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Bet the wing!  作者: 宮村灯衣
第一章 雛カラス
7/10

実地試験開始!

分割 後編の一部です

 ――冷静に考えよう。

 夏。今は夏だ。

 今から実地試験に出ようという俺は、長袖長ズボンかつ黒手袋、ブーツ(ここまでは隊服なので全員共通)、ニット帽、光遮断用兼視力矯正用(ちなみに遠視)の眼鏡、光遮断用のネックウォーマーという格好。

 真夏にこんな格好している俺はどう見ても不審者です。ありがとうございます。


「おい、シロ坊。何へこんでるんだ? 行くぞ」


「あぁ、はい……。って俺シロ坊じゃないです! 蓮です!」


「どうでもいい。さっさと準備しろ。今日からずっと跳び回るからな。水分ちゃんと持ってけよ……っておいお前なんて格好だ……」


 真っ黒な不審者同然の格好の俺を見て遥斗さんは引いた。

 遥斗さんに、三日間一緒に過ごしてすごく変わった人であるとよく分かった遥斗さんに、引かれた……。


「俺だって、こんな格好したいわけじゃないんですよ! ただ、日焼け天敵だから……」


「あー、なら仕方ないか。職質するときはネックウォーマーだけでも外せよ。怪しいから」


「わかりました」


 確かにネックウォーマーを外すだけでもだいぶ違うかもしれない。

 というか怪しいはひどすぎる!

 食ってかかろうかとも思ったけどそろそろ時間だし睨みつけるだけでとどめておく。


「強化装置の準備はいいか?」


「はい」


 靴ひも確認。完璧。

 時計を見れば、午前九時一分前。



『午前九時になりました。実地試験開始です』



 今日から二週間、午前九時から午後九時まで。それが俺の、俺たち雛カラスの鴉になるための試練の時間だ。


「行くぞ、シロ坊」


「蓮です!」


 反射的に言い返しながらも声高らかに叫ぶ。



「「Flick!!」」



 空へと、跳び立った。




「基本はお前の指示に従う。お前がブレインだからな。まぁ、たまに独断で動くが。で、だ。まずどこ見に行くんだ? 上層の住宅地か? 中層の工場帯か? 下層の路地裏か?」


「と、とりあえず、えと、中層の市街地に……」


「ラジャ」


 ビルとビルの間を駆けて必死で遥斗さんについていく。遥斗さんは余裕そうだが、俺はついていくので精いっぱいだ。しゃべる余裕なんてない。


「もうそろそろ絶好のポイント着くぞー。三、二、一、はいストップ」


「え?」


 何の前触れもなくかかるストップの声。

 強化された雛カラスは急には止まれません。


「うっ、うわぁぁぁああああ!!」


 Flickも言い損ねたし、落ちる、落ち……る。


「なあにやってんだ。このくらい止まれよ」


 落ちかけたところを遥斗さんに捕まえてもらい九死に一生を得た。

 首根っこを掴まれた状態でビルの屋上に下ろされる。


「大丈夫か?」


「はい、まぁ……」


「ならいい。ここはな、俺とナオがよくいる見張りポイントだ。ここからだと路地裏も見えるし、一応、白鴉の管轄とはいえ道路も見える。いい場所だろ。気持ちいいし」


 遥斗さんは心底楽しそうに笑った。


「白鴉といえば、なんで白鴉なんでしょうね、名前」


 白鴉。国家安全維持機関の通称。白い制服と白い手袋からそのような通称を取っている。鴉ともよく似た組織だが、大卒のみで構成されており元犯罪者もいないエリート集団のことだ。


「うちから二年遅れた似たような組織だからじゃないのか?」


「それ本人たちに聞かれたら怒るんじゃないんでしょうか」


「いいんだよ、事実なんだから」


 遥斗さんはけっと言い捨てる。言ってることは確かに間違ってないような気もするが……。


 バァン!!


 大きい音が、なにかがぶつかったような音が響いた。


 下を見ればトラックが道路標識に衝突している。よく見ると、何人か跳ね飛ばされた者もいるようだった。


「事故、ですね……」


「だな……」


「いきます?」


 遥斗さんは首を振った。じっと現場を見つめている。

 事故を起こしたトラックはゆっくりとバックして……逃げ出した。


「これでひき逃げの現行犯。逃げなかったら手出しできねぇけど、逃げたから先に捕まえたら俺らの手柄だ。向こうの管轄だが」


 どうする? と尋ねられる。

 そうだ。俺は、ブレインだ。俺が指示を出さなければ。


「遥斗さん、あの車を止めてください。直斗さん、マイク粉々にするくらいの力あるみたいなんで、双子の遥斗さんも大丈夫ですよね?」


「アホか!! あいつは右腕が義手なんだよ! だから人間の常識超えた力が出せるんだっつの!! まぁ、何とかしてみるが無理そうならそのまま追ってるからな」


 追いつけよと一言残して遥斗さんは跳び出した。


「義手なんだ……。それはいいとして、指示だな」


 二十mはあるであろうビルの屋上から下を見つめる。

 怖がっていても何の解決にもならない。行くしか、ない。


「Promote!!」


 壁に手を突き出しある程度までスピードを弱め降りた。

 よし、行ける。


「Flick!!」


 ビルを蹴れば事故現場までひとっ跳びだ。

 現場は騒然としていた。血まみれてうずくまる者、それに近付いて泣き叫ぶ者、腕が原形をとどめていない者、それらを遠巻きで見つめる野次馬。


「これは、ひどい……」


 確実に何人かは死んでいるだろう。そんな状態を見捨てて逃げるなんて……許せない。

 首元の無線を手に取る。


「えー、菅野、雪嶋ペア。四丁目の大通り、郵便局本局前にて大型トラックによる事故に遭遇。怪我人多数。至急救急車を。雪嶋が犯人を追っている。救援をお願いします。以上」


『了解』


 これで救急車は手配できた。あとは、と。


「鴉の菅野といいます! 救急車は手配済みですので、ご安心を! 出血のひどい方、これを使って止血をお願いします」


 ポケットから取り出した救急セット(配布品)の中の包帯を取り出し、近くにいた出血過多で苦しんでいる人の奥さんらしき人に渡す。奥さんは震える手で受け取ったものの、巻くことはできていない。


「俺が巻きます」


 ここを見捨てて犯人を追ったりすれば犯人は捕まるだろうが後味が悪い。


「あ、ありがとうございます……」


 包帯を腕に巻き、近くにあった棒を使って強く縛る。これで止血完了だ、たぶん。


「出血の多い方はどこですか! 止血に行くので教えてください!!」


「ここです!」


「ここも!」


 あちこちで声が上がる。ざっと……二十人ほどか。それを全部止血するとなると、時間もないし包帯も足りない。

 さて、どうしようか。


「鴉!!」


 声に振り向くとそこにいたのは俺と違う白い制服を身にまとった鴉。


「ここは俺たちの管轄だ。引き受ける。あとは好きにしろ」


「わかりました」


 敬礼をして人ごみから離れた場所に一人立つ。


「Flick!!」


 地面を蹴り、ビルへ飛び移った。次から次へ飛び移る。


「遥斗さん、菅野です。今どこに?」


『二丁目。まだ大通りだ』


「了解です!」


 遥斗さんは荒い息を吐いていた。時間とりすぎたな。


「Flick!!」


 空を、駆ける。


「Flick!!」


 二丁目はここを通れば近道、っと。

 路地を文字通り突っ切って開けたそこは二丁目の大通りだ。


「二丁目の大通り出ました! 合流します!」


『了解。スーパー前だ!』


 ビルから跳び立つ。そのまま走れば……見えた。


「遥斗さん!」


「着いたか。生身で止めるのは無理だ。俺の武器もナイフだしな。どうする、ブレイン?」


 法定速度オーバーで暴走するトラックを追う。かなりのスピードだ。遥斗さんはこれにずっと付いて……すごい。


「パンク、は狙える自信ないですし、万が一が怖いのでダメですよね。力尽くで止めます?」


「無茶言うな。二人がかりでも吹っ飛ばされてジ・エンドだ」


 ですよね。じゃあ、どうしようか。

 トラックが横道に入った。人通りの少ない方に逃げようと逃げようとしているのか。


「ナオなら止められる。でも俺じゃあ無理だ。ナオがいれば……」


「直斗さんなら止められるんですか?」


「たぶんな」


「直斗さんってその義手と強化装置で僕らの何倍くらい力出せるんですか?」


「何倍って……。たぶん俺らが強化装置使ったときの五倍くらいか。でも右手だけだ」


 五倍。右手だけってことは実質六倍。俺と遥斗さんで四倍は出せる。あと二倍。なんとかする、二倍……。


「前に、跳び出て、急ブレーキかけたところを、二人で……って無理ですかね?」


「かけなかった場合は?」


「その時はその時です。跳べばたぶん大丈夫です」


「まぁ、それしかないな。止まれと言っても無駄だろうし」


 加速する。トラックを追い越した。信号すら無視して走るトラックの約十m前を走る。


「三秒後に行きます」


「ラジャ」


「三、二、一」


 トラックの前に飛び出して不敵に笑う。

 焦った顔の運転手がブレーキを踏んだ。


「今だっ!!」



「「Promote!! Flick!!」」



 刹那。過負荷が身体にのしかかる。


「ぐぁ……ぐっ……」


 身体中の、骨という骨が、折れそうだ……。


「Promote!!」


 全力で、今出せる力のすべてを使い、押し切る。

 止まれ、止まれ、止まってくれ! 俺たちの力が尽きる前に、身体が壊れる前に。


「止ま、れぇぇぇぇええええ!!」


 甲高い音と共にトラックからの圧力が消えた。

 全身から力が抜け、二人そろってその場に崩れ落ちる。


「止まり、ましたね……」


「だな。確保、すっか」


 バタン!!

 大きな音を立ててトラックの運転席のドアが開いた。

 運転手は焦ったような顔でどこかへ走り去ろうとする。


「おい、待て!」


 立ち上がることもままならない俺とは違い、遥斗さんは立ち上がって走り出す。


「Pro「Promote」


 遥斗さんの声を打ち消すかのように低い青年の声が響いた。俺たちとよく似た白い色の制服を着た青年の声が。


「ひぃ、化け物、化け物だぁ……」


 殴られ倒れた運転手のうめき声が聞こえたのもつかの間、運転手は足を撃ち抜かれ情けない悲鳴を上げる。


「一〇三三、ひき逃げの現行犯逮捕。署までご同行願いますぅ」


 なんかいかにもお嬢様ーって感じの子の子を肩に乗せたままの普通の青年だ。中学生って言われても納得するようなそんな感じの小ささの子を乗せてる。うん、この人すげぇ。


「おい! そいつは俺たちの獲物だ。返してもらおうか」


「…………嫌。それに、犯罪者としゃべると、口が穢れるので口、閉じてもらえませんか?」


「はぁ!? ざけんな。俺たちの方が追い始めたのも事件見つけたのも先だし、トラック止めたのだって俺たちだ!」


「交通関係はうちの管轄ですぅ」


 女の子が青年の肩から飛び降りて銃を遥斗さんに突き付ける。

 遥斗さんもナイフ――ファイティングナイフ(特注っぽい。普通のよりも少し長い)を抜いて女の子に突き付けた。


「エリート集団の白鴉さんともあろうお方が、しがない鴉の獲物を横取りか? 感心しねぇな」


「してもらわなくても結構ですぅ。さっさと消えてもらえませんかぁ?」


「なん、だと……?」


 女の子が発砲。それを跳んでかわして遥斗さんが斬りかかる。あーあ、これ、始末書もんだよ……。俺の試験これでマイナスとかつくのかな。


「…………あの、貴方は犯罪者ではないのですよね?」


「あ、はい」


 隣に立っていたさっきの青年。本当に普通だ。平凡だ。


「…………僕は七瀬健介と言います。白鴉二年目のブレインです。同僚がすみません。どうぞよろしくお願いします」


「あー、俺は菅野蓮。まだ訓練生で実地試験の最中。ブレイン。よろしく……ってお前ブレインなのか!?」


「…………ブレイン、ですが?」


 さっきさ、この人女の子担いでたよね。銃とか撃ってたよね、ブレイン? とぼけた顔されても信じられないよ。


「えーと、ってことはあの子が……」


「…………バトラー、です」


 銃を発砲しながら、ナイフで斬りかかりながら格闘してる二人を唖然と見つめる。

 はは、世界って広いや……。


「…………今回は、捕まえたのは僕たち、管轄もうちの、です。実地試験の最中なのは悪いと思いますが、僕たちが頂きます」


「譲ってはくれないのか?」


「…………さすがに、無理、です。この人、飲酒運転もしています。僕らは、“逃げ得”を許せません。そちらで裁くと、罪が多少軽くなってしまう、ので。交通、関連は、僕らで裁くのが、一番、です」


「飲酒運転してたのか!? あー、全然気付かなかった。言われてみれば多少蛇行してたかも……」


「…………よろしい、ですか?」


「ま、三人ならなんとかなりそうだし、わかった」


 格闘を続ける二人に目をやる。

 三、二、一、と。


「行きますよ、遥斗さん」


 格闘の隙を見て遥斗さんの首根っこを掴む。そして引っ張り出した。同時に七瀬さんも女の子を捕まえている。


「…………花鈴、帰るよ」


「ちょっと、健介、離して」


「…………嫌。あれは僕らの獲物。だから戦う理由もない。帰るよ。帰らないと……手作りプリン抜き、かな」


「帰ります」


 女の子は七瀬さんの肩に飛び乗った。


「今日のところは見逃してあげますぅ。でも、次会ったときは必ず捕まえてあげますから」


「はっ、できるもんならやってみろよ」


「遥斗さん、挑発しないでください」


 中指を突き立てている遥斗さんにチョップを落とす。


「ではまた。戻りますよ、遥斗さん」


「いや、待てお前! 捕まえないと損するぞ! あんなに苦労したのに……」


「今回はいいんです。行きますよ、ほら、立って下さい」


 遥斗さんを立たせ七瀬さんに敬礼をして強化装置を確認。


「Flick!!」


「あー、はいはい、Flick!!」


 空を駆けて元いたビルへと戻った。

 その間もぶつぶつと遥斗さんは文句を言っていたがガン無視。

 ビルに着いた途端、胸ぐらをつかんで怒鳴られる。


「なんでお前譲ったんだ!? お前の鴉昇格がかかってるんだぞ!!」


「追ってたのは俺たちが先ですが、捕まえたのは向こうが先です。管轄も向こうです。それならもう譲って次捕まえた方がいいかなって」


 そう言って笑うと遥斗さんはため息をついた。


「お人好し、だな」


「いいんですよ。次、頑張りましょう」


 ビルの屋上から街を見つめる。

 その日、もう事件が起こることはなかった。

分割も難しいです


次話もよろしくです

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