第13章:決断
一体どこまで話し引っ張んだよ?と自分で自分にセルフツッコミ。すいません。まだ引っ張ります。
あんなことがあった日の翌日でも、朝は何の変化もなくやってくる。
「………だる」
パチリと目を開け、神代和輝は目を覚ました。
目覚まし時計を見る。
アラームが鳴るまで、あと五分。
「……疲れてたから目覚ましなるまでぐっすりだと思ってたけど、習慣ってのは恐ろしいですな」
毎日同じ時間帯に起きていると、目覚ましに頼らずとも自然と目を覚ますようになる。それは規則正しい生活を送れている証拠なのだが、なんだろう? 一般的男子高校生ってのは、こんなにきっちり起きてしっかり朝飯作ってバカ姉どもを起こすものなのか?
「なんか、朝からすっごくテンション下がってきた」
それでも、和輝の体は自然と動いて支度を始めようとする。いやはや、習慣というのはまこと恐ろしい。
「ん?」
と、目覚ましに手を伸ばそうとした和輝は、体の動きが制限されていることに気づいた。手が時計まで届かない。ていうか、腰に何か暖かいものが密着している。
まさかっ!? 寝ぼけた美人お姉ちゃんが我が城に潜入&寝床に忍び込んじゃったてへ☆という素敵イベント進行中―――――ッッ!!!???
「―――って、ホントにいやがったよこのバカ姉!」
冗談で考えてた和輝はそれが真であることに気づいて思わず叫んだ。ていうか、朝から心臓に悪い。
「むにゃむにゃ。すぴー」
「くっ! 最近は『一緒に寝ようよ〜』とかいうふざけ意見がなかったから油断していた! 加代姉め、俺が鍵を閉め忘れたのに目ざとく気づきやがったな! チィイ! またか!? またしてもこの見えそうで見えない神懸かり的アングルか!? これは策略か? めちゃ無防備なパジャマ姿の加代姉を襲おうとしたところで実代姉がデジカメ持って登場して『和輝の弱みはしかとこのブツに収めたわふははははっ』とかそういう展開か! ええい舐めるでない! この不肖神代和輝、どれだけ血迷おうとも実の姉に手出しなどせん!!」
などと言いながらもちらちらと視線が加代のパジャマ姿に向く。仕方ないんです! これが男の性ってやつなんですてか朝から卑しい目つきでごめなさいでしたぁーッ!!
とりあえずこのままでは気がどうにかなってしまいそうなので、抱き枕のように腰に手を回している加代からなんとか抜け出し、目覚ましのスイッチをようやく切る。安堵すると同時に溜息が出る。ホント、このバカ姉を振り向かせるほどのいい男はいないもんかねー、と和輝は切実に思う。なんか、このままずるずると一生このバカ姉はブラコンのような気がする。……は!? あまりに壮絶な未来に一瞬気絶しちまったぜ!
「にしても、隣でこんだけ騒いでるのに、一向に起きようとしませんな」
ん〜。カズちゃん大好きすきスキふぉ〜りんらぶ〜とか寝言でほざいている姉の頬をつついてみる。おお、ぷにぷに。うりゃ、ぐりぐり。しかしそれでも加代は起きない。こうなれば最終奥義! 両方のほっぺを摘んで〜、ま〜る描いてちょんちょん!
「すぴー」
「お、起きねえ。ほっぺ引っ張ってんのに身じろぎすらしやがらねえ。……反応がない。まるで屍のようだ……って俺は朝っぱらから何言ってんだよ?」
なんにしても、このブラコンシスターは一向に起きようとしない。どうしよう? と和輝は思う。バカ正直に起こすのは却下。なんか癪に障る。でもこれ以上遊んでたら飯作る時間なくなっちまうからなー。
「お、そうだ」
手をぽんと叩いて、和輝はさっそく行動に移すことにした。
◇◇◇
下に降りると、神代実代が『起きて』いて、あまつさえ『朝食を』作っていた。
「ってこらこら。いくら私が普段ぐうたらであんたに頼りきりだったとしても姉の自覚ぐらいあるから、だから窓開けて『今日は槍の雨かブリザードかなー』みたいな顔すんな」
「………」
和輝は無言でテレビのチャンネルを変え、天気予報を確認する。
「あっ! やっぱ今日午後から雨降るって言ってんじゃねえか!」
「いい加減にしんしゃい」
「……はい」
おたまの一撃を脳天に受けて、和輝は頷くしかなかった。
「ほら、もう朝ご飯できるから、座ってなさいよ」
「あ、うん」
素直に座って待っていると、程なくして実代が二人分の皿を運んできた。乗っているのはトーストとスクランブルエッグにベーコン、レタスとプチトマトというあちがちの朝食だった。だが、そんなありがちなものでもこのぐうたら姉貴が自分で作ったというのが不思議でならない。もしや何かの陰謀?
「何疑わしい目で見てんのよ。心配しなくてもなんもないって。ただ純粋に、女の子二人に担がれて帰ってきたボロボロの弟を気遣っただけよ」
「……あ」
ごめん、と和輝は思わず謝った。彼女は、実代姉は、体中に痣を作って帰ってきた弟を、本当にただひたすらに心配していただけなのに、それを俺は―――
「いいわよ。普段の私が私だものね。実代っちぜんぜん気にしてねえっすよ?」
「ありがと、実代姉」
やべ、なんか少し涙腺緩んできた。
「さてと、んじゃ神代家長女のご好意に甘えて、いただくとしますか」
「はい、召し上がれ」
「ぎょべばぁああああああああああああああああああああっ!!」
二階からなんか悲鳴が聞こえてきたが、気にしない気にしない。
◇◇◇
「カズちゃアアアアあああああああああああんっ!!」
加代がばたばたと降りてきたのは、和輝が食後のティータイムを楽しんでいる時だった。
「ああ、加代姉。おはよ」
「おはようじゃないよぉ! 昨日はカズちゃん疲れてからこれはチャンスいひひと思い至上の喜びを感じながら一緒の布団に入ったのに朝目が覚めたら真っ暗で狭くてゾンビみたいな声聞こえてきて闇からキムチ星人が『キムチ食えー』って同胞を食べさせようとして! おまけにネロとパトラッシュが天使さんを引き連れて私を天国へご招待しようとしてなんとか逃げたけどそこには4次元ポケットがあって気が付いたら24世紀についててええここは普通22世紀じゃないの何故に24世紀そしてここはどこーっと混乱しまくりの加代おねえちゃんですがずばりカズちゃん私に何したの!?」
「……いや、ただ押し入れの中に放り込んどいただけだから、暗くて狭かったこと意外はすべて加代姉の妄想上の出来事かと」
「おまけにおまけにその未来世界には髪がつんつんでしかも光ってる筋肉むっちむちの人が『みんな、オラに元気を分けてくれーっ』とかわけ分かんないこと言っててそしたらそこに死んだはずのお婆ちゃんが出てきて『ふん、若造が』とやけに渋く言ってその人ぼっこぼこにしちゃってそれがもうすごい連続技でさすがのおねえちゃんも目を背けざるを得なくてそれでねそれでね――――――ッ!!」
人の話し聞いちゃいねえ。
「……また面倒なことしたわねあんたも」
「ああ、今になってすげえ後悔してる」
和輝と実代は目を合わせ、どちらかともなく溜息をついて肩をすくめる。やれやれ。
神代加代はいわゆる狭所恐怖症―――つまり狭いところが極端に苦手なのである。
しかも、狭いところに放り込まれると同時に暗所恐怖症も相乗して発現するから質が悪い。
「そういや、昔俺と加代姉が近所でイタズラしたのがバレて母さんに物置の中に閉じ込められたとき、なんていうか、俺は世界の終わりを見たよ」
「………私達も傍から見てるだけで扉を開けるのが恐くて縮こまってたわね、そういえば」
「ああ、そうらしいな。おかげで俺は、翌日になってようやく仮死状態で発見されたんだよな。……うわやべ、思い出したらチビりかけた」
過去を思い出して戦々恐々する姉弟である。その間、会話の中心人物は意味の分からないことをほとんど息継ぎなしで叫びながらパジャマ姿で暴れている。はっきり言って、この状態になった加代を止めるのは和輝でも無理だ。
「さーてと。んじゃ俺は学校行くかなー。実代姉、あとよろしく―――って既に逃げた後ですかっ!?」
ちきしょー先越されたー! と和輝は本気で頭を抱える。
「ぅわっはっはっはははははははは! 見たまえ! 人がゴミのようだ! あひゃひゃひゃひゃいひひひひひひひひうひゃひゃひゃひゃ死ねばーか! ……ぅ……ひっぐ……ぅえええええええええええええええんっっっ!!」
あの、神様。
この壊れた姉を、俺一人でどうにかしろと?
あはは。
無理っすねっ!
「んじゃ加代姉俺先学校行ってるからああそうそう飯は台所にあるからテキトーに食うよろし遅刻すんなよ服着替えろよ家壊すなよそれじゃ―――――――ッ!!??」
言い終えるより速く、加代のバックドロップが発動して逃げようとした和輝の意識を刈り取った。
何やらボキリというなまなましー音が聞こえた気がするが、何、気にすることはない。
◇◇◇
冗談でもボケでもなく素で命の危険を感じた和輝が生きた心地を味わったのはそれから一時間後のことだった。
「………あの、カズちゃん?」
和輝は答えない。黙々と歩を進め学校へと向かう。
「えと、そのですね、あーっと、いーっと、うーっと、えーっと、おーっと」
普段の和輝ならここで『あいうえおって絶対わざとだろ!』というツッコミが入るはずだが、その気配は一向にない。ていうか、加代だって分かっている。うん、それはもう今この場で土下座したいぐらい分かりきっている。
でも、それでも言葉にして確かめたかった。
「カズちゃん、怒ってる?」
「何か言った?」
ひゃひ! と加代は飛び上がってぶるぶると震え始めた。加代は知っている。こういう時和輝が発する『何か言った?』という言葉は『テメェ死にたいの?』と同じ意味を持つ。
つまるところ、わざわざ言葉にするまでもないが、和輝はキレていた。
そりゃあーもう、あまりの激情に傍を通りかかった野良犬がショックで動きを凍らせるほどに。
や、やばいっす! 加代お姉ちゃん人生始まって以来の超スーパーミラクルウルトラハイピーンチッ!!
「カズちゃん! 私カズちゃんラブだから!」
「何か言った?」
「お、お姉ちゃん、カズちゃんのためなら命捨てられるから!」
「何か言った?」
「か、加代ちゃん、いつでもキス受付中だから!」
「何か、言った?」
「か、加代、お姉、ちゃん、は、は………………………謝ったほうがいいの、かな?」
「“何か、言った?”」
加代お姉ちゃん、気絶するかと思いましたです、はい。
はあ、と和輝は溜息をつく。びくっ、と。ただそれだけで加代はこの世の終わりみたいな顔をする。
「……もういいよ」
さすがにこの態度にはショックの和輝はそう言った。
「もう怒ってねえから、んな俺から距離取るような真似すんな」
「……本当?」
「ああ」
「本当に本当?」
「ああ」
「本当に本当に本当?」
「これ以上ループさせたら病院行きにすんぞ」
ぶんぶんぶん!
高速に頷く音が聞こえる。
すると、今まで和輝と少し距離を置いていた加代は少しずつ、まるで飼い始めた猫みたいな仕草で近寄って来た。
「……体、大丈夫?」
それから、不意に加代はそう言った。
「大丈夫だよ。意識的か無意識的か分からんけど、とりあえず手加減されてたみたいだから、そんなに深刻なダメージはない。まあ、最初のバックドロップには意識持ってかれたけど」
いっそのこと女子プロ目指したらどうだ? と笑い飛ばす和輝だったが、加代は決して笑わない。
「“その”ことじゃないの。私が言っているのは、昨日のこと」
昨日のこと。
それが何を意味しているのか、わざわざ言葉にするのも面倒臭い。
「おいおい、いまさらそんな話かよ。んな心配しなくても大丈夫だよ。昨日も言っただろ? 氣で細胞を活性化させてずっと回復に専念してたから、夜には普通に動けるようになったし、一晩寝たらほぼ完全に傷も治った。気分も悪くない。快調そのものだ」
「……じゃあ、それだけ快調なら、昨日のこともはっきり思い出せるよね? ねえ教えてよ、カズちゃん。昨日、あのデパートで、カズちゃんは何をしたの?」
「………」
言葉が見つからなかった。
言うべき言葉はいくらでもある。伝えたい真実は多すぎるぐらいある。けれど、それを加代に話すわけにはいかない。だから和輝は言った。「悪い」と。
「正直、昨日のことは俺自身よく分かんねえことが多いんだ。だから、俺の中である程度整理がついたら、細かく話すよ」
「――そう」
聞きたいことは、山ほどあるだろう。
約十五時間前に起きた、デパート空中爆破事件。その事件はたちまちマスコミを引き付け、今朝和輝達が見ていたニュースでもそれが採り上げられていた。
結果だけを言えば、この事件による負傷者は奇跡的にゼロだった。爆発の規模は本来かなりのものだったはずだが、どういうわけか空中で爆発したためにデパートに被害はなく、周辺の建物にも同じことが言えた。とある目撃者の証言によれば、一人の少年が爆破装置と思われるものを紙袋に詰め屋上へ賭け上がり、それを投げ飛ばしたという。しかし、気づけばその少年は忽然と姿を消していた―――。
その少年が和輝であることを、加代は勘付いている。
でも加代は、それ以上追求しようとしない。
そうすることで、大事な大事な弟を苦しめることになると、直感的に思ったから。
だから、加代は笑う。
精一杯、いつもの自分を演じようとする。
いつか必ず、和輝が真相を話す日を心待ちにしながら、
今はただ、笑顔を向けて安心させてあげたい。
和輝の足が、止まった。
「……? どうしたのカズちゃん」
「悪い、加代姉。忘れ物してきちまった。先に行っててくれ」
「えうー? それならお姉ちゃんも付き合いますよー?」
「“いいから”」和輝は強く言い切って、「加代姉は先行ってろ。遅刻しちまうぞ」
「う、うん……」
煮え切らないものを感じながらも反論する言葉がないので、加代は先に行くねと言いつつ笑顔で手を振って歩いていった。
和輝はその後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くしてから、
「馬鹿野郎」
小さく、呟く。
「んなボロボロの笑顔、向けるなよ。バカ姉」
ギリッと奥歯を噛み締めて、和輝は一度家に帰った。
もう一度玄関をくぐったとき、和輝は私服だった。
「どこへ、行こうかな?」
そんなことを独りごちる。
それから、遠くの空を見ながら、誰かに向けて一言。
「あんたは、今の平和がこのまま続けばいいと思うか?」
こうして、和輝は学校をサボった。
〜次話予告〜
さまざまな考えが頭の中を駆け巡る中、自分に向けられたボロボロの笑みを見ていられなくて逃げ出す和輝。ふらふらと町を彷徨いながら、しかし明確な目的地を目指して和輝は歩く。その場所とは――。
今回の話は見れば分かるとおり半分以上コメディです。最近シリアスな展開が続いたので暴走させてみました。ちなみに余談ですが、明らかにこれと分かる元ネタ以外にも、分かる人には分かるネタも入ってみます。興味のある人は見つけてみてください。