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第10章:唐突な試練

久しぶりに書きました。あんまりいないと思うけど待ってた人ごめんなさい。






 時雨町をほぼ一望できるほどの高さを持つ高層ビル。



 その屋上に、水城氷助の姿はあった。


 

「平和な、町だな」


 無感動に吐き捨てる氷助の髪を、強い風がなびかせる。


 と、そんな氷助の右手にあるトランシーバーからノイズ交じりの声が届いてくる。


『こちら作業班。すべての準備、完了しました』


「了解。俺もそちらに向かう」


 それだけ言ってスイッチを切る。そしてもう一度町を見下ろす。


「……かつて、組織内で最強と謳われた戦士達を無惨に葬った、現代に蘇りし魔王、“緑柱の悪魔”」


 氷助に震えはない。揺るぎもない。そのような情けない感情を、氷助はとっくの昔に捨てた。今更、怯えるものなど何もありはしない。


「まずは小手調べと行こうか……神代和輝」






◇◇◇






「ぎゃーっ! 寝過ごしたーっ!」


 とある日曜日。和輝の朝は割れんばかりの絶叫から始まった。


「朝っぱらからうるさいわねあんたは。もう少し近所迷惑とか考えなさいよね。苦情を受け止めるのはもっぱら私なんだから」


「嘘こけっ! この前合コンで飲んだくれて隣の家に間違えて不法侵入したときに説教くらったの俺じゃねえかっ!」


 などと言葉を投げ合いながら和輝は大急ぎで普段着に着替え台所に立つ。今日の朝飯は何にしようか……ってそんな悠長なことしてる場合じゃねえ! もし時間に遅れるようなことがあったらアキに殺される!


 和輝は以前見た明良の勇姿を思い出してガタガタと震える。お、鬼や。あいつはほんまもんの鬼や。


 一分一秒を争うほどに時間がないので、仕方なく和輝は食パンを一枚、嫌な顔をしながらも焼くこともせずマーガリンだけ塗って頬張り十秒で完食する。寝癖で乱れた髪の毛を根性で直し、歯磨きだけはきっちり三分かけて済ませる。

 最後に所持品チェック。財布よし。携帯よし。お気に入りのリストバンド装着済み。うし、準備完了。これより神代和輝は、荷物持ちの任を全うするため軽装備で出撃するであります。


「ところで実代姉、そういや加代姉は?」


「ああ。あの子なら今日は友達と遊びに行くって朝早くから出てったわよ。よかったわね和輝、言い訳をする必要がなくなって。と、それはそれとしてだね、弟くん」


「なんだよ」


「この寝起き全快である私の朝ご飯は!?」


「……グッドラック!」


「あ、姉不孝者ーっ!」


 追いすがろうとする姉を振り切り、和輝は時間を気にしながら外へ飛び出した。


 天気は晴れ。雲はなし。降水確率10%。

 考え事ばかりは体に悪い。今日はおもいっきり遊んでやろう!


 和輝は動き軽やかに駅への道を急ぐ。数時間後、その走りが焦りになることなど知る由もなく。






◇◇◇







「和輝。家族と最後の別れを交わし、遺言は書き終えた?」


 駅に到着した和輝への第一声がそれであった。


「……いえ」


 その言葉を聞いた瞬間和輝の全身から冷や汗が噴出する。恐ろしくて顔も上げられない。ていうか、息を切らせて駆けつけた者に対する態度にしては冷たすぎますよ、アキさん。


「ふーん。……で、集合時刻に二十分も遅れた理由をお聞かせ願いましょうかね、ええ? 神代和輝くん?」


「……すんません。迷子になってました。あと寝坊も」


 言い終えると同時に和輝は脳天に拳を受けた。前のめりになってこけそうになる。


「こんのアホンダラッ! ふざけたことぬかしてんじゃねーぞおい! 寝坊? 迷子になった? ガキかあんたは! 荷物持ちの分際で女二人待たせんな!」


「……お前半分女じゃねーだろ」


 今度はボディに拳が入った。悶絶して地面を転げ回る和輝である。そんな一言多い彼を救う女神は今この場においてはこの御方、紅美夏嬢しかいない。


「あ、アキ、もういいじゃない。神代くんだってもう充分反省しているみたいだし、走ってここまで来たみたいだし……それに、神代くんはこの街に越してきてから日が浅いんだから仕方ないわよ」


「―――え? そ、そうなの、か?」


「……ああ、そうだよ」


 げほげほと咳き込みながら和輝は立ち上がる。


「言ってなかったっけか? 俺、ちょうど1ヶ月前ぐらいにここに引っ越してきたばっかなんだよ。愛染高校には他県受験で合格したんだ。加代姉は転校生として通ってる」


「そ、そうだったのか。てっきりアタシはずっとこの街に住んでるものと思ってたから……ごめん」


「いいよ、気にすんな。1ヶ月も経ったくせに駅の場所すら知らない俺も悪い。それより……」


 和輝は心底不思議に思いながら振り返り問う。


「俺、紅さんにそのこと話したっけ?」


 そう言われて、彼女はやけに慌てた様子で、


「あ、えと、その。うん、えとですね………なんていうか、ええと……」


 やたらと挙動不審な美夏。それを見て和輝はさらに不思議に思う。そんな二人にアキが割って入った。


「べつにいいっしょそんなこと。知ってようが知ってなかろうがどうでもいいことだし。それより! 和輝、美女二人の学校外での姿を目にして何か言うことがあるだろ?」


 言われてから気づいた。今日の二人はもちろん制服なんて着ていない。今の自分と同じく普段着だ。

 明良の服装はずいぶんとラフなもので、男勝りの彼女にはそれがよく似合っていた。美夏はぽっと出のお姫様が少し気合入れておしゃれしてみました、と言わんばかりの、以外に庶民らしい服装だった。もちろんよく似合っている。美人は大抵、何を着ても似合うものだと姉を見て知っている和輝である。


「うん、二人ともよく似合ってるな。いいもの見せてもらったよ。これだけでも来た価値がある」


「―――! あ、あああああ、ありがとう! か、神代くん……」


「和輝、あんたよくそんなことさらっと言えるな……」


「べつに、素直に感想言っただけだろ。それよりお前、なんか顔赤くなってねーか?」


「き、気のせいに決まってんだろ! ほ、ほら、それより早く行かないと電車乗り遅れちまうぞ!」

 

「話し振ってきたのお前じゃんかよ」


「うっさいなアホンダラッ! また鉄拳くらいたいのか!?」


「へいへい」


 首を傾げながらも、遅刻した負い目もあるゆえ乗り過ごすのも嫌だし、これ以上何か言おうものなら背中を押すアキに半殺しにされそうだし、べつに何がどうというわけでもないし、まあいいか、と気楽に考えて和輝は電車に乗り込む。



 隣町につくのに、そう時間はかからなかった。



「へー。時雨町よりも都会っぽいとこだな」


「まあね。時雨町はちょろっと田舎っぽいとこがあるけど、ここは都心に近いからそんなんないしね。アタシらみたいな年頃はみんなこの辺に集まるのさ」


 美少女二人組の案内を受けながら、和輝は一路、明良の言うところのこの辺で一番デカイデパートとやらに向かうこととなった。


 目的地へは五分とかからず到着した。


「デカッ……」


 そのデパートを見上げて思わず和輝は口に出した。


「駐車場も含めて全十層からなる大手のデパートです。私とアキの行きつけなの。ここなら大抵なんでも揃っているから」


「確かに、ここに来ればなんでも買えそうだな」


 ほへー、と感心する和輝である。以前住んでいたところは結構田舎だったのでこんなデパートなかったのだ。


「ま、とりあえず中に入ろうや。もちろん、和輝には早速荷物もちとして活躍してもらうからな」


「へいへい。ったく、人使いの荒い奴だな……」







◇◇◇







 和輝達が始めにやってきたのは洋服店であった。女の子の買い物では定番の場所である。


「……で、俺は女どもが服を選別している間に待ちぼうけをくらっていると」


 なんにもすることがなくてただ突っ立っていることしかできない和輝である。正直暇で仕方ない。せっかくこんなデカイデパートに来たのだからいろいろと周りたいのだが、荷物もちが勝手にどっか行ったら意味ないだろがと明良に釘を刺されているためそれも適わない。

 せめて、ここが老若男女を問わない洋服店ならまだぶらつくことができたかもしれない。でも悲しいかな、ここは誰がどう見ても女性服専門店である。そう、まかり間違っても男子が入り込んでいい領域ではない。今店内にいる男は和輝だけである。そして女性客の大半と店員さんがその和輝をちらちらと見ている。



 俺、もう帰っていいですか?



「おいこら和輝。なに呆けてんだよ」


「うっせえな。こちとら人さまの視線に耐え忍んでいるという……の…に…?」


「? なに固まってんだ?」


 振り返った先にいる女が不思議そうに首を傾げていた。……エ? チョトマテクダサイ。


「あの、どちら様で?」


「は? どちらもこちらも、アタシはアタシだろうが」


「ウソッ!? お前アキかよ!?」


 冗談でもボケでもなく和輝は素で仰天した。


 試着室から出てきた明良が身に付けていたのは、普段の彼女からは想像も出来ないいわゆる“年頃の女の子が好むカワイイ系”なのであった。


 正直、アキにはラフ系の服ぐらいしか似合うものがないと思っていた。でも、すんません。俺が甘かったっす。修行不足でした。アキさん、今のあなたは別人に思えるぐらいカワイイっすよ。


「馬子にも衣装って言葉をここまで体現した奴を俺は初めて見たよ」


「和輝、あんた一回死にたいのか?」


 まあ、素直に認めるのはなんか悔しいから、口から飛び出すのはこんな言葉だけど。


 なんて思っていると、隣の試着室もカーテンが開いた。和輝にとってはこっちが本命である。お前は所詮余興に過ぎんのだよ、アキ。


 和輝は視線を横にずらした。そして目を奪われた。


「……えと……。どう、かな? 神代くん……」


 和輝はその問いに対してすぐに返事を返すことができなかった。またしても甘かった。

正直、ここまでとは思っていなかった。前言撤回するよアキ。お前、余興にすらなってない。てかあなた天使ですか?


「どう、したの? 神代くん。やっぱり、私こういうの似合ってなかったかな……」


「いや、そんなことない。スッゲェ似合ってると思う。マジで」


「本当? 嬉しい…」


 花のように満面の笑みを浮かべる美夏であった。そんな彼女を見て、和輝は頬が熱くなるのを感じていた。



 その後、何回かの試着タイムが繰り広げられ、明良はその内の数着、美夏は和輝が似合うと言った(つまりすべて)の服を顔を赤くしながら買い漁った。結果、和輝の両手には初っ端から大量の紙袋が握られることとなった。


 とほほ。







◇◇◇






それからも三人はいろんなところを回った。



 洋服に続いて女性用下着専門店へ行き和輝の心苦しさが最大限になったり、ついでだからと言って主に明良が和輝を着せ替え人形にしたり、アイスを食べながらペットショップの犬を眺めたり、ゲームセンターで和輝対明良による第一次エアホッケー大戦が行われたり、昼食を取るために入ったファミレスで美夏がばんばん甘いデザートを頼み「紅さん甘党だったんだ……」と和輝を驚かせ、「あ、いえ、その…すみません……」と顔を赤くして何故か美夏が謝ったりと、彼らは週に一度の日曜日をこれでもかと満喫していた。

 


 そんなこんなで時間も過ぎ、小腹が空くような時間帯になった頃、和輝達は休憩も兼ねて飲食店が並ぶ屋上へやって来た。


「つ、疲れたーっ!」


 屋上へつくなり和輝は両手にぶら下がる数多の紙袋を落とし椅子に座り込んだ。ちくしょう。女の買い物は加代姉で慣れたと思ったが、やっぱり二人分はきついっす。つか遊びを先にして買い物を後にしてくれよ。


「なんだよ和輝。もうへばっちまったのか? だらしがない奴だなぁ」


「うっさいわい! 長時間荷物持ってやたらと振り回されたら誰だってへばるわっ!」


「ご、ごめんなさいね、神代くん。荷物全部持ってくれてるのに、私達はしゃいじゃって……迷惑、だった?」


 紅さん。そんな悲しそうな顔しないでください。そんな顔されたら俺は意地でも元気であることをアピールしなければいけなくなるじゃないっすか。


「ったく、しゃーないな。じゃあ、アタシが何か適当なもん買ってくるから、和輝と美夏はそこで休んでろよ」


「え……」


 その言葉に美夏は慌て、すがるような目で明良に詰め寄り小声でひそひそ。


「あ、アキ、私を置いていかないでよっ。……神代くんと二人っきりになっちゃうと、私……」


「何言ってんのさ。こうなることを期待したから、和輝を誘おうなんて言い出したんでしょうが。ちょうどいいじゃないの」


「で、でも……!」


「大丈夫だって。べつに取って食われるわけじゃないんだから」


「お前ら、何こそこそ話してんだ?」


「え! あ、いえ、べ、べつになんでも!」


「?」


 やたらと挙動不審な美夏に和輝は首を傾げたが、深く考えずに体力回復に努めた。既に和輝の中で紅美夏は挙動不審な言動が多い奴とカテゴリされているのである。


「んじゃま、お二人でどーぞごゆっくり。和輝、言っとくけどね、美夏に少しでも手ぇ出したらあんた明日学校に行けなくなるからな」


「へいへい」


 そんなわけで、和輝と美夏は二人っきりでテーブルを挟む形となった。しかし、疲れて半分夢の中にいる和輝と縮こまっている美夏とでは会話が発生せず、しばし微妙な沈黙が続いた。屋上の隅で開催している『巨大スライムを作ろう!』とかいうわけの分からない企画で何故か盛り上がっていることにより聞こえてくる雑音だけがその場に存在する音だった。


「なあ、紅さん」


「!? な、なんですか?」


 目を腕で覆い空へ顔を向けていた和輝が突然話しかけてきたので驚きながらも、美夏は出来るだけ平常心を保とうとしながら言葉を返した。


「今回のことってさ、どっちが考えたんだ?」


「今回の、こと?」


「俺を誘ったこと」


「それは……」


 美夏は数瞬迷うようなそぶりを見せた後、何か負い目でもあるかのような声で、


「アキ…です。アキが、神代くんのことを話題に出して、それで、いろいろ話しが進んで……」


「そっか。やっぱりな。つか、普通に考えたらそうだよな。紅さん、俺のことほとんど知らなかったはずだし、俺を誘うなんてこと考えるわけねえよな。悪い。変なこと聞いた」


「いえ……べつに」


 美夏の視線が下がる。一瞬、泣き出しそうなほどに顔が歪む。空を見上げる和輝は、それに気づかない。


「でもさ、それならなんで紅さんが俺のこと誘おうとしたわけ?」


「え……?」


「だってさ、昨日のHRの直前、何か言おうとしてたのはそれのことだろ? なんでアキじゃなくて紅さんが?」


「そ、それはその……わ、私、今まであまり男の人と、その、おしゃべりしたことなくて。いい機会だからって、アキが、その……」


「ああ、なるほど。慣れさせようとしたわけだ」


「うん……」


 あいつらしいな、と和輝は少し笑った。少しぶっきらぼうなところがあるけれど、面倒見はとてもいい。武谷が姉御キャラだと言い張るのも少し理解できる。


 ……あれ? でも待てよ。確か雄哉の情報じゃ、紅は誰にでも優しくできる性格だったんじゃ……。


「ねえ、神代くん。少し聞いていい?」


「えっ? あ、なに?」


 今日初めて、いや同じクラスに配属されてから初めて、紅美夏から直接会話をふっかけられて、和輝は正直動揺した。でも、それは相手にとても失礼なことだと自分に言い聞かせ平常心を保つ。


「神代くんは、運命って、信じる?」


「……………は?」


 呆けた声を吐いて顔を見詰めると同時、紅美夏は恥ずかしそうに顔を伏せた。


 えっと。えっと? この娘、なんて言いました? 運命? デスティニー? ちょっと待て。あんた、もしかして「私実は運命の王子様を信じているんです」とか言い出す気ですか?


「あー………運命?」


「そうです」


 やけに真剣な目で見詰められた。これは、洒落や冗談を言おうものなら即ぶっ叩かれそうな雰囲気だ。


「うーん、どうだろな。運命、運命ねえ……。俺は、今までそういうことあんまし考えたことないからなあ。いや、考える暇なんてなかったっつーか……」


 言いつつ、嫌な思い出を掘り返そうしていた自分に気づき首を振る。


「とにかく、俺はそういうの、信じてねーんだと思う。ぶっちゃけた話し、運命なんてもんを認めちまうと今こうして紅さんやアキと買い物してんのも運命ってことになっちまうし、そういうのってなんか嫌じゃねえか?」


 そう言うと、美夏は自然と漏れ出た微笑を浮かべた。


「神代くんには、ロマンがないんですね」


「む。じゃあ、紅さんは信じてるのか?」


「はい」


「なんで信じてんの? 運命って言葉にロマンって奴を感じるから?」


「うーん、確かに、それもあります」


 美夏は一呼吸置き、


「でも、運命を信じるようになったのは最近からなの。そう、ちょっと前、傍目から見たらそれは偶然だったのかもしれないけど、私にはそれが運命としか感じられないことがあって……」


 美夏が伏せていた視線を上げた。目線が絡み合う。しかし、さっきまでなら慌ててそっぽを向くはずが今は固定したまま。和輝も、彼女から目を離せずにいた。


「……神代くんには、そういうことって、ない?」


「……さあ。どうだろな」


 急に気恥ずかしくなって、和輝は目を逸らした。返事もいつもより素っ気なくなってしまう。


「そうだよね。神代くんには神代くんの考えがあるものね。私の考えを押し付けたって、迷惑なだけだよね」


「いや、べつにそんなことはないんだけど……」


 気まずげに顔を向ける和輝だったが、既に美夏は和輝を見ていなかった。どこか遠くを見るような目で、彼女は独り言のようにこう言った。


「今の私は、運命にすがりつかないと生きて生きないもの」


 風が吹き抜けた。美夏の真紅の髪が舞い上がる。それはまるで紅翼を広げた朱雀のように幻想的で、それに見惚れた和輝は、その言葉の意味を追求することを忘れた。


「……あ。ご、ごめんなさい! 私、急に変なこと聞いて、あの、その……わ、わわわわ私アキの手伝いに行ってきますっ!」


 言うや否や、ダッシュで美夏は消え去った。おー、速い速い。


「―――結局、何が言いたかったんだろうな、紅は」


 お嬢様の気持ちはよく分からん、と和輝は一人首を傾げていた。



 そこへ、着信を告げる電子音が響く。



「ん?」


 反射的に携帯に手を伸ばしかけた和輝だったが、よく考えれば着メロがぜんぜん違うしバイブも起動していない。俺のじゃない? でも俺の周りに人なんて誰もいねーし。


 不思議に思いながら音源を捜すと、意外というかなんというか、携帯は和輝が腰掛けるテーブルセットの下に落ちていた。誰かの落し物らしい。


「……ったく、しょうがねーな」


 一瞬だけ迷い、和輝は落し物を拾い上げて通話ボタンを押した。


「もしもし。どちら様ですか? 俺、この携帯たまたま拾った者なんですけど……」






『――――“緑柱の悪魔”――――』






「……へ?」


『貴様が一人になるのを待っていた』


 いきなり何を言い出すんだこいつ、と和輝は耳から携帯を離してディスプレイをまじまじと見た。相手の名前を表すものはどこにも表示されていない。さらに言えば、相手は変声機を使っているのか、男か女かも区別できない。


「あんた、一体誰だ? もしかしてイタズラか? それなら切るぞ」


『よく聞け。今貴様がいるデパートに三つの爆弾を仕掛けた』


「……はあ?」


 本格的にヤバイと和輝は感じた。もちろん、この小型電話機器から送られてくる声の主をである。精神的にかなりイっちまってるのは間違いない。


『爆弾の規模はそれ一つでデパートを全壊させるだけの威力がある。それが一度に三つも爆発すればどうなるか想像したくもないだろう。それを防ぎたければ、私の指示を聞け』


「あのなあ。どこの誰だか知らねえけど、爆弾ごっこならどっかその辺の公園ででもしててくれよ」


『ほう。疑っているのか?』


「当たり前だろ。んなもん誰が信じるかよ」


『では、これならどうだ?』



 瞬間、耳に突き刺さる爆音が和輝の心臓を縮み上がらせた。



「なっ!」


 慌てて立ち上がった和輝は音源を捜す。あった。でも、これ、マジかよ。



 約100m離れたところにある車数台が炎上していた。



『適当な車に小型爆弾を仕掛けた。デパートに仕込んだ爆弾はそれの数倍の破壊力がある。ふふ、どうだ、これで信じたか?』


「て、テメェ!」


『ああ、心配しなくていい。適当とは言っても計算はしてある。被害者は誰一人としていないはずだ。もっとも、お前の身勝手な行動一つで、そのデパートにいる人間全員があの世へ行くことになるがな』


「ふざけんなっ! テメェ一体何者だ!」


『貴様に意見する権利はない。黙って言うことを聞け』


 どこまでも冷え切った声に和輝の背筋は凍りそうになった。なんだ、こいつ。なんて冷たい声をしてんだよ。


「……俺は、どうすればいい」


『デパート三階の北側男子トイレに行け。一つだけ鍵が閉められた個室の中に爆弾を設置した場所を示すヒントが記された紙がある。それを頼りに爆弾の在り処を探し出し起爆装置を解除しろ。難しいことじゃない。裏のボタンを押せば止まる。制限時間は今から四十分。一秒でも過ぎればその瞬間にドカンだ。もちろん、警察等に頼るのはなしだ。では、せいぜい足掻いてくれ』


「待て! これだけは聞かせろ! なんでこんなことをしやがるんだ!」


『なんで、だと?』


 押し殺したような笑いで間を置いて、声の主はさもおもしろそうに告げた。


『ちょっとしたゲームさ。私が楽しむための、な』


 通信はそれで一方的に切れた。しばし呆然と固まっていた和輝だったが、イカれてる、と一言呟いた後、切羽詰った表情で立ち上がった。



 現在時間3時20分。タイムリミットは4時ジャスト。それを過ぎればジ・エンド。



「冗談じゃねえ!」


 和輝は拳をテーブルに叩き付けた。1cmほどのへこみができる。


「ど、どうしたんだよ和輝。カルシウム不足か?」


 気づけば明良と美夏が焼きそばなどを乗せたトレーを持って立ち尽くしていた。二人とも、和輝の怒りに少し腰が引けている。


「アキ。悪いが荷物持ちは今を持って解任させてもらう。あと、それ食ったら即家に帰れ」


「神代くん……? どうしたの?」


「紅さん。俺、やっぱ運命って信じられねーわ。つか、信じたくねえ。こんなはた迷惑な運命、誰が信じるか」


「あ、おい和輝!」


 明良の制止も振り切って、和輝は駆け出した。



 その背中に、何百という人達の命を背負いながら。







〜次話予告〜


ついに動き出した組織。そして標的は他ならぬ和輝。わけが分からないまま、和輝は多くの人達の命を救うために走り続ける。


戦闘シーンはありません。ぶん殴りシーンはありますが。

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