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偏頭痛侍  作者: 夏山 僕
頭痛の種 其の弍 修練場
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第漆話 正義感

 長い廊下の右側は庭に面していて外の様子が全て見える。

 反対側は一面ふすまになっていて広い部屋があるようだ。

 ふすまの一つを開けると僧侶は言った。

「お茶をお持ちしますので、こちらでお待ちください」

 三人が通された部屋は40畳ほどの広さで、ざっと見たところ何もない。

 これだけ広い部屋なのに三人はまとまって座った。


「ここにはたぶん祭壇があったでやんすね」

「たぶんそうだろうね。葬祭とかで人が集まる部屋だと思うよ」

 尭之助とありんの意見は一致した。

「まあ、誰でもそんな予想はつくよ。それよりどうしてこうなったかの方が重要だ」


 少し待つと僧侶がやってきた。

 よろよろしながら三人にお茶を出すと、失礼しますとひとこと言って座った。

「名前をまだお伝えしていませんでしたね。私は“界厳(かいげん)”と申します。出家以来、この波後寺(はしりじ)にずっと仕えています。現在は見ての通り“一人住職”にございます」

「俺は夏風流剣術道場の師範、夏風能心。そして弟子の伊武と芭風だ。で、どうしてこの寺がこのようになったのかが聞きたい」

「夏風様、伊武様、芭風様。どうぞお聞きになってください。

 この波後寺は三年前までは普通のどこにでもある寺でした。それがある者たちが来てから様変わりしました。ある者というのは……」

「もしかして、山賊でやんすか?」

「尭之助は口を挟むな!」

「伊武様の言う通りでございます」

(そうなんだ)

「山賊が三年前よりこの山に住み着きまして、この寺に来られる方たちの往来の最中に金品を巻き上げるようになりました。多くは山の中腹や(ふもと)に住む檀家の方々だったのですが、皆さん山賊の被害に遭うことを忌み、こちらに来られなくなってしまったのです。往来がなくなると山賊たちは波後寺(こちら)へ来るようになりました。そして金目の物を根こそぎ持っていってしまったのです。祭壇もご本尊ごと持っていかれてしまいました。このままではまずいと思いまして、私以外の僧侶と檀家の皆様を他の寺に案内いたしました」


「それは災難であったな。今も山賊の略奪は続いているのか?」

「はい、続いております。この寺ごと奪われるのも時間の問題かと思います」

「そうであったか……では、我々は修練の続きがあるので失礼する!」

 尭之助とありんはずっこけた。

「ちょっと、師範! ここまで聞いておいて放っておく気?」

「そうでやんす! 山の平和を乱す奴とゴミを持ち帰らない奴は、元(きこり)のあっしが許さないでやんす!」

(こいつら食欲と正義感だけは一人前だな)

「五月蝿いな! 冗談だよ、冗談!」

「では、夏風様?」

「おう! 俺の弟子たちがここまで言ってるしな」

「それでこそ師範だよ! 悪人をやっつけちゃってよ!」

「能心様! 頼むでやんす」

「はぁ? なに言ってんの? 俺が山賊ごときを相手にすると思ってるの? やるのはお前らだよ! お・ま・え・ら!」

 尭之助とありんは目をまん丸くしている。

「あっしと……」

「あたいで?」

「稽古の成果を見せる時が来たな」

 その時、外が騒がしくなった。


「おい、坊主ー! いるんだろー?」

「夏風様、山賊にございます。ど、どうしたらよろしいでしょうか?」

 界厳はおどおどしている。

「おっ、手間が省けたな! お前ら木刀で大丈夫だよな?」

 二人は覚悟を決めたらしく、深く頷いた。

「アキ、行くよ!」

「へい、ありん殿!」

 二人はふすまを開け廊下に出て、さらに庭側の引き戸を思い切り開けた。


 庭には5人ほど男がいた。

 みな薄汚れた袖なし服を身にまとい、髪の毛はボサボサで、いかにも山賊ですといういでたちだ。

 腰にはそれぞれ刀を差している。

 そのうちの一人が尭之助とありんに気がついた。

「なんだ、お前ら? ここは俺らの寺だぞ!」

「“お前らの寺”ではない! “波後寺”だ!」

 そう言うなりありんは裸足のまま外に飛び出した。

 尭之助も後に続く。

 能心と界厳は廊下からその様子を見ている。

「あいつら……」

 能心は玄関に向かって走った。

 草鞋(わらじ)を履き、さらに二人の草鞋を持つとそのまま玄関から飛び出した。

「尭之助! ありん! 受け取れ!」

 能心は二人に向かって草鞋を投げた。

 しかし、草鞋は軽すぎて能心のすぐ前にぽとりと落ちた。

(くそ! めんどくせーな)

 能心は素早く草鞋を拾うと、二人の元に走った。

「ここは枯れ枝だらけだ! 勢いは格好良かったが、足の裏を怪我したらそれまでだぞ!」

「おい、お前ら! なにをごちゃごちゃやってる!」

「うるせーな! 山賊風情はそこで大人しく待ってろ! 今こいつらが相手してやるから!」

「てめぇ、ふざけんなよ!」

 山賊の一人が能心に斬りかかってきた。

「うるせーっつってんだよ!!!」

 能心は物凄く大きな声を出した。

 斬りかかってきた山賊も、尭之助も、ありんも、界厳もみんなビクッとした。


 尭之助とありんは我に返ると、草鞋を履き木刀を構え、能心にも負けないような大声を出した。

「あっしは夏風流剣術道場の一番弟子、伊武尭之助でやんす!」

「同じく一番弟子、芭風ありん! 木刀だけど、斬り捨て御免!」

「よーしお前ら! 名乗っちゃったからには、夏風流に泥を塗るなよ!」

 二人の胸に“夏風流”と書いてあることを、能心はすっかり忘れていた。

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