第11章:命の重圧
毎度ながら、とろくさい更新ですみません
ちょうどうまい具合にエスカレーターも空いていたのと和輝の身体能力もあいまって、目的地へは三分とかからずに到着した。ご丁寧に掃除中の立て札がある。
「ここだな」
中へ滑り込んだ和輝は一つだけ施錠されている個室を発見する。間違いない。この中に爆弾の場所を示すヒントがある。
上を見上げた。若干の隙間はあるが人が通れるような幅ではない。側面も同じだろう。となると、中へ入る方法は一つしかない。
「ぶち破ってやる」
余裕綽々で和輝は呟いた。なんといっても今の自分には『雷神拳』がある。あれを使えばこんなドア一枚豆腐を貫くより簡単だ。
「昨日は成功したんだ。今日だって成功するはず」
拳を構える。絶対成功すると自分に言い聞かせる。雷を腕に這わせるイメージを作る。
「打ち砕け、<雷神拳>!!」
和輝の手首からゴキッという音が聞こえた。
「いだいいだいいだいいだ――――――いっ!!」
和輝悶絶。昨日と同じく哀れでバカな姿である。
「ちくしょーがっ! こんな得体の知れない技に頼ろうとしてたのがそもそも間違いだったんだっ!」
目に涙を浮かべて復活した和輝はもう一度手を前に出す。ただし今回は握り締めない。指先をきっちりそろえて手刀の形にする。
一度、深呼吸をする。これを使うのは久しぶりだが、鍛錬は怠っていない、成功するはずだ。
指先に氣を集中させる。頭の中でイメージする。この壁を切り裂く真の刃を。
「<刃馬>!」
叫ぶと同時、手の先から氣の刃が形成され、たやすくドアを切り裂いた。
「よし」
安心の息を吐いて和輝は氣を散らす。
ただ単に体を強化するのではなく、体外に形を持たせて氣を発現させるにはかなりの集中力を使う。これを使いこなせるようになるにはかなりの修行が必要で、和輝の尋常ではない強さが如実に現れていると言える。
「………今思ったけど、これ、俺がやったってばれたら警察行き?」
それでもこんなことを心配していたりと普通の部分もある。これも格闘家であることを隠しつつ日常生活を送る和輝の特徴と言えるのかもしれない。
個室へ踏み込んだ和輝は便座の上に裏向けで乗せられたA4用紙を発見した。
しかもおまけとして鉛筆と消しゴムも置いてあった。
「……なんか嫌な予感すんだけど……まさかなー」
とりあえず後者の二つは放っておいて紙を裏返してみる。
「ふざけんなっ!」
白色の表面には教科書などでよく見かける計算式が並べられていた。本当に、和輝でなくともふざけんなと言いたい。
「ああもう一体なんなんだよこれ!? これのどこがヒントだってんだよ! これじゃ数学の小テストじゃねえかっ!」
ひとしきり文句の言葉を並べ立て、和輝はその用紙を握り潰そうとした。が、電話の主から指名された場所はここで間違いなく、ヒントを示す紙がこれであることも確かなはず。ここでこれをくしゃくしゃにしてトイレに流すのは簡単だが、そうすれば爆弾解除への道は完全に絶たれてしまう。
「ちくしょうめ。やりゃいいんだろやりゃ!」
和輝は半分やけくそになりながら鉛筆を取った。冷静になって見ればどの問題も中学校で習う基本的な計算式ばかりだ。落ち着いて解いても五分もかからない。はずなのだが、タイムリミットがあるため焦る頭が計算を狂わせる。結局何度も消しゴムを使いながら六分かけて問題を解いた。
「できた、けど……これのどこがヒント?」
問題はすべてで九問。答えは上から『2』『5』『1』『21』『20』『9』『6』『21』『12』となっている。語呂合わせかと思って読んでみればツゴイツイツオって意味わかんねえ! 和輝は紙を破り捨てたくなった。
「だあーっ! どうすりゃいーんだよこれ!?」
元々和輝はこういう類のものが得意ではない。加えて時間がないという焦りが和輝の冷静さをどんどん失わせていく。
「くそっ。今は……3時30分。あと三十分しかない。どうする……?」
と、せわしなく動く和輝の眼球が、今まで問題を解くのに必死で見落としていた文字を発見した。用紙の下部に計算式とは違う書式で書かれた文字はまたしても数字。
「26?」
どういう意味だこれ。和輝は考えを巡らせる。26、26………26に関連するものは?
「――――? もしかして、これアルファベットのことか?」
中学校の問題を解いていて思い出した。アルファベットは全部で26文字というのは中1で習った基本的なことだ。もしこの26という数字がアルファベットを示しているのなら、この九問の問題によって導き出された数字をアルファベットに置き換えろということ?
「考えててもしょうがない。やるだけやってみるか。えーと、最初は『2』だからBだろ……」
アルファベットを順番に当てはめた結果、出てきた言葉は、
BEAUTIFUL
「ビューティフル? なんだこれ。この単語がどうしたって……」
そこで和輝はハッとした。
そういや、一番最初に立ち寄った洋服店の名前も『beautiful』じゃなかったっけ?
「あそこかっ!」
大急ぎでトイレを飛び出す。十分強の時間をくってしまっている。のんびり歩いている余裕なんてない。和輝は足に氣を集め、人混みを避けられる最低限の速度でデパートを爆走した。
◇◇◇
「……………」
和輝は絶句して立ち尽くしていた。
女性用洋服店『beautiful』についた和輝は、店員や客の奇異の視線を気にしながらもくまなく店内を探った。そして見つからなかった。
もしかしてはずれだったか、と不安になりながらもさらに注意深く捜索を続けたが結局見つからず――――
自分がまだ探っていない場所に気が付いてしまった。
「……俺を変態さんにしたいのかよ、あのクソ野郎……!」
和輝の目の前に、カーテンによって外界から拒絶された絶対領域たる個室が四つ広がっていた。
部屋の前に置かれた靴が、和輝に“使用中”の言葉を突きつける。
「いや! 落ち着け俺! そうだこんな時こそ落ち着くんだ! 仮にこのどれかの試着室に爆弾が設置されているとしたら、中で着替えている人が気づくはず。少なくともさっきアキと紅が使っていた時には何も言ってなかった。つまり試着室の中には爆弾はないはず……けど、そうしたらここには爆弾がないってことになる……俺の推理が間違ってたのか……いやでも数字を文字に置き換えることはまず間違いないだろうし26に該当する文字はアルファベットくらいだし……」
「あの、お客様? いかがなさいました?」
「い、いえっ! ぜんぜんいかがなさっていませんです! はいっ!」
「そうですか。何かお困りでしたら遠慮なく言ってください」
内心では不信感をあらわにしているであろう店員さんはプロ根性による笑顔を貫き通した。その笑顔が逆に辛い。
「チィイ! まずいまずいぞ俺! このままでは俺が女性洋服店をうろつく変態さんもしくはその若さでオカマの道へ足を踏み入れてしまったかわいそうな人になっちまう! それだけはいやだ! 断じていやだっ!」
和輝は必死に考える。どうやったらこの四つの個室に入らずに爆弾の位置を探れる? 中の人に声をかけるか。いや、見知らぬ人から声をかけられても不審がられるだけだ。こっそり中を覗くのは? ちょっと待て。そりじゃマジで変態になっちまう。くそっ。何か、何か手は――――
「―――あった」
和輝は気づいた。
一番右端の試着室。その前に置かれたハイヒール。
間違いない。俺の記憶は確かに言っている。
あれは、アキ達が試着していたときにも置かれていたものだ。
「………そういうことかよ」
よく考えれば当然だ。こんな狭い個室に爆弾を人目につかずに隠せるわけがない。ではどうすればいいか。答えは簡単だ。誰もここに入らせなければいい。
“使用中”である事実を突きつけることで。
和輝は店にある時計に目を向ける。ここに来て既に五分経っている。これ以上捜索に時間はかけられない。絶対とは言えないのが不安だが、迷ってる暇はない。
和輝は周囲の人々の視線が自分から外れたのを見計らってカーテンを開けた。
そこに、無機質に時を刻む四角い箱があった。
「――――見つけた」
◇◇◇
和輝のポケットで、さっき拾った携帯が震えた。
「もしもし」
『一つ目の爆弾は無事止めたようだな』
「ああ」
和輝が見下ろす爆弾のタイマーは既に停止している。電話の主の言う通り、裏についているボタンを押すだけで簡単に止まった。
「お前、やっぱり俺のことどっかで見てるのか? それとも監視カメラか?」
携帯の向こうの相手はそれには答えず、
『次の爆弾の場所を示すヒントはそこの壁に貼り付けられている紙だ。安心しろ、今度は計算などさせん。ある程度の知能と知識があれば充分解けるものだ。では残り24分、せいぜい足掻いてくれ』
そう言い残して電話は切れた。
「……ああ、足掻いてやるよ。そして必ずお前をぶん殴ってやる」
セロハンテープで貼り付けられた紙を剥がして和輝は洋服店を後にする。試着室に入ったところを見られ視線の痛さが倍増したが、今の和輝にはそれを気にするだけの余裕がなかった。
絶対に、お前をぶっ潰す。
和輝は渦巻く怒りを押さえ込みながら、小さくそう呟いた。
「………で、次のヒントなわけだが」
歩きながら和輝は紙を見る。今度はさっきのような数字は姿を消していた。しかし、文章がないのは相変わらずで、書かれているのは五つの単語のみ。
“剣”
“棍棒”
“聖杯”
“貨幣”
そして少しずらしたところに“花”。
「なんだよ、これ。今度は連想ゲームか?」
さっきの要領と同じだとすると、ずらして書いてある“花”は他四つとは分けて考えろ、ということだろう。となると問題はその四つをどのように解読するかだ。
さっきのようにこの単語自体が何かを指しているのか? それともこれを組み合わせて別の言葉を作るのか? はたまた、漢字で書いているのはフェイクでひらがなかカタカナに変換して考えるのか? いや、やはりこれは連想ゲームの要領で共通点を見つけ出すのか?
「……分かん、ねえ……っ!」
歯を強くかみ締め和輝は嘆いた。ただでさえ焦っているこの状況。冷静な判断力を発揮するのは至難の業。それでもなんとかしなくちゃならないという感情がさらに焦りを加速させていく。時折見る時計の針がどんどんタイムリミットに近づいていくことがそこにまた拍車をかける。
「くそっ―――たれがっ!!」
おもむろに、和輝は壁に頭突きを繰り出した。
突拍子もない和輝の行動に、周囲の人間の視線が集中する。だが、和輝は気にしない。壁から頭を離し、一つ深呼吸する。
落ち着け。集中しろ。時間は気にするな。今だけは気にするな。このヒントを解くことだけにすべての神経を傾けろ。こいつを、このヒントを解かないと、紅達が、大勢の人達が――――
「あれ、カズちゃん?」
そこに、和輝の心臓を飛び上がらせる声が響いた。
「こんなところで何してるのカズちゃん? 今日は鍛錬に一日費やすんじゃなかったのかな?」
「……加代、姉……?」
一瞬、和輝は自分の目の前にいる人物が姉と判別できなくて、いや、そう思いたくなくて、なぜならここに加代がいてしまったら、下手をすれば――――
「こんのバカ姉っ! なんでこんなところにいやがるっ!」
「え、ええ? お友達とお買い物に来てるだけなのにお姉ちゃん怒られちゃったよ?」
「いいか加代姉! 今すぐここから出ろ! そして速く家に帰れ! 全速力でだ!」
「ど、どうしたのカズちゃん? なんか顔が恐いですよ? 何かあったの?」
「何かあったのじゃねえ! ば――」
言いかけて、和輝は喉まで這い上がってきた言葉を無理矢理押し戻した。
ダメだ。今ここで加代姉に爆弾のことを言えば、俺を監視している奴が気づく。警察関連に頼るのはなしとしか言っていないが、加代姉から警察に情報が漏れるのを恐れた奴がタイムリミットを待たずに爆破させちまうかもしれない。大丈夫。まだ時間はある。とにかくそれらしい理由を挙げて加代姉を家に帰すんだ。
「えうー? おっかしいなあ。さっきまでいたはずのお友達がいないぞぉ? どこに行っちゃったっすか? もしかしてお姉ちゃん見限られた!?」
いなくなった友達を探してきょろきょろしている純真無垢な姉を騙すのは忍びないが、この際仕方ない。和輝は頭を回転させる。
「加代姉。今日はなんでまたこんなとこに来たんだ?」
「えうー? だーかーらー、新しくできたお友達とショッピングに来たんだよぉ。ここはその子の紹介でねー、こんな大きなデパートお姉ちゃん初めてだからもう大興奮! ところでカズちゃんはなんでここに?」
「……加代姉と一緒さ。友達に誘われて買い物に来た」
「ほえー。それってすごい偶然だねー。なに? やっぱり私とカズちゃんは運命の赤い糸で結ばれているってことですかな!?」
「絶対にありえねえな」
「に、二重否定されてしまったよ。しくしく……」
「それで、買い物はもう済んだのか?」
「うん。開店と同時に見て回ったから、あらかたね」
「そっか。じゃあこれからどうすんだ? 帰るのか?」
「ううん。これからお友達とボーリングしに行くの。あ、外のじゃなくてここのね。今はそこに向かってた途中だったんだけど……むう、そのお友達がはぐれちゃったよ。まったく、見かけによらずおっちょこちょいさんだなあ」
「加代姉の方がはぐれたんじゃねえの?」
「な、なにおう! お姉ちゃんは決して迷子になんかなってませんですよ! ………え? 迷子……じゃないよね? え、えうー。も、もしかして私の方が迷子ちゃんなのー!?」
「いや俺に聞かれても」
返答しつつ和輝は焦っていた。マズイ。もう時間があまりない。このままではなんとか加代姉を帰せたとしても爆発に巻き込む可能性が――――いやいや! 何を弱気になってるんだ俺は! 要は爆弾をすべて解除すればいいだけの話だろ。
―――でも、あの暗号まがいのヒントは未だに解けない。
くそっ。このままじゃ本当に加代姉の命まで!
「おや? カズちゃん、その手に持ってる紙なあに?」
「あっ」
言うや否や和輝の手からヒントをひったくる加代。か、帰せよ! それ大事なものなんだよ! と抗議して取り返そうとする和輝だがそれを加代はひらりひらりと巧みにかわす。
「なあにこれ? 連想ゲーム? これ解いたら豪華商品進呈とか?」
うーん、と紙とにらめっこして難しい顔をする加代から和輝は必死に奪還を試みる。だがやはり加代はのらりくらりとすり抜ける。うわ、だんだん腹立ってきた。一発頭にゲンコツぶち込んでやろうか。
「―――あっ。そっかー。これトランプを示してるんだー」
いきなり、数秒呆然とするぐらいあっさりと、加代は言った。
「……え? 加代姉、もしかしてそれ、分かったのか!?」
「うん」
闇が沈殿し始めていた和輝の心に、明るい光が灯り始めた。
物語はまだ、終わっていない!
「加代姉! 一体どうやってそれを解いたんだ!?」
和輝は加代に詰め寄る。加代はその意外な勢いに引きながらも、
「う、うん。えーと、カズちゃん覚えてる? 実代お姉ちゃんが中学生で、私達が小学生の時、お父さんやお母さんと一緒に旅行に行ったよね。あの時行きの電車の中で、私トランプのスペードとかダイヤの意味をお母さんに聞いたことがあったでしょ?」
「――――ッ! なるほど……そういうことか!」
特別な根拠があるわけではないが、トランプの四隅に描かれたマーク『スート』には、それぞれが指し示す『意味』がある。
スペードは“剣”
クラブは“棍棒”
ハートは“聖杯”
ダイヤは“貨幣”
ヒントに書かれた単語と、ぴったり一致する。
「……ん? でも“花”ってどういう意味だ? トランプに花の柄なんてあったっけ」
「もー。カズちゃんそんなことも分からないの? お姉ちゃんちょっと失望しちゃいましたよ……」
じゃあ一つヒントあげるね、と加代は楽しそうに言った。
「トランプに描かれているのは、スートと数字だけじゃないのですよ?」
和輝ははっとした。
トランプには、1から13までのカードと、イレギュラーであるジョーカーのカードがあり、その内、11から13までのカードとジョーカーには人が描かれている。
ジョーカーには道化師。11には兵士のジャック。13には王様のキング。
そして、12のカードには、
「―――その手に“花”を持つ王妃、クイーン」
「はい、正解です。ぱちぱちぱちー」
加代が一人だけの拍手を送る中、和輝は脳内ですべての答えをはじき出していた。
早々と駆け出す。
「あ、ちょ、カズちゃ」
姉の言葉は最後まで和輝の耳に届くことはなかった。
〜次話予告〜
何百という命の重さ。実感はわかない。だけど、同じ日常を過ごす人達の命の重さははっきりと感じる。
タイムリミットはあと少し。和輝はその重圧に耐えながら、人々を救うことができるのか?
相変わらずバトルはありません。暴れはしますが。