝には一体のケガレに見つかってしまった。それから雷雨はずっと逃げ続けていた。今は撒いたので心配はないが、その内この場所を探し当てるだろう。できるなら断絶結界を張ってこの公園への侵入を防ぎたいのだけど、あいにく結界張るチカラすら今の自分にはない。彼がここに来るまでに、ここを勘付かれないことを祈るしかなかった。


 雷雨は両足の間に埋めていた顔を上げた。


 およそ20メートル先にある時計は、11時57分を示していた。


 少年の姿は、まだない。


「……来て、くれるかな……」


 鼓動が高鳴っていた。期待と不安が雷雨の冷め切った体を若干熱くさせる。雷雨は少年の顔を思い浮かべた。そうすることで、あの優しくて大きな魂に包まれているような気分になれるから。


 ―――なんだか、今はただ、無性に会いたいな―――


 独りでがんばってくれと言われてもよかった。お前なんか知るかと突き飛ばされてもよかった。それでもいいから、雷雨は彼に来て欲しかった。そうすれば、何もかもに区切りをつけて、独りで逝けるから。


 雷雨の体内時計が、午前零時を知らせた。


 もう一度顔を上げて、雷雨は少年の姿を探した。



 いない。



 人っ子一人、いやしない。


「―――っ」


 慌てて顔を伏せる。―――ううん、まだ可能性がゼロになったわけじゃない。もしかしたら少し遅れているだけかもしれない。こんな時間に家を抜け出すなんて難しいから、二人の姉に納得のいく言い訳を並べて、それで時間を食っているだけかも。きっとそう。だから、だからもう少しだけ、ここで待っていよう。


 それからしばらく間を空けて、三度雷雨は目を上げた。

 時刻は12時30分を指し示している。


 あの少年の姿は、どこにもない。


「………」


 ふぇ、と雷雨の表情が崩れる。そのまま泣いてしまいそうだった。でも、それを必死にこらえ、諦めろと言う心の声を無視して、雷雨は少年の姿を求めて公園を歩いた。何度も何度も。落胆と絶望を繰り返しながら。


 それでも、あの少年の姿を見つけることが、できなかった。


 悪い、ちょっと遅れちまった―――と、少し申し訳なさそうにはにかみながらの声は、かけてもらえなかった。


 雷雨は、常に尊敬の意を持っていた絶対たる神に、初めて不評をもらした。



 なんで、あなたはこんなにも残酷なんですか?

 せっかく、新しいパートナーができるかもって―――そんな期待を胸に三日を過ごした雷雨に、どうして情けをくれないんですか?

 これならいっそ、あの子に出会わなければ良かった。

 あんな、どこまでも甘えたくなる優しさに、触れなければよかった……。



 ドシン




 威圧的な足音が聞こえて、雷雨はボロボロの顔で振り返った。


 そこに、凶悪な牙を覗かせながら歩み寄ってくる鬼―――ケガレ邪鬼がいた。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」


 骨髄にまで響く雄叫び。常人ならそれだけで呼吸停止に追い込まれるほどの威圧感。


 それを前にして、雷雨は逃げるでも叫ぶでもなく、ただ立っていた。


 もう生きるのに疲れた、とでも言わんばかりの顔で。


 伸びてきた太い腕が、雷雨の華奢な体を鷲掴みにする。雷雨は抵抗しない。もうなにもしたくなかった。なにも考えたくなかった。


 パカッ、と目の前に現れる口腔を見て、雷雨って死んじゃうんだ、と他人事のように考えていた。そして、それいいな、と思う自分がいた。


「―――さようなら―――」


 誰に向けてのことか分からない言葉を残し、雷雨の体はケガレ邪鬼に呑み込まれた。



 いや、“呑み込まれかけた”。



 ザシュ、と音がした次の瞬間、雷雨の体は重力に引かれて地に落ちた。すっぱりと斬られた腕と共に。


「な……っ」


 鮮血を撒き散らしてこそいないが、腕を切り落とされたのはやはりこたえるのか、苦悶の雄叫びを上げるケガレ邪鬼。そしてその巨体がいきなり吹き飛ばされ砂塵が巻き上がる。雷雨はそのあまりにも唐突な現実を呆然と見詰めながら、なにが起こったのかを把握するために視線を周囲に向けようとして


 聴いた。


「ふーん。セレスを使った攻撃でなくとも、一応切断することぐらいは可能なんだな。覚えとこ」


 この世界で一番聴きたかった、雷雨に優しさを向けてくれた少年の声。


「悪い、ちょっと遅れちまった。思いの他眠っちまっててな、気づいたらこんな時間だったんだ。許せっ」


 神代和輝は、雷雨の予想通り、少し申し訳なさそうにしてはにかみながら、そう言った。


 雷雨の表情が、一瞬で喜びに歪む。


 ああ―――


 本当に君は物語の主人公のようだね、和輝。








◇◇◇








 まるで三日前の再現だな、と和輝は思った。


 三日前。和輝は得体の知れない怪物に襲われ死にそうになったとき、黄金を身にまとう少女に助けられ、また助けた。そのときも彼女はこうして、か弱い女の子となんら変わらぬ様子でへたり込んでいて、自分のことを唖然として見上げていた。


 ただ、あの時とは決定的に違うものがある。


 和輝はここへ、『戦う』ために来たわけではない。

 己の答えを、目の前の少女に告げに来ただけだ。


 そしてその当の本人はというと、


「な、ななな、なんで来ちゃったのよバカッ!!」


 開口一番がその言葉だった。


「お前……それが命の恩人に対する言葉かよ?」


「誰も助けてなんて言ってない! 助けて欲しいとも思ってない! 君にだって来て欲しくなかったし顔も見たくなかったっ! なのになんでここにいるのっ!」


 やれやれ、と和輝は肩をすくめる。本当にこいつはあまのじゃくな奴だ。


「お前な、そういう言葉はもっと怒りに溢れた顔で言え。今にも嬉し泣きしそうな顔で言われても説得力の欠片もねえっての」


 うぇっ!? と悲鳴を上げて、雷雨は顔を覆って必死に普段の表情に戻そうと努力している。どうやら今になってやっと自分の表情に気づいたらしい。


「それにな、勘違いすんな」


 やけに動揺している雷雨に向けて和輝は淡々と告げる。

 まるで、なんの関係もない赤の他人と話すような口調で。


「俺はお前に結論を言いに来ただけだ。そしたらお前が食われそうになってるから結果的に助けた、それだけさ。言う相手が死んじまったらここに来た意味ねえからな」


 雷雨の動きが、びくりと止まる。


 なんだろう、これは。この冷めた感じはなに? どうして突き放すような言い方をするの? これじゃあ、まるで、まるで―――


「……帰りなさい」


 静かな声で、雷雨は告げた。


「助けてもらったのには礼を言うわ。ありがとう。そしてさようなら。もう二度と会うこともないでしょうね」


「あん?」


「君が言いたいことは分かったわ。大丈夫、心配しないで。あなたがここから脱出する時間ぐらいなら今の雷雨でも稼げるから。だから安心して家に帰りなさい。お姉さん達も心配してるわ」


「俺、まだなんも言ってねえんだけど」


「聞きたくないっ!」


 雷雨はぴしゃりと遮って顔を伏せた。そのまま言葉を続ける。


「もういいっ。君が言いたいことは充分分かった。だからもう帰って。雷雨の目の前から消えて! 雷雨は独りで死ぬ。たった独りで死ぬの。君と一緒になんてごめんなの。

 最初から分かってた。土台無理な相談だって。君は本当に普通の子だもの。雷雨と運命を共にするなんて間違ってる。異常と言ったっていい。そんなものに少しでもすがった雷雨がバカだったっ。期待した雷雨がバカだったっ! 君なんか選んだ雷雨がバカだったっ!!」


「バカたれ」


 和輝は遠慮なく雷雨の頭に拳を打ちつけた。


 頭を抑えて悶絶する雷雨に、和輝は本当に冷めた視線を向けて、言った。


「なに勝手に話し進めてやがる。俺はテメェに協力することを伝えに来たんだよ。盛大な勘違いしてんじゃねえぞ馬鹿野郎」


「………………え?」


 たっぷり数秒。痛みも忘れて呆然と和輝を見上げて、雷雨は鳩が豆鉄砲くらったみたいな声を出した。


 和輝はそんな様子を見て溜息を吐き、


「あのな、履き違えるなよ。俺がこんなに冷やかとしてんのはな、ムカついてるからだ。ああそうだ、俺は怒ってんだよ。命を捨てることで現実から逃げようとしてるテメェにな。そんでもって、そこまで追い詰めるようなことしやがった俺自身にもだ。

 ったく、胸糞悪い。最近自分にムカついてばっかだぞ俺。健康に悪いったらねえよ」


 一通り悪態をつき終わると、和輝はしゃがみこんで雷雨と視線を合わせる。


「俺さ、本当は迷ってた。ここに来るべきかどうか。人生棒に振っちまっていいのかさ。実際さっきは本気で行かないと考えてた。でもさ、嫌だったんだよな」


 そこで言葉を区切り、優しく笑って頭を撫でた。


「お前が死ぬことが、どうしても嫌だった。だから俺はここに来た」


「―――なに、それ」


 雷雨は目に溜まった水を零さないようにしながら、抑えようのない喜びで体を震わせていた。


「雷雨が死ぬってことは気にしないでいいって言ったじゃない」


「うっせー。お前が気にしなくても俺は気にすんだよ。魂の使者だかなんだか知らねえけど、俺にとってお前はただの女の子だ。そいつが死ぬことで手に入れる平和な日常なんて俺はいらねえんだよ。平和な日常は俺の手で作る。誰も不幸にならない方法でな。

 それによ、こうも思った。俺はまだまだ弱い。大切な人を守るには力が、経験が足りないって。でもお前と一緒なら、死ぬ一歩手前の経験が詰めそうだろ? そうなれば俺は今よりももっと強くなれる。な、一石二鳥でお得だろ? これを逃す手はねえよな」


「……うん、そうだね」


 雷雨は震える声でそう言った。堪えきれなくなった涙が頬を伝う。

 卑怯だと思った。ここでそんなことを言うなんてずるいと思う。誰がどう聴いたって、後者の理由は付け足しに過ぎないじゃない。本当に、ずるいよ。


「ま、なんにしてもお前に拒否権はなさそーだな。あっちはやる気満々だし」


 気づけば既にケガレ邪鬼は立ち上がっていた。しかも斬られた右腕がいつの間にか再生している。まったくもって尋常でない生き物である。


「つーわけだ。……こんなこと、俺が言えた義理じゃねえけど……」


 和輝は立ち上がって、手を差し出す。


「これからよろしくな」


「うんっ」


 雷雨は和輝の手を掴む。

 その瞬間。光が二人の体を包み、それが消え去る頃には雷雨の姿は掻き消えていた。


「―――さてと。そんじゃ軽くひねってやるか。な、<雷雨>?」


『おーともっ!』


 頭の中で雷雨の声が響くと同時、右腕に付けたリストバンドから眩い光が放たれ、体の内側から莫大な力が流れ込んでくる。まるで羽が生えたみたいに体が軽い。数時間前の戦闘で残っていた疲れも残らず吹き飛ぶ。今ならどんな奇跡でも起こせてしまえそうな気がする。


「はっ!」


 気合の一声を上げて、和輝は走り出す。

 その腕に奇跡の力を伝染させて。


「<雷神拳>!!」



 この日―――。


 神代和輝は、本当の意味で戦士となった。


 





◇◇◇







「あー疲れた」


 言って和輝は仰向けに倒れた。もうケガレの姿はない。あるのはいくつかのクレーターのみ。ところでこれって一体誰のせいになるんざましょ?


『お疲れ様だね』


「おう」


 威勢よく返すが、反して体は元気がなかった。さすがに一日で二連戦はこたえたのだろう。

 このまま朝までここで寝ちまおっかなー、と半分本気で思う和輝だったが、残念ながら和輝の一日はまだ終わっていない。そう、これから自分は家に帰って一日中何してたんだと根掘り葉掘り聴かれることになるのだ。果たして今晩眠ることができるのは何時だろうか。


「神代くんっ」


 なんて考えていると、少し離れたところから聞き覚えのある声で名を呼ばれた。驚いて半身を起こすと、ずいぶんとほっとした表情でこちらへ駆けてくる少女の姿が視界に入った。


「……紅さん……?」


 暗闇の中でもその美しさを一向に削がないほどのお金持ち美少女、紅美夏。そんな彼女が一体どういうわけでこんな夜中にしかも公園なんかに来たのだろうか。


 とりあえず和輝は笑顔で挨拶。


「よう。こんな時間に散歩か?」


「そんなわけありませんっ」


 怒り顔で一蹴された。


「どうしたんだ? なんか俺にはお怒りモードのように感じられんだけど……女の子の日?」


「違いますっ! ていうか女の子に真正面からそんなこというのはセクハラですよっ!」


「じゃああれだ、いつもはコップ十杯飲んでる牛乳を今日は六杯しか飲めなかったんだろ」


「私はコップ十杯も飲まないと平常を保てないんですか!?」


「分かったっ。100円ショップは全部が全部100円だと信じていたのにそれ以外のものがあることに怒ってるんだろ」


「神代くんの中で私はどこまで世間知らずなんですか!? 私そこまで常識知らずじゃないですっ」


「え? 違うの?」


「そんなとても明らかに驚いた顔しないでくださいっ」


 ぜぇぜぇと美夏はツッコミで消費した酸素を補給している。それを見て和輝はなんだか感慨を覚えた。今思えば、俺の周りってこういうまともなツッコミキャラ少ないからなあ……。


『和輝最悪』


 突然雷雨が脳内で和輝を罵倒した。


 あん? と顔をしかめる和輝に、雷雨は言葉を続けた。


『あのねえ、こんな夜更けに女の子が一人、しかもこんな人気のない公園にまで来て、その上和輝を見てすっごく安心した顔になったんだよ?

 ……そんな女の子の気持ちなんて決まってるのに……。

 ……それをこんな風に茶化すなんて……。

 とりあえず逝ってよし」


 とてつもなく酷い言い様ですね!?


「神代くんっ!」


「え? あ、はい。なんでございましょう?」


 大声で呼ばれて思わず居住まいを正す。


 美夏は一度大きく息を吸い、怒りの顔をさらに強めて勢いよく言葉を吐き出した。


「心配したんだからっ!!」


「……え?」


 何を言われたのか。

 意味を解せないまま和輝は呆然とする。


「―――今日、学校に行ったら神代くんいなくて、最初は遅刻かなと思ったけど、結局お昼休みまで来なくて、風邪でもひいたのかなって心配してたら、加代さんが教室に来て、神代くんが来てないって伝えたら大騒ぎになって!

 事情を聴いて携帯に何度も連絡入れても、ぜんぜん返事来なくて、放課後もずっと神代くんのことみんなで探して、それでも見つからなくて、もしかしてなにか事故にあったんじゃないかって……みんなみんな、とっても心配してたんだよっ!?」


 途中から、美夏の怒り顔は今にも泣き出しそうな顔になり、声も徐々に沈んでいき、でも最後の言葉だけは、大きな声で言い切った。それが和輝の胸に突き刺さった。


「……ごめん。なんかすんげえ心配かけたみたいで。ほんと、ごめん」


「ううん、いいの。神代くんが無事なら、それで」


 立てる? と美夏は手を差し出した。和輝は素直にその手を取り―――彼女の手がとても冷たいことに気づいた。当たり前だ。いくら春とはいえ今はまだ四月。夜中はそれなりに寒い。そんな中、彼女はずっと走り回っていたのだ。まだ知り合ってから間もない、ただのクラスメイトを探すために。


 バサッ


 美夏の体に、薄着の上着がかけられた。


「神代、くん……?」


 少し驚いた声の美夏には答えず、和輝は上着から手を離した。


「その方が少しは暖かいだろ」


 ややぶっきらぼうだが多大な優しさが込められた言葉。美夏の顔が朱に染まった。


「あ、ありがとう……」


 恥ずかしそうに美夏は俯く。それを見ているとなんだか和輝まで気恥ずかしくなってきてそっぽを向いた。そーいやこのクレーターのこととかツッコまないんだな、とかどうでもいいことを考えて気を紛らわして。


 すると。


「お姉ちゃん式愛情表現・ラブラブダーーーイブッ!!」


 ササッ


 ズザーッ


 なにやら高速で迫り来る物体があったのでとりあえず避けたら、それは見事に顔面スライディングをかましてくれた。


「つか、何やってんだ加代姉。新しい遊びか?」


「えう〜。お姉ちゃんの愛を避けるなんて酷いよ〜。顔痛いよ〜」


 涙目で抗議するブラコンシスター、神代加代。その綺麗なお顔は摩擦で赤くなっていた。これを自業自得と言わずになんと言う。


「だ、大丈夫ですか? なんだかすごく痛そうでしたけど」


 心配して差し出した美夏の手を加代は払いのけた。


「ムー! ライバルである美夏ちゃんの施しは受けないのだーっ! カズちゃん起こしてー!」


「ヤ」


「一文字否定!?」


「さーてと。んじゃ帰ろうか紅さん。送っていこうか?」


「まさかの完全スルー!?」


 マジで帰ろうとしたら加代が足にしがみついてきたので、渋々和輝は彼女を起こした。


「頼むからさあ、いい加減他にいい男でも見つけろよ」


「カズちゃん以外にいい男なんていないもん!」


「あれー? なんで俺こんなゴミなんて持ってるんだろー?」


「お姉ちゃん生物ですらないの!?」


「か、神代くん…。そ、それはさすがにあんまりじゃあ…。加代さんだって、神代くんのこと心配して今まで探してたんですから」


「……分かってるよ」


 穏やかに笑って、和輝は姉の頭を撫でた。


「ごめんな、いろいろ心配かけて。それと、こんな時間までずっと探しててくれてサンキュ。嬉しかった」


「か、カズちゃーんっ!」


「うわっ! こらっ、ちょっ、抱きつくんじゃねえ!」


「お姉ちゃん、もう一生カズちゃんから離れないよー!」


「離れろバカ野郎ー!」


 とまあこんな具合に、しばらく二人は仲良くじゃれ合っていた。


 そこへ。


「あっ! 和輝お前、こんなとこにいたのか!」


「うわあ。なにこのでっかい落とし穴。あんた一体何しでかしたの?」


 怒り半分安心半分の春風明良と、ほへーと感心している神代実代が現れた。


「実代姉…それにアキまで。二人も俺のこと探してくれてたのか?」


「まーね。あんたがいないと夕ご飯食べられないしね」


「アタシは美夏に協力しただけだからな」


「あれれー? 結構真剣に街中走ってるように見えたけどー?」


「気のせいだっ!」


「くっ! どうしよう和輝! この子ちょーかわいいよ! 連れて帰ってもいい?」


「捨て犬かアタシは!」


 急に騒がしくなった公園。さっきまで戦闘が繰り広げられたいたとは到底思えないほど平和ボケした空気。

 和輝は笑う。口を大きく開けて。


 だって、おかしいじゃないか。


 みんなに心配かけた俺を、誰も本気で怒らないなんて、ほんとにおかしい。


「さってと、それじゃあもう遅いし帰りましょうか」


「そうですね。実を言うと私少し眠いです」


「ふふふー! まだまだお子様だね美夏ちゃん! 私なんてこれからが一日の始まりって感じでぐー」


「加代先輩! 立ったままで寝るなっ! てかあんた器用だな!」


 四人の女性人は仲良く歩き出す。和輝はしばし彼女達の背を見ながら、


「雷雨。俺さ、戦うよ。

 世界のためとか人類のためとかそんなんじゃない。俺は今が楽しいんだ。失うのが怖いぐらいな。だから俺は、この日常をぶち壊す奴を絶対に許さねえ。今の平和を、俺の大切な人達の平和を、俺が守る。

 なってやるんだ、物語の主人公に。

 そのためには、俺一人じゃ無理だ。だからさ―――」


『うん。雷雨も精一杯協力するね』


「―――ああ、頼むな、相棒」


『りょーかい!』


「神代くーん! どうしたんですかー?」


「いや、なんでもない!」


 和輝は小走りで四人の背を追う。




 どこまでも澄み切った、汚れを知らぬ少年のような顔で。






〜次話予告〜

ついに戦士となることを決意した少年・神代和輝。

日常と非日常の二重生活。そんな日々がこれから毎日続いていくことに溜息をつきながらも、大事な『今』を守るために和輝は新たな人生を歩みだす。


今回の話でとりあえず区切りがつきました。でもまだはっきりいって序盤もいいとこです。章でいうなら第0章ぐらいです。この小説、あとどれぐらい経てば完結するのだろうか。はい、書くの遅くてまことに申し訳ありません。これからも日々精進していきますので、なにとぞお付き合いを。

感想とかよろしくお願いします。

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