危機
分割 前編の一部です
『本日より、二日間、実技試験を行う! 一日目は通常の実技試験! 二日目は野外訓練を行う! 十五番まではまず、体力テスト、三十番まではまず、強化装置を用いて試験を行う! 以上解散! 所定の場所へ移動するように!』
「「「「「はいっ!」」」」
ってことは、体力テストからか。んでもって飯島と一緒だな。
勝負もできる感じか。よしよし。
「菅野。今日は揉め事起こすなよ」
「努力する。善処はするさ」
そう話す俺たちを遠くから眺める取り巻きどものウザい視線を無視して室内訓練場の五十m走ゾーンに向かう。
「えーと、番号とお名前を」
「菅野蓮。十一番っす」
「菅野さん、十一番ね……。ちょいと待って。はい、菅野蓮、十一番。じゃあ、頑張って」
受付で成績をすべて入れるカードをもらう。そして、広い場所で軽くストレッチ。
「まぁまぁ、か」
コンディションは悪くない。さっさと回るか。
「すみません。十一番、菅野蓮です。五十mお願いします」
「はい、菅野くんね。二十秒後スタート」
試験官もすべて鴉または元鴉でズルはできない雰囲気をかもし出している。
ま、しないけど。
「位置について、よーい、ドン!」
気の抜けた号砲で走り出す。
地面を蹴る。
速く。もっと、もっと、もっと速く!!
ゴールを駆け抜けた。
「えーと、記録は……六秒七。九点だな」
荒い息を吐きながらカードをもらう。また十点行かなかったか……。
「まぁ、次だ」
結局、体力テストの総合点は七十一。一応A判定だったが……自己ベストには届かなかった。
「この悔しさは強化装置使用の試験にぶつけますか」
勝負もしてることだし。
『体力テストを行ったものは強化装置を用いての試験に、強化装置を用いての試験を行ったものは体力テストにそれぞれ移動! 終わったものからカードを提出。寮で休んで構わない』
ってことは、あと、跳躍、垂直跳び、徒手組み手、降下、早打ち、(俺の場合は)射撃さえ終われば休み? いよっし!
「まずは徒手組み手だな。強化装置いらないし」
室内訓練場の一角にある柔道、空手ができる場所でカードを教官に渡す。
「十一番、菅野蓮です」
「よし、入れ。すぐ試合だ」
徒手組み手――元鴉の教官から一本取るまで続く組み手。ようは無差別格闘技? 五分以内に取れなかった場合はCランク、一本取られた場合はD、二本以上取られた場合はEランクが付く、ある意味一番鬼畜な種目だ。
「では、はじめ!」
とりあえず構える。つっこんで一本取ろうとする教官をさばきつつ、どうしようか考える。さばくのは得意だからこのまま逃げ切れる自信はある。でもその場合はCランク。それは困る。だったら……。
「どうした、菅野? さばくだけか?」
「そんなこと言う余裕あるんですね」
さっとしゃがんでから振ったところを足払い。避けられはしたが体勢も崩しているのでチャンスとばかりに鳩尾を狙って拳を打つ。が、軽く受け止められてそのまま腕を持たれ視界は反転。
「一本、だな」
「ええ……」
腐っても元鴉だ……。強い。
一瞬の油断が敗北を招く。気を付けないと。
「はじめ!」
さっきと同じように掴みかかってくる教官。なら……。
伸ばした腕をさばいて掴む。教官が前のめりに体勢を崩した。
「いまだっ!」
そのまま教官を背負って前に投げる。
――――背負い投げ。
「一本、ですか?」
「あぁ、一本だな……」
倒れた教官は俺の手を掴み立ち上がると俺の頭をガシガシと撫でた。
「二度目の攻撃の軌道を予測したか。上出来だ。ただ、俺に一本とられてるからな、Bランク。いつもCだったお前にしてみりゃ上等だろ」
最高の褒め言葉だ。
「ありがとうございます!」
「頑張れよ、菅野」
カードを受け取り、敬礼。頑張れる、気がしてきた!
「おい、菅野。次どこ行くんだ?」
「飯島かー。跳躍。今空いてるから」
「ちょうどよかった。俺も行く。しょうがねぇから勝負してやるよ」
「そういやそうだったな、うん。勝負だ、飯島」
ズボンを捲り上げて、保管されていた(というよりは訓練場備え付けのロッカーに置いておいた)強化装置を身につける。
隣を見れば飯島も同じように強化装置を付けていた。
「Flick!」
軽く助走をつけて十mの高さのビルの模型に跳び乗る。
「やぁ、どうも。たどり着いたみたいだね。番号と名前は?」
「たどり着くって程の距離じゃないと思いますけど……」
教官と話している途中、肩を叩かれた。振り向けば予想通り飯島。
「俺を先に跳ばせてくれ」
「いや、別にいいけどさ……」
どっちでも変わらなくね?
「二番、飯島雅也です」
「はい。二十秒後にスタートね」
カードは機械にスキャンされて飯島に返される。
跳躍はハードだ。十mおきに十mの隙間がある二百m走。走り幅跳びをしながら徒競走をしているようなものだ。徒手組み手とはまた違った鬼畜さ。
「絶対に負けないからな。お前に好き勝手はさせない」
胃痛と戦うもんね。大変だからね。ある意味命がかかってるもんね、うん。
「三、二、一、ゴー!」
「Flick!!」
飯島が跳び立つ。
「速いね、彼」
教官の言葉どおり、飯島は速かった。
「あ、ヤベぇ負けるかも」
思わずそんな独り言が漏れる。自重はしたくないなぁ。
隙間の十mを跳び、通常なら走るビルの上を軽く跳んで、また隙間の十m跳んでの繰り返し。見ているだけで強化装置の使い方が上手いとわかる。
「これは、記録保持者、なれるかもしれませんねぇ……」
「ですね……」
残り三本、二本、一本。
「ゴール、ですね。僕の手元のでは……一応記録更新。記録保持者、ですね」
俺は、あんなやつと、勝負してるんだ。
ものすごく、燃えてきた。あぁ、早く跳びたい。跳んで、跳んで、跳んで! 勝ちたい!!
「はい、それじゃ、次は君の番。番号と名前をどうぞ」
「十一番、菅野蓮です」
「二十秒後スタートね」
カードがスキャンされ、手渡される。
俺はそれを訓練着のポケットにしまい、強化装置を再確認した。両手の感覚に異常なし。足も……まぁ、ないな。
「三、二、一、ゴー!」
「Flick!!」
合図と同時に地面を蹴って跳び立つ。
一本目、と。
「Flick!」
ビルの模型を三歩ほどで渡り、また跳ぶ。
「Flick!!」
飯島ほどの技術はないけど、今のところは順調順調。
二本目、と。
動きを覚えた身体に身を任せ跳ぶ。跳び続ける。
少しでも速く。動きは最小限で。
「Flick!!」
今更ながら、強化装置の音声起動の言葉を考えた人はかなり面白い人だと思う。なにしろ、“Flick”というのは“空を飛ぶ”という意味だからだ。一度くらいなら会ってみたい。
俺は今、空を――――。
「Flick!!」
八本目、と。
「Flick!!」
九本目に向けて飛び出したそのとき――――強化装置のゴムが切れた。
「あっ!」
「ヤバイんじゃね?」
「落ちるぞ!」
人々の声を遠くに感じながら、教官たちが飛び出してくるのを目の端で捕らえながら、右足の強化装置が落ちていくのを見つめた。
九本目までは確実に届く。問題は着地だ。左足だけで着地すれば左足が耐え切れない。両足だと右足が確実に折れる。なら――、
「Promote!!」
両手の強化装置を起動。空中で体勢を変え、両手で着地。勢いを殺して転がる。
よし、無傷だ。
ラスト一本、片足跳びで行けるか――。
「Flick! Flick!」
二重がけ。跳ぶ。世界がスローモーションのように流れた。
届く……か……?
「Promote!!」
手を広げ、必死に伸ばす。あと一m。五十㎝。二十㎝。十㎝!!
「とど、いた……!」
ビルの端にぶら下がる。今は強化されてる両手が身体を支えているが……落ちるのも時間の問題だな。
「Flick!!」
左足でビルの模型を蹴り、一回転してビルに着地。
「っ、はー……………」
大きく息を吐いた。体から力が抜ける。俺はその場に崩れ落ちた。
「っ! 担架を! 至急!」
「怪我人だ!」
俺は大丈夫ですと言いたかったが声が出ない。それだけ気を張り詰めてたのか……?
あ、もう、わからない。何も、考えたく……ない。
「菅野! おい、菅野! 大丈夫か……?」
「い、い、じま……?」
悪いなぁ、飯島。また、胃痛の種増やしちまった……。
「だ、いじょうぶ。大丈夫、です。俺は……」
申し訳なさからか、声が出た。よかった。
「怪我はないかな? だが、一応医務室には行きなさい。あと、修理人のところへ。幸い今日は修理人が来てる。君の残りの試験は……なんなら明日すればいい。行きなさい」
「俺はっ、大丈夫、です!!」
起き上がり拳を床に叩き付ける。
ここでやめたら、鴉に、なれなくなる。それだけは、嫌だ。
絶対に、なるんだ、鴉に、だから!! 今回が、今回だけがチャンスなんだ!!
「菅野! おとなしく」
『 』
……禅?
飯島の言葉をさえぎって現れたのは、鴉の隊服に身を包んだ禅だった。
『 』
「俺、何言ってるか、わからない……」
禅は困ったように目を伏せるといきなり俺を担ぎ上げる。
「わ、ちょ、禅!? いきなり何する!?」
『 』
「だから俺手話わかんないんだって!」
『 』
「黙ってろ、って言ってる。あと、俺がこいつを連れてくって」
「飯島、禅の言うことわかるのか?」
「あー、まぁ、一応。指文字くらいは習わされたことあるから……」
助かった……のか? 行かなくてすむのか?
「おぉ、古林じゃないか」
「古林が連れてくなら安心だ」
「よろしくな、古林」
きょ、教官まで……。
「禅、俺はやらなきゃならないことがあるんだ。だから降ろしてくれ」
『 』
「強化装置がなきゃ意味ないだろ。黙って乗ってろ、って。勝負はお預けだな。さっさと強化装置を直して来い。俺は……少し、あいつらに話があるから」
は? ちょ、え? えと……?
『 』
「ぜーんんんっ!?」
予告も何もなしにいきなり飛び降りられた。
ジェットコースターの急降下のような内臓が浮く感じを味合わされ吐きそうになる。
「ちょ、禅。せめて予告……」
『 』
「だから俺手話わからないって」
『 』
「ぜーん」
あぁ、もう。早く手話習うか……。禅が言いたいこと全くわからない。
担がれたままどこかに、管理棟の奥に奥に連れてかれる。
「あぁ、もういいよ……医務室なり何なり連れて行ってくれ……」
『 』
「だからわかんないんだって」
はぁ、とため息をつかれた。つきたいのはこっちだよ。
コンコン
「はーい?」
『 』
「あぁ、禅か。どうしたの?」
聞いたことある声が聞こえる……。教官たちが言ってた修理人ってまさか……。
『 』
「あ、やぁ、菅野くん。一日振りだねぇー」
やっぱり伊澄さんだ……。
どさりとベッドに落とされため息をつく。
「どうしたの? まさか強化装置壊したとか?」
「壊してないです……。ゴムが切れて片足落として……」
「落ちたの!? 怪我は!?」
「あ、いや、怪我ないです」
「君じゃなくてっ、強化装置に怪我は!?」
「!?」
え……? 俺の心配じゃなくて強化装置の心配?
なんか睨まれてるし!
「強化装置は大丈夫かな……? あんな繊細な子落とすなんて君はどんな鬼畜だ!! どうしてちゃんとケアを、ゴムをきちんとチェックしておかない!! あの子たちに怪我があったらどうするんだ!?」
「え、あの、昨日ちゃんとチェックは……」
「昨日? 何を言ってるんだ!? チェックは毎日、いや毎回するものだろ! むしろ毎回しなくてどうする!! あの子たちは、あの子たちは……」
だめだ、暴走してる。これは何言っても無駄だな。
『あ れ は ば か だ か ら』
禅が俺をつつき、口パクで言って笑う。
「うぉー!! あんな小さい装置で、しかも音声入力で起動する優秀さ! 人間の力を強化して空を駆けることを可能にしたんだ!! ただの靴に見えて、ただの手袋に見えて……っ!!」
この人大丈夫かな……?
「失礼しますよー。菅野の落とした強化装置を持ってきましたんで修理お願いしますねー」
「戸谷教官? ってあぶなっ!」
風のような速さで伊澄さんは戸谷教官の手から俺の強化装置を奪い、奥の工房があるであろうところに消える。
「神速……」
「あぁ見えて優秀だからねー。馬鹿と天才は紙一重ってね」
紙一重のどっちだろう……。
『 』
「菅野、大丈夫、かって」
「大丈夫、たぶん。落ちてはないから」
『 』
「一応医者に診せろ、ってさ。松永が直している間に医務室行こうか」
戸谷教官の言葉を聞いたとたん、首根っこを掴まれ、また担がれる。
「下ろせ! 自分で歩ける! 下ろせ、禅!!」
『 』
「嫌だ、と。まー行っておいで」
悪魔だ……。
「多少筋肉は傷めているが、試験に支障があるほどではない。大丈夫だろ。今日は寝る前にシップ貼ればいい。以上だ」
「あ、ども、ありがとうございます……」
異常はないそうだ。とても無愛想な医者だった、うん。
『い く ぞ』
口の動きと息の吐き方での推測。手話よりはだいぶとありがたい。
「あ、わかった」
俺が手話わかんないから禅に迷惑かけてるなぁ……。
「って、担ぐなっ!!」
「それだけ元気あったら十分だろ。お大事にな」
お姫様抱っことか抱っこよりはマシだけど、もう少しマシな運び方ってものがあるだろ!!
「おーろーせー!」
『 』
「だからわかんねぇっての!!」
背中を叩くが全く効果がない。
「ぜーん、ぜーん、おろせー!」
『 』
「あ、おかえり、古林。あ、また担がれてるんだね……」
戸谷教官の言葉に頷きながら禅が俺を下ろした。
「強化装置はどうですか?」
「まだ、もう少しかかるらしい。なんか微調節もしたいとか。松永技師は凝る性格だからね」
凝るというか、俺にはただの強化装置馬鹿に見えたんだが……。
ちらっと禅を見れば、自分の仕事は終わったとばかりに草餅をほおばって幸せそうな笑顔を浮かべていた。あー、子供だ。禅ってなんか本当にもう子供っぽい。
コンコン
ノックの音が響いた。
「どうぞー」
「失礼します。菅野はいますか?」
「あ、飯島。っておいぃ!!」
部屋に入ってきた飯島はおもむろに大きな物体を二つ投げる。
ゴロゴロと転がるそれは人だった。
あー、びっくりして声でない……。
「こいつら」
「へ?」
「こいつら、お前の強化装置のゴムを切ったと」
「はぁ?」
ちょっと待った状況を整理させてくれ。
俺は強化装置のゴムが切れて落ちかけた。それでもなんとか跳躍をクリアして、禅にここに連れて来られて伊澄さんが今強化装置を直してる。
で、俺の強化装置のゴムが切れたのはこいつらが原因ってことか?
ダメだ、混乱して頭がついていかない。
「飯島、もう少しわかりやすく頼む」
頭を抱えつつもそうお願いすれば飯島はため息とともに話し出した。
「普段からお前が妬ましかったんだと。野外訓練参加してないくせに実技もそこそこ成績は良いし、座学ではトップクラスで、教官たちからもよく目をかけられていて。だからいつもお前がろくに抵抗しないことをいいことに暴力振るってはけ口にしてたらしい」
うん、まだ理解できる。顔を上げて転がった状態の二人を見ると気まずそうに目をそらされた。
飯島の声はどんどん低くなる。
「お前がいつも懲りずに口で言い返すものだから、こいつらも図に乗って、皆の前で恥をかけばいいとゴムに切れ目を入れた。それで、それが跳躍の最中に切れた。まぁ、ざっとこんな感じだ」
どうしてだろうか、俺が責められてる気がする。
俺悪いか? あれ、被害者だよな?
「で、何か付け足しとか言い訳はあるか?」
目をそらしながらそいつらはぼそぼそと小さな声を出す。
「お前が落ちればいいのにっていう軽い気持ちだったんだ。殺そうなんて思ってない。ただ、他の種目に参加できなくなれば……って」
「いつもいつもすかした面して……下層出身のくせに。ムカついてたんだ、だから」
それだけで、それだけの理由で。
俺が、どれだけ苦労したとか、そういうの知らないで、こいつらは、妬みだけで、俺から全部……!!
思わず掴みかかろうとした時だった。
「ざけんなよ!! お前ら!!」
すべてを聞いて知っていたはずの飯島がブチ切れて馬鹿の一人……確か八重坂だったか? に掴みかかっていた。
「軽い気持ちだった!? 殺すつもりはなかった!? ふざけるな!!」
お前が、なんで怒ってるんだ?
その疑問が俺の怒りを鎮めていた。俺を冷静にさせていた。
「飯島。いいよ」
「だが菅野!!」
「いいんだ。そんな奴らにお前が怒る価値なんてない」
俺が原因なんだ。お前は怒らなくてもいい。
そう言うと、飯島は八重坂を離した。しぶしぶといったように。
俺は八重坂たちに向き直る。
「お前らさ、軽い気持ちだって言ってたが、あそこで俺が対処できなければお前らは殺人犯。退学どころか一気に前科持ちになっていたんだぞ?」
いつも通りの口調で、淡々と責めろ。淡々と攻めろ。
あくまで喧嘩の延長だと、そういう風に思わせろ。
「あるいは、俺の鴉生命が絶たれていたかもしれないな。強化装置が発動せず落ちる恐怖からやめる奴も多いから。で、だ。それがどういうことかわかるか?」
目をそらしたまま首を振った。とぼけているのか、それとも真正の馬鹿なのか。
「俺は鴉になるためだけに今まで努力を続けてきた。お前らの言うとおり、俺は下層出身の人間だからな、苦労は想像以上だよ。それもこれも全部、鴉になるためだ。その道以外は俺には考えられなかったからだ」
母を亡くして、すがる物がそれしかなかったからだ。幼い俺を助けてくれたあの人たちにすがるしか。母の亡霊から逃げるために。
「そんな俺が鴉になれないとわかったら、どうすると思う? 簡単だ。死のうと考える。俺にはそれしかないのだから」
逃げるすべがなくなる。絶望の淵に立たされる。そして、結局のところ消耗して死ぬ。そうなるくらいなら自分で死のうと思うはずだ。
俺には、本当に、鴉しか、ないのだから。
滴が一粒、床に落ちた。
俺の言葉をなぜか飯島が引き継ぐ。
「お前らのせいで、一人の青年が、菅野が人生を終わらせるところだったんだぞ。軽い気持ち? ふざけるな。本来なら退学処分ですら甘いくらいだ。お前ら程度の人間、社会的に抹殺することも容易なんだよ。むしろそうしなかっただけ、感謝してもらいたい」
あぁ、そうだな、飯島なら簡単だろうな。財閥のご子息様だもんな。普段そんな権力笠に着ないから忘れがちだけどさ。
ぼたぼたと涙が落ちる。悔しいんだ。悲しいんだ。よくわかんないけど、きっとそんな気持ちなんだ。
「教官、処分はどうなりますか」
うつむいたまま話せない俺に代わって、俺が一番聞きたかったことを飯島が聞いてくれた。
「まぁ、どう考えても八重坂は退学。同じように計画してた子たちも退学か留年コースだね」
俺は顔を上げた。それと同時に二人が教官から目をそらした。悔しそうに、何か言いたげに唇を噛み締めていて、肩が震えていて。
「だが、最終決定権は当事者――菅野蓮にある。暴力を今まで振るわれてたのも、ゴムを切られたのも君だ。こいつらを煮るも焼くも自由にしなさい。全責任は僕が取るので」
「お、俺!?」
俺が、決めるのか。
「どんな処分でも構いませんよ。――腕の一本や二本、落としてもね。そういや、嘘ついてそうなった子いましたねぇ。今も義手で鴉してますが」
「お、俺は……」
声が震えた。今の俺にはこいつらのこの先の人生すべてを潰す力を渡された。こいつらが俺にしたことと同じように。
正直、全員退学処分にしたい。日頃から俺に暴力ふるってきたやつらだし。でも、それでも、でも……。
「八重坂浩太、以下日頃から暴力を振るってきた三名を――留年処分に」
俺はこれを選択する。
こいつらも、こんなやつでも、鴉になりたいという気持ちだけは信じてやりたいから。
こいつらが、退学と言われたときに震えていた肩を……信用してやりたいと、思ったから。
「「…………寛大な処分、ありがとうございます……」」
感謝なんてするな。俺はお前らに地獄を突き付けたも同然だ。
俺が落ちかけたことはすぐに広まる。こいつらが原因であることも同様だ。来年こいつらは針のむしろに座ることになる。
もし、それを乗り越えてそれでも鴉になったらそのときは……俺も、こいつらを許すことができるかもしれない。
「菅野くん、修理できたよ。幸いにもそこまで壊れてなかったからよかったけど、今度からは気をつけてね。で、だ。私の愛すべき子供に傷を付けたのはどいつだ」
工房から出てきた伊澄さん。目が三角。なんか角でも見えそうだ。
『 』
「落ち着いていられるかぁ!! 私の、私の子供がっ!」
「禅。その馬鹿邪魔だから外に放り出して見張っといて」
『 』
禅が伊澄さんの首根っこを掴んですたすたと出て行く。最後までうるさかったが後は禅が何とかしてくれるだろうと俺は二人に向き直る。
「俺は、お前らの鴉になりたいって気持ちを信じたい」
伊澄さんに修理してもらった強化装置を右足につけた。
「本当にそれでいいんですか?」
「いいです。鴉になりたいっていうんだからそれなりの気持ちじゃないはずです。いくつもの試練を乗り越えて、それでやっと訓練生でしょう。自業自得とはいえこんなところで終わらせるのはさすがに後味が悪い」
その覚悟があってやったのならともかく。
「ただし、次また俺に手ェ出したり、強化装置に細工するならそのときは……」
「腕一本、もらうからな」
目は睨みつけたまま口元だけ緩めた。
「二人とも運がよかったね。八重坂、残りの三人連れて教官室に来なさい。色々と手続きをしてもらうから」
「……はい」
立ち上がり、足の調子を確かめる。ん、上々。むしろいつもよりいいくらいだ。
変人でも腕はいいんだなぁ……。いや、変人だからこそ、か。
「試験、続き受けて来ます。いいですか、教官」
「構わないよ。禅、伊澄どうせ聞いてたんでしょ。他言無用ね」
扉を開ければ禅とようやく落ち着いたらしい伊澄さんの身体が転がり込んできた。
「了解、了解」
『 』
伊澄さんとかべらべら話しそうだな……。
「じゃあ、失礼します」
『れ ん が ん ば れ』
ガシガシと頭を撫でられる。聞こえなくても十分、伝わったよ。
サブタイトル悩む
次話もよろしくです