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第15章:やるべきこと





 戦闘が始まって、約二十分。



 和輝は未だ攻めに転じられないでいた。



「ハァ…ハァ…ッ」


 荒い息を吐きながら、和輝は水平に飛んでくる糸を横っ飛びでかわす。目標を見失った糸は地面に付着し獲物を捕らえる罠となる。あれに足を取られれば間違いなく身動きが取れずに食い殺される。


 ケガレの攻撃は止まることを知らない。


 和輝が立ち上がるまでのわずかな隙を突いて接近、二本の足で左右から襲いかかる。和輝は後ろに下がるべきか前に突っ込むべきか一瞬だけ思案し、おもむろに地面に向けて拳を放つ。氣を練り上げ放たれた拳は固い土を容易く掘り起こし、砂塵を巻き上げる。それに紛れ跳躍。拳を固く握り締め初めて攻撃に転じる。狙うは巨大蜘蛛の背。


 が、その拳が届くよりも速く糸が放出される。


「チィイ!」


 既に拳を振り上げているので回避運動は間に合わない。一か八か、和輝は奥の手に出る。


 体内で氣とは違うチカラを練り上げる。雷をイメージする。昨日の感覚を思い出す。答えにたどり着けないわだかまりを怒りに変え、その元凶となった化け物を滅ぼす意志を形成する。その二つは混ざり合い奇跡の力を和輝に与える。


「焼き尽くせっ! <雷神拳>!」


 雷の篭手に覆われた右腕は迫り来る糸を焼き払いながら突き進み、顔半分を灰すら残さず焼き尽くした。


「どうだ!?」


 期待を込めて和輝は見上げる。技の威力は申し分ない。手ごたえも確かにあった。さすがにこれは利いたはずだ。


 

 だが、ケガレは一瞬よろけただけで何事もなかったように攻撃を再開した。


「………ッ!!」


 驚愕に身を固まらせる時間すらなく再び回避運動に専念する。


「ちくしょうがっ。いくら常識が通用しないからってさすがにこれはねーだろ!?」


 一体どうする? と和輝は焦る頭で考える。


 奴の攻撃は防ぐことができず避けるしかない。加えて、少しでもかすればそれだけで冥土送りは確定だ。今のところは避け続けることはできるが、このまま持久戦に持ち込まれると体力が持ちそうにない。かといって突っ込むにはリスクが高すぎる。しかも体勢を整えるために距離を取ってもねばねば糸を吐き出してきやがる。攻撃する隙が少なすぎる。


 なんとか隙を突いて接近することができても、おそらく打撃によるダメージはあまりないだろうし、<刃馬>が通用するようにも思えなかった。


 奴に決定打を与えるには雷神拳しかない。


 しかしだ。和輝は思い出す。雷神拳の限度と使用回数を。


 打てるのは最高で五発。一昨日体育で使った殺人シュートも計算に入れるなら、今ので既に三発目。あと二回しか発動できない。むやみに使うわけにはいかない。


 となれば。

 俺が勝つ方法は一つだけ。



 奴の弱点を打ち砕く。



 初めての戦闘を思い出す。あの時、和輝の放った連撃はひるませることはできても傷を負わせることはできなかった。雷雨の一撃もケガレのわき腹をえぐることはできていたようだが、致命傷には至っていなかった。しかし、最終的にケガレはたった一発の雷神拳で消滅した。その時狙ったのは鬼を象徴するかのような天に向かって生える角。


 おそらく、あの巨大蜘蛛にもそれと同じ『急所』がある。

 それさえ狙えば、たったの一撃で戦局をひっくり返すことが可能!


 ……しかし、当然のことながら和輝は奴の急所を知らない。


「ちっ!」


 和輝は大きく後ろに跳んで錆び付いたサッカーゴールの枠に着地。巨大蜘蛛を見下ろし弱点を探す。だが一見するだけでそんなもの分かるわけがない。和輝は雄と雌の比べ方すら知らない完璧な素人なのだから。


 それでも、あの鬼のように何か目立つものがないかと必死に目を走らせるが、突起物は先端に爪のついた歩脚ぐらいなものだし、模様の違いもなさそうだ。


 見つからない。


「くそっ!」


 悪態をつく和輝に、数秒間上を見上げていただけだった巨大蜘蛛が飛びかかった。慌てて和輝はその上を飛び越え背後を取る。その直後、今となっては聞きなれた何かを吐き出す音を聞いて、反射的に和輝は前へと転がる。一瞬前までいた場所に網状の糸が広がっていた。その後も糸は連続で吐き出され、次々と和輝を襲う。


 幸い顔の半分を砕いたおかげで距離感が曖昧になっているらしく避けるのはそう難しくない。和輝は敵の無尽蔵に吐き出される糸に舌打ちしながら持ち前の身体能力と磨きぬいた反射神経でそのすべてをかわしきり―――――



 気がついたとき、和輝の周りには無数の蜘蛛の巣が張り巡らされていた。



「……絶体絶命かよ……」


 滴り落ちた冷や汗が地面をぬらす。


 完全に逃げ場がなくなっていた。数十個もの落とし穴に囲まれたような気分だった。あと二、三回でも後ろに飛ぶなり横に飛ぶなりしようものなら、奴の食料(えさ)になる運命から逃れることは出来ない。


 ケガレもそれが分かっているのだろう。さっきまでの俊敏性が嘘のような速度で和輝へと歩み寄る。


 抑制されていた恐怖がぶり返してくる。足が震える。しかし、絶望を心に浮かべることだけは決してせず、和輝は与えられた思考時間で策を練る。


 一つ呼吸をして間を置き、今知りうる限りの情報を頭の中で整理する。


 勝利条件は二発の雷神拳で敵の急所をつくこと。

 失敗した場合は即死と考えていい。

 周りは囲まれてしまっているので倒すなら前に突っ込むしかない。

 敵の爪部分には生き物を溶かす能力が備わっている。

 放出される糸は粘着性があり無尽蔵である。



 そして、弱点は今のところ不明。



 これが一番の難関だと和輝は思う。敵の懐へどう飛び込むかは考えればどうにかなりそうだが、問題はその後どこへ拳を放てばいいかが分からないことだ。


 和輝はせわしなく眼球を動かして敵の弱点を探す。もしあの八本の足の内のどれかだったりしたら、それはもうお手上げだ。見分けなんてつくはずがない。


「……ちっくしょうがっ!」


 一体どこが弱点なのか。足か、顔か、背中か、腹か、それとももしや弱点などないのか………いや、いくら常識の通じない化け物でも、生物である以上必ずどこかに弱点が存在するはずだ。そう思わないと勝てる気がしない。しかし、探せば探すほどどこも怪しく見えてくる。それらすべてを試すには体力とセレスが持たない。何よりあの乱撃と糸の連続攻撃をかわし続けることができるわけ―――


「………?」


 いや、待て。なんだ今の違和感は? 何かが思考の隅で引っかかる。そうだ、よく思い出せ神代和輝。今までの戦闘のすべてを何度も反芻しろ。絶対どこかに違和感が―――


「―――そこか」


 静かに、和輝は呟いた。


「ふふ、ははっ。そうかそこか。なんで気づかなかったんだよ俺は」


 自嘲気味の笑いを浮かべて、和輝は拳を握り締める。


 いける。

 

 得体の知れない感覚が体中に広がっていく。そう、例えるならば、周りの人間が誰も解けない問題が解けたときのような、優越感にも似た感情。


 ケガレとの距離は、直線距離にしておおよそ十メートル。


 その距離を詰めて、『あそこ』へ拳を放てばすべてが終わる!



 ………。

 

 ……。


 …。




 ……終わるのか?




 あいつを倒せば、本当に俺はすべてを終わらせられるのか?




 違う。

 よく考えろ俺。


 ここでこいつを倒しても、それですべてのケガレが消え失せるわけではないだろう。こいつを倒せば次が、次を倒せばそのまた次が、俺の前に現れる。俺はそいつらを毎回、今回みたいに死ぬ思いで倒していかないといけないのか? 冗談じゃない。そんなことをしていてはマジで死んでしまう。しかもろくな死に方じゃないに決まっている。そんなの嫌だ。俺はまだまだ死にたくない。


 そもそも、俺が無理にこいつを倒す必要なんてないんじゃないのか? 確かに弱点の目星はついた。でもそれが正解である保障なんてどこにもない。それに距離を詰め切る前にやられるかもしれない。それなら、敵を倒すことを考えずに、逃げることを優先した方がいいんじゃないのか? 雷神拳はまだ二回使える。それだけあればこの蜘蛛の巣を焼き払うこともできる。あとはただひたすらに逃げればいい。


 当然奴は追ってくるだろうが、丸一日ほどなら逃げおおせる自信がある。その間に他のソウルマスターが奴を退治してくれるかもしれないし、最悪、今夜零時になれば俺はセレスを失う。そういう約束だ。奴が俺を狙うのは、たぶん俺の中にセレスの力があるから。魂の使者達が食われるってのもそれなら納得できる。おそらくケガレ達にとってセレスって言うのは餌みたいなもんなんだろう。

 だから日付が明日に変わりさえすれば俺はこいつに執拗に狙われなくなる。そうだよ、これが一番危険が少なくていい作戦じゃないか。


 だいたい、俺がこいつを倒さないといけない義務なんてどこにもない。俺はいわば不可抗力でこんな力を手にしてしまったに過ぎない。そうだ、俺は被害者なんだ。その俺がなんで命賭けてこんな奴と戦わなくちゃいけない? 理不尽だ。逃げたって誰も文句は言えないはずだ。そうだろ? 俺はどんな時でも逆境をひっくり返すことのできる超人じゃないし、不可能を可能にする魔法使いでもない。学校行って友達とダベって授業受けて青春イベントもたまに発生しちゃってるただの高校生だ。変な正義感に捕らわれて食われるなんざまっぴらごめんだっての。俺は毎日を普通に過ごせればそれでいいんだ。他のことなんて、知ったことか。だいいち―――



 ―――その時、動物の鳴き声が聞こえた。


「え?」


 思わず和輝は顔を上げた。


 見れば、巨大蜘蛛の作った蜘蛛の巣に、二匹のイタチが絡まっていた。どうやらどこかからか迷い込んできたらしい。


 ケガレもそれに気づいてか、声のした方に顔を向け、数秒動きを止めると、再び足を動かした。


 二匹のイタチへと向かって。


「……え?」


 もう一度、和輝は間抜けな声を上げた。


 ちょっと、待てよ。俺はこっちだぞ。そいつらは関係ないだろ。ただ偶然ここに来ちまっただけの奴らだぞ。おい、なんだよその目は? まるで新しい獲物を見つけたみたいなその目はなんだよ?


「テメェ! なによそ見してやがる!」


 よく分からない激情に駆られ、和輝は力の限り走り出そうとする。


 が、その前に糸が和輝に向けて吐き出された。

 慌てて転がりそれをかわす。


 

 再び起き上がり、ケガレの向かった先へ視線を向けたとき。


 すでに、二匹のイタチは巨大蜘蛛の餌となっていた。


「……あ」


 まず、片方のイタチの腹に足の爪が突き刺さった。耳をつんざくような鳴き声がグラウンドに響き渡り、血が糸を伝って滴り落ちる。その後、まだかすかに息のあるイタチをそのまま食べ始める。少しずつ、まるで味を噛み締めるかのように。その横で、もう片方のイタチが化け物から逃げようと必死に暴れている。やがてそのイタチにも同じような行為が行われた。ケガレの口元が赤く染まっていく。


 和輝は、それを見てピクリとも動けなかった。


 残酷な光景に吐き気がしたからとか、自分を前にして食べることに夢中になる蜘蛛に怒りを感じたからとか、そんな理由ではない。


 和輝には、捕食されているイタチが、とある少女に見えた。


 二百年もの間、たった一人で戦ってきた脆い部分を持つ孤高の戦士。黄金の髪を揺らし、優しく微笑む少女。


 魂の使者―――雷雨の姿が、イタチ達と重なって見えてしょうがなかった。


 和輝は、思い出す。



 今夜零時。一体どういう経緯で自分がチカラを失うことになるのかを。



 自分が、俺が、あの子を裏切れば、間違いなく目の前と同じ現実が舞い降りるのだ。


 その想像が、何故か和輝に莫大な怒りをもたらした。



 俺は、なにをやっている。



 さっきまで逃げることしか考えていなかった己の足を睨みつけ、和輝は爪が食い込むほど強く拳を握る。


 なんでこんな気持ちになるのかは、よく分からない。でも、でもさ、その気持ちが俺自身に向いているのは分かる。そして、俺が今やるべきことなのは、逃げることじゃないってことも。

 

 気づけば、再び巨大蜘蛛の目は和輝を捉えていた。どうやら、楽しい楽しいディナーの時間は終わったようだ。それを見て、和輝は笑う。そして口だけ動かして告げる。




 ―――それがテメェの最後の晩餐だ―――




 距離はさっきとほぼ同じ。懐へと飛び込む策はたった今捻り出した。


「終わらせてやるよ、テメェの物語を」


 ダッ、と和輝は地を蹴る。二歩で3分の2を詰める。


 当然のごとく、ケガレはその鋭い爪を叩きつけてくる。和輝はそれを寸でのところでかわし、地を蹴って跳躍。三度上を取る。


 ケガレは和輝を見上げて、『予想通り』粘着質な糸を吐き出して和輝を捕縛しようとする。



 が、その糸は和輝の体を“すり抜けた”。それと同時に和輝の体が霧散する。



 偽身(ぎしん)


 その名の通り、氣で形成した分身を使い敵の目を欺く技である。


 そして本体は、その隙をついて敵との距離をさらに縮める。


 本来ならここで勝負がついていたはずだったが、さすがは化け物、本体の動きにギリギリ気づき、二本の足で左右から襲いかかる。


 絶体絶命。見るものすべてにそう思わせるほどの攻撃に対し、和輝は右手に雷の篭手を装着。そしてそのまま、地面に向けて振り下ろした。



 砂塵を巻き上げるだけの拳ではない。無数の石のつぶてをも相手に浴びせる反則的な攻撃。つぶてによって蜘蛛の攻撃が若干反れる。それだけで充分。和輝は体を捌いてそれを避けると、素早く股下を潜り後ろを取る。そして反転。今度は死角から上を取る。



 巨大蜘蛛の攻撃には、一定のパターンがあった。



 敵が近距離に接近してきた場合、もしくは自ら飛び掛るときは足の爪を使う。それらをかわされ距離ができたときは、糸を吐き敵の行動を乱すと同時に罠を準備する。そしてひるんだ相手に接近し、また接近戦。大抵がそれの繰り返しだった。

 

 しかし、ある行動に対しては例外的な措置が取られる。



 そう、己の頭上に敵がいる場合だ。



 思い返せばいい。今までに和輝は何度か上を取ることがあった。そのたびに巨大蜘蛛は、降下してくる和輝を待ってカウンターで迎撃すればいいだけなのに、距離のある内から糸を吐いて遠ざけた。まるで一秒たりとも背を晒したくないかのように。


「うぉおおおおおおおおオオオオオオオオおおおおおッッ!!」


 和輝は力の限り吼えながら右手に氣を集中させ、<刃馬>を顕現させる。ただしその大きさは昨日使ったものとは比べ物にならない。大剣と表現しても問題ない刃を、和輝は思い切り巨大蜘蛛の背に突き刺す。血を吹き出させることはできなかったが、氣の刃は硬質な背を貫き深く突き刺さる。巨大蜘蛛がくぐもった声を上げて暴れる。


 そこでさらに和輝はチカラを練る。



 一昨日の一軒以来、和輝の中でもしやと思うことがあった。



 無意識の内に放っていた、ただのサッカーボールを凶器へと変えた殺人シュート。あの時、ボールを蹴る瞬間まで、和輝の足には何の変化もなかった。だが足がボールに触れ、振り切る頃にはボールが雷に包まれ突き進んでいった。

 それを見て、和輝は心の隅でこんなことを考えていた。



 もしかして、雷神拳のチカラは体外へと移すことができるんじゃないか?

 それができるなら、俺の格闘術と合わせて発動することはできないか? 



 もちろんそれが成功する根拠もなければ保障もない。

 だが今の和輝の頭には失敗するという未来が欠片も浮かんでこなかった。成功するとも思っていなかった。

 目の前の化け物をぶちのめす。

 本当にただそれだけを思い、和輝は脳内で雷をイメージした。


「これで決めるっ」


 瞬間、和輝の腕と一体化している<刃馬>に、まるで本物の雷が落ちたがごとく電気が纏わりついた。思わず目を背けるほどの閃光。空気を震わせる苦悶の声。

 構わず、和輝は全力でそれを振り切った。


「引き裂け! <雷刃閃らいじんせん>!!」


 その一撃で、巨大蜘蛛の体は胴から真っ二つになった。

 耳へ突き刺さる断末魔が遠ざかると共に、巨大蜘蛛の体は虚空へと消え去った。

 

 勝ったっ! と歓喜に打ち震えながら和輝は着地した。

 



 それを狙うかのように、視界の大半を埋め尽くす子蜘蛛達がわらわらと襲い掛かってきた。




「―――ッッ!?」


 勝利を確信した直後の襲撃に、和輝は危険を感じながらも回避運動を取ることが出来なかった。目を瞑る暇もないまま、圧倒的な数で飛び掛る子蜘蛛達はそのまま爪を突き刺そうとして――――


 ズバッ!



 ――――突き刺そうとして、その直前にすべての子蜘蛛が一刀の元に切り伏せられた。



「な……っ」


 虚空へ消えていく子蜘蛛達を呆然と見据えながら、和輝は言葉を失っていた。


 今の一閃は、自分のものではない。自分は何もしていない。

 一体誰が?


「詰めが甘いですね」


 久しく聞いていなかった人の声。


「その巨大蜘蛛――ケガレ蜘蛛は、倒される瞬間に子を産み落とすことがあります。以後、この手の相手と戦うときは最後まで気を抜かないことをお勧めします」


 凛とした、冷たさすら感じさせる声音を発する人物に、和輝は視線を向けた。



 そこにいたのは、忍びのような装束に身を包み一振りの真剣を手にする美女だった。



「……あんた、誰だ?」


 <刃馬>を顕現させたまま、和輝は少し腰を落としてそう声をかける。


「ずいぶんと失礼な態度ですね。わたしは仮にもあなたの命を救った者。そこまで露骨に警戒することはないでしょう?」


 そう返答する彼女の足元は、鋭利な刃物で切り裂いたように深く鋭くえぐれていた。その傷跡は和輝の元まで伸び、それだけに留まらず遥か後方まで突き進み、


 ドゴォッ!!


「な、なんだ!?」


 慌てて振り返った先で、サッカーゴールが綺麗に二つに分かれ左右に倒れていた。和輝は呆然を通り越して唖然とするしかない。


「……あんた、一体なにを……」


「大したことはしていません。

 疾風の速さにて振りぬいた斬撃により発生した衝撃波で敵を一閃しただけです」


 あっさりとものすごいことを言う女。その表情はやけに淡々としていた。自慢げな様子も達成感に溢れた様子もない。暗に「そんなことはできて当たり前」と言われているように感じて、和輝は冷や汗を流した。


 斬撃により発生した衝撃波を放つ。


 斬撃ではなく拳撃による衝撃波なら和輝でも出せないことはない。しかしその距離はせいぜいが5メートルと言ったところ。この広いグラウンドの約半分を横断させるなんていくら氣を集中させたってできやしない。


「この程度のことで驚いてもらっては困ります。わたし達はこの世を腐敗させる物の怪、ケガレを滅する者なのですよ? 今のは“ほんの”小さな奇跡でしかありません。わたし達のもつチカラ、<セレス>は、もっと大きな奇跡を起こすことができます。それを常に忘れないでください」


「な、んで、あんたそこまで……。もしかして、あんたも俺と同じ……」


 言い終えるより早く、女は背を向けていた。


「序盤から中盤にかけてと最後の甘さには感心しませんが、終盤の動きには目を見張りました。なかなか興味深かったです。それでは」


「なっ、ちょ、待てっ!」


 静止の声もむなしく、女は闇に紛れて姿を消した。


「くそっ」


 追いかけようかと一瞬思ったが、それを行動に移す前に和輝はうつ伏せに倒れた。さすがにあれだけの戦闘を行った後ということで体力が尽きたらしい。右腕も、初めての技のリバウンドを受けてぴくぴくと痙攣している。しばらくはまともに動きそうにない。


「とりあえず、戦いは終わったのか?」


 うつ伏せになったまま辺りを見渡して、襲ってくるものがいないことと、新たな敵と第三者が現れる気配がないことを確認して、ようやく和輝は安堵の息を吐く。そのまま数分間ボーっと夜空を見上げていた和輝だったが、ふと、今日の晩飯なんにしようかなー、と考えて、家にまったく連絡を入れていないことを思い出した。しかもよく考えたら朝から携帯の電源は入れていない。


「げっ」


 慌てて和輝は携帯を開いた。そこに表示される普段では考えられないほどの着信やメールの数を見て、思わず苦笑いした。さて、これの処理をするのは一体どこの誰で、どれだけの時間と弁解の言葉を並べればいいのか。考えるだけで笑える。自暴自棄という奴だ。


「でも、やけになるのはちょっとばかり早いな」


 次なる文句の言葉を受け取る前に、和輝は手早く携帯の電源を落とした。そう、やけになるにはまだ早い。俺にはやることが残ってる。


「ふあ……」


 とは言っても、今は疲れて一歩も動けない。無理して立ち上がっても三歩で倒れるのは明らかだ。それならもう少しぐらい、ここで寝ていってもいいだろう。




 約束(けつだん)の時間までは、まだ余裕があるのだから。





〜次話予告〜

苦戦の末ケガレ蜘蛛を倒した和輝。そしてそこに現れた謎の女。

彼女は一体誰なのか。

そんな疑念を持ちつつ、和輝は約束の地へと赴く。

己の答えを伝えるために。


久々にまともな戦闘書きました。どういう戦いになっているかちゃんと伝わっているのだろうかといつも不安です。感想とかもらえるとうれしいっす。

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